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第14話:貴族

 怪しげな雰囲気のお店が軒を連ねる裏通りの一角に、その館は悠然と佇んでおりました。


「あれがザライの館っす!」

「まあっ、あれがそうなのですねっ」


 ではあそこにアルザスさんが住んでいらっしゃるのですねっ。


 この街の誰もが怖れる用心棒……いったいどんな方なのでしょう。


 そのお姿を想像するだけで胸の高まりが止まりません。あぁ、早くお目にかかりたいですわ。


「あたしが案内できるのはここまでっす!」

「道案内ご苦労様でした。迷子猫捜し、頑張ってくださいね」

「はいっす! これも強くなるための修行だと思って頑張るっす!」


 そうしてシエルさんとお別れしたわたくしは、館のそばに控えていた使用人さんの指示を受け、待合室へと向かいます。


 ダンスホールのような待合室には若々しい女性たちが集い、楽しげに歓談していらっしゃいました。


 ざっと数えてみるに、30人といったところでしょうか。


 報酬が報酬ですので応募が殺到すると思っておりましたが……裏通りは女性にとっての危険地帯なわけですし、集まりが悪くなるのも無理はないでしょう。


 逆に言いますと、この場に集まった方々は己の強さに自信を持っているということになります。


 今回の依頼を受けるのに必要となるランクは『一つ星以上』ですし、なかには上級ハンターの方々もいらっしゃるはず。


 数多の修羅場をくぐり抜けてきた上級ハンターの方々がどれほどの強さを持っているのか……結婚を望む身としては実際に拳を交え、実力のほどを確かめてみたくなります。



「さっきから落ち着かないようだけど、どうしたの?」



 チラチラと視線を送っていることに気づかれたのか、凜とした女性が歩み寄ってきました。


 ちょうどいい機会なので、気になっていたことをたずねてみます。


「あなたはアルザスさんをご存じでしょうか?」

「もちろん知ってるわ。それがどうかしたの?」

「アルザスさんは、どのくらいお強いのでしょうか?」


 わたくしの問いに、彼女はなにかを察したように目を細めました。


「ふぅん。あなた一つ星ハンターね?」

「なぜおわかりに?」

「だって、そわそわしてるもの。ま、ザライの館を訪れて落ち着いていられるひとなんてそうはいないでしょうけどね」

「けれど、あなたはずいぶんと落ち着いているようですが」


 彼女は得意気にギルドリングを見せてきます。


 その腕輪には三つの星が刻まれておりました。


「ご覧の通り、私は三つ星ハンターよ。魔物と戦ったことだってあるわ。こ~んなに大きな魔物を倒したことだってあるのよっ。だからアルザスなんて怖くないわ」

「あなたはアルザスさんよりお強いのですか?」

「それは戦ってみないとわからないけど、私のほうが強いんじゃないかしら。だって、しょせんは用心棒でしょ? 人間しか相手にしないアルザスと、魔物を相手にする三つ星ハンターの私とじゃ、くぐってきた修羅場の数が違うわ」


 そう言って、三つ星ハンターさんは微笑します。


「それに、これだけハンターがいるんだもの。アルザスが襲ってきたって、返り討ちにしてあげるわ。だから、そんなに怖がることはないのよ」


 優しい言葉をかけられ、不覚にもときめいてしまいました。


 三つ星ハンターさんは、わたくしを守ろうとしてくださっているのです。もっと早くに知り合っていれば、彼女に婚活を挑んでいたことでしょう。


 ですが、わたくしはアルザスさんを運命の相手だと信じることに決めたのです。いかなる誘惑をもってしても、この決然たる誓いを揺るがすことはできないのです。


「ありがとうございます。おかげで覚悟が決まりましたわ」

「そ。ならよかったわ。私ったら、困っているひとを見るとつい助けてあげたくなるのよ。だって、私は三つ星ハンターだもん」


 三つ星ハンターさんは最後まで誘惑の手を緩めず、包容力の感じられる優しい微笑を浮かべます。


 そのときでした。



「ひょっひょっひょ! かわい子ちゃんが集まっとるのぅ!」



 待合室に小太りのおじさまがやってきたのです。派手なコートに葉巻をくわえたそのお姿は、まさに絵に描いた富豪そのものでした。


 彼がザライさんと見て間違いないでしょう。とすると、そのうしろに控える黒髪をオールバックにキチッと固めた男性がアルザスさんでしょうか?


