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第1話:転生

「いますぐフェリシアを地下牢に閉じこめるのだ!」


 雷のような怒鳴り声が広間に響き渡ります。


 琥珀色の髪を逆立て、蒼玉のような瞳に怒りの炎を滾らせている彼は、陛下より伯爵の地位を賜りしメイデンハイム家の当主――ローゼス・メイデンハイム。


 わたくし――フェリシア・メイデンハイムの実の父です。


 とはいえ血のつながりはありますが、わたくしはローゼスのことを父親だと思ったことはありません。


 わたくしが生まれて早5年。その間、彼がわたくしに対してしたことといえば、屋敷の外へ出ることを禁じ、窓のない部屋に幽閉したことくらいですもの。


 わたくしが普通の子どもであれば父の命令におとなしく従い、泣きじゃくりながら必死に謝り、許しを乞うていたでしょう。


 ですが、わたくしは普通の子どもではありません。


 こっそりと部屋から抜け出しては屋敷を守る衛兵に捕まり、ローゼスの前に突き出され、罰として地下牢に閉じこめられる――そんなやり取りを何度となく繰り返しておりました。


 抵抗すれば屋敷から逃げることもできたでしょうが、わたくしを取り逃がしたとあっては衛兵が罰を受けることになります。


 ひとりひとりの名前は存じ上げませんが、衛兵さんにも家族がいるでしょう。わたくしのせいで一家が路頭に迷うのは目覚めが悪いので、おとなしく捕まるようにしていたのです。


 とはいえ、いつも部屋を出てすぐに捕まってはいましたが、得るものがなかったというわけではありません。


 庭園に咲き誇る美しい花々を見て心を癒やすことはできましたし、夜空に浮かぶ二つの月を見て、ここが地球ではないこともわかりました。



 夢にしては現実味があると思っておりましたが、わたくしは異世界に転生したらしいのです。



 転生とは、べつの生物に生まれ変わること。


 つまり、わたくしは一度死んでいるのです。


 死の間際の光景は、いまでも鮮明に思い出せます。


 幼い頃から結婚願望が強かったわたくしは花嫁修業を積み重ね、女子校を卒業してすぐに婚活パーティへと向かいました。


 その道中トラックにはねられ、気づけば赤子に生まれ変わっていたのです。


 女子力ではなく身体を鍛えていれば、奇跡的に無傷で生還できたかもしれません。そしてパーティ会場で、理想的な結婚相手に巡り会えていたかもしれません。


 そう考えると、わたくしのやるべきことは花嫁修業ではなく、肉体修行だったのかもしれませんね。


 せっかく身につけた裁縫スキルも料理スキルも、けっきょく発揮できませんでしたし。


 とはいえ後悔したところで時間は巻き戻りません。


 せっかく転生できたのですから、今度こそ理想の結婚相手と巡り会ってみせますわ! 


 わたくしは、そう心に誓ったのです。


 しかしながら転生先は貴族令嬢。家柄を気にするローゼスが、実の娘に自由恋愛を許すとはとうてい思えません。


 確かにわたくしは死ぬほど結婚したいのですが、相手は自分で選びたい。そんな願いが通じたのか、ローゼスはわたくしを政略結婚の道具として利用するつもりはないようです。


 かといって、自由恋愛を認めるつもりもないようですが。


「化け物を飼っていると陛下に知られれば家名に傷がつく! 陛下の目に触れぬよう、地下牢に閉じこめるのだ!」


 近日中に国王陛下がローゼスの治めるこの街へ視察にいらっしゃるようで、その際に屋敷へ招待しようと計画しているらしいのですが……その折、わたくしという存在が陛下の目に留まることを恐れているのでしょう。


