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第15話:対面

 心地よい目覚めでした。


 窓から差しこむ暖かな陽光が睡魔をおびき寄せ、いつしか夢の世界へと引きずりこまれていたようです。


 どれほどのあいだ眠っていたかはわかりませんが……夜の到来はまだのようですわね。室内は夕日に焦がされ、紅く染まっておりました。


 じきに日が沈みますし、そろそろお仕事の準備をしておいたほうがいいでしょう。


 綿雲のようなベッドから起きたわたくしは、クローゼットを開きます。


「まあ」


 色とりどりのドレスが収納されたクローゼットは、まるで宝石箱のよう。どれにしようか指先でなぞりつつ選び、一着のドレスを手に取ります。


 肩口が大きく開かれ、太ももラインに大胆なスリットが入ったドレスです。


 露出多めではありますが、おとなしい色合いが派手さを和らげているため、落ち着いたデザインに仕上がっております。


 そうしてドレスに着替えたところで、ノック音が響きます。


「どうぞ」


 お返事をすると、ふたりの男性がやってきました。



「ひょっひょっひょ! よく似合っておるのぅ! まさに絶世の美女! これなら貴族様もお喜びになるのじゃ!」



 ザライさんとアルザスさんです。


 いつも連れて歩いているのでしょうか? 常に守っていただけるなんて羨ましいことこの上ありません。婚活が成功した暁には、ザライさんにポジションを代わっていただきましょう。


「まだ日は沈んでおりませんけれど……お仕事の時間でしょうか?」


「そうではない。貴族様がいらっしゃる前に、最終確認をしておこうと思ってのぅ」


 ザライさんは有無を言わさぬ目つきでわたくしを見つめてきます。


「よいか、貴族様にはなにがあっても逆らってはならぬ。なにをされても笑顔で応えるのじゃ! もちろん見返りは用意しておる――貴族様に満足していただけた暁には、倍の報酬を約束するのじゃ!」


 倍額というと、200000コルですか。


 魅力的なご提案ですが、わたくしの望みはお金ではありません。


「報酬はそのままで構いませんわ。そのかわり、ひとつお願いしたいことがありますの」


「お願いしたいこととはなんじゃ?」



「単刀直入に申し上げますと――アルザスさんと婚活させていただきたいのです」



 アルザスさんが見ている前で婚活宣言をするわたくしです。


「……」


 アルザスさんは無言でした。


 眉一つ動かさず、巨岩のようにどっしりと構えております。


 その姿に、わたくしは高いプロ意識を感じます。用心棒たる者、いかなる状況にあっても平静を保たねばならないのです。


 さすがはわたくしが見込んだお方……。世界最高峰の用心棒たるアルザスさんなら、必ずやわたくしをありとあらゆる災厄から守ってくださることでしょう。 


「婚活というと……フェリシアちゃんはアルザスと結婚したいのかのぅ?」


「そうなればいいなと思っておりますわ」


 もちろん結婚の前に婚活を挟ませていただきますが。


「アルザスは金でしか動かぬ男。逆に言うと、金さえ払えばどんな命令にも忠実に従うのじゃ。わしが命じれば、フェリシアちゃんとの結婚を受け入れるじゃろう」


 つまり、ザライさんの意志一つで離婚を突きつけられる恐れもあるということですか。


 これでは安心して結婚生活を送れません。


 いまはお金にしか興味がないのでしょうけれど、結婚した暁には興味の矛先をわたくしに向けさせてみせますわ!


「とにかく、フェリシアちゃんの願いは叶えてあげるのじゃ。そのかわり、必ず貴族様を満足させるのじゃぞ。もし貴族様を怒らせるようなことがあれば――そのときは、このアルザスがきみにお仕置きをすることになるじゃろうからな」


 つまり、どう転んでも婚活に持ちこめるというわけですわね。


「さて、貴族様がお着きになるまでまだ時間はあるが、フェリシアちゃんには先に部屋で待っていてもらうのじゃ」


 そうしてわたくしは別室へと連れていかれました。


 真っ赤なソファが眩しい部屋です。鏡のように磨かれた金属製のテーブルには高そうなお酒が置かれ、膨らみのあるフルートグラスが照明を反射して煌びやかに輝いております。


「よいか? 貴族様がいらしたら、まずは笑顔でご挨拶じゃぞ。もちろん、貴族様がお帰りになるまで笑顔を絶やしてはならぬ」


 念押しするように言い残し、おふたりは退室します。


 ひとり取り残されたわたくしはソファに腰かけ、時間が過ぎるのを待ちました。


 小一時間ほどそうしていると、廊下から賑々しい声が聞こえてきます。


 ついにお仕事の幕開けです。


 わたくしは言いつけ通り腰を浮かし、数秒後に開かれるだろう扉に笑みを送ります。



「さあさあ、こちらです!」



 ザライさんに先導されて部屋に入ってきたのは、一目で貴族だとわかる絢爛豪華な出で立ちをした男性でした。


 もっとも仮にボロ布を纏っていようとも、わたくしは彼が貴族であると見抜いていたでしょうが。


 なぜなら彼は――




 わたくしの実父――ローゼス・メイデンハイムなのですから。




 あらあら、まさかこんなところでお会いすることになるとは思いませんでしたわ。


 飛んで火に入る夏の虫とはこういうことを言うのでしょうか。


 婚活とはべつの意味で拳を交えてみたかったローゼスの登場に、わたくしは胸を躍らせます。


「この私がわざわざ足を運んだのだ。今日は存分に楽しませてもらうぞ」


「もちろんでございます! 美酒に美女を用意しておりますので、心ゆくまでお楽しみくださいませ!」


 じっとわたくしを見つめるローゼス。11年の月日が流れたとはいえ、多少の面影は残っているはず。



「ほぅ……確かにこれは美しい娘だ」



 正体に気づかれるかと思いきや、彼はまったく不審に思わなかったようです。


 これが演技であればたいした役者だと感心したでしょうが、彼は本気でわたくしの正体に気づいていないご様子です。


「なにをぼけっとしておるのじゃ。さっさと挨拶せぬか!」


 ザライさんが慌てた様子で自己紹介を促してきます。



「申し遅れました。わたくし、フェリシアと申します」



「……っ」


 ローゼスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をします。当時の面影を感じ取ってはいただけませんでしたが、名前くらいは覚えていたようですわね。


「ど、どうなさいました?」


 顔色を変えるローゼスを見て不安になったのか、ザライさんが慌ててたずねました。


 ローゼスは取り繕うように軽く首を振ります。


「いや、なんでもない」


「そうですわ、ザライさん。これはなんでもないことなのです。だって――ただの親子対面ですものね」


「なっ!?」


 ローゼスはみるみると顔を青ざめさせ、ぶるぶると震える指先でわたくしを指してきます。



「き、きき貴様――あのフェリシアか!?」



 悲鳴のような問いかけに、わたくしはとびきりの笑顔で応えたのでした。




「地の底から這い上がってまいりましたわ――お父様」



サブタイトルをつけてみました。

次話は金曜の夜か、土曜の昼頃には投稿できるよう頑張ります。


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