最終話
すすり泣きの声の合間に、靴の音がコトンコトンと聞こえてきますが、誰も、その靴の音の方に目をやる者はいません。
靴の主は最前列に向かって、足早にやってきます。
靴の音は、雪子達の前でぱたりと止まりました。
その靴の主が、死んだはずの悟であろうとは、誰もが夢にも思いませんでした。
「雪子、加代、高杉先生、いったいこれは、何事ですか?」
その声に、三人は一斉に前をみました。
三人とも、あまりの驚きで声が出ません。
死んだはずの悟が、目の前に立っているからです。
「あ、あ、あ、」
と、手を中段にあげ、口をぽかんと開けている三人でした。
やっとの事で、高杉先生が声になりました。
「悟さん、貴方は、生きていてくれたんですね。死んだのではないのですね」
式場にいる人達はざわめきました。
みんな吃驚しています。
「幽霊じゃないの」
「そうね、悟さんは、この結婚式を楽しみにしていたというからね、化けたのかもしれない」
「真昼間からそんなことはないよ」
そのような会話が、ひそひそと聞こえてきます。
誰もが、包帯を巻いている悟の遺体と、生きている悟を交互に見ています。
加代は悟に飛びつきました。
雪子も高杉先生も悟の頭のてっぺんから、足の先まで何回も見ます。
「ああ、本当にお兄ちゃんよ。お兄ちゃん!」
雪子も悟に飛びつきました。
「悟さん、生きていてくれてありがとう」
高杉先生の目からも、喜びの涙が出ました。
四人、がっちりと抱き合いました。
式場から拍手が、会場を割るように鳴り響きました。
悟は事故が起こった時、その場に居合わせなかったのですが、連絡があって事故の事は聞き知っておりました。
上着を間違えられた青木さんが死んだことも知っていました。
だから、僕が死んだのだと、思違いされていたのであろうと、今、気づきました。
しかし、遺体との結婚式は想像すらしませんでした。
病院へ行って雪子の所在を聞くとここだというので、何はさておきやってきたのです。
「皆さん、ご覧の通り、僕は生きています。上着を間違えられ、免許書を胸のポケットに入れていましたので、間違えられたのだと思います。ご心配お掛けいたしまして申し訳ありません。お忙しいところを、私たちの為に、お集まり頂きありがとうございました」
悟は深々と頭を下げました。
席に着いた悟は
「顔が違うはずだろう」
と、加代にそおーっと低い声でききました。
マイクが目の前にあるのに。
加代は、遺体を指差し
「顔はやられていて、全然わからないのよ。免許書だけで決めたのね。それに、あのとうり体格が全く同じでしょう」
「うん、そうだね、無理もないよ。上着を間違えられるくらい体格が同じだから」
と、悟はにっこり笑いました。
加代もにっこり笑いかえしました。
苦しみの後の幸せの笑顔は清々しく、苦しんだだけ幸せも大きくふくらんで、今まで以上の愛の絆も深まり、幸せの中にしたりました。
式場から
「しかし、よかった」
「本当によかった」
会場から、割るばかりの拍手です。
司会の方が
「さあ、皆さん、結婚式のやり直しを致しましょう」
その時、誰かが
「カンパイ!!!」
と、言います。
皆も
「カンパイ!!!」
「今後の幸せを祈って、カンパイ!!!」
自分たちはこれでもいいかもしれないが、死んだ青木さんの事が心配になりました。
青木さんは戦災孤児で、悲しむ家族がいなかった事が四人の胸を苦しめませんでした。
四人で青木さんのお葬式を出して、心から冥福を祈りました。




