帰還
一般的に、子供は酒や煙草は禁止とされている。
少なくとも、オレが以前居た世界ではそうなっていた。
個人的な記憶はところどころしか思い出せないが、そういった社会規範などは意外と覚えている。
時折、挨拶や言葉遣いなどでもそういったことを思い出す。それと同時に身体が動いていたりもする。
一晩中飲めや歌えの大騒ぎで、朝方まで眠れず、昼前であろう先程目が覚めたのだが、
村の中は、惨憺たるものであった。道端に魔狼が酔いつぶれ、魔狼を枕にゴブリンが寝ている。
そうかと思えば、奥の方からはまだ酒盛りをしているらしい騒ぎも聞こえてきており、
手前の方では日常を取り戻したように炊事の煙が上がっている家もある。
そして、オレは先の子供の飲酒が禁止されているのは、今、オレの頭のなかに暴れまわる鈍痛・・・
即ち二日酔いの酷さに起因するのではないかと思わずには居られないのである。
それほど呑んでは居ないと思う。が、11歳の身体には多すぎたのか、酒が強すぎたのか、あっという間に
酔いが回り、そこからは勧められるままに呑み、食べ、辺りが明るくなってきた頃に、ひとまず解散という話になり、一眠りしたところで、今の状況である。
「起きたようじゃの」
ガリクソンが、オレを見つけて元気に声をかけてくる。
「スミマセン、チョット声を小さめでお願いします・・・」
普段は物静かに思えるガリクソンの声でさえ、激しい頭痛を伴う。
「ん?お前さん、二日酔いかの?」
だーかーらー、もっと小さな声で!!
オレがのたうち回ると、
「キュアをかければ良いであろう」
当たり前のように、そう言ってきた。
え?キュアって二日酔いに効くの?そうか、二日酔いの元は、アルコールがアセトアルデヒドに分解されて、その先の分解が進まない時に起きるって聞いたような・・・
こんな記憶も、突然思い出される。
「キュア・・・」
とりあえず、特効薬っぽいキュアを自分にかけてみた・・・
結果、全く効かない・・・
オレ、魔法効かないんだった・・・・
ヒールは、怪我の周りの結合の切れた魔素を修復するイメージで何とかなりましたが、毒を無効化する、あるいは除去するって、どういうものなの?頭痛にさいなまれる現状では、頭もよく働かないため、思考もまとまらない・・・
「ほほう、キュアが効かないようじゃの?」
ガリクソンのバリトンがこんなにうるさく感じることが、かつて有っただろうか・・・頭がいたい。
「ならば、これを飲め」
そう言って、ガリクソンが何やらポーションを渡してきた。
「毒消しのポーションじゃ。酔い覚ましにもなるぞい」
早速、ポーションの封を切ると、中の緑っぽい透き通った液体を飲み干す。
うわー、微妙な味・・・全体的に苦いが、残る味は甘い。口の中にあるときはザラザラした感じがしたが、
飲み下すと、口中には何も残っていなかった。
「微妙な味ですね」
「そうかの?慣れじゃな」
ガリクソンが笑いながらそういう、
あれ?頭痛が来ない。
咄嗟に、自分の体を魔素認識で見る。
すると、頭の中に回っていたアセトアルデヒドであろう極僅かな魔素が、水と二酸化炭素?に分解されて
いるのが見て取れた。分解酵素の働きを強めているのか?
ただ、少し頭がすっきりしたおかげで、アセトアルデヒドの魔素構成と、毒消しポーションの薬効の元になる魔力構成が、理解できた。
自分の身体が実験台になると考えれば、いろいろ出来そうね・・・
「キュア」
名目上キュアと唱えているが、全くの別物。
魔素認識でアセトアルデヒドと分かった魔素を、全て水に置き換え、なおかつ、ポーションの薬効の元となる、身体の再構成をする構成部分を、魔力で補う。
すると、劇的に体調が回復した。
「おお、治った」
が、とたんに貧血症状が出た・・・あら?
