ダンスウィズウルブス2
転移で飛んだ先には、小型犬よりも一回りほど小さめの魔狼とその横に、他の魔狼の数倍はある大きな魔狼が居る。
背後に転移したが、匂いのせいなのか、すぐに気がついたようで、大きな魔狼が素早く振り返る。
と、その拍子に、すぐ後ろにいた子魔狼が、大魔狼のしっぽに弾き飛ばされて、こちらに飛んできた。
「ええ?!?」
咄嗟にキャッチする。
目の前の大魔狼は小ぶりな牛ほどの大きさがあり、恐らくこの群れのリーダーなのであろう。
それに対して、腕の中に収まる魔狼は、小型犬のさらに子犬といった大きさしか無く、片手で頭を鷲掴みにできるくらいしか無い。そして、そいつが今、オレの手に噛み付こうとしていた。
「やめろ!」
そう言うと、その頭を鷲掴みにして小さな牙から逃れる。
その途端、目の前の大魔狼がたじろぐように一歩引いた。
「ムギュ・・・はにゃせ・人質は卑怯らぞ」
頭を掴まれた状態で、子魔狼が何か言っている。
へ!!喋ったのか??
「神よ、魔狼達は念の力で会話をする。音声ではない」
とゴブリンキングが言った。
「はなせ!!」
ジタバタと暴れるが当然離すわけがない。
「おい、おとなしくしてないと、このまま頭潰しちゃうかも・・・」
なんとなくそう言うと、
「うわ!ごめんごめん!!みんなもおとなしくしてね!!」
と、大魔狼たちにも指示を出す。その途端。回りにいた30頭あまりの魔狼が一斉に地に伏せた。
飛びかかる準備というわけではなく、その場に大人しくしていますという、意思表示のようだった。
「・・・お前、もしかして魔狼たちのマスコット的な何かなの?」
「ふざっけんな!!生まれながらにしてこの群れのリーダー!!魔狼神さまだ!!敬え!!」
「やっぱ生意気だから、ちょっといじめていい?」
「やめろ、鼻にデコピンはやめろください!!」
オレが、軽く鼻にデコピンをしていると、魔狼たちからは慄くような気配が漂ってきた。
「まあ、何でもいいが、抵抗はするなよ」
オレはそう言うと、ひとまず周りの魔狼達が襲いかかってくる気配がないことを確認すると、魔狼のボスの元に到着したことを知らせるため、パンチスキルを起動して、ただただ、眩しいだけの発光魔法を打ち上げた。
天井付近まで打ち上げられた魔法がはじけ、辺りが真っ白に成ったように光に包まれた。
音も炸裂音もしない。その光がおさまると。
「ま、眩しかったのだ・・・」
頭を掴まれたままの子魔狼が、掌の下で目をぱちぱちしていた。
地に伏したままの魔狼達も、目をぱちぱちしているが、動く様子はない。
「で、お前は何だ?魔狼神ってどういうことだ?」
相変わらず伏せの姿勢を続ける魔狼達に、一応気を配りながら、ちびっ子のくせに、態度だけはなんとなく大きい気がする子魔狼に問いかける。
「もう噛まないから、頭を離せ!!」
「いや、安全が確保されるまでは、お前はこのままだ。開放した途端に襲われても困る」
なんとなくもう大丈夫な気もするが、此処でヘマをしてもいけない、念の為に現状は維持する。
「むう、おまえこそ何者じゃ。我の仲間を殺しおって」
そう言われると、心が痛む、
「そうだな、すまん」
オレが謝ると。
「・・・・お前、いま謝ったのか?」
と子魔狼が戸惑ったようにいう。
「ああ、仲間を殺してしまったことは、悪かったと思っている。すまん」
子魔狼はなにやら困ってしまったようで、
「では、何故。悪いと思ったのに、何故殺したんじゃ!」
と言ってきた。
「そりゃ、襲ってきたからだろ、オレはゴブリンに助けて欲しいと言われて、此処に来たんだ」
「では、襲わなければ、我らは無事だったということか!」
「そうだよ、今だってそうだ。オレの仲間がお前の仲間と戦っている」
「わかった、じゃあもう襲わないから、仲間を殺さないでくれ!!」
子魔狼がそう言うと、大魔狼に何か指示を出した。
突然、大魔狼が立ち上がりざま振り返る。
「ウォォォォォォォォォン!!!!」
一声、たった一声だが、大きな遠吠えをする。
「これで、魔狼はおとなしくなったよ。もう、みんなをいじめないか?」
子魔狼がそう言ってくる。
本当なのだろうか?
