三十話
里中由美が、注射器に水を入れ、雪子が準備している注射器と入れ替えようとしました。
それに気付いた加代が
「里中さん、何しているの』
「何もしていないわ」
「何もしていないではないでしょう。ただの水を注射器に入れ、雪子の患者さんの注射器とすり替えようとしたじゃない」
「何を偉そうに、雪子のお兄さんに取り入ろうと、雪子をたてまってさあ」
それを聞いた雪子はびっくりして、息が詰まりそうです。
何と恐ろしい事をする人でしょう。
「里中さん、加代さんはそんな人ではないわ。加代さんに惚れているのはお兄ちゃんの方なのよ」
「ほら、見てごらん、裏があると思っていたもの。何の関係もないなんて大ホラ吹いて。おっほほほほ」
その騒ぎを聞きつけ、高杉先生がやってきました。
「何の騒ぎですか?」
「里中さんが、注射器に水を入れ、雪子の患者さんの注射器とすり替えようとしたのです」
高杉先生も、それを聞いて鳥肌が立つ思いがしました。
「里中、どうして、そんな恐ろしい事をするんだ」
里中由美は、先生を睨み返しました。
「里中さんは、高杉先生がお好きなんですよ。先生も鈍感ね」
二〜三人の看護婦が異口同音に言いました。
高杉先生は、きょとんとなりました。
雪子に、まだ、自分の気持ちは打ち明けていない。
雪子は、今の言葉をどう思い聞くだろう。
雪子を流し目で見れば、青い顔で注射器を持っている手が震えていました。
高杉先生は、そのまま診察室に戻りました。
そして、里中由美を退職させました。




