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コブシの魔術師  作者: お目汚し
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時の魔素

衛兵頭や魔狼たちを村に帰還させた後、そのまま塾に文字通り飛んで戻った。

街の門を出ていないのだから、門を通るわけには行かず、かと言って最近は転移ばかり使っていたために、たまには趣向を変えて・・・ということで、ゴブリンの村からダンジョンの上空に転移し、そのまま飛行魔法を試すことした。


考えてみれば、ぶっつけ本番であったが、問題なく魔法は使え、飛行も出来た・・・出来たが、


「効率悪いな・・・」


魔力の流れを見てみると、あちこちに無駄な魔力の流れが見て取れる。

これではかなりのMPが無いと飛行は難しく、長距離を飛ぶのは苦労しそうだ。


この世界でも物理の法則は有るが、それも魔素の性質で理解されている。

重力に相当する物を司っているのは、土の魔素と時の魔素であるが、時の魔素はまだ感知したこともない。

それでも、一時的に土の魔素の干渉を阻害して、重さを軽減して、風の魔素を使って飛ぶというのが、飛行の魔法の大雑把な内容だった。


街とダンジョンの中間点くらいの位置に降り立つと、早速試してみる。もちろん辺りに人が居ないことは確認済みだ。


「まずは、重力から開放される・・・っと」


声に出しながら魔素を操作して、土の魔素の影響を弱めるのではなく、少しづつ反転させる。

丁度磁石の同じ極性を近づけるように、ふわりと身体が浮き上がった。

周りの石も浮き上がってしまったので、その作用を自分だけに特定すると、魔力の流れも緩やかになった。


「お、これだけでも少しMPが節約できるかな」


もともとMPを消費しない身では関係は無いのだが、前世のサラリーマン生活の癖なのか、効率を考えてしまう。

そのまま、風の魔法で吹き飛ばされるのではなく、足場を造ると、それを蹴って前に進む。

プールの中で壁を蹴って前に進む感じだ。


スーッと流れるように身体が前に進むが、段々と減速していく。空気抵抗が思ったよりも減速効果をもたらしていた。ならばということで、弓術などを使うときに使われる空気抵抗をなくす呪文を自分自身にかけて、再びトライすると、今度は減速することもなく前に進み続けた。


「これは気持ちいいな」


調子に乗って、今度は蹴りつける足場に反発力をもたせ、さらに高速飛行にチャレンジする。


「うお!!」


思い切り蹴りつけたら、あっという間に加速がついて、森の木に激突しそうになった。


慌ててブレーキを!!と思ったが、止まる方法を考えていない。咄嗟に木に足を向けて、横向きに木の幹に着地した。


バキッ!!!!メキメキ・・・!!


軟着陸というわけにも行かず、着地した気で威力を逃がしたはずだが、実際には全く減速されないロングドロップキックが、木の幹に突き刺さった感じだ。


ゴメンナサイ・ゴメンナサイと、慌ててメガヒールを木に向かってかけてみるが、治りが悪い。というよりも、変化が見られない。


このまま放っておけば枯れてしまうだろう。自分の不始末のせいで木が枯れるというのも、気分が悪い。どうしたものかと考えたが、ふと、思い出した。


やったことは無いが、これでも大魔導師だ、きっとできるだろうと、気負うこともなく魔法を発動させる。


「リバース!!」


だが、変化はない・・・


あら?っと思い、困ったときの琴ちゃん頼みだ。


”マスターに使えない魔法はありませんが・・・時の魔素を感じたことが無いとおっしゃっていましたね”


魔法の体系は理解しているが、どうも時の魔素・・・と言われてもピンと来ない。

この異世界も一応三次元というくくりで考えれば、XYZ軸の世界であり、4次元の要素である時間は、流れているもののはずである。


”マスターは、記憶についてどう思いますか?”


記憶ですか?経験や知識として脳の中に蓄積されていくのだと思っていたが・・・違うのか?


”では、楽しい時間も苦しい時間も、同じように過ぎていきますか?”


おお、それって相対性理論って奴だな・・・でも、それと記憶って?


”鮮明に、克明に思い出した記憶の世界を、過去の世界と考えることは出来ませんか?”


