第19話:列車
御前試合の予選を2日後に控えた日の早朝。
2人分の交通費を稼いだわたくしは、シエルさんに案内されて駅へやってまいりました。
朝早いにもかかわらず、ホームは賑々しい雰囲気に包まれております。
すでに行列ができてますし……椅子に座れるか微妙なところですわね。
「みんな御前試合に出るんすかね?」
「受付期限ぎりぎりに出発する方がこんなにいるとは思えませんし、ほとんどの方は観戦が目的だと思いますわよ」
みなさん御前試合の話題で持ちきりです。
4年に一度の武道会ですし、この国一番の強者が誕生する瞬間に立ち会いたいと思っているのでしょう。
「こんなにたくさんのひとが見に来るんすか! だったら恥ずかしくない試合をしなきゃいけないっすね!」
シエルさんは早くも闘志を滾らせます。その姿は血に飢えた獣のようでした。
無理もありません。わたくしと旅を始めてからというもの、一度も戦っておりませんものね。
御前試合は力試しにもってこいの場です。多くの強者と戦うことで、強くなるための課題を見つけることもできるでしょう。
「そこを退けっつってんだろ!」
シエルさんとお話をしつつ列車の到着を待っていたところ、ふいに怒声が響きました。
声の出所を探ると、小柄な女性が背の高い男性に絡まれておりました。
いまにも襲いかからんばかりの雰囲気に、女性は身を竦めております。
「ど、どうして私が退かなくちゃいけないんですかっ。ちゃんと並んでくださいっ!」
「並べだと? 俺は御前試合に出るんだぞ! 椅子に座らねえと疲れちまうだろうが! てめえのせいで負けたらどうしてくれんだ!」
「そ、そんなの知りませんよっ。それに私だって試合に出るんですっ!」
「てめえみたいなガキが出たって予選で負けるに決まってんだろ!」
「そ、そんなの出てみないとわからないじゃないですかっ」
「ザコが夢見てんじゃねえ! 俺は優勝候補だぞ? ここでてめえをボコボコにして、世界の広さを思い知らせてやってもいいんだぜ」
まあっ、優勝候補ですのっ?
いまのは聞き捨てなりませんわね。
彼が優勝候補なら、わたくしの結婚相手候補ということになりますもの。
結婚相手に相応しい強者かどうか、さっそく拳を交えて確かめてみましょう!
「姉御、婚活するんすか?」
「ええ。婚活しますわっ。シエルさんはここで待っていてくださいな」
「りょーかいっす! 姉御の婚活が成功するよう祈ってるっす!」
シエルさんの温かな言葉に背中を押され、わたくしは現場へ急行します。
「ちょっとあんた! 自分がめちゃくちゃなこと言ってるって自覚ないわけ? 優勝候補だかなんだか知らないけど、ちゃんと並びなさい!」
わたくしより先に、見覚えのある女性が仲裁に入りました。
灰色がかった長髪とルビーのような瞳が印象的な彼女は――ザライさんの館で知り合った三つ星ハンターのスウスさんです。
「奇遇ですわね。スウスさんも御前試合に出場するんですの?」
声をかけると、スウスさんは驚いたようにこちらを振り向きます。
ザライさんの館で軽く会話を交わした程度の間柄でしたので、ちょっと馴れ馴れしかったかもと思いましたが……
「あら、フェリシアさん。そういうあなたも御前試合に?」
スウスさんは親しげに返事をしてくださいました。これはもう、友達といってもいいのではないでしょうか?
