八話
小屋に落ち着けば、今後の生き方もかんがえられる、と思っていた悟でしたが、何も浮かびません。
ただ、途方に暮れるだけでした。
雪子に辛い思いをさせないように、自分が世間の荒波の盾になって、生きていかなければならない事は、解るのですが、具体的にどうしたらいいのか、皆目検討がつかないのです。
行くてを塞ぐ、大きな黒い現実の壁は、いや、おうなく重くのしかかり、悟を苦しめました。
(父さん、母さん、僕も天国へ行きたい、父さん母さんの側へ行けば、今より幸せになれるような気がします。でも、自分はそれでいいが、雪子はどうなる。雪子の為に生きなければいけないのだ)
悟は、苦しみに苦しんで、鍛えられたのか死にたい気持ちは去り、一回り成長しました。
そして
(悲しい、辛い思いをしているのは、自分だけではないのだ、戦争の傷手は日本人みんな、同じように受けているのだ)
と、思いなおしました。
二人は、ひどく疲れました。
そのせいか、小屋の中で眠りました。
うとうととしていると、誰かがすすり泣く声がします。
(いったい何者だろう)
小屋の戸を開けると、隣の幸雄ちゃんが、目を腫らして立っています。
「あっ、幸雄ちゃん、幸雄ちゃんじゃないか。親戚の家に行ったとばかり思っていたけど、一人でいたのかい」
幸雄は、こっくりと頷きました。
「お父さんもお母さんも、動かなくなったので、どこかのおじさんが連れて行ってしまった。あーん、あーん」
幸雄は、今まで以上にしゃくりあげて泣きました。
どこかのおじさんとは、遺体集めのおじさんの事だと、悟は思いました。
幸雄が不憫でなりません。
「さあ、おいで、中にお入り、ほら、幸雄ちゃんは男じゃないか、男は泣くものじゃないぞ、悲しみは腹の奥へ押し込むのだよ」
幸雄は、悟の胸に抱かれて、悟が言ったように、悲しみを腹の奥へ入れ込もうとどりょくしました。
「お兄ちゃん、こうするの、うーん」
「そうだ、そうだ、そうするのだよ。涙よ消えてなくなれ、空の遠くに飛んでけって。お腹を手で撫でて、手を上にあげるんだよ」
幸雄もその通りにしました。
それでもお父さんお母さんの事が心配です。
「お兄ちゃん、お父さんお母さんは帰ってくるの?」
「来るよ、来る、きっと来る」
悟は嘘を言うよりほかなかったのです。
「お兄ちゃん、お父さんお母さんは、いつ帰ってくるの?」
「そうだな、幸雄ちゃんが、お利口にしていて、大きくなれば」
「大きくなればって、ずうーっと先だろう。そんなの嫌だよ、今じゃなくっちゃだめ」
雪子が小屋に非常食のお菓子を、置いていたのを思い出し
「幸雄ちゃん、お菓子を食べなさい」
幸雄は、お腹が空いていたのか、しくしく泣きながら、涙と一緒にお菓子を食べました。
こんな幼い子供が、戦災孤児になるなんて、可哀想でなりません。
悟は、幸雄をぎゅうっと抱きしめました。
「お兄ちゃんね、お父さんお母さん、冷たくなったので、知らないおじちゃんが、温めに連れて行ったの、お父さんお母さんが、暖かくなったら、帰ってくるよね?」
「うん、帰ってくるよ」
「いつになったら暖かくなるのかな、暖かくなれば、動けるようになるのかな、油をいっぱいさせば、動けるようになるよね、お兄ちゃん」
「うん、うん」
悟は、頷くだけでした。
なんと言ったらいいのか、言葉を失っていました。
幸雄は人間の死を知らないのです。
自転車みたいに、油をさせば動けると信じています。
幼いものの特権なのか、現実がよく解らないだけ、幸せなのかもしれない、と悟はおもいました。
「幸雄ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃんは?」
「おじいちゃんもおばあちゃんもいないよ」
「いないの?」
「うん、お母さんが言っていた。幸雄には、おじいちゃんもおばあちゃんもいないって」
幸雄は、お菓子を食べ終えると、また、しくしく泣き出しました。
悟は困りました。
(幸雄ちゃん、泣いてくれるなよ。それでなくとも、俺だって泣きたいのだよ。腹一杯泣きたい気持ちだよ。雪子の手前、兄貴ぶって、我慢して涙を一生懸命で、止めているだけだよ)
と、悟は思いました。
悟は幸雄に聞きました。
「幸雄ちゃん、おじさん、おばさんはいないの?」
「いない」
「大人の人で知っている人は?」
「お兄ちゃんがいるよ」
悟は、自分たちの行く末も、どうなるかわからない、こんなに大変な時に幸雄の面倒間で、見なくてはならないようになったら、どうしよう、と思っていただけに、おにいちゃんがいる、と聞いてほっとしました。