アセトアルデヒドの濃度は微々たるものであったが、水に置き換えてしまったため、血液の濃度が下がったようである。一時的なものなので、問題はないが、次からは別な置き換えをするほうが良いのかもしれない。
もっとも、飲み過ぎて急性アルコール中毒みたいに成った時は、水分が足りないからこの方が良いのかも?
「要検討だね」
「大丈夫か?」
「あ、うん。チョット立ちくらみしただけだよ」
「なら良いがの」
ガリクソンは全く平気そうな顔をしている。大人の余裕であろうか・・・
いや、記憶が確かなら、ガリクソンもゴブリン達に酒を呑まされまくって、そのまま眠っていたのを覚えている。オレより早く寝てたんだ・・・
「ところで、これで一件落着ならば、一度戻れんかの?」
と、ガリクソンが言ってくる。ちなみに、マーリン達には数日は待つように言ってあるので、
ダンジョントラップにハマって、ゴブリンの村に行って、魔狼と戦って、村に戻って、魔狼の拠点に行って戻ってくる、という往復行動を、一日で終わらせたいま、数日後でも大丈夫な気はするが、やはりサラリーマンの習性なのか、できることを後回しにすることに、忌避感がある。
「よし、戻りましょう。転移を使えば一回でいけますが・・・説明のためにゴブリンと魔狼王辺りには来てもらうほうが良い気がしますね」
「なるほど、論より証拠じゃの。しかし、そうなると、どうやって紹介するかの?」
「それは、僕に考えがあります」
そう言うと、主だったもの達に連絡し、酔いつぶれているものは叩き起こし、キュアをかけ、素面に戻ったところで話をして、納得してもらった。
下ごしらえが済むと、ひとまず、先にオレとガリクソンだけが地上に戻ることに成った。
「救いし者よ、くれぐれも、ご帰還くださいませ。我らは、貴方様と共にありますゆえ・・・」
「大魔王さま、また、一緒に戦いたいです」
「ルキノよ、また我らと共に駆けようぞ」
「ルキノ、俺を連れて行けよ」
皆がいろんなことを行ってくれる。約一名、連れてけと行っているが、それは後で考えるとして、
ひとまず地上に戻ることにする。
「一旦、ガリクソンと地上に戻って、状況が整ったら魔狼王と衛兵頭には一度外に出てもらうことになると思う」
要するに、一度無事である報告に戻った後、ダンジョンの現状と、昨日のゴタゴタの説明、それに外部のルネッサを名乗る魔法使い?が関与していることを伝えて、対策を講じると同時に、ゴブリンと魔狼について、共存できる旨を伝え、収束させる。おおまかに言えば、そういう流れである。
「では、行ってきます」
すぐに戻るという言葉で、皆、また会えることを信じ、あっさりと送り出してくれた。
念の為、6階層と5階層をつなぐ階段の扉も、緑魔鋼の壁に変えておいた。
ダンジョントラップにつながる方の扉は、塞いでしまうと、万が一ダンジョンに潜り込んだ冒険者の救出が必要になった場合に困るので、6階側から鍵をかけるだけにしておいた。
処理を終えた後、すぐにガリクソンとダンジョン入り口の詰め所に転移したが、マーリン達は居なかった。
衛兵たちの話を聞くと、数日はかかると思ったみんなは、一旦街に帰って装備を整えに行ったようだ。
魔素認識で見てみると、マーリンとシュルツは校長室に、ミツクーニ達も塾にいるようだった。
「ガリクソンさん、塾に戻りますね」
そう声をかけると、一応衛兵たちの目の届かないところまで移動して、自室に転移する。そのまま校長室に出向いた。
「只今戻りました」
ノックに続いて入室の許可が出たため、そう言いながら入って行くと、マーリンが飛びついてきた。
「無事だった?!怪我はない?!大変なことは無かった?!」
質問攻めである。
「師匠、そんなに一気に聞いたら、答えられませんよ」
何やらシュルツの話し方が優しい気がする。
「師匠?」
ガリクソンが訝しげに聞くと
