旅の剣士1
コブシの魔術師です。間違ってないですよ。
ラインバック大陸の東
火の魔力の影響が強く、一年中暑い日が続く地域であり、小国が乱立していることでも知られている。
昨日あった国が、明日には別な王に統治されている。また、あるときは、3つほどの国がまとめて滅び去る。
そんな地域。国というものに意味を持たない地域において、唯一価値があるとされるのは、己の強さのみ。
国境と行っても、明日には別な国王に変わるかもしれない国において、その境など、単なる休憩所にしかならないのだが、一応、警備らしきものはあり、そこには人の集まりが形成されている。
すなわち、街が生まれているのである。
「暑っちーなー」
たった今、検問とも言えない検問を通過して、国境の名もなき街に一人の若者がたどり着いた。
年の頃は18・9歳というところか・・・薄汚れたマントに、ズタ袋を肩にかけて、武器らしい武器も身につけていない。魔法使いかと思えば、発動体たる杖や指輪も身につけている様子もない。くたびれた革のパンツに、布製のシャツを身に着けているのがマントの間から見える。よく見ると、腰に刃物を帯びているが、布でぐるぐる巻きにされて、すぐ取り出せるような代物でもなさそうだ。
「・・・・・」
男が立っていた。先程の若者の横に、30代前半と言った風に見える、幾つもの戦場を潜り抜けてきたであろう鬼気を放つような、それでいて、酷く気配の薄い男が立っていた。
男は、左腰に一本の長刀を差し、背中に長さの異なる直剣を2本右肩から左腰にかけて、斜めに2本まとめて下げている。左の腰の刀は鞘が2m近くあり、かなりの長さに見えるが、肩に装備されている直剣はさらに20cmほど長い。もう一本の直剣も1mを超える長さがあり、決して短いわけではないが、他の2本と比べると、短く見える。特徴的な形をしているが、黒一色でまとめられた部分鎧で、篭手や上腕部、胸と言ったところを覆っている以外は、動きやすそうな布の、これまた黒一色の着物のような服に身を包んでいる。印象としては、サムライという人種が当てはまるのだが、足元はブーツを履いており、やはり黒い布のパンツがブーツの上を覆ってる。
「助かったよ」
若者がとても明るい笑顔を男に向ける。
「・・・」
若者の顔をちらっと一瞥したが、特に反応も示さない男。
「まさか、あそこに人がいると思わなかったから、チョット焦ったけど、アンタで良かった」
全く気にした様子もなく若者が話しかける。
「・・・・」
「正直言って、ヤバイ!!と思ったんだ」
「・・・」
「でも、アンタ強いよね!あいつを一刀両断にするなんて、びっくりしたよ!!」
「・・」
徐々に反応が薄くなっていくが、男が離れていく様子はない。
「わかってるって、きちんと礼はするから。でも、オレたちだけで食える量じゃないから、ここの広場借りることにしたから、そこでな!」
そう言うと、若者はスタスタと歩きはじめ、
「アンタ、良かったらこの辺の子供やお年寄り達に声かけといてくれよ、もちろん、普通の大人も良いけど、まずは、子供たちからだな。頼んだぜ!!」
そう言い残し、街の中心部・・・と言っても、すぐ目と鼻の先だが、公園のど真ん中に陣取ると、露天でも広げるように、大きな敷物をズタ袋の中から取り出すと、その上に、いろいろな道具を取り出し始めた。
その光景は、とてもあのズタ袋の中に入っていたとは思えないほどの大きさや量であり、袋自体が魔法の品であることを意味していた。
本来、往来でこんな目立った真似をすれば、物取りや怖い人達に絡まれそうなものだが、この街は、それどころではなかった。
この世界にも、竜という種族が存在する。
この、ラインバック大陸の東側は、実はラインバック帝国の一部では有る。が、自治権を認められており、そこを統治するのが、各地の豪族や王族である・・・と、言うことに成っている。
一度は、この地の盟主となったラインバック王家が、なぜ自治権などという曖昧なものを認めているのかというと、先の竜の為である。
竜種と言っても、様々な種類が存在しており、風の魔素が濃い西部などは、飛竜などの比較的穏やかな性格の竜や、亜竜の類が多く、厄介では有るが、最凶の生物では無い。
