ハンス救出
まるっと一ヶ月も放置してました。
書いてはいたんですが・・・進まなくてですね・・・
という言い訳と共に・・・
部屋でひとしきり落ち込んだ後、自分なりに気持ちに区切りをつけると、校長室に向かった。
ノックすると、すぐに応えがあり、失礼しますと挨拶をすると入室した。
珍しく机に向かい何か書き物をしている。その手前でソファーに埋まるように腰掛けながらガリクソンが気さくに片手を上げて挨拶を返してきた。ただ、ぐったりと疲れた様子で、いつものような元気はない。
「な~に?、いまチョット取り込んでて、このままで良ければ話聞くけど」
と、マーリンが書類と格闘しながら聞いてきた。
「ガリクソンさんも居たなら話が早いです」
オレはそう言うと、立ったまま決意を込めて二人に告げた。
「明日、お父さんを助けに行ってきます」
しかも、今回は何が起こるかわからないため、一人でいこうと決めている。
意を決してそういったのだが・・・
「あ~そうなの」
「気をつけてのぅ」
と、二人は何事もなかったように返してきた。
拍子抜けもいいところである・・・が、まあ、変に勘ぐられないだけ良いかと考える。
「で、夕方には帰ってくるの?」
と、やけに所帯じみた質問をしてくるマーリン。
「そうですね、嫌がらなければミミさんも一緒に来ると思うので、父さんの分と合わせて夕食をお願いします」
オレはあえてそう言うと、様子を見てみるが特に変わった反応を返さない、妙に気の抜けた二人を部屋に残し退出した。
「あれ、完璧に人の話聞いてないよな?」
”マーリン様は例のダンジョンの攻略に向けた計画書に没頭していましたし、ガリクソンさんも最近はほぼ毎日ダンジョンに出かけて、モンスターゾーンで魔法を使える様になる方法を考えているようです”
と琴ちゃんが答えた。
”恐らく、マスターがハンス様のところに様子を見に行くのだと思っていますね”
だから軽い返事だったのか。後半の夕食の話は大丈夫なのか?
まあ、食事くらいはなんとかなるか。そう考えると、自室に戻り、明日のことを考えた。
まずは、転移で例の53階層に飛ぶ。そのあと、実地でハンスを取り込んだ魔法の水柱を解析して、可能であれば解除魔法をかけてみる。結果がどうなるかは分からないが、時の魔素という概念を手に入れたことで、割りと鮮明に魔法が予測できる様になった。
以前何かで、進化のキーという話を聞いたことを思い出していた。
日本が幕末期に欧米列強に攻め立てられたのは何故か?という話になった時、日本には進化のキーが足りなかったという話を聞いたのだ。大げさなものではない。この時の進化のキーは「ネジ」という概念だった。
ネジを知る西洋の文化は、小さなパーツを組み立てることで蒸気機関や大きな機械を作り上げた。だが、日本にはネジという概念自体がなかったため、大きな機械などを作ることが出来なかった。
という話だ。幕末って時点で、前世の記憶だな・・・
今回のは進化のキーとは言わないが、新しい概念の取得であり、それを感じた事によって、先に進む道が見えたということだ。時の魔素、その概念は新しい考えをオレに与えてくれた。
相変わらず、スキルの使い方は下手だし、いきあたりばったりな戦い方や行動が多いことが気になるが、今のオレはまだ若いんだし、これからの経験で鍛えていこうと思う。
そして、子供が成長するためには庇護者が必要なのだ。というわけで、父親を助けに行くのだが・・・
ここまで考えて、ふと思う。
恐らく、今の時間は夜の10時位か・・・
明日の朝、一番で転移して調査に行くつもりだったが、これからでも良いんじゃね??
思い立ったが吉日。早速行動だ!!
