問 正義とは何か答えなさい
魔狼達の拠点は、石造りの建物が点在する、地下10階層につながる階段のある、遺跡地帯に有った。
魔狼王が先頭で、風の様に走る。少し間を開けて、それでも群れの真ん中あたりを、魔狼神を抱えてオレが走る。ゴブリン達も紛れて走っているはずだ。全員に光学迷彩魔法をかけてある。探知魔法でも見つけられない自信はある。気配や匂いもわからないはずだ。魔素認識を持つオレには、微妙な風景の揺らぎとして見えるが、完全に認識するには、魔素認識で認識するしか無い。
間もなく、遺跡の中でも比較的損傷していない石舞台のような物がある建物の前に着いた。
「早かったですね」
すっかり日もくれて、夕闇から夜に移り変わる時間。このダンジョンの天井も、夜を表現するように暗くなり、それでも外と同じように、月のような明るい輪が見えている。満月というわけではないが、星明かりよりは随分と明るい。琴ちゃんのお陰で魔素認識で強化された視覚を使って、月明かりに照らされる石舞台の上を見る。
最初は、黒い塊に見えた。よく見ると、それは打ち倒され、積み上げられた魔狼たちだった。
魔狼王はたじろいだ様子もなく、舞台の前に立つ。そして、100体余りの魔狼が、同じように並び立った。
「ゴブリン共は片付きましたか?」
男のようだ。落ち着いているが、少し高めの声色。体つきは華奢な感じだ、魔法使いなのだろうか、細身のワンドを腰帯に下げている。身に着けているのも、魔法使いのローブのようだが、足元は、まるで拳法着のような形をしており、下から見ていけば、拳法着に外套を羽織っているようにも見える。
「まあ、意思無き獣に何を問いかけても、仕方ないですね」
そう言うと、魔狼王の前に立つ。
「次の指示を与えます」
そう言うと、スッと目を細める。
「死になさい、いえ、死ぬまでそこで立ち続けなさい。抵抗は許しません」
そう言うと、再び舞台に上がり、
「お前たち、この魔狼達も打ちのめして、立てなくなったものから此処に積みあげなさい。ただし、殺さないように」
そう、奥に声をかけた。
すると、神殿の柱の影から、ゴブリンの倍は身長も幅もある、全身が赤っぽい鬼、オーガが現れた。
オーガ達は、5体いる。それぞれが等間隔で並び、魔狼達に対峙すると、おもむろに手にした棍棒を振り上げた。振り上げた棍棒は魔狼達の血で染まり、真っ赤にヌラヌラと月明かりを反射している。そして今にもその棍棒を振り下ろそうとした時、突然舞台の上に現れた子犬がトコトコと人間の足元に近づくと、おもむろに口を開けて足に噛み付こうとして・・・蹴り飛ばされた・・・
「オォォォォォォォーーーーン!!」
それが合図であったかのごとく、魔狼王が一声吠える。それと同時に、その遠吠えに込められた思念に、傷めつけられていた魔狼達の魂が激しく揺さぶられる。
オーガ達はまるで、その遠吠えに萎縮したかのごとく動きを止めている。
「バースト・カース メガヒール!!」
解呪の魔法と、回復の魔法を同時に発動すると、目の前にいる新しい仲間たちに向かって解き放つ。そして、飛ばされてきた魔狼神を片手でキャッチすると、光学迷彩魔法を解除した。
「だ、誰だおまえは!!」
改めて見ると、目の前の男は、まだ子供だった。と言っても、オレと同じくらいの年格好だ。ローブに隠れて、顔や頭ははっきりと見えないが、暗闇の中でも底光りする目が印象的だ。
「誰だと聞いている!」
敢えて情報を与える必要はない。
「ええい、オーガ共さっさと叩き潰せ!」
そう言うと、魔狼達の前で動きを止めているオーガに命令するが・・・
「お前たち、いつの間に!」
オーガの棍棒ごと、飛びつくようにして押さえ込んでいるゴブリンが現れる。光学迷彩魔法が解けたため見えるように成ったのだ。
「おのれ!やっとダンジョンが生き返ったと思えば、このような・・・」
吐き捨てるように意味深な発言をすると、
「我らの正義の邪魔立てをするなら、覚悟するが良い」
そう言うと、
「エレメンタル・バーサク・・・狂戦士よ、皆殺しにしろ!!」
と、オーガ達に何か魔法を発動させ命令する。魔力の奔流が風を伴って巻き起こり、少年のローブを吹き飛ばした。
「「「「「ウオオオォォ!!」」」」」