だが、この東部では、竜種の中でも最も厄介な種である、火竜が幅を効かせており、ラインバック王国の王国軍も何度となく苦渋を舐めていた。そもそも、統治するということは、この火竜の被害からも住民を守るということである。火竜の被害は、魔物の被害というよりも天災扱いされている。そんな天災を抑えるために遠く離れた東部の辺境に、多くの力を割けないと判断した王家は、この地の統治を捨てた。捨てたが、実利は欲しい。ということで、自治権を認めるというぼんやりした形で、この地域を支配しようとした。その結果、群雄割拠・・・といえば、聞こえは良いが、戦乱の絶えない地域が出来上がったというわけである。
だが、そういった人間同士の争いなど歯牙にもかけぬように、絶対的な捕食者として君臨しているのが火竜である。捕食者であり天災・・・
近隣の支配権を巡って2つの国・・・と言うか村や街の領主を名乗る者たちが、息を潜めて戦争の準備を進め、相手の支配地に攻め込むが、なんの気まぐれか、突然火竜が飛び込むと、兵士や食料を貪り、時には兵を率いていた領主たちも巻き込まれ絶命する。しかも、両国の領主が同時に喰われるなど、当たり前に起き、大きな戦争を起こすと、火竜が餌を求めて寄ってくるため、今の戦争は、傭兵を雇って少数で鍔迫り合いをすることに終止する、小規模な代理戦争の様相を呈していた。
そして、ここ数十年。天敵も居ない火竜たちは大いに繁殖し、餌を求めて近隣の村や街を襲うようになり、より、統治が難しい地域となり、時折帝国からドラゴンスレイヤーの部隊が派遣され、貴重なドラゴンスレイヤー部隊を消耗させながら数等の火竜が討伐される以外は、火竜の数が減ることもなく、住民たちは、より安全な土地を求めてさまよい歩く。そんな時代が訪れていた。
「・・・」
男は、特に言葉も発しないまま、道端で飢えに苦しむ子供たちに視線を向けると、怯えた視線を返してくることも気にせず、広場を無言で指差し、そちらに行くように促す。
「・・・」
路傍の日陰に小さくなっている老婆にも、同じように視線を向けると、黙って手を差し伸べ、怯えるのも構わず引き起こすと、そのまま、そっと広場の方へ押し出した。
「おっし、準備は良いかな!」
広場では、相変わらず若者がいろいろなものを取り出していたが、一段落ついたのか、取り出した鍋や釜、いわゆる調理器具を前に、周りを見渡すとそういった。
とてもゆっくりとではあったが、無言の男に示されたように、子供や老人などを中心に、この国境の街の住人たちが、30人ほど集まってきていた。
「んじゃ、始めるぜ!」
若者はそう言うと、おもむろに布に巻かれた刃物を取り出した。それは、よく研がれた包丁であった。
「本日の食材はコチラ!」
そう言うと、どこから取り出したのかと言いたくなるほど大きな何かに巻きつけてあった布を一気に取り去る。
「???」
不気味な男に指示され、無視するのも恐ろしかったため来てみた広場で、何やらパフォーマンスを始めた若者が取り出したものが何だか分からずに、村人たちは躊躇する。
「まあ、喰ってみりゃ分かるって!」
そう言うと、何かの肉の塊・・・ただし、大きさは人間で言えば大人の4.5人くらいは有る塊から、見事な手さばきで肉をそぎ取っていく。
「まずは、久しぶりの食事だとイケナイから、食べやすいものからだね」
そう言うと、リズミカルに包丁で肉をたたき、見る間にミンチ状にしていく、袋の中から玉ねぎを取り出すと、それも魔法のようにみじん切りにして、一旦包丁を置くと、瞬く間にまとめていく。
「おっし、火加減も良いかな」
大型の魔法コンロにかけた鉄板の上で、一気に40個以上のそれらを焼き上げていく。見るものが見れば、それはハンバーグだと分かったであろう。ただし、中身は肉と玉ねぎであり、果たして消化が良いのかはわからない。だが、食欲をそそる香りがにわかに周りに立ち込め、匂いに誘われるように、ボロボロの小屋の中からも、子供や老人たちが姿を見せ、最後には、国境の警備をしていた老人たちもやってきた。
この街は国境の街などと呼ばれているが、実際には捨てられた街。移動したくても出来ないもの、それを守りたいもの、そういった人たちが細々と暮らす街。
「でーきた!さあみんな、遠慮はいらねえ!こいつは奢りだ、じゃんじゃん喰ってくれ!!」
若者がそう言って、見事の手さばきで空いた皿にハンバーグらしきものを盛り付け、ソースをかけて振る舞っていく。
こわごわ近づいてきた一人の子供が、それでも食欲をそそる匂いに我慢できず、その皿の一つを手に取る。
「おっし!喰ってくれ!思う存分作ってやるぜ!!」