何より、眠くないということが一番の問題であり、このまま朝を迎えてしまえば、今以上に動けるとは思えなかった。
自分にいろいろな言い訳をしながら、実際には早く助けに行きたいと思っている自分に気がついていたが、一頻り自分を納得させると、一応、荷物を担ぐとそのまま、ひとっ飛びに転移した。
「寒!!」
相変わらず、温度が低い部屋の中で、隣の部屋から聞こえる何らかの大型モンスターのイビキ?を聞きながら、ハンスとミミが囚われている水柱に近づく。
そこには相変わらず底の見えない穴と穴に繋がれた水の柱が音も立てずに佇んでおり、そこに向けて、にやけた顔をして横切りを繰り出した体制のまま動きを止めているハンスがいた。
水柱の中には、同じようにミミもいる。よく見ると、少し辛そうな顔をしているのが気になる。
何かを思いつめてこの魔法を発動したのかもしれない。
改めて、水柱に視線を向けると、魔素認識と魔力認識を使って調べてみた。
やはり、水柱自体は水の魔素から構成された普通の水のようだが、魔力を保っている。実際にはこの水は流水であるらしく、それが時間軸からほんの少しだけ乖離して存在しており、現実の空間と水柱の間に、以前は見えなかった”時の魔素”を見ることが出来た。
気合を入れて空間を認識すると、全ての魔素のそばに、時の魔素が存在しており、それらが止まること無く巡っているのだが、水柱の周りを覆う時の魔素は、一見全く動いていないように見える。だが、魔力の影響を受けているのが見えることから、その力の元を探ってみると、水柱の水自体から魔力の流れを追うことが出来た。
つまり、この時の牢獄という魔法は、水柱を出現させ、それ自体に魔力を付与し、その魔力を周りの時の魔素に作用させ、時の進みを止めたかのように遅くするという術式だと分かった。
だが、そうするとこのどこまでも続く穴は何処に通じているのか?下はまだしも、上はダンジョンを突き抜けることになってしまう。
今度は、そこに注目しながら凝視していると、ふと気がついた。
この、何処までも続いているように見える、何もない穴には、本当に何もなかった・・・
空間に満ちている、あらゆる魔素がこの穴の中には存在していなかった。全くの虚無だったのだ。
ということは、これにも何らかの意味があるはずである。
そもそも、時の魔素の停止状態を解除すれば、ずぶ濡れになったミミとハンスを救出できると踏んでいた。そして、時の牢獄の魔法自体は、既に構造も理解できたため、解除の方法も分かっている。が、この穴のことがわからない。
肉眼でも、魔素認識でも魔力認識でも何もない空間。そんな物があるのか?
「ファイア・ボール!」
おもむろに、魔法を水柱に向けて撃ってみる。結果は、マーリンの時と同じで、何も変化がない。時の魔素がほとんど止まっているために、現象が水柱に到達しないのだ。
「てい!」
今度は足元に落ちていた石を投げつける。結果は、ハンスと同じように、ほんの少し水柱に触れたところで停止してしまった。時の牢獄の魔法に取り込まれたということだ。
では、同じことを穴の中に行ったらどうなるか・・・
試したところ、何も起きなかった。と言うか、穴の中ではなにも起きなかったが正解である。
ファイア・ボールも石つぶても穴に向かってまっすぐに飛んでいったが、穴に落ちた!と見えた瞬間に消え去ってしまった。痕跡も残さずにである。
魔素が存在できない空間が存在するのか?
前世の記憶の中で考えると、真空状態ということになると思うのだが、それでも虚無というわけではない。
周りを見渡しても何もないため、何の変哲もない木の棒を魔素変換で創りだすと、水柱に触れないように注意して、穴の中に差し込んで見る。
やはり、穴に入った途端に消えてしまった。だが、抜き出してみると、消えてしまったように見えた棒の先が、元通りになっていた。
最悪欠損しても、再生できると、意を決して手を差し入れてみた。
恐る恐る、手首まで突っ込んだが、やはり何も無くなってしまう。が、感覚は残っていた。
見えない手を握ったり開いたりしてみるが、穴の中では何も見えなくなっている。
引き抜けば、元通り手はくっついていた。
どうやら、危険はなさそうなので、穴の淵から今度は顔を突っ込んでみた。
真っ暗な闇の中で何が見えるのか・・・そう思って、恐る恐る目を開けてみて、驚いた。
穴の淵に顔を突っ込んでいる自分が見えたのだ!
