三十六話
そこへ、加代が息せきせきやって来ました。
「加代さん、お兄ちゃんが」
加代は急いで顔にかけてある白い布を取りました。
そこにあるものは、真っ黒い炭の塊でした。
目はえぐり取られ、鼻はありません。
同じ死ぬにしても、あまりにもむごい、と加代は涙も出ないほどのショックでした。
雪子は震える手で、放心状態の加代に、免許書を渡しました。
加代はすがるようにして受け取り、震える手で何回も見ました。
涙がポツリポツリと頬を伝わり流れ落ちました。
(悟さん、一人で死ぬなんて、あんまりだわ、あまりにもひどい、ひどすぎるわ)
泣くだけ泣いた加代は、涙をぬぐいすて
「雪子さん、お願い、私たちを結婚させて」
雪子は、加代さんが悲しみのあまり、気が狂ったのではと思いました。
「加代さん、お兄ちゃんは死んだのよ。死人と結婚はできないのでしょう」
「雪ちゃん、私はこの死体と、いや、この悟さんと結婚したいのよ」
雪子は、加代が言っている意味が少しずつ分かってきました。
雪子は、こっくりと頷きました。
「火葬する前に式を挙げたいの。今となっては、せめて死体となりとも結婚したいの。悟さんも私も、結婚の日をどんなに待ち望んだか、悟さんにとっても、そうする事が何よりも供養になると思うの」
雪子は、わかるわかる、と首を縦に振りました。
「わがままばかり言うようだけど、前々から約束したように、貴女達と一緒に式を挙げたいの」
「そうね、そう約束したわよね、一緒にやりましょう」
その時、雪子は決定的なものを感じました。
いつかは決めなければならない事が、早くやってきました。
自分の心を分解する時がきたのです。
(私の青春時代にさよならをしよう。私は高杉先生が好き。だから、何があっても後悔はしない)
「高杉先生、私は、この前の返事をしていません」
「うん、そうだね、まだ、聞いてないよ」
「心より喜んでお受けいたします」
高杉先生は、その言葉の中に恋を感じませんでした。
「無理しているのだね」
雪子は、何を言われているのかわかりませんでした。
「はあ」
と、聞き返します。
「本当にいいのですか。お兄さんが亡くなった悲しみと、結婚式を挙げるための相手を、無理に僕と決め、僕を人形代わりにするのでは?」
「違います。それは違います。私、自分の気持ちが今、わかったのです。自分の気持ちに素直に生きて行こう、と。その道が不幸か幸せか、今はわかりませんけど、今の自分の気持ちどうりに、生きていきたいと思います」
高杉先生は、その言葉の中に真実をみました。
兄さんを亡くした悲しみで、暖かさが欲しいための気まぐれではなく、自分に対しての気持ちに、偽りのない事が伝わってきました。
「雪子さん、ありがとう。では、すぐ結婚式の手配をするよ」
そう言って、高杉先生は足早にその場を去りました。