若者の言葉に押されたように、6歳位の男の子が、ハンバーグにかぶりついた・・・
「・・・・美味しい・・・」
「え?なんだって、大きな声で言ってくれ」
「美味しいよ!!」
男の子は満面の笑みでそう叫ぶと、取り憑かれたようにハンバーグに食らいつく。
それを見た街の人達が、争うこともなく、手に手に皿を取り、ハンバーグを食べては歓喜の声を上げ、隣の人にも食べさせる。
「いーねいーね、じゃんじゃん行くぜ!」
若者はそう言うと、今度は肉をぶつ切りにすると、串に通し、そのまま塩と香辛料で串焼きにし始める。
「まだまだ有るから、満足するまで食べてくれよ!!」
串焼きの次はもっと大きな肉をというリクエストに答えて、肉厚なステーキを。スープを所望されれば、暑いなか、どのようにしたのか冷製のビシソワーズを。はては、どこからか酒樽や果実水を取り出して大宴会を繰り広げ、昼過ぎから始まった住人総出の宴会は、日が沈むまで続いた。
「オラオラ!!まだまだ作りたりねーぞ!今度は何が食いたい?」
日は落ちて、何の肉かもわからなかった肉も、すでに3つの塊が消費されていた。いくら空腹でも、尋常では無い量である。他にも食材が費やされたことを考えると、50人にも満たない村人たちが、200人分に近い食材を、半日で消費したことになる。
「もう、お腹いっぱいだよ!」
男の子が微笑みながらそういった。
「ありがとうございます。もう、十分に食べました」
老婆がそう言って手を合わせてくる。
「・・・」
礼だからアンタも食ってくれ。そう言われたが、後のことも考えて、料理に手をつけていなかった男が、黙って腰の刀に手をかけた。
「そうか?まだまだ喰ってくれよ。本当に満足したのか?まだまだ作るぜ!」
若者は一点の曇もない笑顔で、男の子や老婆、そして住人たちを見回す。
すると、その一点からホタルのような光が天に登り始める。
「いやいや、満足した。お陰でようやく旅立てる・・・」
「そうじゃそうじゃ、ありがたいことじゃ、満足満足」
そう言いながら、一人、また一人と、大振りなホタルのような燐光を放ちながら、人々が消えていく。
「ありがとうお兄ちゃん。すごく美味しかったよ!!」
そう言いながら、満面の笑顔で消えていく男の子。
「そうかい。そう言ってもらえるのが、料理人に取って、一番の褒美だよ・・・」
若者は一転、寂しそうに微笑むと、消えていく男の子の頭を撫ぜた。
「次が有るかわかんねーけど、今度は変なやつに掴まんなよ・・・」
広場全体が、燐光に包まれ、一気に天に向かって上っていく。
「来る・・・」
男が、音も立てずに一挙動で刀を引き抜く。
燐光の下から、おどろおどろしい、まるでタールで出来たような人影が湧き上がってきた。
「オオオオオオオォォォォォォ」
音ではない、脳に直接響くような声のようなものを発しながら、それは現れた。
「ったく、見捨てられて餓死するしか無かった人たちをいつまでも縛り付けてんじゃねえよ」
若者はそう言いながら、手際よく後片付けを始めた。
「オオオオオォォォ、オマエガ逃シタノカ」
湧き上がってきた人影は、流れるタールで出来たような質感を持って空中に浮かび上がった。いわゆる、リッチとか言われる魔物である。ただ、骸骨がローブを羽織ったようなイメージからすると、随分とドロドロしているが・・・
「飢エテ死ヌノヲ恐ガッテオッタカラ、ソウナラヌヨウニシテヤッタモノヲ」
「アホか、結果的に永遠に飢えさせていただろうが」
若者は一瞥もくれずに淡々と片付けをしている。
「あと、お前の相手はあの人がしてくれるから。オレは片付けが忙しいの」
リッチがいつの間に手にしていたのか、死神の大鎌のような武器で若者の首を一息で刎ねようとしたのだろうか?これまたいつの間に手にしていたのか、菜箸で難なく受け止めながら、若者が言った。
「ん・・・・」
神速とでも言うのか、恐ろしい勢いで踏み込んできた男が、袈裟斬りにリッチの身体を断ち切った。
「オオオオオオオォォォォ」
信じられないと言うように、リッチが身を引く。
「ワレヲ切レルダト!!オ前ノ剣、イヤ、剣技ナノカ!!」
袈裟斬りに切られた身体を修復しているように、タールのような液体をボトボトと落としながら、リッチは素早く間合いを取ると。
「ハァァァ!!!」
と、身の回りに夕闇よりもなお暗い、魔力の玉を大量に生み出すと、男に向かって放った!!
