五話
二人は歩きに歩きました。
やっとのことで、見覚えのある、会社の門が月の光を受けて見えてきました。
「雪子、ここが父さんの会社だよ。この門は会社の門だよ」
会社は丸焼けに焼け、何一つ残っていません。
ただ不気味に門だけが、にゅうっと幽霊みたいに立っていました。
(父さんの会社も燃えてしまったのか)
悟は、がっかりしました。
会社へ来れば、お父さんが
「おゝ、よく来たな」
と、言って元気な笑顔を見せてくれる、と思っていたので、ひどいショックを受けましたが、雪子の前では弱音は言えません。
弱音を言えば、雪子ばかりか、自分までどうしようもないほど、不安に駆られるからです。
父さんは、何処かで生きている。それだけが、ただ一つの望みでした。
「お兄ちゃん、お父さんの死んじゃったの?」
「死んじゃーいないさ、何処かにいるよ。会社が燃える前に何処かに逃げているよ」
「うん、そうよね」
そうであるように、祈らずにはいられない二人でした。
悟が
「お父さん」
大きな声で叫びました。
雪子も
「お父さん」
と、声を限りに叫んでみましたが、何の返事もありません。
二人は門の前の地べたに座りました。
悟は、門を枕に、雪子は、悟の膝を枕に、うとうととしました。
昨夜も眠っていません。
疲れが出たのか、心細い中にも、うとうととする二人でした。
夜明けの明かりで、二人は目が覚めました。
あたりは、薄い霧がかかっていました。
有明の月が白っぽく存在薄く、悲しそうに光っていました。
その光は、悲しみを告げているように思えました。
星が二つ三つ、太陽の光に飲み込まれそうになっていました。
夜と昼の交替の時間が、音もなく静かに少しづつやってきます。
二人は目をこすりこすり立ち上がりました。
すると、二〜三十メートル先に、誰かが倒れているのが見えます。
「雪子、行ってみよう」
二人は走りました。
近寄ってみるとお父さんでした。
「お父さん、お父さん」
悟は、父を抱き上げました。
父の体は冷たく、何を言っても、答えられない人となっていました。
「父さんが死んだ、どうして父さんまでが死んだのですか。」
悟は、父の遺体を抱きしめて、無念の涙を流しました。
雪子は、父の頬に自分の頬を当て、涙を流しました。
父の冷たい頬は涙で暖かくなっていきます。
(私の涙で父の体が暖かくなり、生き返ってくれるなら、何年でも泣き続けるのに)
と思いました。
悟も雪子も、悪い夢を見ているようでした。
(昨夜の夢の続きだよ。父さんが死んだりしないように、と祈りすぎて夢になったんだよ。そうだよ、そうだよ)
そのように考えようとしました。
しかし、冷たい父の体の感触は、父は死んだのだよ、死んだのだよ。と囁きかけてきます。
父の顔をみると、二度と目を開かない、冷たいロウ人形のように変身していました。
父の遺体は、洋服が少し燃えているだけで、綺麗な遺体でした。
手も合掌させました。
顔の汚れも、涙で洗い流してやりました。
たった、一つの頼りの糸も断ち切れた今、二人は、どのように生きていけばいいのか、途方に暮れました。
悟は
(僕は男だ、こうなった以上、強く生きていかなければいけない)
決意を新たにするには、あまりにも突然で、あまりにも悲しい大きな打撃でした。
それでも、悟は、この泥沼の中で、あえぎ、苦しみ、もがき、前進しようと、、、
くじけ埋没しそうな自分と戦いました。
雪子は、父の遺体にしがみついて泣いています。
悟は、雪子を慰めてやらねば、それが兄としての務めだと思いました。
「雪子、顔をよくみせてごらん。よしよし、涙を拭いて、雪子、よく聞くんだよ。隣の幸雄ちゃんね、まだ、5才だろう、そんなに小さいのに、お父さんもお母さんも亡くなって、たった一人ぼっちになったそうだよ。
それに比べれば、雪子には、お兄ちゃんがついているではないか、だから、泣くのはもうよしなさい」
そう言えば言うほど、自分自身の身の不運が、恨めしく、涙を止めることができない悟でした。




