第12話:護衛
強者との出会いを求めて婚活の旅に出たわたくしは、弟子に迎えたシエルさんとともに森を抜け、丘を越え、商業都市グラジオにたどりつきました。
大通りには多くの方々が楽しげに行き交っております。そこに交じって歩くだけで、まるでお祭りに参加しているような高揚感が胸の内から湧き上がってまいりました。
パン屋から漂う香ばしい匂いに足を止め、看板娘の巧みな話術に興味を引かれたりしつつも、しかしわたくしは一文無し。誘惑を振り払うよりほかはなく、シエルさんとともに落ち着ける場所を探します。
「あっ、姉御! あそこにベンチがあるっすよ! あそこで休憩するっす!」
ちょっとした広さの公園です。中央に噴水があり、そのまわりをベンチが取り囲んでおりました。
さっそく腰を落ち着けたところ、シエルさんはベンチにあぐらをかき、ふくらはぎを揉み始めます。
「いやぁ~、マジで疲れたっすね! せっかく街についたっすから、今日はベッドで寝たいっすね! あっ、でもまずはお金を稼ぐのが先っすね! 今日中に宿代くらい稼げるといいんすけどねぇ~!」
シエルさんはおしゃべりです。おかげで道中、暇を持てあますことはありませんでした。黙々と歩くより、おしゃべりしながら歩いたほうが楽しいですものね。
「仕事って、すぐに見つかるものなのでしょうか?」
「この街にはたくさんの店があるっすからね! 若い働き手は喉から手が出るほど欲しいはずっす! それに姉御は美人っすから、看板娘として即採用間違いなしっすよ!」
顔採用が存在するかはわかりませんが、仕事があるに越したことはありません。
ただ、この街に長居をする気はありませんし、すぐに辞めるのはお店の方にとって迷惑かもしれませんわね。
「お金を稼いだら、この街の名物料理を食べたいっすね! この近くに湖があるんすけど、そこで水揚げされた淡水魚料理は美味しいって評判なんすよ!」
楽しそうにおしゃべりをするシエルさんを見ていると、なんだかこっちまで楽しくなってきます。
「シエルさんはこの街に詳しいんですのね」
「いろんなところを旅したっすからね! この街にも以前来たことがあるっすから、案内は任せてほしいっす!」
「まあ、頼もしいですわ」
シエルさんは嬉しそうに頬を緩ませます。彼女にしっぽがついていたら、大きく振っていたことでしょう。
「姉御は行きたいところとか、やりたいことはないっすか? どこでも案内するっすよ!」
「この街で成し遂げたいことは二つありますわ。一つは情報収集、もう一つは衣類の購入です」
「情報収集って、結婚相手の情報を集めるんすよね?」
「ええ。これだけ大きな街なのですから、強い方はいらっしゃるでしょう」
まずはその方を見つけ、婚活を挑みます。
その方がわたくしより強ければそれでよし。弱かった場合、『あなたより強い方を教えてください』とたずねます。
それを繰り返していけば、やがては世界最強の方にたどりつくのです。
「姉御より強い奴がそう簡単に見つかるとは思えないっすけど……この街一番の強者なら、すぐに見つかるはずっす。街一番ってことは、それなりに有名ってことっすからね」
「となると、達成が困難なのは衣類の購入ですわね」
「それも服の値段によりけりっすけど……買いたい服とかは決まってるんすか?」
「下着ですわ。違和感はありませんけれど、人前に出る以上は穿いたほうがいいと思いまして」
「……ていうか姉御、パンツ穿いてないんすか?」
「ええ。穿いておりませんわ」
「穿かないほうが動きやすかったりするんすかね?」
「穿いても穿かなくても、強さは変わらないと思いますが……人目を気にせずに済みますし、どちらかというと穿いたほうが戦闘に集中できるかもしれませんわね」
「なるほど……! とにかく、お金を稼がなきゃいけないっすね! てなわけで、まずはハンターズギルドに行ってみるっす!」
ハンターズギルドとは、街のみなさまから寄せられた様々な依頼をハンターに斡旋する施設です。
依頼内容は多岐にわたり、難易度に応じて報酬も上下するのだとか。
「つまり強者と戦うことができ、さらにお金までいただけるのですね?」
「そういうことっす! 姉御にとってはまさに天職っすね!」
