第10話:虚言
山砦から飛び出してきた山賊たちが、わたくしを取り囲みます。
ざっと数えてみたところ、20人くらいでしょうか? うしろのほうにも人影が見えますし、もう少し多いかもしれませんね。
目に見える範囲に立っている方々は、とても野性味溢れる姿をしておりました。
魔法を使うより身体能力を活かしたほうが遙かに強いという自信の表れでしょうか、彼らが手にしているのは杖ではなく剣でした。
みなさんとても強そうですし、こんな方々を束ねる頭領さんは世界最強かもしれませんわね。
「はじめまして。わたくしはフェリシアと申します。ぶしつけなお願いで恐縮なのですが、このなかに頭領さんがいらっしゃいましたら、どうかお姿を見せてくださいませんでしょうか?」
さあ、どなたが名乗りを上げるでしょうか。
あの恰幅の良い方でしょうか?
あの一際背の高い方でしょうか?
あの眼帯をつけた方でしょうか?
高鳴る鼓動をそのままに、頭領さんの登場を心待ちにします。
「あたしだ!」
名乗りを上げたのは、女の子でした。
わたくしより一つか二つ年下でしょう。身長は頭一つ分ほど低く、華奢な身体をしておりました。
緑を基調とした衣装に身を包み、剣闘士が用いそうな肉厚の剣を手にしております。
「まあっ、あなたが頭領さんなのですねっ」
「そうだ! 泣く子も黙るシエル様とはあたしのことだ!」
威嚇するように叫んだシエルさんは剣の切っ先を向けてきました。
「フェリシアとか言ったな! てめえは何者だ! ハンターか!?」
「こいつはお頭を退治しに来たらしいですぜ!」
見張りの方がすかさず言いました。
その途端、シエルさんは絹糸のように繊細な赤い髪をざわつかせ、翡翠石を思わせる瞳でわたくしを睨みつけてきます。
「そうか、てめえの狙いはあたしか!」
「その通りですわ」
わたくしはハンターではありませんが、シエルさんを狙っているのは事実です。
あちらもやる気のようですし、さっそく婚活を始めましょう。
とはいえ拳を振るえばシエルさんが木っ端微塵になりかねませんし、まずは扇子でお手並み拝見といきましょう。
「そ、それはなんだ!?」
懐から取り出した扇子を見て、シエルさんが戸惑いの声を上げました。
「扇子ですわ」
「なぜ扇子を出した!」
「これがわたくしの武器ですの」
「扇子が武器だと!? そんな武器で、この剣に勝てると思ってんのか!」
「ただの扇子ではありません。家族の愛情がたっぷり詰まった扇子です」
「そっちが愛情なら、こっちは魔力だ!」
シエルさんが張り合ってきました。
「魔力が詰まっているとは、どういう意味でしょう?」
わたくしの問いに、シエルさんは得意気な笑みを浮かべます。
「この剣は親父のダチがあたしのために作ってくれた特注品でな。極小の魔力回路が組みこまれてて、あたしが魔力を注げば注ぐほど切れ味が増していくんだ! そんな剣を、あたしは手足のように扱うことができる!」
「つまり、シエルさんに斬れないものはないのですね?」
わたくしが期待をこめてたずねると、シエルさんは自慢げにうなずきました。
世界最強の攻撃手段を持つ山賊頭領ですか……。
あらゆる災厄からわたくしを守れるほどの防御力があるかが気がかりですが、一撃で脅威を排除してくださるなら問題はありません。
結婚相手にとって不足はありませんわ!
「さっそく戦いましょう!」
「正気か!? この剣に触れた瞬間、てめえの身体は真っ二つになるんだぞ!?」
「覚悟はできておりますわ」
わたくしは自分より強い方としか結婚する気はありません。
実力を確かめるには戦うしかなく、その方が理想の結婚相手だった場合、わたくしの身体は無事では済まないでしょう。
とはいえ結婚のために死んでしまっては意味がありませんので、致命傷にならないように上手く対処するつもりです。
「さあ、尋常なる真剣勝負を始めましょう!」
「か、勝手に話を進めんじゃねえ! あたしは武器を持たない奴は襲わない主義なんだよ!」
「かかってこないなら、こちらからまいりますわ!」
なかなか斬りかかってこないため、先手を打つことにしました。
するとわたくしの前に山賊の方々が立ちはだかります。
「「「「「お頭と戦いたかったら、まずは俺たちを倒すこったな!」」」」」
びゅわっ!!
扇子を振って山賊を吹き飛ばします。
そうして邪魔者を排除したわたくしは、あらためてシエルさんに扇子を向けました。
「さあ――決闘を始めましょう!」
にっこり笑って婚活宣言したところ、仲間の方々を吹き飛ばされて呆然としていたシエルさんは悲鳴を上げます。
「う、うわあああああああ!! こっち来るな! こっち来るな! こっち来るなああああ!!」
ぶんぶんと剣を振りまわしながら取り乱すシエルさん。きっと仲間の方々が吹き飛ばされたのが衝撃的だったのでしょうね。
「お断りしますわ」
わたくしはきっぱり断りました。目の前に夢にまで見た結婚相手候補がいらっしゃるのです。前進あるのみでしょう。
一心不乱に剣を振りまわすシエルさんのもとへ、わたくしは構わず近づきます。
「さあ、わたくしに見せてください。その剣の破壊力を――」
ベキッ!!
わたくしの手に触れた瞬間、剣は真っ二つになりました。
「……」
わたくしは呆然と立ち尽くします。
なぜ世界最強の剣の刀身が転がっているのですか? 折れたのですか? 世界最強の攻撃力を誇る剣がこうもあっさり折れるなんておかしくないですか?
受け入れがたい現実に戸惑っていたわたくしは――あることに気がつきます。
「これは……いくらなんでも綺麗すぎますわね」
シエルさんの剣は新品同然の輝きを放っていたのです。
はじめて目にしたときは入念に手入れをしているだけだと思っておりましたが、実際は正真正銘の新品――切れ味を試したことがなかったのです。
なんでも斬れる剣というのは、わたくしを恐怖させ、降伏させ、戦わずして勝利するための虚言だったのですわ。
そう考えると、ちょっと手に触れただけで剣が折れてしまったことにも納得がいきます。何の変哲もない剣なら、折れてもおかしくありませんものね。
「馬鹿な! お頭の剣が折れるなんて……!」
「ありえねえ! あの剣は鋼鉄を斬っても刃こぼれ一つしなかったんだぞ!?」
「な、なんなんだよあいつは!?」
「俺たち、悪い夢でも見てるのか……?」
復活を遂げた山賊たちの悲鳴が響きました。
わたくしが強くなりすぎただけみたいです。
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