「ええ。強者と拳を交えたいと思いまして」
「そっか。フェリシアさんが出場するなら優勝は難しそうね」
スウスさん、早くも諦めモードです。
「勝負は時の運と言いますし、結果がどうなるかはやってみなければわかりませんわ。あなたもそう思いますわよね?」
シエルさんと同い年くらいでしょうか? 絡まれていた女性におたずねしたところ、彼女はこくこくとうなずきます。
「そ、そうですっ。やってみないとわからないんです!」
「いいや、やらなくてもわかる! 俺は修羅場をくぐってきたからな。相手の実力は見ただけでわかるんだよ! なかでもてめえは最弱だ、まるで殺気が感じられねえ!」
そう言って彼が指さしたのは、わたくしでした。
実際、わたくしは彼に殺意など抱いておりませんので、殺気が感じられなくてもしかたがありません。
わたくしは彼を殺害したいのではなく、ただ実力が知りたいだけですもの。
「フェリシアさんの強さを見抜けなかった私が言うのもなんだけど……あんた、ひとを見る目なさすぎよ」
スウスさんがため息まじりに言うと、彼はこめかみに青筋を浮かべました。
「んだと!? てめえ、喧嘩売ってんのか!」
「喧嘩なんて売ってないわ。ハンターとして注意しているだけよ」
「ハンターだと? 星はいくつだ?」
「三つよ」
スウスさんの申告に、彼は勝ち誇ったように笑います。
「ザコが調子に乗ってんじゃねえ! 俺は四つ星ハンターだぞ!?」
「たいして変わらないじゃない。それに星の数なんてあてにならないわ。だって、ここにいるフェリシアさんは一つ星だけど、あんたよりずっと強いもの」
「俺より強いだと? だったらその言葉が本当かどうか、確かめてやろうじゃねえか!」
四つ星さんは腕まくりをします。
「まさか、わたくしを殴るつもりですの?」
そんなことをすればアルザスさんの二の舞です。
優勝候補と豪語するくらいですし、わたくしの身体を破壊するほどの攻撃力を秘めているのかもしれませんが、安全のためにも魔法を使ったほうがいいでしょう。
「てめえみたいなザコ、魔法を使うまでもねえ! それとも怖じ気づいちまったのか?」
「そうではありません。ただ、わたくしを殴ることはおすすめできませんわ。大事な試合の前に怪我をしてしまっては大変ですものね」
「やっぱり怖じ気づいてんじゃねえか! ま、いまさら謝ったところで遅いけどな。つっても、俺に美女を傷つける趣味はねえし、せめてもの情けだ。顔を殴るのだけはやめといてやるぜ!」
次の瞬間、彼の拳がわたくしのお腹に炸裂します。
パキッ!!
案の定、彼の腕は曲がってはいけない方向に曲がってしまいました。
「おッ、俺の腕ぇぇぇぇぇぇッ!?」
目玉が飛び出るのではと不安になるくらい目を見開き、折れ曲がった腕を見つめます。
「だから殴るのはおすすめしないと言いましたのに……。時間がありませんので病院までお送りすることはできませんが、駅員さんのところまでなら肩を貸しますわよ?」
「ひぃぃッ!? く、来るな! 来るんじゃねえ!」
「そんなに大声を出すと傷に響きますわ。取って食べたりしませんから、おとなしく――」
「来るなあああああああああああ!!」
絶叫を上げ、折れ曲がった腕をぷらんぷらんさせながら走り去っていきました。
あんなに賑々しかったホームが、しんと静まりかえります。
じろじろと見られている気がして、なんだか落ち着きませんわね。
「あなたが強いことは知ってたけど、予想以上ね。まさか魔法を使わずに勝つなんて……勝負は時の運かもしれないけど、あなたにだけは勝てる気がしないわ」
「そんなことはありませんわ。ですわよね?」
ぼんやりしていた女性に声をかけると、彼女はハッと我に返ります。
そしてキラキラとした眼差しでわたくしを見つめてきました。
「勝てる気はしませんけど、あなたみたいに強くなれるように頑張りますっ! それより、助けてくださってありがとうございますっ!」
「気にすることはありませんわ。わたくしはわたくしの目的を果たすために戦っただけですもの」
いまのを『戦った』と言っていいのかはわかりませんけれど……とにかく、自称優勝候補さんはわたくしの結婚相手にはほど遠い方でした。
優勝候補というのも強がってみせただけでしょう。
やはり結婚相手と出会うには御前試合に出場するしかないのです!
そうして御前試合への想いを強めたわたくしは、シエルさんとともに列車の到着を待つのでした。




