六話
雪子は、幼いため、現実がぼやけていて、父母の死が、自分に与えるものはどんなものか、解りませんでした。
ぼやけているだけ苦しみは、半減するのですが、父母が動かなくなった、悲しみの中で
(私にはお兄ちゃんがいてくれる)
それが救いでした。
幼い者にとって、父母が死ぬということは、大海原に放り出された蟻のようなものなのですが、すがれる兄がいることは、悲しい中での救いでした。
そこへ、二人の男が遺体を集めにきました。
悟の顔がさっと青ざめました。
(父が骨になって、消えて無くなるのか、せめて、もうしばらく、このままの姿を見ていたい)
と、思いました。
「父さんは。墓に埋めたい、遺体は渡せない」
二人の男は
「俺たちは、仕事が減って楽で良いが、どうやって運ぶのだ、お前たち二人で運べるか」
この焼け野原には押しぐるま一つないので、どうやって運べばいいか分からず、返す言葉のない悟は無念でありません。
どうすることも出来ない自分に腹が立ちます。
自分自身の不甲斐なさに、無念の涙が目に光りました。
二人の男は、悟が承知した、と思ったのでしょう。
お父さんの遺体は事務的に運ばれていきます。
ゴミを運ぶみたいに、無造作にズルズルと引っ張っていきます。
たまりかねた悟は
「父さんは、ゴミとは違うぞ、もっと大切に運べ、、、」
と、叫びました。
その声がこだまのようになって、悟の頭の中にも何回も襲いかかりワオー、ワオーと頭の中でわめきます。
何百何千もの遺体を運んで疲れている二人の男にとっては、精一杯の行動なのですが、悟にとっては、とっても辛いことでした。
戦争とは、このようなものです。
父の遺体が転がっていないだけ、良しとしなければならないのです。
二人の男は、調子抜けのするような声で
「何か言ったかい」
と、以降同音に言いました。
「お父さんは、ゴミとは違う、もっと、大切に運んでくれ」
悟は、ハラハラと流れる涙を、どうしても止められません。
腕で涙をこすりこすり、二人の男に言いました。
雪子は、父の遺体を追って、泣きながらついて行きました。
悟も雪子を追って走りました。
しばらく走ると、焼け野原となった空き地に、大きな火柱が立って、勢いよく燃えていました。
その火の中に、父さんの遺体は、丸たんぼうでも、放り込むようにして、投げ入れられました。
投げ入れられた瞬間、炎は下火になりましたが、また、元に戻り燃えています。
お父さんは、炎の中の人となり、二度と会うことができない、と思うと、悟と雪子は抱き合って泣きました。
戦争とは、人の性格をも変えてしまう悪魔だから、、、
火の側で、遺体を焼いている人たちは、焚き火でもしているように、何の感情もなく、泣いている二人を見ても、同情するでもなく、もちろん慰めの言葉もありません。
感情は、遺体の多さで麻痺しているのです。
何を見ても悲しくもなく、哀れみの心もなく、ただ、忠実に黙々と仕事を片付けているだけでした。
何千という死体が山積みに重ねられているのです。
一人一人に同情していても、自分の身が持ちません。
悲しみも、苦しみをも乗り越え、感情は遠くへ去り、乾ききって感情は枯れ果て、涙も枯れ果て、頭の中は我が国が戦争に負け、自分がこのような遺体となり、焼かれる。
その時を考え、頭の中はパニック状態でした。
父の遺体を運んだ人が
「父さんの骨持って行きなさい」
と、言います。
「父の骨だと、はっきりしていれば持って行きます」
と、悟は答えました。
「こんなにたくさんの人を一緒に焼いて、解るわけないだろう」
「だったら、いりません。他人の骨を父だと思えだなんて、そんなことは出来ません。父の骨であってこそ、父であり、誰の骨か解らないのに、父として、祈る気持ちにはなれません」
と、悟は言いました。
悟は、いつまでも、ここにいたって、父さんが生き返るわけでもなく、どうにもならない、過ぎ去った事をどんなに悔いてみても、無駄なことなのだと、苦しみや悲しみを腹の底に押し込もうと努力しました。
少しだけ押し込むと、自分の家の物置小屋が、燃えずに残っていることに気づきました。
「雪子、家へ帰ろう」
悟は雪子の手を引いて、我が家へと急ぎました。
昨日まであった遺体は集められたのかもう、どこにも見当たりません。
道に倒れている木々や、燃え残りの木を集めて、道を整理している人々の姿が目に付きます。
道も少しは道らしくなりつつありました。
小屋にたどり着くと、水とおにぎりの配給があっていました。
長い間、何も食べていないことに気づき、水とおにぎりを少しばかり食べました。
おにぎりは、麦の方が多いご飯の中に、梅干し一個という、実に粗末な物でした。
しかし、焼けずに残った人々の好意が身に染みます。
久しぶりに撮った食事でしたが、喉を通りません。
美味しいとも思いません。
土を食べているような気持ちでした。
二人はただ、悪い夢を見ているいるようでした。
いや、むしろ夢でありますように、と祈っていました。
しかし、現実は現実です。
目の前にあるものは全て灰になっていました。