慌てて、顔を引き抜くと、今度は上の穴を見ながら下の穴に手を突っ込んだ。
上の穴から手が生えていた。とく見ると、先程投げ入れた石が水柱の上の方にくっついているのが見える。
ということは、先程の実験で棒の先だけ突っ込んでいたので問題なかったが、思いっきり突っ込んだり、方まで手を突っ込んで中を探ろうとして水柱に触れたら、オレまで時の牢獄の魔法に取り込まれたかもしれないということだ・・・
ちょっとゾッとしながら、なんとなくこの穴の仕組がわかってきた。
空間の魔素・・・
五大魔素の魔法のうち、比較的容易に理解できた、地水火風の四大魔素と一緒に語られる、空の魔素。
空とは、空間のことであると理解はしていたが、どうやらこれがそうなのでは無いか。
今まで行使したことは無かったが、空の魔素をイメージしながら、魔素認識で見える、魔素と魔素の間の空間に意識を飛ばす。金魚すくいで、金魚ではなく周りの水に注目する感じだ。気にしていないが、確かに存在している。その空間に意識を向け、いつもの魔素を纏う感じで腕の回りに旋回させる。
すると、明らかに腕の周りにまとわりついていた他の魔素が無くなり、一見何もない空間が腕の周りに出来た。だが、明らかに何かが腕の周りを取り巻いている。
「これが、空の魔素?」
「へぇー。こんなところでなにしてるんだい?」
突然声をかけられ、咄嗟に後ろを振り返る。
そこには、既に魔法の発動準備を終えた黒髪黒目の少年の姿があった。
まさか、此処に到達できる人間が自分以外に居ると思っていなかったため、警戒がおろそかになっていた。
「とりあえず、さようなら」
ルネッサを名乗る少年がそう言うと、
「黒炎弾!!」
そう言いながら真っ黒な炎の塊を高速で打ち出してきた。
構造的には、火の魔素が中心だが、何やら闇の魔素や生命の魔素が混じった不思議な術式だった。
ルネッサを見ると、自信に満ちた皮肉げな笑みを浮かべてこちらを睨みつけている。
だが、既にオレはパンチスキルを起動させており、ルネッサを認識したと同時に、戦闘態勢は整っていた。
認識スピードが加速されたこの状態でも、ゆっくりとだが黒炎弾という魔法が近づいてくる。実際には、随分と早いのだろう。だが、この状況でルネッサと戦うのは、ハンスやミミさんにどんな影響が出るかわからない。
カウンター魔法を撃とうと思ったが、そういえばと、身にまとっていた空の魔素を黒炎弾に向けて解き放つ。
拡散しながら撃ち出された空の魔素は、黒炎弾を飲み込むように広がると、その空間を埋めるように、黒炎弾の魔素が拡散してしまった。
オレはいそいそと、元の体制に戻ると、笑ってしまいそうなのを我慢しながら、ルネッサが魔法を撃った時と同じ状況で、体感時間を元に戻す。
「・・・・あれ?」
ルネッサは、必殺の魔法が放たれたと同時に、勝利を確信して居たはずだが、それが不発に終わり、なおかつ、発動していたはずの魔法が消えていることに気づく。
「そんな・・・確かに魔法は撃ったのに!!」
「いきなり、何するんだ。不発だったから良かったものの」
わざわざキャンセルしたことを教えず、あくまで魔法が失敗したんだという感じで話をつなげる。
「このダンジョンの中は、魔法が効きにくいんだぞ、知ってるのか?」
と、訳知り顔で聞く。
「あ、当たり前だ!!そんなことくらい知っている!このダンジョンの中はモンスターゾーンと同じで、魔素が濃すぎるから、魔力を尖らせて撃たないと先に進まないんだ!効果を対象に及ぼすために、現象をより具体的にイメージする、イメージ喚起を同時に行使しないと、人間界と同じ効果は出ない!だから、お前が燃え尽きるイメージを強く持って打ち出したはずなのに!」
物騒なことを言いながら、いまこいつ、結構大事なことを喋った気がするぞ・・・モンスターゾーンで魔法を使うには、魔力を尖らせる?ことと、イメージ喚起が必要?なるほど、心のメモにメモっておこう・・・
「そんなお前が、何故失敗したんだ?他に何か見落としてるんじゃないのか?」
敢えて挑発してやる。
「くそー!!」
そう言うと、周りの魔素が吸い寄せられるようにルネッサの周りに集まりだした。
凄い魔力だ・・・
「これで決めてやる!」
そう言うと、両手をこちらに突き出すと、結構恥ずかしい(厨ニ的な意味で)詠唱を早口で始めた。