「本当に、みんなおとなしくなったのか?嘘だったら、怒るぞ」
「嘘なんか言わないよ!!」
子魔狼はそう言っている。念の為、魔素認識で探ると、確かに戦闘は終わっている。
ガリクソンが動かないのが気になるが、魔狼も動いていない。
と言うか、そもそもガリクソンの周りの魔狼は、もっと前から動いていなかった気がする。
「良し、確認した。手を離すが開放はまだ出来ないぞ」
オレは宣言すると、子魔狼の頭から手を話すとそのまま抱きかかえた。
「うむ、子供扱いが少々気に入らんが、この体制で勘弁してやる」
そう言いながら、オレの腕の中で掴まれていた頭の毛並みを整えると、居心地良さそうに丸くなった。
「おい、寝るなよ。話しがあるんだから」
「ガミガミうるさいわ!ちゃんと起きてるから大丈夫だ!」
そう言いながらも、ふわ~っとアクビを一つする。ちなみに思念で会話をしているため、アクビなどしていても、話は途切れていない。
毒気を抜かれた思いで周りの魔狼を見渡すが、皆緊張したように伏せの体制を続けている。微動だにしない。
「なあ、とりあえず、襲ってこないなら周りの奴らだけでもくつろいだ体勢にしてもらえないか?」
なんとなく息が詰まる。
「いいのか?わかった。皆の者、休め!」
子魔狼がそう言うと、とたんに大魔狼を始め30体あまりの魔狼達が、一斉に横になったり頭を下げてくつろいだり、思い思いの格好で寝転ぶ。
こいつ、本当にボスなのか・・・魔狼神とか言ってたもんな。
「で、我らはどうすれば良い?ゴブリン共が外の種族と結託して我らを滅ぼしに来ると聞いていたのだが、それはお前たちのことでは無いのか?」
「なに?!そんなことを言った奴が居るのか」
「我は魔狼神。他人の言うことなど聞かん!!」
ある意味問題発言をした気がするが、そこは置いておいて、
「で、魔狼神様はどなたの言葉を効かれたのですかな」
「ほほう、そちも我の偉大さが解ったか。我らに意見できるは神のみじゃ」
「神?」
「数日前に夢枕に立ってな。自分も神だと名乗っていたが、そいつが教えてくれた」
「夢枕?」
「お告げじゃ。現に武装したゴブリン共が草原に現れたのじゃ」
言葉遣いが若干偉そうに変わってきているが、要は夢で見たとおりに成ったから襲ってくると思ったということか?
「だが、ゴブリン達はいつもの様に狩りに出かけたら、魔狼に襲われたと聞いているが?」
「そんなことは無い。急に武装して攻めてきたのだ!」
どうも話しが食い違う。
「分かった。すまないが魔狼神、一緒にゴブリンの村まで来てもらえないか?」
「え、一人で?」
途端に緊張したのが分かる。
「いや、捕虜とかそういうものにする気はないので、そこの大きい魔狼も一緒に来てくれるか?」
そう言いながら大魔狼に視線を送ると・・・すっかり眠っている。
「おい、こいつらは何なんだ・・・」
「我の部下たちだ。号令一つで勇敢に戦い、成果を上げてくれる、心強い仲間たちなのだ!」
誇らしげにそう言うと、
「そう・・・仲間なのだ・・・」
と今度は寂しそうにつぶらな瞳が潤んだ。
「何かお前にも理由があるようだな。とりあえずお供は難しそうだから、お前だけになるが、安全はオレが保証する。来てくれるか?」
「わかったのだ」
無条件にこいつを信用したいと思っている自分に、甘さを感じながらも、そっと地面に子魔狼を下ろそうとすると
「ちょっと待つのだ。人質を開放するとはどういうつもりだ。捕縛して連れて行かなくては、何をするか分からんぞ」
と、子魔狼が抵抗する。
「いや、なんとなくだけど、お前は信用できる気がしたから、開放しようと思ったんだけど、まずいか?」
信じられない者を見たというような感じで、つぶらな瞳を見開き、
「我を信じるというのか、お前は初対面でしかも先程まで命のやり取りをしていた相手を、そんなに簡単に信じるというのか?!」
「悪いか?気分の問題だ。オレがそうしたいからそうする。それだけのことだ」
なんか、ハンスあたりが言いそうなセリフだが、まあいい。
「我を・・・信じると・・・」
尚もぶつぶつ考え込んでいる子魔狼を再び下ろそうとすると。
「な、ならば、我もお前を信用するのだ!!このまま、連れて行け!!」
と、腕の中で胸を張った。そして、なんとなく解ってしまった。
「お前、ひょっとして抱っこされてるのが居心地良かったのか?」
「ぶ、無礼者!!我を抱きかかえる栄誉を誇れ!!」
そう言いながらも、腕から出る気配は微塵も無い。
「はいはい、ありがとうございます」
苦笑しながらそう言うと、ゴブリンたちを残してきた中間地点に向けて転移する。
抵抗をやめた魔狼に危害は加えていないと思うが、魔狼の動きが止まった後もゴブリン達が魔狼に向かっていったことが、若干不安でも有った。




