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コブシの魔術師  作者: お目汚し
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異文化交流の正しい在り方

「さあ!好きな物を食べてくれたまえ!!」


ミッツに連れてこられたのは、私塾から歩いて2分ほどの近場の食堂だった。

なんでも、最近のお気に入りらしく、週に5日は来ているらしい。


広さは、4人がけのテーブル席が7つ、カウンターに10名ほどかけられる位な間取りで、

詰めれば4人がけテーブルがもう5つほど入りそうなのだが、


「坊っちゃん。今日も元気だね!!」


と声をかけてきた女将さんの体型を考えると、このゆったりスペースは必要なのだと思わされる。


「おや、こちらは怪我をしてるのかい?」


とゴブリン衛兵頭を見てそう言ってきた。


「そうなのだ、といっても、もう回復してきているので、その祝いなのだ!」


そんなことを言いながらエール酒を注文した。


この世界では、11歳から酒は飲める。と言っても、もっと小さい子が飲んでいることもあるので法律としては機能していない。酒場からすれば、売上に貢献してくれるお客様には、望まれたものを提供するということである。


「このワンちゃんは、随分と大きいねぇ」


ひんやりした床が気持ちいいのか、魔狼王は床に伏せて行儀よくしている。

ずいぶん大きいと言っても、仔牛ほどのサイズの魔狼だ、それをワンちゃんと言い切る女将さんの胆力もなかなかなものである。


「この子は何を食べるんだい?」


尚も女将さんは聞きながら、あろうことか魔狼王の頭を撫で始めた。


「・・・・・」


魔狼王、気持ちよさそうね・・・


「と、とりあえず、肉をもらってもいいですか?生でいいです」


「あいよ。毎度あり!!」


各々が、気になる料理やおすすめの料理を注文し、そのまま宴会に突入した。

飲み食いを初めて30分位経った頃、店も程よく混んできて、満席となる中、ちょっとした問題が発生する・・・


「なんだ、この店はガキが酒を呑んでるのか!?」


入り口付近から、ガラの悪い大声が聞こえてきた。


「お客さん、悪いけど、今日は満席だよ」


と言っていた女将さんの言葉を遮るように声が聞こえてきたのだが、

ふと目を向けると、ガラの悪そうな3人組が女将さんに絡んでいる。


「なんだと、俺らは近所の魔物どもを倒してさっき街に帰ってきたんだ。金ならあるぞ。とにかく呑ませろ!!」


「あいつらどかせ!!」


などと、騒いでいるが、非常に見覚えのある3人組である。


「大魔王さま、何やら騒がしいですが、問題が起きていますか?」


衛兵頭が騒動の方を気にしている。


「ああ、お前たちは気にしなくていい、食堂の人に任せておけ」


そう言うと、小さくうなずき、女将さんの出してくれた、カボチャのような野菜の煮付けを、美味そうに食べ始めた。

先程から、これはどうやって味付けをしているのか、しきりに聞いてきて、その度に女将に教えてもらっているのだが、この煮付けの作り方を教えてもらった時には、人間の言葉で


「アリガトウ」


と、喋ったのにはとても驚いた。感謝の気持ちくらいは自分で伝えたかったらしい。


魔狼王と魔狼神も、肉の塊と何かの乳をあっという間に平らげ、飲み干していたが、それを見た女将さんに、ワイルド・ボアという豚に似た生き物の骨をもらって、嬉しそうに齧っている。


