三十一話
加代は、毎日のように、雪子の家へやって来ました。
「雪ちゃん。貴方が誰と結婚するかわからないけど、結婚式は、私達と一緒にやりましょうよ。二組一緒にしましょうよ。ねえ、雪ちゃんいいでしょう。約束して」
悟が口を挟みます。
「雪子、お前はまだ見つからないのか?」
「私ってね、男にもてないのかな。まだ売れそうにないの。だってラブレター一つ来ないもの。だから、私を待っていると、おじいちゃん、おばあちゃんになるかもね」
雪子は、戯けたように首をすくめて言います。
加代は慰めるように
「チャンスがないだけよ」
「そうね、それは言えるね。だって仕事に慣れるのに精一杯だもの」
「うん、わかった。しかし、早く探せよ」
悟は悪戯っぽく笑いながら言いました。
「結婚式は、加代さんが言う通り一緒がいいよ。父さんも母さんもいないのだから」
「あら、私には、加代姉さんが出来るのよ。寂しい事なんかないわ」
「だって、雪ちゃん。兄妹二組一緒に結婚式やるなんて、ロマンチックだと思わない?雪ちゃん、一緒に花嫁姿になりましょうよ」
「うん、そうね。加代お姉様のお言いつけですもの。きっと、約束するわ。しかし、何年後になるかわからないわ。それでもいいの?私が売れるの待っていると、一生結婚できないかもよ」
「雪ちゃん、きっと、いい人が見つかるわ。それまで待つわ」
「加代姉さん、何年でも待つの?」
「待つわよ、待つわよ。悟さんいいでしょう?」
「ああ、いいよ。二組一緒、素晴らしいよ。本当に良いアイデアだよ」
その時、玄関の方で人の声がします。
「ごめんください」
「はい」
玄関へ出た雪子は、驚愕しました。
高杉先生が目の前に立っていらっしゃるからです。
「先生、急患ですか?」
「いや、私用です」
「私用、、、?私にですか?」
高杉先生は、それには答えずに、恥ずかしそうに頬を染めて
「お兄さんは、ご在宅ですか?」
「はい、おりますが、兄にご用ですか?」
「はい、是非、お話ししたい事があります」
「どうぞ、お上がりください」
「失礼します」
(一体、あの先生は、何しに来られたのかしら)
不思議に思っている雪子でした。
雪子は、兄を紹介し、お茶を入れに立とうとすると
「雪子さん、お話があります。ここに座っていてください」
「私にですか?」
「お二人に聞いて欲しい事があるのです」
「はい」
怪訝そうな顔で雪子は座りました。
そこへ、加代がお茶を持ってきました。
「松尾さんもきていらしたのですか?」
「はい」
高杉先生は
(困ったな、話しにくいな)
と、思いました。
加代は、一緒に仕事をしているので、高杉先生の気持ちを感じ取り知っていましたので先生の来訪の意味もわかっていました。
少し場がしらけたので雪子が
「先生、松尾さんは兄の婚約者なのです」
「ああ、そうですか。ちっとも知りませんでした。結婚式は間近なのですか?」
加代が
「その事を、今、話をしていたのですが、兄妹二組一緒にしようって、言っていたのです。そしたら雪ちゃん、『私貰い手がないから、待っていたら、おじいちゃん、おばあちゃんになるよ』ですって」
先生も笑いだしてしまいました。
白けていた場は暖かい空気が漂い、心の奥まで話せそうな雰囲気となりました。
「実は、そのようなことでお話がしたいのです。雪子さんのお兄さん、突然ですが、雪子さんを僕に下さい」
悟と雪子は、思いもかけない話に驚愕して顔と顔を見合わせます。
高杉先生は口籠りながら
「実は、僕、雪子さんを一目見た時から好きになり、今も、ずうーっと気持ちは変わりません。いや、むしろ、苦しくなるばかりで、いや、どうも、まいったな、、、」
と、頭を掻きながら照れています。
しかし、なおも話は続きます。
絶対に聞いてもらわなければならない話として
「雪子さんは、僕には目もくれずに、黙々と働いてらっしゃいました。僕には目もくれないからと言っても、他にこの人といったような人は、いらっしゃらないようでした。僕は、陰ながら慕い続けていました。これ以上、胸にしまっている事が出来ずに、こうして、厚かましくやって来ました。お兄さん。雪子さんを僕にください」
先生は、悟の顔をじっと見ます。
悟の顔には、答えはありませんでした。
「身勝手な相談かもしれませんが、無理のようでしたら、こうして立候補者がいるという事を知って頂ければいいのです」
先生の言葉は、切実となって、悟と雪子の胸に入り込みました。
悟はおもむろに
「なにぶん、急なお話ですので、戸惑っております。お返事の仕様がないのですが、雪子と相談した上で、お返事を差し上げたいと思いますが、如何なものでしょうか」
「はい、それで充分です。お兄さんにお話する前に雪子さんに直接お話しようかとも思いましたが、お兄さんが親代わりになって、お育てになられた事を、人づてに聞きましたので、お話すると擦れば、最初にお兄さんにお話すべき事だと思いました。人によっては、絶対に幸せにしますのでください。などという人もいますが、人生何がやってくるかわかりません。例えば、病気になるとか、交通事故に遭うとか、ですから、僕は苦労を共にしてくださいとしか言えないのです。歯の浮くような言葉がハートを射止めるのはわかっているのですが、どうも、そういう事が苦手でして」
いつも落ち着いていらっしゃる先生ですが、気の毒なくらいそわそわしています。
「いや、お話はごもっともです。本当にありがたいお話です。何度でも言うようですが、なにぶん、急なお話なので戸惑っております」
「いや、本当に突然なお話で申し訳ございません」
加代が
「先生、突然ではないです。私はわかっていました。先生が雪ちゃんを好きだって事、私は、雪ちゃんよりずうーっと大人ですから」
「いや、参ったなぁ」
先生は頭を掻きながらにこにこしています。
その様子があまりにも滑稽なので、みんな、吹き出してしまいました。
意味もなく楽しく笑いあいました。
先生は笑顔を残して、帰って行きました。




