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コブシの魔術師  作者: お目汚し
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バイオリア領主の悩み

その日もアレスは悩んでした。


格安の商品を売り出す、外部資本の大型店舗をなんとかして欲しいと言う陳情も、城壁の外のスラムからやってくる、ガラの悪い冒険者崩れの問題も、日常の中での悩みであり、解決するというよりも、話を聞くことで問題が沈静化していくものが多かった。


だが、今回の問題は、少々毛色が違っている。


バイオリアに王族が紛れ込んでいる。冒険者として活動しているようだが、安全上の配慮が必要なため、現在の居場所を特定し、知らせよ。


そんな命令がバイエルンの領主から、届けられていた。発令したのは、王国執務院。領主交代承認の書類さえバイエルン領主の書状だったことを考えれば、今まで受け取った書状の中では、最高位の命令書である。


「これって、ミツクーニのことじゃないよな~」


そうだったらいいな位の感じでぼやく。


領主館の執務室に、簡素だが頑丈な造りのデスクがおかれ、その前の革張りの椅子に浅く掛けて頭を抱えている。年齢は、40代中盤くらいに見えるが、デスクに座っているより剣を振り回している方が似合いそうな、筋骨たくましい壮年の男だった。顔にも何かの爪あとなのか、頬に大きな傷があり、口元には整えられたヒゲを蓄えている。髪の色はブラウン、眼の色も幾分赤みの強いブラウンで、眼光はおっとりしているが、眼の奥に揺れて見えるのは、バイオリアを守りぬくという闘志だろうか。


そんな男が、現実逃避に近い悩みに、今日も打ちひしがれていた。


そこに、来客を知らせるベルが鳴る。


「どうぞ」


誰が来たのか聞かない。いつもそうである。

招く必要が無いものは連れてこないし、入れない。

バイオリア領主の館はそういうふうに、執事及びメイドを躾けていた。

これまでも、脅迫やたかりの類がきた時は、執事長及び、メイド軍団が、その組織の頭目までを、ことごとく壊滅、もしくは捕縛して街の衛兵たちに引き渡しているらしい。物乞いの場合は、その状況に応じた対応がされる。働き口がないものには働き先を、傷病が原因ならば、治療院の手配。働く気がないものは、職業訓練校の地獄コースを、それぞれ斡旋する。など、隙のない対応をするのだ。

だから、誰が来たのか聞かなかったのだが・・・


「こんにちは、領主様。ご機嫌麗しゅう」


そう言って現れたのは、見た目は20代に成ったかならないかに見える、魔法使いのローブをきた少女。

身長は150cmあるかないかと小さめだが、ローブの上からでも、魅力的な体型をしていることが分かる。


「マーリン様、今日はどうされましたか?」


と、後ろに付き従う男など眼中に無いという素振りで話を聞く。この従者のことを理解してしまうと、彼の韜晦など無意味に成ってしまうのだから・・・だが、誰が来たのかくらいは先に聞いておけばよかったと、後悔している自分に気がついてしまっていた。


「実は、ちょっと魔物たちの代表に会って欲しいの」


「なるほど、どちらに伺えば良いのですかな?」


気にしてはいけないと、思えば思うほど、気になってしまう。

王家の血筋に多い、金髪碧眼の美男子。数回しか会ったことはないが、バイエルンの領主とともに王都に招かれた時に、謁見した王族の中、かなり上座の方に座って居た王子にそっくりな”気がする”。そう、気がするだけだ。


「相変わらず、アレス殿は話しが早くて助かる。では、数日の内に期日を整えて連絡するが、それでよろしいか?」


マーリンの言葉に。


「仰せのままに、この街の守護者たるマーリン様に、異を唱えることなどございません」


にこやかに微笑みながら、内心の苦悩など全く見せずにそう答える。


「ありがとう。いつも助けてもらっているのはこちらも同じよ。今度はアランくんに伝令を頼むわね」


そう言うと、ローブを翻し、


「ごきげんよう」


と優雅に礼をすると執務室を後にした。ついでに、金髪碧眼も見事な礼をすると、颯爽と退出する。


「・・・」


物静かだが、嵐が吹き荒れた気分だった。


シュルツ王子がバイオリアに立ち寄った際には、即座にアレスの元に伝令が飛ぶ。

そして、行動の逐一が報告されてくるのだが、抜けが多い。


本人が一流の冒険者のためか、尾行が巻かれてしまうのだ。

そこで、密偵と化した執事やメイドたちが街中に散り、そこらじゅうで王子を見張り、時に友だちになり、動向を見守っている。いるのだが、どうも最近、本国からきな臭い話しが聞こえてきており、ごまかすのもそろそろ難しくなりつつあった。


端的に言って、シュルツ王子は街の人気者である。ここ2年ほど姿を見せなかったが、現れるやいなや、かつて酒を酌み交わし、知己を得た友人たちの元を訪れたのだ。金髪碧眼が珍しいわけではない。だが、男も女も分け隔てなく、気さくに振る舞うイケメンには、女はもちろん、最初こそ敬遠していた男どもも、男惚れしてしまうのである。しかも、久しぶりに来たというのに、懐かしい面々をちゃんと覚えている。そして、その中にはアレス邸の執事やメイドも含まれていた。


そのため、執事やメイドたちは一斉にかつて、密偵として潜り込んだ店や宿に再び潜入し、その結果、街の経済効率と治安が一時的に向上するというおまけも着いてきている。要するに、仕事が好きな連中が多いのだ。


もともと、シュルツはマーリン私塾に入塾するために街を訪れた。

類まれな才能を発揮して、瞬く間に、魔法の使い方を習得し、冒険者として登録してからはメキメキと実力を上げていった。実際、パーティを組んだ冒険者の中には、彼が王子だと知っていた密偵も居たのだが、むしろ、王子に救われたことも少なくなかったようだ。しかし、ある日を堺に、塾を出て街で呑んだくれるようになり、しばらくすると王都に帰っていったのだ。それからは、2度ほど街に来たことはあったが、その度に、それなりの騒動が起きていた。


だが、今回は何も起きていない。前回来たのは2年前、今ほど不穏なことはなかったが、それでも、暗殺者や荒くれ者が、王子を追って外部から少なくない人数潜り込んできたものである。それが、今回は、どうも自分たち以外の何者かが、ことごとく潰しているようなのだ。


そこまで思考して、やはり王子に心を乱された自分にため息混じりに大きく息を吐いた後、さらに大きなため息をつく。


「魔物たちの代表と会え?!どういうことだ!!?」


改めて会見の内容を思い出し、しかもそれに自分が快諾したことに戦慄しながら。


「ま、なんとかなるか・・・」


と、王都への書状をまとめ始める。


主に、ミツクーニのことについて・・・

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