「いや、みんなの手前、余り詐欺女って言う訳にも行かないし、ミツクーニからも、何が詐欺だったのかとか聞かれちまって、説明が面倒だから、一時休戦ということで・・・」
とバツが悪いようで、頭を掻きながら答えた。
「ふむ、ま、良いわ」
さほど興味も無いのか、そのままどっかりと校長室のソファーに座り込む。なんともないように見えて、気を張っていたようだ。
さて、報告だ。
時系列に沿って、説明をしていく。その話を聞きながら、要所要所でガリクソンが補足を入れる。その内容が、意外なもので、同じことを経験しても、こんなにも感じ方が違うのかと驚いた。
魔狼の拠点まで行く手前の話まで進んだ時点で、
「というわけで、ワシもようやくゴブリン達の言うことを信じてみようと思ったんじゃが、ルキノは最初からまるまる信じて居ったようじゃ。全く、お人好しに過ぎる」
と評価されるに至る。
「いつ襲いかかってくるか分からんと、身構えていた自分が道化のようじゃ」
と、大笑いした。だからそんなにお疲れだったんですね。
「と、言うわけで、魔狼の拠点に行くという場面で、ワシは残されたゴブリン共が何かするのではないかと思って、監視の意味もあって残ったんじゃが・・・」
この話は、拠点に行っていたオレは知らない話だ。
「見送りが終わった途端に、残った者たちが一斉に動き始め、いよいよ何かする気か?!と思ったら、村を上げて宴の準備を始めおった。お前さん達が帰ってこないなんて全く考えていない。いや、帰ってくると信じて、準備を始めたのじゃ。あの時ほど、疑って居った自分の目が節穴だと思ったことは無いわい」
そんなことが有ったんだ。だから、あんなに大量の料理が用意されていたのか・・・
「で、すぐに宴に成ってしまったのと、あの場で詳しい話は不味いかと思い聞かなんだが・・・」
ガリクソンの目が光った気がする。
「ルネッサがどうしたとか言って居ったな?」
「ルネッサ?!なんでそこにルネッサが出てくるの?!!」
マーリンも、話をまとめようと頭をひねっていたが、この一言で、それらを全て放り出して詰め寄ってくる。
「恐らく本人ではありません。ですが、不気味な感じはしました」
魔狼の拠点での出来事を、なるべく内容を省略しないように説明する。
モンスターゾーンの話はすでにしてあったので、その中で魔法を使うことの異常さ。
精神支配の魔法を使い、意思を持った個体を、ダンジョン由来の個体のように使役し、あの時のオーガのことを考えると、そのダンジョン由来の個体の命令も上書きして命令しているように見受けられた。
捨て石と言っていたが、オーガ5体がもし街道に現れたら、即、C級以上の冒険者グループ最低6組以上でレイドを組んで対応することとなるであろう脅威である。
そういう意味では、魔狼王など、災害級一歩手前な存在なのだが、それを連れてこようと言うのが果たして許可されるのか・・・
「ルネッサを名乗る子供・・・」
マーリンがぶつぶつ言っている。
「解析系は通りませんでした。戦闘力はわかりませんが、転移を使えるくらいには優秀な魔法使いです」
報告を続ける。
「あと、これはチョットわかりませんが」
と前置きをしたうえで、
「攻撃系魔法は、余り使ったことがないか、格上との戦闘は余りしていないと思います」
と締めくくる。
「どういうこと?」
マーリンが当然の質問をしてくる。
「昨日の戦闘の時、ルネッサと名乗る少年は、こちらに対して、「ヘルファイヤ」とか言う魔法を撃ってきました」
「ヘルファイア?」
「構成からすると、ファイヤランスがのような魔法が飛んで、着弾点から半径30m程度はマグマになるだろうと予測される魔法です。威力は恐らく10万を超えると思われます」
「なるほど、でも、それと戦闘経験が無いことがどうしてつながるの?」
シュルツとガリクソンも興味深そうに聞いている。
「僕が未だに覇者の称号を持っているからです」
覇者の称号は、攻撃力一万以上の技で魔物を討伐した、現在一番若い者に権利が移る。