ちなみに、この階層はモンスターゾーンではない。
それが証拠に、最初にきた時にマーリンが普通に魔法を使えていた。
「広域滅殺術式 神威!!」
広範囲の魔素を取り込んでそれを、点にまで圧縮した魔素が解き放たれる。
核融合に近い状態で臨界点に近いであろう高エネルギーを秘めている。周りの景色を歪めながら、まっすぐにその点が近づいてくる。
このまま炸裂すれば当然ルネッサ自身にも被害が及ぶはずだが、神威とやらを打ち出した後、
同時に近い速さで物理障壁を展開している。つまり、この魔法は物理攻撃に特化したもののようだ。
瞬間的に発動しているパンチスキルによって拡大された認識時間の中で、神威の構成を読み解くと、近くの空の魔素を一気に圧縮すると神威を包み込むように配置し、そのまま再度展開した。
念のために時の魔素も取り込んで、相殺するときの影響に対処できるよう保険もかけておく。
”時空魔法のスキルがマスターランクに到達しました。これに伴いスキル統合が行われます”
その途端、最近聞いた覚えのない声が聞こえた。琴ちゃんとも違う、いうなれば世界のシステムの声。
後で確認することにして、今は目の前の現象に目を向ける。
止まっているに等しい時間認識の中で、その現象は花火のようでとても幻想的なものであった。
魔素認識の目で見ていると、空の魔素であふれる何も無い夜空に、飛び散りひろがる火や水、風や地の魔素。さながら4色の花火のようで、それが広がる空の魔素の空間に引かれて広がり、周りと同じ密度の魔素空間に収まる。ほとんど停止状態の世界で、体感的に1分以上の時間をかけて繰り広げられた幻想的な光景だったが、実際には刹那にも満たない時間で繰り広げられた光景のはずだ。
そう考えれば、いま、目の前に居るルネッサを名乗る少年だが、このまま捕まえてしまえば良いのではないか?と思えてきた。
今回はパンチスキルを解いていないため、相変わらず止まったまま防御魔法を展開しているルネッサも止まっている。とりあえず、いろいろ面倒なので、捕まえておくことにして、邪魔な物理障壁は叩き壊しておいた。簡単だ、殴ればいい・・・
窓ガラスを割るよりも簡単に砕けた物理障壁には目もくれず、いたずらが出来ないように、ルネッサの周りを空の魔素で取り囲むと、さらに全体を時の魔素でコーティングする。
ふと、拘束することくらいは伝えておいたほうが良いのか?とも思ったが、単独で此処に来ていることから考えても、護衛も居ないということはさほど重要視されていないのだろうということで、作業を続けた。
放置も論外な危険人物だしね。
そして、作業をしている時に気がついたのだが、この空の魔法、大変優秀である。
そもそも、ルネッサを包み込んだ後、縮小してみたところ何処までも小さくなっていった。
消えそうになって慌ててピンポン球くらいの大きさで止めたが、中のルネッサには影響はなさそうだ。
今使ってる収納袋をさらに効率化出来そうだ。そもそも、アレ自体が空間魔法の産物なのだから当たり前だが・・・
そんなことを思いながら、手のひらサイズに収まったルネッサを封印した魔球?を手の上に浮かべながら、持ち運びをどうするか?チョット考える。よくよく考えたら、こいつは今もハンス達を捉えている時の牢獄と同じシステムなのだ。水を媒介に使っていなかったり、魔力の供給がいらないなどを考えると、上位互換なのかもしれないが、素手で触れたいと思える物では無い。
そこで、時の魔素の周りをさらに空の魔素で包むと、その周りを緑魔鋼でコーティングして、緑魔鋼の外装を起点として位置情報を固定した。簡単に言えば、緑魔鋼の珠の中に、ルネッサを封印したということである。ちなみに、ルネッサの時間はほぼ停止しているため、精神的に捕まっているという感覚は無いはずだし、腹も減らない、年も取らない。強制的に浦島太郎な気分を味合わせることになるかもしれないが、そう遠くない将来開放すると思われる(主に尋問目的で)ので、気にしないことにする。
ちなみに、緑魔鋼でコーティングをした時点で、ピンポン球サイズの魔力珠は野球のボール位のサイズに成っており、見た目は緑がかったメタリックなのだが、白と赤で半々に塗り分ければ、国民的ゲームに登場するボールのような感じである。中身も入ってるし・・・
そんなことを考えながら、ひとまず封印球を放置すると、本日のメインである、水柱に向き直る。