ゴブリン達に抑えこまれていたオーガ達が一斉にゴブリンを吹き飛ばすと、そのまま魔狼達に打ち掛かる。その姿は、理性を失い身体が損傷することも構わない狂戦士と化していた。
「散開!波状攻撃にて打ち破れ!」
魔狼王の号令でたちまちオーガたちを取り囲むと猛烈な勢いの波状攻撃が始まった。
舞台の上では、打ち倒されていた魔狼達が回復し、オレたちを取り囲むように円陣を組んでいる。既に思念回路はつながっており、彼らもまた仲間として陣立てに加わったいる。だが、オレは動けなかった。
魔狼達に囲まれながら、それでも余裕の表情を崩さない少年の目と髪の色は黒だった。オレと同じ、黒色。
「お前は?!」
顔立ちこそ似ていないが、印象は随分と似ていると思う。
しかもこいつはなんでもないように魔法を使っているが、此処はモンスターゾーン。普通の人間には魔法は使えない。
「驚いたか、そう、俺様こそかの大魔導師の生まれ変わり、ルネッサ様だ!!」
と、トンデモ発言が飛び出した。真偽を調べたいのだが、先程から魔素認識を使ってステータスを読み取ろうとしているが、うまくいかない。こんなことは初めてだ。
「俺様はこの腐った世界を滅ぼし、新たな世界に君臨するのだ!!」
何やら狂信じみた発言をしているが、そんなことをこいつは考えているのか?
「それはお前だけの考えか?協力者がいるのか?」
何とかステータスが読めないか試しながら、時間稼ぎのため、答えるかどうかは分からないが、一応聞いてみる。
「知れたこと!俺の正義に賛同した者たちが大勢いる。そのものたちは次の世界の支配者となる!」
おお!答えてくれた、ということは仲間がいるということか。だが、何故こいつは自分から出張ってきているのか?
「本当か?そんなに仲間がいるなら、なんでお前は一人で来てるんだよ、本当は一人なんじゃないのか?」
「う、うるさい!使える奴が少ないから、一番役に立つ俺様が自ら動いているんだ!」
ちょっと顔を赤らめながら怒鳴った。
相変わらずステータスは読めないので、一旦諦める。
「まあ、それは良いとして、この状況から逃げきれると思ってるのか?」
後ろを確認すると、オーガは最初こそ魔狼たちを圧倒していたが、いまでは魔狼達の連携攻撃に、武器を奪われ、防戦一方だ。
「ふん!あんな奴ら、捨て駒にもならん。俺様自ら、お前らを叩き潰してやる!」
そう言うと、強烈な魔素の収縮が起こり、ルネッサと名乗った少年の掌に高密度の火属性の魔素が現れる。結構シャレにならない威力がありそうだ・・・
「ヘルファイア!!」
そう言ってルネッサがその魔素をオレたち目掛けて打ち出した。砲弾よりも早いその魔素の塊は、オレたちの真ん中に着弾すると、即座に岩や土をマグマにする高熱波を辺りに生み出し、オレたちを跡形もなく焼きつくした・・・・ことだろう。
「な、なに?!」
打ち出したと同時に、自分の周りに防御結界を張っていた自称ルネッサが慌てて結界を解くと、状況を確認する。
「不発だと!?」
もちろん、オレが邪魔しました。種明かしをする必要はないので、ただ、何をされたんだ?と言わんばかりの涼しい反応を返す。
すると顔を赤らめて、もう一度魔素を収縮させ新たな魔法を発動しようとするので・・・
「てい!」
一足飛びに、実際には短距離転移を使って一気に間合いを詰めると、一発ゲンコツを落とす。もちろん、スキルは使わない。そんなことをすれば、頭が無くなる。
「痛っ!!」
途端に収縮していた魔素が霧散する、そのまま体術を使って身体を拘束した。
「痛い、放せ!!」
そう言って暴れるが、そう簡単には開放しない。
「世界征服するとか言ってた奴が、何ぬるいこと言ってんだ。腕へし折るぞ」
そう言って、腕の関節を逆に極める。バタバタと拘束を解こうと暴れるので、さらに強めに締めあげた。
「イタタタ、分かった、おとなしくするから、やめろ!!」
そう言ってジタバタするのをやめ、観念したのかおとなしくなった。
油断した。
「え?」
一瞬で手応えが無くなり、ルネッサが消える。
咄嗟に魔素認識で周りをサーチすると、数メートル先に居た。
「転移できるのがお前だけだと思うなよ、バーカ」
憎々しげにそう言うと、
「バーサク・カタストロフィ」
魔法をオーガの一体に放つ。
「精々遊んでろ・・・」
そう言い残すと、こんどこそ転移して消えてしまった。
しまった、逃げられた!!
