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第18話:武器

 ザライさんの館で一悶着あった翌日の昼下がり。


 わたくしはシエルさんと買い物を楽しんでおりました。


 要人の接待および迷子猫の捜索――。二つの依頼を達成したことでお財布(4000コルで購入)が潤いましたので、お金に余裕があるうちに必要なものを買い揃えることにしたのです。


 旅に備えて日持ちする食料を買い、ずっと欲しかった下着類を買い、それらを持ち運ぶカバンを買い……そこに食事代と宿代が加わりますので、半日で約40000コル使った計算になります。


 所持金は60000コルにまで減ってしまいましたが、必要なものは買いました。


 あとは『あれ』を購入し、宿屋に引き返すとしましょうかね。


「……ちょっと疲れましたわね。あそこで休憩しましょうか」


 シエルさんのお顔に疲労の色が見え始めたので、近くのベンチで休憩することにします。


「ふぅ……買い物ってこんなに疲れるものだったんすね」


「シエルさんは昨日から歩きづめでしたものね。今日はゆっくり休んでくださいな」


 見事依頼を達成したシエルさんですが、苦しい戦いだったと聞いております。


 路地裏を歩きまわり、屋根の上を見てまわり、木々を見上げ、草の根をかき分け……ついに迷子猫を発見したのです。


 しかし逃げられてしまったため、そこからさらに全力疾走。迷子猫を確保してギルドに戻ってきたとき、街は朝日に照らされておりました。


 その後ギルド近くの宿屋で5時間ほど休憩したのですが、疲れは抜けきっていないご様子です。


「そうさせてもらうっす。それで、あとはなにを買うんすか?」


「シエルさんの欲しいものを買って、今日の買い物は終わりにしましょう。そして明日、朝一番で王都へ向けて出発するのです」


 わたくしは結婚相手との出会いを求め、王都へ向かうのです。


 シエルさんいわく、王都はこの街から列車を乗り継いで1日かかる距離にあるとのこと。


 運賃はふたりで約20000コル。数日分の滞在費は残しておきたいので、この街で使えるお金はあと20000コルくらいです。


 わたくしはその20000コルを、シエルさんへのプレゼントに使いたいと思っております。


「あたし、3000コルしか稼いでないんすけど……プレゼントなんかもらっちゃっていいんすか?」


「もちろんですわ。シエルさんにはお世話になっておりますもの。これはそのお礼ですわ」


「姉御……」


 シエルさんは嬉しそうに瞳を潤ませます。


「それで、シエルさんはなにが欲しいんですの?」


「武器が欲しいっす!」


 よほど欲しかったのでしょう、即答でした。


 シエルさんは武者修行としてわたくしの旅に同伴しているわけですから、彼女にとって武器は必需品と言えるでしょう。


「では武器屋へ行きましょうか」


 疲れが吹き飛んでしまったのか、シエルさんは力強くうなずいたのでした。



     ◆



 シエルさんの案内を受け、わたくしは武器屋に到着しました。


 店内には様々な種類の剣のほか、斧に槍に弓などが所狭しと並んでおります。


「おっ、若い娘がうちに来るたぁ珍しいな。彼氏へのプレゼントかい?」


 浅黒い肌のおじさまがカウンターから身を乗り出し、親しげに話しかけてきました。


「いえ、わたくしたちに恋人はおりません。今日は彼女の武器を買いに来たのですわ」


「若い娘に買ってもらえるたぁ感激だね。けど、杖屋じゃなくていいのかい?」


 武器屋の店主とは思えない発言でした。


 とはいえ店主さんの言う通り、魔法が当たり前のように使われているこの世界では、剣より杖のほうが人気商品なのでしょう。


 ルーンを描く際に隙は生じてしまいますが、剣を振りまわすより魔法を使ったほうが強力な攻撃が放てますものね。


「あたしは身体一つで戦えるようになりたいんだよ。まずは武器を使って身体能力を駆使した戦闘方法を身につける。そして最終的には世界最強の武闘家になるんだ」


