第20話:王都
御前試合の予選前日。
わたくしたちは無事に王都へたどりつきました。
オレンジ屋根の家々が山なりに建ち並ぶさまは、まるで柑橘系のフルーツを飾ったウェディングケーキのよう。この場から眺めているだけで、未婚ながら結婚を祝福されているような気分にさせられます。
「いつ見ても立派な城っすねぇ」
何度か王都を訪れたことがあるのでしょう。シエルさんはお城を見上げ、感嘆の吐息をもらします。
シエルさんがうっとりするのも納得です。まるで童話に出てくるような古城が、城下町を見守るようにそびえ立っているのです。
なんだか絵本の世界に入りこんだ気分ですわね。この街なら、世界一強い白馬の王子様と巡り会えそうな気がしますわ。
「さて、これからどうするっすか?」
「まずは受付を済ませて、それから宿を取りましょう。スウスさんも、よかったらご一緒しませんか?」
「そうね。御前試合が終わるまでは一緒にいてくれると助かるわ。ひとりだと迷っちゃいそうだもの」
人見知りが激しいシエルさんですが、乗車中に会話を交わして親睦を深めたこともあり、スウスさんが同伴することに難色を示しませんでした。
「ではシエルさん、受付会場まで案内してくださいな」
いつもなら嬉しそうにうなずくシエルさんですが、今回は申し訳なさそうに眉根を下げました。
「受付会場がどこにあるか、わからないっす……」
シエルさんは御前試合に出場したことがないようですし、受付会場の場所を知らなくても無理はありませんわね。
幸いなことにこのあたりは人通りが多いですし、受付会場に心当たりがある方もいらっしゃるはずです。
「きみたち、困っているようだけど……どうかしたのかい?」
通行人に場所をたずねようと思った矢先、赤髪の男性がにこやかに話しかけてきました。ちょうどいいので彼に聞いてみるとしましょう。
「御前試合の受付会場に行きたいのですが、ご存じありませんか?」
「もちろん知ってるよ。俺はこの街の生まれだからね。ちょうど暇してるし、なんだったら連れてってあげるよ」
「そうしていただけると助かりますわ」
「決まりだね。このあたりは通行人が多いから、はぐれないようについてきてよ」
親切な方の案内を受け、わたくしたちは大通りから小道へ移りました。黙々と歩を進め、路地裏に差しかかったところでシエルさんが立ち止まります。
「姉御、なんか怪しくないっすか? この先に受付があるとは思えないんすけど」
「シエルちゃんの言う通りだわ。4年に一度の御前試合、その受付会場がこんなところにあるなんて……ねえ、ほんとにこっちであってるわけ?」
「もちろんあってるよ。御前試合に出場できるのは強者だけだからね。こういう治安の悪そうな場所に受付会場を設ければ、弱者は寄りつかないってわけさ。納得してもらえたかな?」
彼の説明は筋が通っていたため、おふたりは疑いの眼差しを引っこめました。
そうして歩みを再開しようとした、そのときです。
「待て、フェリシア。受付会場はそっちではない」
うしろから渋い声で呼び止められたのです。
「あら、こんなところでお会いするなんて奇遇ですわね」
そこにいたのは、ザライさんの館で用心棒を務めていたアルザスさんでした。腕の良い魔法使いに治療してもらったのか、傷は完治しているようです。
「な、なんであんたがここにいるのよ!?」
「どうしてアルザス様がここにいるんですか!?」
スウスさんと案内人さんが驚きの声を上げました。
「貴様、俺を知っているのか?」
「もちろんです! 俺、去年までザライ様の館の近くにある酒場で働いてたんです! ダチが王都に店を開くってんで、手伝うために引っ越してきたんですけど……どうしてアルザス様が王都にいるんですか? もしかしてザライ様もご一緒とか?」
「用心棒の仕事は辞めた。俺は御前試合に参加するために王都へ来たのだ」
「アルザス様が出るんですか!? 俺、ダチ連れて応援に行きますよ!」
「勝手にしろ。貴様がなにをしようと俺の知ったことではない。――だが、この女を騙すことだけは許さん。こいつは俺の恩人だからな」
アルザスさんがわたくしを指して言いました。
彼に恩を売った覚えはないのですが……それはさておき。
「あなた、わたくしたちを騙していたのですか?」
「す、すまねえ! まさかアルザス様の恩人だとは思わなかったんだ……!」
「あたしらを騙してなにをするつもりだったんだ!」
「か、観光客は大金を持ち歩いてることが多いから、人目につかない場所で奪おうと思ったんだよ……」
「そうですか……。今回は見逃して差し上げますが……今後も悪事を働くつもりなら、容赦なくお仕置きしますわ。お仲間がいらっしゃるなら、そう伝えておいてくださいな」
わたくしの忠告に、彼は渋々といった様子でうなずきます。
「肝に銘じたほうがいい。俺はこの女に殺されかけたからな」
「アルザス様が!?」
