三十二話
悟は、雪子の奴、本当にいい人に見初められたものだ。
雪子は幸せになれると確信しました。
体の中から溢れるような人間性に、男の俺が惚れたくなるような男だ。
この人なら雪子を遣ろうと思いました。
悟は父としての責任を果たしたような開放感と、雪子がこの家からいなくなる寂しさ、雪子を取られるような虚しさが、交差し合う複雑な胸中を持て余しそうになるのです。
何と言っても、たった二人で世間の茨の道を、我武者羅に走ってきたのです。
父親になったり、兄になったり、どうかした時は台所に立って、母さん代わりまでやって来たのです。
高杉先生が来られるちょっと前までは、彼氏を早く探せと、冗談言っていたのに、なんとも言えない複雑な気持ちです。
一週間が過ぎ、日曜日が来ました。
澄み切った空にハトが舞っています。
悟は、雪子が洗濯物を干しているのを手伝いながら
「雪子、僕はね、高杉先生の事、良い人に出逢ったと乾杯したい気持ちだよ」
「お兄ちゃん、色々と心配かけてごめんね。雪子も、お兄ちゃんのおかげで大人になったわ。だから、自分で良く考えて、先生には私が直接話そうかと思うの」
「うん、そうか。その方がいいよ。何と言っても、雪子の一生だから、自分で良く考えなさい。そして、雪子、父さんの会社が建っていた、あの土地、あれは全部雪子の嫁入り道具にしたらいい。何か困った時に、あの土地を売って、たしにするといいよ」
「お兄ちゃん、雪子は、お兄ちゃんのお陰で、高看まで出してもらったのよ。だから、土地なんかいらないわ。お兄ちゃんこそ、その土地売って、もっとましな家を建ててちょうだい。加代さんもきっと喜ぶわよ」
「雪子も結構言うようになったね。一人前になんでも考えられるようになった。お兄ちゃんも、もう安心だ。しかし、土地の事は加代さんには言っていない。お兄ちゃんの最後の気持ちだ。遠慮しないでとっておきなさい」
そう言いながら悟は、タンスの引き出しになおしておいた、土地の権利書を雪子に渡しました。
雪子は無理矢理に権利書を押し付けられました。
雪子は兄の愛の強さに涙が出ました。