よくわからないな・・・


”マスターが記憶を残すように、空間にも記憶があります。今から数分前の、あの木が無事だった時の記憶は、木やマスターではなく、空間が記憶しているのです、時という軸の上で”


少し、何かが引っかかった気がする。その細い糸のような引っ掛かりを手繰り寄せる。相対性理論と、空間の記憶。時の魔素・・・


不意に、何かが分かった気がした。

気がしただけだが、色として見えている魔素の一つが、ほのかに色づいた気がする。


「リバース!!」


相変わらず詠唱は無視して、周りの魔素に働きかける。

すると、魔素感知で見ている魔力の流れが、急に逆転して見えた。


みるみるうちに、まるで映像の逆再生を見ているように、折れた木が元に戻った。


「おお!!」


だが、元に戻ったのを喜んでいたら、再びあの嫌な音を響かせて樹の幹がへし折れてしまった・・・


「おや?」


”マスターのリバースがあまりに空間の記憶を忠実に再現したせいで、そこだけ空間の時間が狂っています。魔法の後に、魔素の影響から開放する必要があります”


ふむ。よくわからないが、今、この樹の幹は周りと少しずれた時間にあるということか・・・

今も、先程のメガヒールの影響なのか、微妙に修復しようとするように幹が変化を始めた。


では、もう一度。


「リバース!!」


樹の幹が元に戻る。それを確認すると、周りにとどまっている魔素を、別の場所へと誘導した。


「もう大丈夫みたいね・・・」


樹の幹は再び折れることはなく、そこに立ち続けていた。


”普通の魔法の場合、マスターほど的確にその場の魔素に影響は与えられないため、詠唱という手段を使って、魔素に流れを与え、流れるがゆえに散っていきます。ですが、マスターの魔法は、まさにそこに存在する魔素自体に影響を与えているため、循環や流れが生まれにくいのですね”


琴ちゃんの分析を聞きながら、何か引っかかる物を感じた。


「あれ?もしかして・・・」


引っかかった物が何なのか。それを無理やり引き止めると、並列思考を発動させ無理やり考える。

何か、重要なことが引っかかった気がするのだ・・・


あちこちに吹き飛びそうになる思考を無理やりまとめて、額に珠のような汗を浮かべ、それが流れ落ちている。だが、そんなことも気にならずに、一心不乱に考えた結果、一つの推論にたどり着く。


思考のままに、魔素感知を未だ捕らえられているハンスとミミのいる部屋に向ける。

そして、二人が囚われた水の柱に感知を向けると・・・


「・・・見えた・・・そういうことか・・・」


重力は時と土の魔素が司るという。土の魔素の影響を断つだけでも、浮遊は出来た。むしろ反転さえできる。時の魔素は、リバースのように反転させているように見えても、どうやっても反転は出来なかった。あくまで、時の魔素が持つ空間の記憶の再現でしか無い。今の理論では、過去には行けないのだ。

では、未来には行けるのか?そう考えた時、それが可能になった。正確には、未来に行くのではなく、自分の時を止めるのだ。100年後に行きたければ、100年、時間を止める。ハンス達が200年の時を超えたというのは、実はタイムリープではなく、亜空間の中で200年時間を止めていて、200年後に戻ってきたということなのだ。


そう考えて、ハンス達が囚われている水柱を見た時、水柱の時が止まっている、正確に言えば極ゆるやかに進んでいることに気がついた。


ハンスは何も考えずに、水柱に斬りつけたことによって、その緩やかな時に取り込まれたのだ。


「これなら、開放できる・・・」


時の魔素を感じられるように成った今、あの水柱の時の魔素に働きかけて、散らすことができる。

そう思った途端、いてもたってもいられなく成った。

すぐにでもハンスを開放したい。ついでにミミも。


”マスター、どうされましたか?”


動きを止めて、大汗をかきながら思考に没頭していたオレが、急にガッツポーズを取ったのを不審に思った琴ちゃんが聞いてくる。


「ハンスを開放する方法を思いついたんだ!!」


”ええ、時の牢獄を破れば可能だと思いますが”


え!!