様々な強者を紹介していただき、さらにお金までいただける。
わたくしにとってハンターズギルドは、結婚相談所というわけですわ。
「では、さっそく行ってみましょう!」
そうしてわたくしたちがベンチから腰を浮かした、そのときでした。
「きみたち可愛いね~! どこから来たの?」
タイミングを見計らったかのように若い男の方が話しかけてきたのです。
これはいわゆるナンパというやつでしょうか? はじめての体験なので、ドキドキしてしまいます。
「遠くのほうから来ましたわ。わたくしたちは旅の途中ですの」
「だったら、いろいろと案内してあげるよっ! もちろん俺の奢りでね! あ、名前聞かせてもらってもいいかな? 俺はペディってんだけど」
「姉御の案内はあたしの役目だっ! てめえは散歩でもしてろっ!」
シエルさんが鬼の形相で怒鳴ります。
ペディさんはたじろぎつつも、散歩に行こうとはしませんでした。
「で、でも男が一緒のほうがなにかと安心だよ! 間違えて裏通りに入っちゃったら危険だからね! きみたちみたいな可愛い女の子ならなおさらね!」
「裏通りは治安が悪いのですか?」
「まあね。裏通りはザライって奴が仕切ってるんだけど、そいつは無類の女好きでね。きみたちみたいな可愛い娘が裏通りに入ったら、その瞬間に誘拐されちゃうかもしれないってわけ」
ペディさんは怖がらせるような口調で言いました。
「裏通りを仕切るくらいですし、ザライさんはさぞかし強いのでしょうね。ぜひ拳を交えてみたいですわっ!」
「あ、あはは、きみ面白いね……」
わたくしは本心を口にしたのですが、ペディさんは冗談だと受け取ったご様子です。
「ザライはただの富豪だから、きみみたいなか弱い女の子でも勝てちゃうかもしれないけど……そんなことしたら、アルザスが黙ってないだろうね」
「アルザスというのは?」
「ザライの用心棒だよ。こいつがあまりにも強すぎるから、この街の人間は誰もザライに逆らえないのさ」
「まあっ。アルザスさんはとてもお強いのですねっ」
アルザスさんは用心棒。そして用心棒とは身を挺して要人を守る護衛のエキスパートです。
強くて守るのが得意だなんて、理想的な結婚相手以外の何者でもありません。
これはもう決まりですわね。
わたくしは用心棒のアルザスさんを次の結婚相手候補に決めました。
「まあそんなわけで、裏通りには絶対に近づいちゃだめなんだ。そのためにも、この街に詳しい俺みたいな案内人が必要ってわけさ。それで、どこか行きたい場所はある?」
「でしたら、アルザスさんのところへ連れていってくださいなっ」
「俺の話聞いてた!?」
「もちろんですわ。それで、案内していただけますの?」
「じょ、冗談だよね?」
「わたくし、このような冗談は好みませんわ。それで、連れていってくださるのですか?」
「つ、連れていきたいのはやまやまだけど……あっ、そうだ! 大事な用事を忘れてた! それじゃあ旅行楽しんでね!」
ペディさんはわざとらしい声を上げ、大慌てで走り去っていきました。
「姉御っ、姉御っ!」
シエルさんが服の袖を引っ張ってきます。
「あたし、裏通りの場所知ってるっす!」
「まあっ、本当ですのっ?」
シエルさんは得意気にうなずきます。
「シエルさんは頼りになりますわね」
「えへへ、そう言ってもらえて嬉しいっす! さっそくアルザスに喧嘩売りに行くっすか?」
「喧嘩ではなく、婚活ですわ。そうですわね……アルザスさんのもとへ行くのは、必要なものを揃えてからにしましょうか」
わたくしの身体は長旅で汚れてしまいましたし、下着を身につけておりません。
そんなわたくしを見て、アルザスさんは『なんてはしたない女なんだ』と軽蔑するでしょう。
念願の結婚相手候補が見つかったのです。
せっかく会うのですから、おめかししてから会いたいのです。
用心棒さんが突然失踪するなんてことはないでしょうし、まずはお金を稼ぎ、身体を清め、下着を買い、それから会いに行っても遅くはないでしょう。
「てことは、まずはギルドっすね!」
「はい。道案内のほど、よろしくお願いいたしますわ」
「任せてくださいっす!」
そうしてわたくしはシエルさんの案内を受け、ギルドへと向かうのでした。




