第11話:姉御
復活を遂げた山賊の方々は、シエルさんの剣が折れてしまったことにうろたえているご様子でした。
聞き耳を立てるに、彼女の剣は鋼鉄を切り裂いても刃こぼれ一つしなかったようなのです。
戦わずして勝つためのハッタリだと推理しておりましたが、シエルさんは虚言など口にしていなかった――わたくしが強くなりすぎただけだったのです。
つまるところ、シエルさんは理想の結婚相手ではなかったということですわ。
期待していただけに落胆もひとしおですけれど、気落ちしたところで結婚できるわけではありません。
理想の結婚相手と出会うためには婚活あるのみ。
めげず挫けず諦めず、ただひたすらに婚活を続けるしかないのです。
そうしてやる気を滾らせていたところ、山賊たちがシエルさんを守るように立ちはだかります。
わたくしがシエルさんにとどめを刺すと思っているのでしょうか。
「お頭には指一本触れさせねえ!」
「ここは俺たちが食い止めますぜ!」
「俺たちが時間を稼いでいる隙に逃げてくだせえ!」
その姿はさながら姫を守る騎士のよう。守られたい願望のあるわたくしとしては羨ましいことこの上ありません。
けれど、シエルさんに守られたい願望はない様子。山賊の壁をかき分け、覚悟を決めたような顔つきでわたくしを見つめてきます。
「あんたの狙いは、あたしひとりなんだよな?」
「ええ、その通りですわ」
「だったら、あたしの首はあんたにやる! だからこいつらは見逃してやってくれ!」
頭領として、手下を身代わりにすることに抵抗があるのでしょうか。シエルさんは、先ほどまで悲鳴を上げていたとは思えない勇ましさを見せてきます。
「ご安心を。わたくしはハンターではありませんので、あなた方を殺すつもりはありませんわ」
にこやかな宣言に、シエルさんはきょとんとします。
「で、でもあたしを倒しに来たんだろ?」
「いえ。倒しに来たのではなく、決闘をしに来たのです。すでに決着はつきましたし、山賊稼業を引退すると約束してくださるのでしたら、わたくしはおとなしく立ち去りますわ」
「引退もなにも、あたしらは山賊じゃねえ!」
シエルさんは身の潔白を主張します。ほかの方々も同意するようにうなずいておりました。
わたくしが聞いた話と食い違いがありますが……どちらかが嘘をついているということでしょうか?
「……詳細をお聞きしても?」
わたくしの問いに、シエルさんは山賊と呼ばれるに至るまでの経緯を語ります。
「あたしの親は若い頃、武者修行として世界中を旅してまわったらしくてな。親父は思い出話のつもりだったんだろうが、あたしにとっちゃ血湧き肉躍る冒険譚だったんだ」
ご両親の冒険譚を聞いているうち、シエルさんは武者修行に憧れるようになったのだとか。
そして3年前、シエルさんは武者修行の旅に出ました。
「こいつらとは旅のなかで知り合ったんだ」
シエルさんは同じように武者修行をしていた方々と戦い、全戦全勝を貫きます。その強さに惹かれ、この場のみなさんはシエルさんに弟子入りしたのです。
「あたしがこの山砦にたどりついたのは、いまから1年くらい前だ。森のなかには魔物がいるけど、この山砦は結界に守られてるからな。好きなときに戦えて好きなときに休憩できるこの山砦は、修行の場としては最適だと思ったんだ」
シエルさんは人間相手の修行を止め、魔物と戦って強くなろうとしたのです。
それが山賊の幕開けでした。
「ある日、あたしたちはいつものように剣を持って砦を出たんだ。ちょうどそのとき、街道を商人が通りがかってさ……」
剣を手にした強面の方々を見て、商人は山賊に襲われると勘違いしたらしく、悲鳴を上げて走り去っていったのだとか。
その際、商人は荷物を落としたらしく、シエルさんは親切にも砦に保管することにしたのです。
「そのうち荷物を取りに来ると思ってたけど……砦に来たのは商人じゃなくてハンターだったんだ」
商人が被害届を出したのでしょう、この場のみなさんは山賊と見なされ、賞金首になってしまったのです。
「そのハンターってのがめちゃくちゃ強い奴でな。全員で戦って、追い返すのがやっとだったんだ」
冤罪で殺されてはたまりません。ハンターに襲われるのを恐れた方々は山砦から逃げだしました。
つまり、この場の方々はハンターに襲われるのを覚悟の上で山砦に居残ったのです。
「なぜ山砦に残ったのですか?」
「あのときのハンターと再戦するためだ。あたしにとってははじめての敗北だったからな。一対一で戦って勝たないと、心残りになっちまうんだ。けど、あいつがいまどこでなにをしてるのかわからねえ」
見張りの方がわたくしから杖を奪おうとし、シエルさんが威嚇するような発言を口にしたのは、平和的に話をするためだったのだとか。
わたくしからハンターに関する情報を聞きだしたあとは、解放するつもりだったようです。
もっとも、わたくしはハンターではありませんので、みなさんが欲する情報など持っていないのですが。
「あたしの目標は、あのハンターに勝つことだ。でも、あたしの剣は真っ二つになっちまった。そしてあたしは、それで良かったと思ってる」
「なぜですの?」
ご家族にいただいた大切な剣だったようですし、恨み節をぶつけられると覚悟しておりましたのに。
「あたしはあの剣に頼りすぎてたんだ。あの剣を失ったいま、あたし自身が強くなるしかない。あたしはようやくスタートラインに立つことができたんだ。だけど、普通に修行したってあのハンターには勝てねえ」
だから、とシエルさんが真剣な眼差しを向けてきます。
「あたしをあんたの旅につれてってくれ!」
「なぜですの?」
「あんたの……いや、姉御のそばにいれば強くなれる気がするんだ! だから、どうかあたしを旅につれてってほしい……っす! どうかお願いするっす!」
シエルさんは慣れない敬語で懇願します。
「俺たちからもお願いします!」
「お頭は俺たちと違ってまだ若い!」
「あんたの……姐さんのもとで修行すれば強くなれるはずなんです!」
手下の方々が頭を下げてきました。
「ええ。構いませんわよ」
わたくしは世界の地理に疎いので、世界中を旅したシエルさんが一緒なら心強いです。
それに頼ってくださる方を無下にはできませんものね。
伯母さまがわたくしを強くしてくださったように、今度はわたくしがシエルさんを強くするのです。
ただし。
「わたくしは婚活で忙しいので、みっちり稽古をつけて差し上げることはできませんわ。それでも構わないとおっしゃるのでしたら、わたくしとともに世界を巡りましょう」
シエルさんは嬉しそうに顔を輝かせ、こくこくとうなずきます。
「はいっ! 今日からよろしくお願いするっす、姉御!」
そうして旅の仲間を手に入れたわたくしは、シエルさんの案内で街へと向かうのでした。
山賊編終了です。