彼はぞっとした顔でわたくしを見つめ、ぺこぺこと頭を下げてきました。先ほどとは打って変わって、本気の謝罪です。
「き、肝に銘じます! もう二度と悪さはしません! 仲間にも言い聞かせます! ほ、本当に騙してすみませんでしたッ!!」
震える声で謝罪の言葉を口にした彼は、慌ただしく走り去っていきました。
それを見送り、わたくしはアルザスさんに向きなおります。
「呼び止めてくださって、助かりましたわ」
「ふん。べつに助けたわけではない。受付会場から遠ざかっていたので呼び止めただけだ」
「なんで私たちが受付会場を目指してたこと知ってるのよ?」
「偶然、貴様たちが駅から出てくるのを見かけてな。たまたま話し声が聞こえたのだ。俺が案内してやってもよかったが、さっきの男に先を越されてな。なかなか騙されていることに気づかないから、呼び止めたんだ」
「では、もしよろしければ受付会場まで案内してくださいな」
「それは構わんが……」
アルザスさんはスウスさんを見下ろします。するとスウスさんは腰に手を当て、目つきを鋭くさせました。
「貴様は俺と一緒にいたくないだろう?」
「そうね。私はあんたに痛めつけられたもの。正直言って顔も見たくないわ」
「……貴様が望むなら、気の済むまで殴らせてやるが」
「嫌よ、あんた硬いもの。それに仕返ししようなんて思ってないわ。もう治ってるようだけど……フェリシアさんに痛めつけられたんでしょ?」
アルザスさんはうなずき、わたくしに真剣な眼差しを向けてきました。
「だからこそ、俺はフェリシアに感謝しているのだ。この女に負けるまで、俺は退屈な日々を過ごしていた。ザライの用心棒としてザコの相手をするうちに、俺は自分が無敵だと思いこむようになったのだ。だがフェリシアに負けたことで、己の弱さを思い知った」
強くなるという生きがいを見つけたアルザスさんは、ザライさんの用心棒を辞め、3日前に武者修行の旅を始めたのだとか。
そして、あらためて自分の実力を測るべく、御前試合に出場することにしたのです。
「御前試合に出場するのは今回がはじめてですの? もし経験があるのでしたら、御前試合の仕組みを教えていただきたいのですが……」
「出場経験はないが、基本的なことは知っている。教えてやるのは構わんが、時間を無駄にしたくない。歩きながら話してやる。ついてこい」
それだけ言って、アルザスさんはさっさと歩き始めました。わたくしたちは彼の大きな背中についていきつつ、さっそく質問してみます。
「御前試合の日程について教えていただけます?」
一応、数日分の滞在費は稼いできましたが……長丁場になるようでしたら、節約しなければなりません。
「予選が3日、本戦が1日だ。予選と本選の間に1日空くから、計5日だ」
「本戦へは何人が出場できますの?」
「8人だ」
「8人ですか。狭き門ですわね」
「姉御なら余裕で突破できるっすよ! あたしもこのダガーナイフで突破してみせるっす!」
アルザスさんがナイフをチラッと見ます。
「貴様、そんなナイフで戦うつもりか?」
「ナイフを振りまわすのは危険だって言いたいのか?」
「その逆だ。闘技場内には特別な結界が張られていてな。ダメージは精神にしか作用しないのだ」
要するに、失神することはあっても死ぬことはありえない、というわけですね。
そのような安全策が施してあるのなら、こちらも安心して戦えますわ。
「絶対に死者が出ないからこそ、参加者は相手を殺すつもりで魔法を放つのだ。その威力はナイフとは比べものにならん。勝ちたければ魔法を使え」
「あたしの目標は勝つことじゃねえ。強くなることだ。実戦形式で肉弾戦のコツが学べるなら、1回戦で負けたって惜しくはねえ」
シエルさんは不敵な笑みを浮かべます。
「ま、だからって負けるつもりはないけどな。あたしはナイフで勝ち進んで、決勝戦で姉御と戦うんだ!」
「ふん。意気込みだけは買ってやるが、それは叶わぬ夢だ。決勝戦でフェリシアと戦うのは、この俺だからな」
ふたりのあいだでわたくしが決勝戦に進出するのは決定事項のようです。
「アルザスさんは、わたくしと再戦したいんですの?」
「当然だ。負けっぱなしは俺のプライドが許さんからな。前回は負けたが、次はそうはいかん!」
闘志を滾らせつつも大股で歩き、ほどなくしてアルザスさんは立ち止まります。
「ついたぞ。ここが受付会場だ」
連れてこられた先は、大通り沿いの建物でした。『御前試合・受付会場』と記された看板が掲げられております。
「道案内、ご苦労様です。せっかくですので、このあと食事でもいかがですか? 案内してくださったお礼に、なにかご馳走しますわよ」
「礼は不要だ。貴様は俺の恩人なのだからな。それに、勝負の前に馴れ合うつもりはない。次に貴様と話すのは決勝戦の舞台でだ」
それだけ言って、アルザスさんは歩き去っていったのでした。