”現在、ハンス様はミミ様の発動した時の牢獄の魔法に取り込まれて、動けなくなっていますが、マスターの力を持ってすれば、魔法の解除は可能だと思います”


非常に、とても、まったくもってアタリマエのことのように、琴ちゃんが言う。


「あ、あの、なんでそれ・・・」


だって、あの時多重思考やら森羅万象の知識やら、ありとあらゆる思考をして、時が止まっているという考えに至ったはずなのに、それをあっさりと・・・


”聞かれませんでしたから”


いとも簡単に答えた・・・


”その時、マスターがこの現象を引き起こすことが可能な魔法が何かと聞かれれば、私は時の牢獄とお応えしました”


・・・


”あの時、マスターは何が起きたのか、どういうことか?という疑問を持たれ、目の前の時の魔素を無視されていましたので、説明は難しいと判断しましたが”


「ストップの魔法は長時間はかけられないし、リバースは巻き戻しだってことだよね?」


”そうです。正確には、時の魔素の進みを止めることは出来ませんから、阻害しか出来ませんが、ミミ様は水の魔素に循環的に時の魔素に対するストップの魔力を与えることで、しかもそのストップの対象の中を水の魔素で満たすことによって、時の牢獄を作り上げたのでしょう”


「でも、なんで封印のダンジョンなんかに・・・」


”たまたまですね。恐らく、ミミ様はハンス様達に会いたくなり、自力で時の牢獄を作り上げ、その牢獄を、希望転移・・・要するに、一番ハンス様達に会える可能性が高いところを希望してランダム転移させ、そこに入っただと思われます”


つまり、ランダムに転移した先が、ハンス達が出てくる封印のダンジョンの中で、たまたま最下層に転移してしまったってこと?まあ、確かに近くにいたおかげで、すぐに見つかったのかもしれないけど、10年以上経過しているわけだし、それでも、200年待つよりはマシだと思ったってこと?


「なんか、壮大なスケールで小さなことをしている気がする・・・」


”私には人間の考えがよくわからないことがありますが、マスターが何故二人を開放できないと思ったのかが謎です”


と、抉るような一言を放ち、ものすごいスピリチュアルダメージを受けた・・・


”ですが、時の魔素を理解された今となっては、マスターに不可能は無いと思いますよ”


気配だけだが、琴ちゃんが微笑んだ気がした。


そうなれば、まずはダンジョン攻略のためにも、ハンス達を復活させるのが先決だ!!


はやる気持ちを押さえて、時間の魔素についてより習熟するために、周りに感じられる時の魔素と交流しながら、いろいろと新しい魔法を考えて街まで戻った。


街が見えてきたところで、早速、森羅万象に新魔法として認定された、「ストップ・ザ・ワールド」の魔法を試す。これは、実際に時間を止める魔法ではなく、自分自身の中に構成要素としている時の魔素に働きかけ、周りよりも素早く動く魔法だ。かかっているオレから見ると、時は止まって見える。実際には、極ゆっくりと時間は流れているのだが、パンチスキルと合わさると、全く止まっているようなものである。

系統的には、クイックの魔法に近いらしいが、純粋に時の魔素に指示を出したうえで、他の魔素も巻き込んで自分自身が加速するというのはオリジナルとして認められたようだ。


というわけで、止まった時の中を悠々と歩き、街の門を抜ける。守衛所も素通りで通り抜けるが、もともと外に出ていないことになっているので、問題はない。

時間を止められるなんて考えると、いろいろいたずらも出来そうだが、そこはグッと我慢である。天知る・地知る・我が知るである。


街も中ほどまで来て、人はいるのに全く喧騒も無い不思議な光景の中をぶつからないように気をつけて塾の門まで来ると、一応周りの様子を確認して魔法を解除した。


ゴォォォォ!!!!


と、その途端ものすごい突風が吹いた・・・


うお!!と慌てて体制を整えるが、風はすぐに止んだ。街の中からも今の突風で煽られて転んだ人や吹き飛んだ荷物などが有ったらしいが、この時は、非常に気まずく、そして確信的に「ストップ・ザ・ワールド」の影響だと思われ、何が起きたのか琴ちゃんに解説を頼んだ。


”マスターが、他の人に見えない程の速さで、移動した結果ですが、何か問題がありましたか?”


そりゃそうですよね。ものすごい速さで何かが通り抜けた結果ですよね・・・・でも、弾丸が通り抜けたって、そんな酷い突風なんて吹かないじゃないですか・・・予測出来ませんでした・・・スミマセン。


ひとまず、街の人達に大きな怪我がなさそうなのを確認すると、肩をすくめながら塾に入った。

せっかくハンス達を助ける算段もついて、新しい魔法も身につけ、意気揚々と帰ってきたのに・・・

チョット部屋で不貞腐れたのは、仕方ないと思うのだ。



不定期でスミマセン。

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