第17話:救助
「ひぃぃっ! ば、化け物じゃ……!」
アルザスさんが倒れたのを見て、ザライさんはしりもちをつきました。
アルザスさんが負けるなんて想像すらしていなかったのでしょう。
わたくしとしても、この展開はちょっとばかり予想外です。
夢にまで見た結婚相手だと思ったのに、まさか自滅してしまうとは。
これではあらゆる災厄からわたくしを守れそうにありません。
婚活、失敗ですわね……。
シエルさんのとき以上に期待していただけに落胆もひとしおですが、落ちこんだところで結婚できるわけではありません。
理想の結婚相手に巡り会うためにも、婚活の旅を続けるしかないのです!
そうと決まれば善は急げ。速やかにやるべきことを成し遂げ、館を出るとしましょうか。
「さて、お待たせしましたわね」
わたくしはローゼスのもとへ歩み寄ります。
アルザスさんと戦っている間に逃げられるかもと思いましたが、ローゼスはその場に立ち尽くしておりました。
きっとわたくしが無残にやられる様を目にしたかったのでしょう。この展開は、彼にとっても予想外というわけですわ。
「ま、待つのだフェリシア! 私は貴様の父だぞ!? 実の父を手にかけようというのか!?」
「あら、わたくしを実の娘だと思ったことはなかったのではありませんでしたか?」
「そ、そのことなら私が悪かった! これからは家族として一緒に暮らそうではないか!」
貴族としてのプライドより命のほうが大切なのでしょう。足がすくんで逃げることができず、魔力が切れて戦うことができないローゼスは媚びるような笑みを浮かべ、命乞いをしてきました。
「一緒には暮らせませんわ。わたくしは旅の途中ですもの」
「で、では旅の資金を提供してやる! かわいい娘のためなら、いくらでも用意してやるぞ!」
「お気遣いなく。自分のことは自分でなんとかしますわ」
「で、では……なにをすれば許してくれるのだ?」
ローゼスは判決を待つ囚人のような顔色でたずねてきます。この部屋に来たときと比べて、ずいぶんと老けたように感じられます。
「ふふっ。ローゼス……あなたまさか自分が殺されないとでも思っているのですか?」
「そ、そんな……」
ローゼスの顔から血の気が引きました。絶望しきっているご様子です。
「とはいえ、わたくしにいたぶる趣味はありません。せめてもの情けです。一撃で楽にして差し上げますわ」
「や、やめろ! やめてくれ! なんでもする! なんでもするから! だ、だから……だから命だけは助け――」
「さようなら、ローゼス」
パァン!!
わたくしは手を鳴らしました。
いわゆる猫騙しです。
「……っ」
いまの音で恐怖が許容範囲を超えたのか、ローゼスは白目を剥き、膝から崩れ落ちました。
失神しているだけです。
ローゼスのことは大嫌いですが、お母様のことは愛しております。
ローゼスは一夜とはいえお母様と愛し合った仲ですし、彼を殺せばお母様が悲しむでしょう。
ですので命を奪うのではなく、きついお灸を据えることにしたのです。
この先、ローゼスはわたくしの影に怯えながら生きていくことになるでしょう。
「さて、ザライさん。わたくしを合格者さんたちの監禁場所まで案内していただきたいのですが」
「あ、案内するのじゃ! だからわしを殺さないでほしいのじゃ……!」
ザライさんは両手をついて命乞いをしてきます。わたくしのことを死神かなにかだと思っているのでしょうか?
「怯えないでくださいな。あなたを傷つけようだなんて思っておりませんわ」
「ほ、本当か!?」
「ええ。――ただし、二度と悪事を働かないと約束していただけたらの話ですが」
「約束するのじゃ! 二度とかわい子ちゃんに酷いことはしないと誓うのじゃ!」
「かわい子ちゃんだけですの?」
「誰にも酷いことはしないのじゃ! これからはまっとうに生きるのじゃ!」
「あなただけがまっとうに生きるのですか? この裏通りは、たいそう治安が悪いそうですが」
「ほかの者にも徹底させるのじゃ!」
「それでいいのですわ」
裏通りを取り仕切るザライさんが悪さをしないと誓ってくださったのです。
これで裏通りは女性でも安心して訪れることができる平和な場所になるでしょう。
さて、お次は……
「アルザスさん。あなたに一つおたずねしたいことがあるのですが」
歯を食いしばって痛みに耐えていたアルザスさんは、怯えた眼差しを向けてきます。
「な、なん、だ……?」
「あなたより強い方に心当たりがあれば、ぜひ教えてほしいのです」
「き、貴様だっ! 貴様は俺より遙かに強いっ!」
「それでは困りますわ。わたくしは、わたくしより強い方と戦いたいのです」
「つ、強い奴と戦いたいのなら王都へ行けっ」
「王都ですかっ」
王都というからにはこの国一番の都会なのでしょう。
地方から多くの方々が集まるでしょうし、そのなかに世界最強さんがいらっしゃるかもしれません。
決まりですわね。
次の結婚相手候補は、王都で探すことにします。
「ではザライさん、わたくしを監禁場所へ案内してくださいな」
「わ、わかった。こっちじゃ」
不意打ちを警戒するようにチラチラとうしろを振り向きつつ、ザライさんは廊下を進みます。
そうして連れてこられた先は、地下室でした。
まるで牢屋のような内装の部屋には、5人の女性がいらっしゃいました。わたくしとともに合格を決めたハンターの方々です。
「「「「「ひっ」」」」」
ザライさんの顔を見た瞬間、彼女たちは悲鳴を上げました。きっとお仕置きをされると勘違いしたのでしょう。
「怯えることはありませんわ。わたくしは、あなた方を助けにきたのですから」
ハンターの方々はいま気づいたとでもいうようにわたくしを見てきます。
「あ、あなたは……一つ星の。助けにきたってどういうこと……? アルザスはどうしたの?」
戸惑いをあらわにするハンターの方々に、わたくしは手短に経緯を話して聞かせます。
話が終わると、みなさん驚かれたように目を丸くしておりました。
「あのアルザスを倒すなんて……あなたって、ほんとはとっても強かったのね。助けてあげるなんて言ったのが恥ずかしいわ」
「今回はわたくしが守る側になりましたが、あなたに救われた方も大勢いらっしゃるはず。あなたは口先だけの人間ではないのです。ですから、恥ずべきことではないのですわ」
三つ星ハンターさんは嬉しそうに瞳を潤ませます。
「私、いつかあなたみたいな強いハンターになってみせるわ。そうすれば、もっとたくさんのひとを救えるもの」
「強くなった暁には、ぜひお手合わせを願いたいですわ」
わたくしより強ければ、彼女と結婚するのです。
「さて、わたくしは部屋に戻って着替えてきますので、ザライさんはここで待っていてくださいな。ザライさんのサインを提出しないと、報酬がいただけませんもの。あと、できれば彼女たちの分もサインしていただけると嬉しいですわ」
三つ星ハンターさんたちは酷い目に遭わされたのです。報酬はきっちりいただかないと割に合いません。
「わ、わかったのじゃ!」
わたくしの気が変わらないか不安でしかたがないのでしょう。
わたくしが普段着に着替え、サインをいただき、館をあとにする頃になっても、彼はびくびくと震え続けていたのでした。
これにて用心棒編は終了となります。




