二十話
二月の寒いある日のことです。
今日も雪子は、止吉をおんぶしていました。
朝、早くから、思い止吉をおんぶしているせいか、お腹が空きます。
その時も、時たま出るおやつの芋を、みんなで食べていました。
雪子に与える芋は、いつも一番小さいのいから選んで、叔母は与えます。
雪子はもう一つ芋が食べたくて仕方がありません。
五人の子供たちは、何個でも食べているからです。
それでもう一つ取ろうとして手を出しました。
その雪子の手に、叔母が
ぴしゃっ
と、平手打ちをしました。
悟は、今まで、我慢に我慢をしてきましたが、芋も満足に食べさせないのかと思うと、我慢ができません。
叔母たちはほっかほかのご飯に、餅に、饅頭にたらふく食べていながら、と思うと、どうにも我慢できませんでした。
町に行けば骨になることを忘れてしまったのか?我慢にも限度があるのか?
どうにもならない怒りが、むらむらと胸を伝って、怒声というか、悲鳴というか、気がついたときには、叫んでいました。
「叔母さん、僕たち働いているんだ。芋ぐらい食わせろよ。食事の時だって雪子に止吉おんぶさせて、こき使っているくせに、芋ぐらいいいだろう」
と、睨みました。
弱いものにとって、睨みは最高の武器です。
「町では食べるものもないだろうと思って、置いてやっているのに、その言い草はなんだ、そんなに言うなら、小屋にでもどこへでも、とっとと出て行け」
叔母は怒鳴り返します。
叔母も、本当に出て行きはしないだろうと、心の中で計算しての事でしたが、悟は止吉を雪子の背中から降ろし、叔母に渡しました。
雪子の手を取って、自分と雪子の荷物をまとめて、家を出ようとする悟の背中に叔母は
「さぞ、小屋は暖かいだろう。火鉢も何もないのに」
と、皮肉を言います。
悟も負けずに
「うん、小屋は暖かいよ、人の心がね、鬼がいないから」
「二度とこの敷居は、またぐなよ」
叔母の気勝ちさがわかる言い方です。
悟は、今頃、胸の中で我慢に我慢をしていたうっせきが、音を立てて、砕け落ちる気さえしました。
こんな家にいなくったってどうにかなるさ、と思うと、胸がすうーっと楽になった感じがするのです。
悟は、雪子の手を取り家を出ました。
悟と雪子が家の角を曲がり、姿が見えなくなると叔父が
「何も追い出すことはなかろう、おいとけば色々と儲かるだろうに」
「私もね、本当に出て行くとは、おもわなかったんだよ。だけど小屋より、ここの方がはるかにマシだから、帰ってくるさ。帰って来れば、どうせ行くあてなどないのだから、『一生懸命で働けって』今まで以上にこき使ってやるさ」