今更だが、何故此処にルネッサが現れたのか?とか、黒幕は?などの情報を全てすっ飛ばして拘束してしまった。という、やってしまった感に気がつくのは、結構後のことである。
水柱のお陰で、空の魔素の概念を得られた。これは有りがたかったのだが、開放の手段が全く思いつかない。
魔法というものは、一つの技術であり考え方である。
現代で考えれば、乱暴に言えば自動車の運転に似ているのだろうか。
大魔導師の称号を得たことで、現存するほぼ全ての魔法の体系を分っているが、それは、扱い方を知っているというだけで、細かくは理解してはいないのだ。
免許はあるから、あらゆる自動車の運転はできる・・・が修理はわからない。という感じだ。
ガソリンを燃料として、内燃機関であるエンジンで回転エネルギーとして抽出して、そのエネルギーを車軸に伝えてタイヤを回す。と、言葉では理解していても実際にエンジンが作れるか?と言われれば難しい。
大魔導師の知識のおかげで、整備スキルも有れば整備方法も示されている。場合によっては、部品も作り出せるが、そこまでである。より効率の良いエンジンを組み上げるためには、素材の特性なども考慮する必要があるし、原理を知らなければ改良は出来ない。ただ、使用には何ら困らない。それが魔法である。
思考がそれてしまったが、要するに、”時の牢獄”系の魔法を構成できるようになり、魔素を認識出来たことで、アレンジもできるように成った。意味もわかるし使えるが・・・無効化の方法が検討もつかない・・・
邪魔が入るのも嫌なので、パンチスキルを起動したまま考え込んでいたが、あまりにも静かな世界に、いまが夜だという事実を思い出し、眠気が襲ってきたため、念のため、時の牢獄をアレンジした結界を張ると、外部からの干渉を全て無効にできるようにして、テントのような結界のなか、足元の岩を魔素変換で布団に変えると、ひとまず眠ることにした・・・
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「光の勇者?!それがどうしたんだ!!ひとっ飛びで出かけて行って、滅ぼしてしまえば済む話だろ?」
「ルネッサよ、短絡的に考えるな。お前は強い。だが、お前だけが強くても、他の助けを必要とするときも必ずやってこよう。そのためにも、お前も手駒を用意するのだ」
「あ?仲間なんか、アンタがいれば十分だ。必要以上に多くの奴らに媚を売る必要なんかないね」
「その通り、仲間は私だけで十分だ。だから手駒が必要なのだ。今は、私の言うことを聞く人間もまだまだ少ないが、少しづつ増やしておる。そいつらを率いて、私の唯一の仲間であるお前に指揮をとって欲しい。そのための、力は持っているだろう!?」
何処とも知れない仄暗い空間・・・地下礼拝堂のような雰囲気の中で、負けん気の強そうな少年の声と、それを抑えようとする者の声がする。
「光の勇者などと言っても、どんな手合なのかもよく分からん。生き残りの魔法使いには目を光らせていたが、一向に我らに気がつく気配もない。この狂った世界を正しく導くための障害になる要素は見当たらなかったのだが・・」
「だから、そんな不安要素はちょこっと行って捻り潰してくればいいんだよ!!」
「ルネッサよ、短慮では大魔導師の称号は得られぬぞ」
厳しい調子で声が告げる。
「だけどさ・・・今だってかなり強い魔法も使えるようになったし、転移だってかなりの腕になったぜ!」
不満気に、勝ち気な男の子の声が響く。
「そうだな。お前は本当に優秀だ。だからこそ、お前を失うのが怖いんだ。嫌な予感がするのだよ・・・」
引き止める声が弱々しく告げ。
「だ、大丈夫だよ。たった一人の仲間であるアンタを、がっかりさせるようなことはしないって」
慌てて慰めを口にする。
「いつも期待以上の仕事をしてくれるお前に、がっかりなんかしないさ。でも、どうか無理はしないで欲しいんだ」
「わかってるって、丁度、光の勇者が二人も一緒に居て、しかも全く動けないって報告が上がってきたんだろ、不安要素を取り除くチャンスだろ?」
「だが、あのダンジョンはお前がこの間も危ういところだっただろ?」
途端に不満気に
「だから、あの時はたまたまだって!!オレと同じ黒髪黒目のやつが居て、そいつが邪魔してきたんだから、今度は負けないし、あの時だって負けてねぇよ!!」