闇の玉は、ときにまっすぐに、あるいは旋回しながら、数発は同時に男のもとに襲いかかった。
しかも、回避した玉は、急反転すると、再び男に襲いかかる。
「む!」
それに気がついた男は咄嗟に刀で闇の球体を切り裂くが、切り裂かれた球体は分裂すると、さらに速度を増して男を襲った。
「ムダムダムダ・・・ソレハ、オマエガ死ヌマデオソイツヅケルノサ」
さも愉快そうに、リッチがカタカタと笑う。そう、カタカタと・・・
リッチを取り巻いていたタールのようなものが薄れ、中身の骸骨が見え始めていた。
「おっし、片付いた!」
若者が、次元収納だと思われるズタ袋の中に、取り出したものをしまい終わると、
「おまたせ!トドメは任せていいよな!」
そう言うと、軽い足取りで男の近くに駆け寄った。
「承知」
そう言うと、男は一通り向かってくる闇の玉をかわしたあと、
後のことは気にしないとでも言うように、刀を八双の構えで固定した。
「バカメ!隙ダラケダ!!」
リッチはそれを見て、さらに多くの闇玉を呼び出す。その途端、薄汚れたローブを身にまとった骸骨の姿が、あらわになる。亡者たちの苦しみを闇の魔力に変換して身にまとっていたのだろう。
構えを変え、集中し始めた男に、もはやフェイントなど不要とでも言うように、闇の玉が殺到する。
そこには若者もいるのだが、全く気にした様子もない。
若者を素通りするように、刀を構えた男を埋め尽くすように、闇の魔力が殺到した。
「ほい!」
男に魔力玉が衝突する瞬間。気楽な掛け声とともに、若者が男の周りを舞うように一周する。
「あんまり美味そうじゃないな・・・」
そういった若者の両手には、竹串が装備されており、器用に指の間に挟んだ竹串が、16本。
「ナ!!!!」
その竹串が、団子でも差したように、闇の魔力球をことごとく刺し貫き、縫いとめていた。
無数に乱舞していたはずの魔力球が冗談のように竹串に貫かれ、のほほんとした表情の若者の手に握られている姿は、この地域の哀れな魂達を縛り付けていたリッチをして、驚愕させた。
「よそ見は危ないよ」
そう言うと、若者はヒョイッと身を翻す。
その後ろには、八双の構えから膨大な闘気を迸らせる男の姿が・・・
「ア!」
「神魔両断」
つぶやくように言うと、男は静かに、しかし傲然と刀を振り下ろす。
長い刀と言っても、とても刀身が届く長さではなく、10mは離れていたが、リッチは自分が手にもつ大鎌と共に、頭頂から股間まで、真っ二つになったことを理解した。
「フハハハハ!我ハ不死!ソレ故ニ、不死ノ王!!」
そう言うと、両断されたはずの半身が再び吸い付くと、闇の光とも言うべきもので覆われ、復活した。
「あっけなかったね」
若者が言う、
「我が太刀で、切れぬものなし・・・」
男が言う
「マ、マテ・・・我ハマダ・・・」
そう言って、リッチが自分の身を省みると・・・自分の足元に、塵に変わり始めた真っ二つになった自分の身体を見つけた。もともと魂を縛っていたリッチが、自分の結末を理解した。今の自分は魂だけの存在・・・
「魔素に戻って、世界をめぐると良い。今度は他の存在に迷惑かけないようにな」
若者が誰にともなくつぶやいた。リッチはその言葉を聞くと完全に自我を手放し、存在は霧散していった。
「さて、御礼がまだだったよな」
そう言うと、どういう構造なのか、ズタ袋の中から先程作っていた串焼きを取り出すと、男に渡した。
「・・・」
「なんだよ、ちゃんと料理してあるから大丈夫だって」
そう言うと、若者は串焼きに齧り付く
「おお!我ながらうまい!!」
男はそれを見て、自分も串焼きを口にする。
「・・・!!!」
無言で驚きつつ、あっという間に串焼きを平らげると、名残惜しそうに串についた油を舐めとった。
「んなことしなくても、まだまだ有るから」
そう言いながら若者が串焼きを皿に乗せて5本ほど取り出す。
「!!!」
「あんた、どれだけの獲物を切ったと思ってんだよ」
若者が笑いながら言った。
ちなみに獲物とは先程のリッチではない。
話は、少し時間を戻すことになる。
気分転換?気まぐれ?