「うちの品揃えはこの街一番だが、魔法を使わない前提じゃ選択肢は限られちまうぜ」


 魔法を使えば筋力を向上させられますが、シエルさんは魔法を使わないと決めているご様子。そうなると、選択肢は『軽めの武器』に絞られます。


「いろいろ見てみるっす」


 シエルさんはわたくしにそう告げると、さっそく物色を始めました。


「うわあっ、でかい剣! うぐっ、めちゃくちゃ重い……。こっちの剣は……細いし軽いな。でも、すぐに壊れちゃいそうだし……。弓は……かっこいいけど、ちょっと違うかな。斧は……槍は……」


 楽しそうに武器を選ぶシエルさんを見ていると、なんだかわたくしも欲しくなってきますわね。


「お嬢ちゃんは買わないのかい?」


 心を見透かしたかのようなタイミングでした。感情が顔に出ていたのでしょうか?


「わたくしはもう持っておりますので」


「へえ。どんな武器だい?」


「これですわ」


 懐から扇子を取り出したところ、おじさまは驚いたように目を見開きます。


「そ、それ……まさか竜の鱗かい!?」


「ええ、竜の鱗ですわ」


「そんな貴重なもの、いったいどこで手に入れたんだい?」


「竜の谷ですわ」


「竜の谷!? あそこに行って生きて帰ってきたのかい!? こいつは驚いた……お嬢ちゃん、いったい何者なんだい?」


「ただの婚活家ですわ」


「……よくわかんねえが、とにかく強いってことはわかったぜ。そんなに強いなら、御前試合で優勝できるかもしれねえな」


「御前試合?」


「知らないのかい? 4年に一度王都で開かれる、国王様主催の武道会さ。そこでいい結果を残せば国王様から褒美をもらえるってんで、腕に覚えのある連中はこぞって参加するのさ」


「まあっ、そんな大会があるんですのねっ!」


 素晴らしい情報が手に入りました。


 その大会に参加すれば、わたくしは強者と戦うことができるのです。


「俺も若い頃に参加したことがあるが、予選で敗退しちまってな。本戦に出場する連中は化け物揃いさ」


「その試合、受付期限はいつですか?」


「俺のときは前日までだったな。予選は来週だし、参加するつもりなら急いだほうがいいぜ」


 でしたら明日出発すれば余裕で間に合いますわね。



「姉御、決まったっす!」



 わたくしが予定を決めたところで、シエルさんが武器を持ってきました。


 革製の鞘におさめられたそれは、ダガーナイフでした。


「それでいいんですの?」


「これがいいんす! 握った瞬間『これだ!』って思ったんすよ!」


「ではそれにしましょうか。それで、おいくらですの?」


「値段? ……あ、やっぱほかのにするっす」


 シエルさんは値札を見て、悲しげに眉根を下げました。


「いくらだったんですの?」


「……50000コルっす」


 ダガーナイフの相場はわかりませんけれど、想定以上の額でした。


 買えないことはないのですが、そうすると交通費が足りなくなります。


 とはいえ、お金が足りないなら依頼を受けて稼げばいいだけの話です。


 受付期限まで1週間ありますし、ぎりぎり間に合うでしょう。


「では、それにしましょうか」


 諦めモードに入っていたシエルさんは、きょとんとします。


「えっ、でも高いっすよ?」


「ですが、シエルさんはそれが気に入ったのでしょう?」


「……ほんとにいいんすか?」


「もちろんですわ。そのダガーで、頑張って強くなるんですのよ」


 よほど嬉しかったのか、シエルさんは涙をこぼしました。


「姉御……! あたし、絶対に強くなるっす!」


 ダガーをぎゅっと胸に抱き、かたく誓います。


 そうして会計を済ませたわたくしたちは店をあとにします。


 嬉しそうにダガーを見つめながら歩いていたシエルさんは、宿屋に帰りつくまでに何度も転けてしまいましたが、それでも幸せそうな笑みを浮かべ続けていたのでした。


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