その一言が火をつけてしまったようだ。
「じゃ、ちょっくら行ってくるから!!」
そう言うと、黒髪黒目の少年は空間転移で飛び出していってしまった。
彼の能力を考えれば、転移を繰り返せば3日も有れば光の勇者の元にたどり着くであろう。
ダンジョンの入口まで1日、最下層まで降りるのに2日、通常では考えられない速度だ。
「だが・・・」
気になるのは、そんなダンジョンの最深部に何故二人も光の勇者が居るのか・・・どうやってたどり着いたのか・・・
莫大なMPを誇るルネッサでもモンスターゾーンの影響で2日かけて潜るダンジョンの最深部に、どうやってたどり着いたのか・・・ダンジョンが死んでいないことから、地道に攻略したとは考えられない。前回はルネッサが突貫して13階層に降りた時点でダンジョンが生きており、ダンジョン産のモンスターを手懐けることで軍勢を作る予定だったが、謎のゴブリンと魔狼によってそれは潰えてしまった。どうやら、あいつらはダンジョン産のモンスターでは無かったようで、制御がうまく行かなかったからだと、ルネッサからは聞いたが、同時に聞いた黒髪黒目の少年の話が気になる。
「間違ったか・・・」
いや、神託に間違えはないはずだ・・・
ルネッサは12歳。あの年まで生き残った黒髪黒目で莫大なMPと魔法の才能に溢れるものはこの世には他に居ない・・・はずだ。
何にしても、適当なところで帰ってくればよし、何より・・・
「有力な手駒を失うのは問題ですからね・・・」
誰にいうとも無くつぶやかれた言葉・・・
「そうですね・・・また敵に回られたら厄介ですから」
と、闇から何者かのつぶやきにも似た声が答える。
「御意のままに・・・」
恭しく頭を下げると、そのまま動きはとまり、もともと薄かった気配が消えていった
仄暗い礼拝堂には、頭を下げる人物の姿だけが残された・・・
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テントの中で目が覚めた。
一瞬、ここ何処??と呆けた後、後ろを振り返ると、絶好調に剣を振って居る最中のハンスが見えた。
「ああ、そうだった・・・」
覚醒してきた意識と共に、どうやって開放するか検討もつかない自分にチョット嫌気がさす。
一応、現代的に言えば3次元の世界であるこの世界で、時の魔素に触れられるようになったと言っても、過去に戻るような魔法はかなり無理を伴う。認識が追いつかないからだ。時間というものを概念的に軸としてとらえることは出来ても、具体的に戻すという感覚がわからないのだ。
タイム・パラドックスとでも言うのか・・・同時に全く同一の存在が、この世界では存在できない。
リバースの魔法などは、その最たるもので空間の時間を無理やり一定時間前の過去の状態に移行して、そこに固定することで、一見物体を再生したように見えるが、その物体を現在の時間軸に固定した時点で、元の存在は消えているのだ・・・つまり、壊れてしまったという事実を持った物体は、消えているのである。
わかりにくかったので、実験してみたのだが、足元に落ちていた石を右に30Cmほど移動して、もともと石の有った空間の時間を30秒ほどリバースの魔法で戻す。すると、瞬間的に、全く同じ石が目の前に2つ現れる。そしてその存在を、時間軸に固定する。簡単に言えば、現在という時間軸に存在している自分が手に取る。すると、意識から離れた途端、手に取らなかった石は無かったことになってしまった。
何度か実験してみたが、結果は同じだ。同時に手を伸ばして見たが、どうやっても2つを同時に手にすることは出来なかった。
この実験にしても、時の魔素の性質を理解したくて繰り返したのだが、やはり概念に認識が追いつかない。大魔導師のスキルによって得られた森羅万象の知識は、それを当然のこととして伝えてくるが、やはり漠然と分かるだけで、完全な理解までは程遠い・・・
「やっぱり理解するのは難しいよね?」
”マスターが人としての肉体を捨てれば可能ですが、現在の状態では認識できる範囲が人間としての楔によって規定されますので、完全認識は難しいと思われます”
と、打てば響く琴ちゃんの声・・・
「だよね~」
”マスターが精神体になれば可能ですが、どうされますか?”