 その説を採用して観察するに、一目見て強さが伝わってきました。


 見上げるほどの高身長、服の上からでもわかるほどの筋肉量、岩石のような拳などから、ゴーレムのような印象を受けます。


 実際の強さは拳を交えて確かめるとして、問題はどうやって婚活に持ちこむかですわね……。


 ここでザライさんに襲いかかればアルザスさんが立ちはだかるでしょう。しかし、それでは面接が中止になってしまいます。


 せっかくみなさん時間を割いて集まったのですから、せめて面接が終わるまではおとなしくしておいたほうがいいでしょう。


「ひとりひとりじっくりと話したいところじゃが、あまり時間がなくてのぅ。さっそく面接を始めるのじゃ! まずは一列になるのじゃ!」


 ザライさんの指示を受け、わたくしたちは列を作りました。ザライさんは列の前を歩きつつ、ひとりひとりの顔を見ていきます。


 ひとりにつき所要時間は1秒といったところでしょうか。普通に歩くのと変わらないペースで足を進め、あっという間にわたくしの前にやってきます。



「…………………………」



 そのまま通り過ぎると思いきや、まじまじと見つめてきました。なにかを決めたように大きくうなずき、歩き去っていきます。


 いったいなんだったのでしょう? わたくしが疑問を抱いている間に、ザライさんは最後尾まで足を進めました。


 ぱんっ、と手を叩きます。


「これにて面接を終了するのじゃ! 合格者は、きみと、きみと、きみと、きみと、きみと――」


 ザライさんは列を後退しつつ、合格者の顔を指さしていきます。そのなかには先ほどの三つ星ハンターさんもいらっしゃいましたし、わたくしも含まれておりました。


 合格者は6人。採用された理由はわかりませんが、合格したのは喜ばしいことです。


 こうなった以上はしっかりと責務を果たし、そののちに婚活を挑みましょう。


 ここで得た報酬は、結婚式の費用に充てるのです。


「さて、合格したかわい子ちゃん以外は速やかに去るがよい!」


 その発言に不満を持つ方もいたでしょう。しかし不満を爆発させるより早く、アルザスさんが睨みを利かせました。


「「「「「ひ……っ」」」」」


 不合格者の方々は小さな悲鳴を上げ、急ぎ足で部屋を去っていきます。


 退室を見届けたザライさんは新たな指示を出しました。


 わたくし以外の合格者は別室に移動せよとのお達しです。


 入室してきた使用人さんに従い、合格者のみなさんは待合室をあとにします。


 これでザライさんが退室してくだされば、アルザスさんとふたりきりになれるのですが……。


「名前はなんじゃ?」


 そんなことを思っていると、ザライさんがたずねてきました。


「フェリシアと申します」

「フェリシアちゃん、きみには特別な仕事を任せたいのじゃ」

「特別な仕事? 接待ではないのですか?」

「もちろん接待じゃよ。ほかのかわい子ちゃんにも接待をしてもらうが、きみはわしがいままで見てきたなかで一番のかわい子ちゃんじゃからな! きみには特別に、貴族の相手をしてほしいのじゃ!」


 べた褒めでした。


 依頼にあった『要人の接待』の『要人』とは貴族のことだったのですね。


「では、ほかの合格者さんは貴族の付き人の接待をするのでしょうか?」

「そんな感じじゃ」


 ざっくりした物言いでした。


「いまは自分の仕事に集中するのじゃ。相手はこのあたりを治める貴族様でな、王都へ向かう途中、わざわざわしの館へ立ち寄ってくださると言ってくださったのじゃ。こんな機会は滅多にないからのぅ。なんとしてでも貴族様に満足していただきたいのじゃ!」


 興奮気味に語ったザライさんは、脅すような口調で続けます。


「万が一貴族様に失礼があれば、わしが責任を取ることになるのじゃ。そうなったら、わしは怒りに身を任せてきみに酷い仕打ちをするかもしれないのじゃ。じゃから、なにがあっても貴族様を不機嫌にさせてはならぬぞ」


 その警告にうなずいてみせたところ、ザライさんは表情を和らげます。


「貴族様がいらっしゃるのは今夜じゃ。それまでは部屋でくつろぐとよいのじゃ」

「わかりましたわ」

「うむ。ああそれと、念のためシャワーを浴びておくのじゃ。あと衣装は部屋にある物を着るとよいのじゃ」


 接客業なだけあり、制服は支給されるようです。シャワーも浴びていいようで、なんだか得した気分ですわ。


「では部屋に案内するのじゃ」


 わたくしは三階の部屋に通されます。天蓋ベッドにシャンデリア、品の良い調度品に絵画、さらにシャワールームが併設された立派なお部屋です。


「失踪されては困るのでな。念のため鍵をかけておくのじゃ。それと、杖があるならいまのうちに預かっておくのじゃ。貴族様にもしものことがあれば一大事じゃからのぅ」

「わたくしが持っているのはこれだけですわ」


 懐から扇子を取り出すと、ザライさんは「それなら問題はないのじゃ」と言い残し、アルザスさんをつれて退室しました。


 鍵のかかる冷たい音が響きます。


「……」


 こうしていると、ローゼスに幽閉されていたときのことを思い出しますわね。


 彼がいまどこでなにをしているかはわかりませんが、まさかわたくしが生きていて、さらに婚活をしているとは夢にも思っていないでしょう。


 シャワールームへ向かいつつ、そんなことを思うのでした。


なるべく3000字以内に収めたいのですが、油断するとすぐにオーバーしてしまいます。

次話もなるべく早くお届けできるよう頑張ります。

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