魔素認識を使って追いかけようとした瞬間、
「GOAAAAA!!」
無視できない咆哮を上げながら、魔法をかけられたオーガの身体がさらに二周りほど大きくなる。
そして、力任せに腕を振るうと、ソニックウェーブであろうか?とんでもない衝撃波が荒れ狂い、魔狼たちを弾き飛ばした。
「総員、現在の倍の距離を取り回避に専念!!」
魔狼王がすかさず指示を飛ばす。
思念のお陰で思考と同時に魔狼達は動き、既に攻撃範囲から脱出している。
その結果、最初に餌食になったのは・・・オーガだった。
狂戦士となったオーガの攻撃に巻き込まれた別なオーガが2体、衝撃波に腕や足を引きちぎられながら倒れた、痛みのためか起き上がれないオーガのもとに、狂戦士オーガが歩み寄り、喰った・・・
まだ生きている、仲間であったはずのオーガを貪り喰らう。恐ろしい勢いで一体のオーガのはらわたを食い破ったオーガが、動きを止めた元仲間を放り出すと、もう一体のオーガに齧り付く。捕食ですら無い、命を奪うために喰らう。やがて2体目のオーガも動きを止めたが、その時、狂戦士オーガに異変が現れる。
「デカくなってる・・・」
元々、2m近かった身長が先程の魔法で2m50cm位になっていたが、オーガを喰った狂戦士はさらに大きくなり、3mを優に超えている。しかも、魔狼達の攻撃でつけられたキズも、全て修復されていた。
「GAAAAAAAAA!!」
吠えるオーガ、その咆哮に魔狼たちも立ちすくむ、残っていたオーガが、その咆哮に力を得たように魔狼の群れに飛び込むと、拳を一閃した。
ガキーン!!
と、肉と肉がぶつかったとは思えないような大音響が響き渡る。
「ぐあぁ!」
と、吹っ飛んだのは魔狼ではなく・・・衛兵頭
動けなくなった魔狼を咄嗟にかばったのだ。両手をクロスしてガードしたが、それでは足りずに咄嗟に後ろに飛んだようだが、それであの音では、防御に意味があったとは思えない。
案の定、両手があらぬ方向に曲がり、腕を上げることさえ出来ない。それなのに立ち上がり、再び魔狼達の前に立つ。
「よせ!お前じゃ無理だ!!」
咄嗟にそう叫ぶが、
「大魔王、無理とかよくわかりませんが、勝手に身体が動くので、仕方ないですね」
そう言うと、燃えるような目でオーガを睨みつける。
「こいつら、もう仲間なんで・・・」
オーガは面白くもなさそうに、目の前に立つゴブリンに鉄槌を振り下ろす。
ドン!!!
次の瞬間、頭が吹き飛んでいた・・・オーガの頭が。
「すまないみんな、ちょっと離れていてくれないか」
狂戦士オーガの咆哮で、実はオレも固まってしまっていたのだ。
魔法ではなく、根源的な恐怖を励起する咆哮だった。
だから、魔法が効かないはずのオレに、恐怖を植えつけたのだ。
そして、為す術もなく身体が硬直した。
だが、
「もう大丈夫・・・」
空間転移でオーガの前に移動すると、その転移の空間エネルギーをそのまま、オーガに対するカウンターパンチに乗せて放出した。その結果が先程の物だ。
背後の衛兵頭にメガヒールをかけると、そのまま狂戦士オーガに向き直る。
奴は面白くもなさそうに、横に居たオーガを横殴りに殴りつけると、そいつも喰い殺した。
「もともとバケモノだったんだろうが、さらにバケモノだな・・・」
3体目のオーガを喰い殺した狂戦士は身長こそ、そのままだったが、今度は恐ろしいまでに筋肉が発達した。
もともと筋骨隆々という体型だったが、いまは、筋肉ダルマという言葉がぴったりだ。
「来い!」
という間が有ればこそ、
次の瞬間にはオレの目の前に転移かと思われるようなスピードで間合いを詰めると、無造作に、だが必殺の正拳突きを放ってきた。拳の大きさがオレの頭よりも大きい。しかも、ソニックウェーブだと思われるが、衝撃波が拳を取り巻いている。拳が音速を超えているということか・・・腰溜めの正拳だが、身長差もあるため打ち下ろしとなり、さらに威力が上がっている・・・
グシャ!!