「あ、お客さん困りますよ」


「うるせぇどけ!!」


ガシャーン・・・


と、大きな音がして突き飛ばされた女将さんが、その大きな尻で入口付近のテーブルをひっくり返しながら、スープまみれになって転んでいた。


その瞬間、スッと立ち上がった影がある。


「表にでろ・・・」


衛兵頭が言葉では通じないと分かっているのか、3人組の一人の頭を鷲掴みにすると、表に引きずりだし、そのまま路上に投げ飛ばした。


「い、いてえ、痛え!!」


「おお、テメエ何のつもりだ!」


血の気の多い冒険者が早速ショートソードを引き抜くと、脅すつもりなのか切っ先を衛兵頭に向ける。


「オッサン、いい気に成ってると、そんな怪我じゃ済まないぜ」


さらに、後ろから3人目も近づいてくると、衛兵頭を挟むように、こちらも大振りなナイフを取り出す。


見た目には、顔に重傷を負った少し背の低い男性が、男たちに絡まれているという雰囲気だ。


食堂の中に居たオレたちは、一瞬の出来事に唖然としていた。

確かに、男たちの態度は目に余るものが有った。ミッツなどは、いつも世話になっている女将さんが突き飛ばされた時点で、立ち上がっていたのだ。が、それを遥かに上回る動きを見せて、一瞬で戸口付近まで移動した護衛頭の動きに、全くついていけなかったのである。


「オッサン、謝るなら今だぜ。有り金全部とは言わねえ、こいつも怪我しちまったようだから、お子様たちの小遣いまで全部よこせば、勘弁してやるぜ!!」


下卑た笑いを見せながら、怪我をしたという男が、痛い痛いと笑いながら転げまわっている。


「大魔王さま、スミマセン。女将さんが突き飛ばされたのを見て、カッとしてしまいました」


衛兵頭が男どもを全く無視して、オレに謝ってきた。当然周りには何を言っているかわからない。


仕方ない、という感じでオレが手を上げて答えると、


「では、そのように・・・」


と何か納得したように、男たちに向き直る。え?オレ何か指示したの??


「なんだ?!オッサン。やろうってのか?!」


この言葉を最後に、彼らは目の前から姿を消していた。

翌朝、彼らは城壁の上で目をさますことになるのだが、何故自分たちがそこに居たのか、どうやって上ったのかなど、全く覚えていなかったそうだ。ちなみに、普段はハシゴをかけて登り降りをする城壁の上段通路だったため、しばらく、声が枯れるまで下の人に助けを求めることになったらしい・・・


「殺してはおりません。居場所は魔狼王殿にお聞き下さい」


そう言うと、何事もなかったように食堂に戻り、女将さんに手を貸して立たせて、そのまま席に着くと、再び煮付けを美味そうに平らげ。


「ゴチソウサマデシタ」


と、手を合わせた。


女将さんがチョット頬を赤く染めていたのが気になったことといえば、気になった。


スッと魔狼王が帰ってきて、定位置に落ち着くと、無心に骨に齧りついていたが、そもそも、こいつがいつの間に外に出たのか、誰も気がついていない。魔狼神は、何事も無かったように、オレの膝の上で眠っている。


この後、食堂の常連であるという近所の爺様たちから、感謝の言葉と、「スカッとしたわい!」などの感想を聞きながら、しばらく飲み食いしたが、遅くまで子供が出歩くのは問題だということで、大人たちに諭され、私塾に帰ることに成った。


「ルキノ、さっきの3人組だが・・・」


ミッツが流石に気になったようで聞いてきた。

言わずと知れた、いつもの3人組である。最近見かけなかったが、元気だったようだ。

今日は、何か威勢よく怪我人を痛めつけようと思っていたようだが、衛兵頭が驚くほど俊敏な動きで、瞬く間に3人に当身を食らわせると、申し合わせていたかのごとく、魔狼王がヒョイヒョイと3人を背中に乗せ、そのまま暗闇に消えていったのだが・・・恐らく見えた者は居なかったと思う。


「どうやら、無事らしいよ。どこか遠くに運んだだけみたい」


「そ、それならいいのだが・・・」


一応気になったので、魔狼王に聞いて見たところ、


「広い道があったので、そこに寝かせてきた。死んでは居ないし、血の匂いもしなかった」


という報告を受けていたので、それならばと、深く考えないことにしたのである。


帰り際に、女将さんからカボチャの煮つけを器いっぱいに土産として受け取った衛兵頭は、嬉しそうにオレの後ろを歩いている。この時も、「ありがとね」と言いながら、頬を染めていた女将さんが印象的だった。