と何気に恐ろしげなことを告げてくる。
「それって、元に・・・つまり人間に戻れるの?」
”マスターは、小さなコップ一つに湖の水が全て収まると思いますか?”
と、当然戻れないであろう答えを返された。質問に質問で答えるのはズルいな・・・
「そうすると、今の状態ではハンスやミミさんを助けるのはまだ無理か・・・」
すると意外なことを琴ちゃんが言う
”自発的に質問することをお許し下さい”
「え?、どうぞ?」
”マスターは、ハンスさんとミミさんをどうしたいのですか?”
「え?そりゃこの時の牢獄から開放したいんですが・・・」
なんだか、マヌケな会話をしている気がする・・・
”マスターは何を悩んでいらっしゃるのですか?”
と、いまさらな質問をされる。
「えーと、時の魔素や空の魔素なんかは分かるようになったけど、影響を受けずにどうやって二人を出そうかと・・・あとは、時の牢獄をどうやって破るのか?」
”時の牢獄を破りたいのですか?それとも二人を開放したいのですか?”
気長に琴ちゃんが聞いてくる。イライラした様子もない・・・
「はい、開放したいのが一番ですね・・・」
”ふッ・・・”
あ!!今、笑いませんでしたか?!しかも失笑気味に!!
”失礼しました。先程の黒髪の少年とのいざこざから気になっていたので、聞いてみました”
と意味深なことを言う。
”マスターはお忘れですか?この世のいかなるものも、マスターが受け入れなければマスター自身に干渉は出来ません”
「???」
クエスチョンマークが盛大に頭に浮かんでくる・・・どういうこと?
”マスターには、「神威」だろうと、「時の牢獄」だろうと、なんでもないと思えれば、何でもありません”
「!!!」
途端に理解した。あまりの特異体質のため、忘れていた・・・
「つまり、気合だってことね」
よくわからない受け答えをしてしまう。
”そうですね。影響を受けると思っていれば、影響を受けてしまう可能性もあります。黒髪の少年の言っていた、イメージの喚起とは、そういうことだと理解しています”
おお!!そういうことか!!
「ということは・・・」
あえてパンチスキルは起動しないまま、中段の構えを取る。水柱までの距離は3m、とても手は届かない・・・が、イメージを錬る・・・突き出した拳が、空気を穿ち水柱に到達するイメージ・・・
「ハァ!!!」
裂帛の気合とともに、正拳から波動が迸る!!通常スキルでも拳神が付いているのだから、それくらいできるはず!!と目を見開く・・・・
なにも起きなかった・・・
”失礼ながら、何をされているのですか?”
随分、自発的な質問をするようになったじゃないの・・・
”マスターの基本スペックは、ご自身の肉体に関して言えばスキル発動による強化は必要としませんが、スキル及び術式の発動にはMPの概念があるため、パンチスキルの起動は必須です”
ですよね・・・先程の自分の行動が随分独りよがりな気がしてきた。
なんとなく、以前同じようなことをして、手から何か出た気がした記憶が蘇ってきたが、〇〇波!!!とか叫んでいた記憶から、前世の物だと思われる・・・
「で、どのようにすればいいので?」
ぐったりと自分自身の黒歴史に打ちのめされながら、ギブアップ宣言をする。
”引き出せば良いのでわ?”
「はい?!」
”ですから、時の牢獄から引き出せば良いのです”
そ、それだけ?
”マスターは魔法の影響を受けません。そう信じて、ハンス様とミミ様を引き出せば、解放できます”
恥ずかしい・・・とても恥ずかしい・・・そんな単純な方法で良いなんて・・・
いや!これは必要な手順だった!!時の魔素や空の魔素の概念を獲得するために、必要なものだったのだ!!
そう、自分を納得させると、落ち込んだ自分を励まして、ハンスを引き抜くことにした。
いよいよハンスの復活だ!!
ただし、引き抜くまでに要した時間が1時間以上かかったのは、立ち直る時間が必要だったためである・・・
次回、ハンス復活です。きっと・・・




