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第16話:鉄壁

「な、なぜ貴様が生きているのだ!? あのとき確かに竜の谷に落としたはずだ! なのになぜ……!」


 ローゼスにとって竜の谷は地獄への直通路だったのでしょう。まるで亡霊でも目にしたような顔つきでわたくしのことを見てきます。


「竜の谷はあなたが思い描いているような場所ではありませんでしたわ。ドラゴンの方々は、わたくしを食べるどころか温かく迎え入れてくださいましたもの」


「落下の衝撃でなぜ死なぬ!?」


「丈夫な身体に生んでくださったお母様には感謝しておりますわ」


「話にならぬわ! この化け物めッ!」


 これ以上の問答は不要とばかりに会話を切り捨て、懐から杖を取り出したローゼスは、素速くルーンを描きます。


 次の瞬間、わたくしの手足はつるに拘束されました。


 ローゼスは勝ち誇るような笑みを浮かべます。拘束魔法に絶対的な自信を持っているのでしょう。


「化け物とはいえ、こうなっては為す術もなかろう。さて、どう始末してくれようか。谷に落として死なぬなら、今度は燃やしてくれようか。せっかく近くに湖があるのだ、沈めるのも悪くなかろう」


「燃やすだの、沈めるだの……実の娘にずいぶんと物騒な物言いですわね」


「貴様を娘だと思ったことなど一度もないわ! 貴様は化け物だ! 化け物を殺すのにためらいなどあるわけがなかろう!」


「そうですか……」


 彼に親心が芽生えていれば過去のことは水に流してもよかったのですが……彼にはきついお灸が必要のようですわね。


「でしたら、こちらも遠慮はしませんわ」


「ふんっ、強がりを。その状態で遠慮もなにも――」



 ぶちぶちっ。



 軽く手足を動かしただけで、つるは千切れてしまいました。


 あら、これで千切れてしまうのですね。


 いまのはほんの予備動作、これから千切るためのアクションを起こすつもりだったのですけれど……。


 まあ、千切れてしまったものはしかたがありません。


「な、なぜ千切れたのだ!? この私が渾身の魔力をこめて放った拘束魔法だぞ!?」


「簡単なこと。わたくしは、強くなりすぎてしまったのです」


 説明になっていないかもしれませんが、そうとしか言いようがないのです。


「さあ、次はこちらの番ですわね」


 わたくしは拳を構えます。わざわざ拳を使うまでもありませんが、扇子は部屋に置いてきてしまったのです。


 ローゼスはあとずさり、ザライさんを睨みつけます。


「ええい、なにをぼけっとしておるのだ! 貴様がこの女を連れてきたのだろう!? だったら貴様が対処せぬか!」


 わたくしとローゼスの因縁を知らないザライさんは放心状態でした。けれどローゼスに叱咤され正気を取り戻したのか、すぐさまアルザスさんに目配せをします。


 まさに以心伝心。視線でザライさんの言わんとしていることを察したのか、アルザスさんはわたくしの前に立ち、懐から杖を取り出しました。


 外見的特徴から武闘家だと思っておりましたが、魔法を使うのですね。まあ、強ければ武闘家だろうと魔法使いだろうと構いませんけれど。



「この女は殺してもいいのか?」



 アルザスさんは渋い声を発します。見た目通りの声でした。実力も見た目通りなら嬉しいのですが……。


「構わぬ! 殺すには惜しい美女だが、貴族様にたてついた罪は万死に値するのじゃ!」


「そうか」


 と、アルザスさんは口の端をつり上げるようにして笑います。


「話を聞く限り、貴様はあの女どもと違って頑丈そうだ。せいぜい俺を愉しませてくれよ」


「あの女……というのは、もしや三つ星ハンターさんのことをおっしゃっているのでしょうか?」


「ひょっひょっひょ! その通りじゃ!」


 わたくしの問いに答えたのはザライさんでした。アルザスさんの強さを信じきっているのか、そこに怯えは感じられません。



「あのかわい子ちゃんたちは、わしの慰み者にするために合格させたのじゃ! わしは強気な女より従順な女のほうが好きじゃからな! わしに逆らえぬよう、アルザスに調教させたのじゃよ!」



 三つ星ハンターさんは、わたくしに温かい言葉をかけてくださいました。


 一つ星ハンターのわたくしに助けられるのはプライドが許さないかもしれませんが、放ってはおけません。


 いまも館のどこかに幽閉されているようですし、婚活が終わったら助けに向かいましょう。


「さあ、アルザスよ! フェリシアちゃんを殺すのじゃ!」


「ザライさんのおっしゃる通り、殺すつもりで来てくださいな」


「ふっ、面白い女だ。この俺と対峙してそんな言葉を口にしたのは貴様がはじめてだ。もっとも、言われるまでもなく――俺はいつでも殺すつもりで戦っているがな!」



 杖を振るってルーンを完成させた瞬間、アルザスさんの全身は金属的メタリックな光沢を帯びました。



「まあっ、とっても硬そうですわっ」


 とても頑丈そうですし、これならシエルさんの剣のように触れただけで壊れる心配はないでしょう。


 あらゆる災厄からわたくしを守るために必要なのは、攻撃力より防御力。つまり彼こそがわたくしが夢にまで見た理想の結婚相手なのです!



「小娘よ。貴様は『最強』とはなにか考えたことがあるか? 答えは『硬さ』だ! 俺は死に物狂いの修行の果てに鋼の肉体を手に入れた! さらなる修行を経て硬化魔法を極めたのだ!」



 寡黙な方だと思っておりましたが、実はおしゃべりだったのですね。意外性といいますか、そのギャップにときめいてしまいます。



「俺の身体はあらゆるものを打ち砕く! 俺の身体に触れたものはなんであろうと木っ端微塵になる運命さだめなのだ! そう――たとえそれが人体であってもな!!」



 アルザスさんは拳を握りしめます。



「この力を手にした瞬間から、俺は痛みを感じなくなった! 痛みがなくなれば生きている実感が湧かぬ! 俺は退屈な日々の幕開けを予感した!」



 興奮するようにぶるりと震えるアルザスさん。



「だが、俺は気づいたのだ! 他人の痛みでも生の実感が湧くことを! 肉の千切れる音が! 骨の砕け散る音が! 断末魔の叫びが! 俺に生を実感させる――俺を愉しませてくれるのだ!! この世のありとあらゆるものは俺を愉しませるためにある――貴様とて例外ではないのだッ!!」



 アルザスさんは一瞬にしてわたくしの懐に潜りこみました。



 巨岩のような拳がわたくしの顔に迫ります。



 そして――



「フハハハハハさあ砕け散れ小娘ええええええええええええええ!!」




 べきっ!!!!




 アルザスさんの腕があらぬ方向に曲がりました。



「う、ぐあああああああああ!!」



 床に倒れ、ジタバタともがくアルザスさん。



「あの……だいじょうぶでしょうか?」



 その当たり屋も真っ青な悶絶ぶりに、思わず心配の声をかけてしまうわたくしでした。



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