という、あまり聞いたことのない大音響がして、オレの足元に大きな肉の塊が突き刺さる。それも一瞬のことで、すぐに空間魔素へと変換が始まった。
「ルネッサか・・・ゴブリンの村に戻ったら、一旦外に出て校長達に相談だな・・・」
「あの、大魔王さま」
「ん?」
「終わったのでしょうか?」
と衛兵頭が聞いてくる。
「あ、ああ、見ての通り、片付いたと思うよ」
「ルキノ様・・・あまりにもあっさりと・・・」
今度は魔狼王だ。
「え?いや、長引かせると周りの被害が大きくなりそうだったから」
「そ、そうでございますが・・・あまりに圧倒的では・・・」
消えていく元狂戦士は、体中の筋肉がネジ切れ、本当に肉の塊という言い方がしっくり来るような状態になっていた。
「そうか?結構気を使ったつもりなんだけど」
「どうすればあの一瞬でこのように肉体を破壊できるのかと・・・」
あ、見えなかったのか・・・
「えーとね、あの時こいつはオレに向かって殴りかかってきたのね・・・」
その拳が音速を超えていたため、ソニックウェーブがまとわりつき、弾き返したり止めたりするとオレはともかく周囲に被害が出ると判断したため、オーガの腕に手を添えてその力を加速させ、その加速に耐え切れなく成ったオーガが、腕を起点にねじれて、周りに放出されるはずだったソニックウェーブの威力を、全て内向きに転嫁したら、自爆したのだ。
と、分かりやすく説明したのだが、音速を超えた拳という時点で、彼らの理解を超えたらしい。
「と、とにかく大魔王さまは凄いということが改めてわかりました」
そういう衛兵頭は、怪我もすっかり治ったようだ。
こいつのおかげで恐怖という呪縛から逃れられた。ありがとう。
心がけ次第で、恐怖も勇気に変わるということを知った。
「何にしても、怪我は無いか?みんな無事ならそれが一番だが」
「我を忘れておらんか・・・」
恨みがましい思念が飛んできた・・・
「あ」
「このまま置いて行く気ではあるまいな」
見上げると、10mくらいの高さにある、石舞台の脇の柱の上に魔狼神が乗っていた。
「初めて知ったが、我は高いところが好きでは無いようだ・・・」
そう言いながら震えている。
戦いに巻き込まれるといけないと思い、咄嗟に柱の上に投げ上げたのを忘れていた。
「失礼いたしました!」
魔狼王がそう言うと、ひとっ飛びで魔狼神を咥えて降りてきた。
「では、戻りましょう」
「チョット待て、我はルキノに抱っこが良いのじゃ」
「ルキノ様はおつかれです、私がお連れします」
「いや、この格好はチョット恥ずかしいのだ」
「皆、こうして移動します」
そう言われている魔狼神の姿は、親猫が子猫を連れて行く時と同じ、首筋を軽く咥えられて運ばれている。
「あ、ルキノ!今笑ったのだ!!」
「わ、笑ってないし、プクク」
「笑って居るのじゃ、現在進行形で!!」
「だ、だから笑って・・・プ・・・」
「参りますぞ、魔狼神様」
「あー。ちょっと待つのじゃ・・・」
そう言いながら連れ去られていく。
オレはひとしきり笑いをかみ殺した後、10階層への扉を見た。
魔狼達にはゴブリンを連れて先に戻ってもらえるように頼んだのだ。
「このままにしておくと、何が起きるか分からんからね・・・」
そのまま手をかざすと、今のところ自分の知る限りでは最強のある意味最凶の素材、緑魔鋼で扉を変性すると、そのまま壁にしてしまう。これで開けることができるのは、オレだけのはず・・・
「さて、帰るか・・・」
流石にもう今日は何もおきてくれるなよと念じながら、先行したゴブリン魔狼混成軍団に追いつくと、まとめて転移でゴブリンの村に戻った。
いつの間にか月っぽい明かりは消え、辺りは星明かりに包まれたが、火を怖がらない魔狼たちと、ゴブリンによる宴が、エンドレスで繰り広げられ、ガリクソンもくわわり、何処から出てきたのかと思うほどの料理と酒で寝ることを許されず、朝を迎えることを、この時のオレはまだ知らなかった・・・
だー、やっとゴブリン魔狼の話に一括りです。
ワープしたい・・・