「で、ですが地下牢に閉じこめたところで、脱走されてしまいます」


 広間に集められた衛兵のひとりがおずおずと意見すると、ローゼスは怒りと恐れの織り混ざった眼差しでわたくしを睨みつけてきました。


 どちらかというと、恐怖の感情のほうが強そうです。


 まあ、気持ちは理解できますわ。



 わたくしは生まれながらに力が強く、鉄格子くらいなら飴細工のようにねじ曲げることができますもの。



 ローゼスは普通の人間ですし、わたくしの馬鹿力にはお母様が関係しているのかもしれません。


「平民とはいえ、まさかあの美女からこんな化け物が生まれるとは! やはり生まれる前に殺しておくべきだったのだ!」


 わたくしのお母様はメイデンハイム家に仕えるメイドでした。


 わたくしを生んですぐにこの世を去ったのでお顔はわからないのですが、ローゼスの言うように美人だったのでしょう。


 一夜とはいえ、貴族であるローゼスに愛されたのですから。


 ローゼスは平民とのあいだに子どもを作るつもりなどなかったのでしょうが、お母様はわたくしを身ごもり、生ませてほしいと懇願したのでしょう。


 わたくしがここに存在しているということは、ローゼスはお母様の熱意に根負けしたのでしょうけれど……いまとなってはその選択を後悔しているご様子。


 メイドの娘であるわたくしが陛下の目に留まれば、家名に傷がつくと本気で思っているのです。


 陛下がいらっしゃるまで、あまり期日は残されておりません。どうしたものかと落ち着かない様子で広間を右往左往していたローゼスは、閃いたように足を止めます。


「そうだ! 竜の谷に捨てればよいのだ! あそこに捨てれば、いくら化け物とはいえ生きては帰れまい!」


 竜の谷の詳細はわかりませんが、生きては帰れない、ということは危険な場所に違いありません。


「そのような場所に捨てられるくらいなら、自らの脚でこの屋敷を出ていきますわ」


 わたくしは思いの丈をぶつけました。


「それは許さん! 出ていった先で、あることないこと言いふらすに決まっている!」


 とりつく島もありません。


 まったく、どれだけ信用がないのでしょうか。わたくしだって、ローゼスの娘だと言いふらすなんてまっぴらですのに。


「さあ、衛兵ども! フェリシアを拘束するのだ!」


 衛兵たちは誰ひとり動こうとせず、不安げに顔を見合わせるばかり。


 まあ、無理もありませんわね。わたくしの馬鹿力を知らぬ者など、この屋敷にはおりませんもの。


「ええい、この役立たずどもめ! もうよい! 私がやってやる!」


 ローゼスは懐から木の枝を取り出し、先端を小刻みに動かします。


 わたくしの足もとが明るく光り――次の瞬間、手足がツタに拘束されてしまいました。


 引きちぎろうにも、ツタはびくともしません。


「無駄だ! この私が全魔力をこめて放った拘束魔法だぞ? 化け物とはいえ、引きちぎることなどできるわけがない!」


 ローゼスは得意満面に言い放ちます。ご自分の魔法に、よほどの自信がおありのようで。


 確かに自慢するだけのことはありますが……5歳児相手に本気を出して得意気になるのはどうかと思いますよ?


 フェリシア・メイデンハイムという存在は、ローゼスにとってそれほどまでに脅威なのでしょうね。


 わたくしはただ、結婚したいだけ。ローゼスの出世の邪魔をするつもりなどありませんのに……。


 まあ、そう言っても彼は信じないのでしょうが。


「さあ、いますぐ馬車の準備をするのだ!」


 ローゼスの命令に、衛兵たちは汚名返上とばかりに素早く行動します。


 どうやら竜の谷行きは避けられそうにありませんね。


 こうなった以上、わたくしも覚悟を決めねばなりません。


 竜の谷に理想的な結婚相手がいると信じ、いまはおとなしくしておきましょう。


 望み薄ですが、わたくしはポジティブに考えることにしたのでした。



友人の婚活話を聞いているうちに書きたくなったので新作を投稿してみました。

次話は今日の21時頃投稿予定です!

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