魔狼王も、大きなワイルドボアの大腿骨を土産にもらい、尻尾を振りながら歩いて行く。


私塾の前まで来ると・・・・


「チョット、あなた達・・・何処に言っていたの?」


と、極低温の視線を目に湛えた、魔法少女が一人佇んでいた。

マーリンである・・・


「あ、いや、歓迎会をという話で・・・」


「取り合えず、中に入りなさい。話はその後で」


この後、ミッツによって無理やり外に連れだされたのだという、本人以外の主張によって、ミッツには1ヶ月の謹慎処分が言い渡された。

意外だったのは、助さんや格さんまで、ミッツが悪いと言っていたこと。

が、どうやら、ミッツはあの食堂にハマったのだが、それは、食事ばかりではなく、食堂に誰かを連れて行く事にハマったということのようで、助さん格さんも毎回付き合わされるのに、いささか辟易していたようである。ある意味、ミッツは嵌められたのである。


「この度は、当塾の生徒が無理を言いまして、申し訳ありません」


マーリンが、衛兵頭や魔狼王達に頭を下げる。


「いえいえ、とても楽しい時間を過ごせました。素晴らしい料理もいただけましたし」


衛兵頭の言ったことを通訳する。


「そう言っていただければ幸いですが、重ね重ねすみませんでした」


と、マーリンが大変恐縮しながら、明日の予定を教えてくれた。


朝から領主の家に移動して、まずは会談。その後、時間が許せば昼食会を行い、夕方にはゴブリン村に送っていくという日程だった。もちろん、移動手段は転移となる。

ただし、領主の屋敷の中にはいきなり転移は出来ないということで、一旦、門の前に転移し、そこからは歩いて入ることになる。一応、不都合がなければ今日と同じ変装で行くことに成った。

そう考えれば、この変装が有効だということが検証できたということで、今日の騒動は怪我の功名であろうか・・・


「異文化交流でしたな」


と、衛兵頭が言ってきたので、


「まあ、交流といえば交流かな?」


と答えたが、アレが交流で良いのか?盛大にクエスチョンマークが浮かんできた。


ただ、あの時の衛兵頭の動きが気になった。圧倒的にダンジョンの中よりも動きが良かった。

さらに言えば、魔狼王の動きも、みんなは全く気がついていなかったようだ。


”魔狼王は気配を完全に消していました”


琴ちゃんに相談したところ、そういった答えが返ってきた。


”生き物は、目に見えなくても気配で何かを察知する能力を、生まれながらに持っています”


と言うことだ。


”霊感や第六感などと呼ばれるものもその一種です。その逆に、目で見えていても、気配がないと認識出来ない場合もあります”


え?そうなの?!


今は、お客様たちは一応客間に案内されており、既に寝ているようだ。それこそ、気配で分かる。


”だまし絵などもそうですが、目に見えていても、認識が追いつかなければ意識の表層に浮かびません”


気配を消すって言うことはそういうことなの?


”野生の生物はそれを補うために、聴覚や嗅覚が優れています。魔狼はそもそも狩猟型モンスターなので、余計にそういった能力に優れていると思われます”


そういうことか・・・でも、ダンジョンより動きが良いという理由は?


”魔素濃度が関係しているのかも知れません”


モンスターゾーンのことかな?


”マスターが魔法を使っていたことから推測しますと、恐らくモンスターゾーンでの魔法の使用は可能です”


まあ、そうだろうね。ルネッサ(仮)も使ってたし。


”はい、その成り立ちも同じだと考えられますが、濃度や密度の関係で、魔法を使えないという状況が起きるのだと思われます”


なるほどね、濃度や密度が薄い場所なら波は簡単に起こせる・・・つまり、水なら波は起きるけど、凍ったら波は起こしにくいってことね・・・


”もっとも、氷は水より密度は低いんですが・・・”


オレが馬鹿なのがバレるからそこはスルーして・・・


”スミマセン”


でも、その理屈だと、やりようによっては大きな魔法が簡単に使えそうな印象も持ってしまうな・・・


”そうですか?私にはそれはわかりません・・・”


なんか、以前にそんなことをした気がするんだが・・・


そんなことを考えながら、布団の上に寝転んでいたので、いつの間にか寝落ちしていた・・・


明日は、会談だ。いろいろ考えておかないと・・・と思ってたのに。



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