そして、オレの前の所有者はマーリンだった。とすると、ルネッサは、今日まで自分の攻撃魔法で、魔物をオーバーキルしたことが無いということになる。クレバーな戦い方をしているなら驚嘆せざるを得ないが、
オレたちに、ヘルファイヤを撃った時など、オーバーキル以外の何物でもない。今回は無力化したため被害は無かったが、あんな魔法を咄嗟に展開するということは、戦闘になれば間違いなく、ああいった魔法も使うことだろう。使役形の魔法を得意としているのかもしれないが、それにしても、ゼロはおかしい。
そういったことから推察すると、戦闘経験が少ないか、全く無かったと考えられるのだ。
「なるほどね~」
マーリンはそう言いながら、ぼーっとしているように見えるが、この瞬間にもいろいろな可能性を考慮しているのだろう。
「でも、魔物にも話しが通じるっていうのが、ちょっとわからないのよね」
と、そんなことを言い始める。
「校長は、悪魔族と会ったことはありますか?」
と、話を振る。
「あるわよ、そもそも、悪魔族と魔族の定義が昔は曖昧だったからね」
と、ミミさんを思い出しているのであろう、遠い目をする。
「ハンスも助けに行かないといけないのに、問題が増えるなんて・・」
ひょっとすると、ダンジョンが活性化したのはそのせいかもしれないのだが・・・
「とにかく、一度校長たちにもゴブリンや魔狼達に会っていただいて、確認していただきたいんです」
と本題を切り出す。
「実際、ダンジョンの入口にいるゴブリンや魔狼のおかげで、外に他の魔物が出てきていないのだとすれば、逆にありがたいことだわ。そうね、会いましょう。で、どうすればいいの?」
「ダンジョンの中は校長も経験された通り、モンスターゾーンが広がっています。まだ、何故そんな状況になるのか分かっていませんが、そこに校長たちを連れて行くのは抵抗があると思いますので、向こうから来てもらうつもりです」
と説明した。
「来てくれるのかしら?」
「もともと、ゴブリンや魔狼は外の世界でも割りとポピュラーな種族ですから、出てくることは問題ないと思います。後は、僕が絶対に手出しはさせません」
と請け負った。
「でも、それって、ルキノくんが彼らを守るって意味でもあるわよね?」
と蠱惑的な目で問いかけられた。
「そういう意味では、ワシも奴らを守るぞい」
とガリクソンも参加する。
「あ奴らは、一晩とはいえ酒を酌み交わした仲じゃ、既にワシの中では仲間じゃよ」
軽く目を伏せながら、微苦笑を浮かべそういった。
「あなた達の仲間なら、私にとっても仲間だわ。その、ルネッサって子も気になるけど、どうも私達の知ってるルネッサじゃないみたいだしね」
そう言うと、杖を手にする。
「何にしても、ルキノくん。一度領主様に会って、説明して貰う必要があると思うの、何度もゴブリンくん達に来てもらうのもご足労だから、一回で済ませましょう」
そのまま、領主に面会に行くと部屋を出て行った。面会場所は塾の中で良いということで了承は取ってある。後は、魔狼王たちを転移で迎えに行けば着いてきてくれるだろう。
「おい、待てよ師匠、アンタ一人じゃ不安だから」
そう言いながら慌ててシュルツが飛び出していく。そういえば、方向音痴らしいことを聞いた気がする。
「ワシは、こちらの準備を整えておく。マーリンはああ見えて発言力はあるから、領主を連れてこれると思うが、何時来るか決めておらんでの。客人たちにも数日は逗留していただけるように、話をしておいてくれ」
そう言って、ガリクソンが請け負ってくれた。
「誰からも褒めてもらえるわけではないかもしれんが、ルキノ、お主は最高じゃ」
オレの頭をガシガシと撫でると、部屋を出て行った。
誰もいなく成った校長室で、不思議とハンスの笑顔が見えた気がした。
オレは、琴ちゃんにルネッサの使った使役魔法のことをいろいろ訪ねながら、校長室を出ると、そのまま今度はミツクーニ達に報告に向かったのだった。




