ダンスウィズウルブス1
無双っぽくない
村を出て5分ほど歩くと、地下7階層への階段のある場所にたどり着いた。基本的に、ここ6階層は、ほぼワンフロアぶち抜きの構造で、広々としたフィールドが広がっていたが、7階層8階層も同じような造りなようだ。違いがあるとすれば、6階層は丈の短い草に覆われたサバンナっぽい階層で、7階層はもう少し丈の長い草木に覆われた草原地帯。8階層は森林地帯らしい。9階層は岩石地帯らしいが、獲物らしい獲物も居なかったため狩場とはされておらず、石造りの工作物を作るには運ぶ手間がかかるため、ほとんど出入りしていなかったそうだ。
そんな解説を聞きながら7階層へと続く階段がある部屋の前についたが、既に中から獣臭がしている。
「ここです。今は開かないようにバリケードをはってありますが、既に向こう側に魔狼達がいると思われます。お気をつけ下さい」
そう言って、ゴブリン達が扉の周りを槍を持って取り囲む。
「ワシが開けようかの」
そう言ってガリクソンが扉に近づくので、
「いや、ここは僕が開けます。もしもの時に備えて、一応障壁を張って置きますので、破られた時のためにガリクソンさんは待機してください」
そう言うと、障壁を貼るべく魔素を変換しようとする・・・がうまくいかない。仕方ないので、パンチスキルを起動するが、その途端抑えようもない規模の気配が周りに満ちてしまい、障壁を張った時には既に扉の向こうの獣の気配はなくなっていた。
「多分、大丈夫だと思いますが、一応開けますね」
気配が消えたことを確認すると、扉の前に積み上げられていたバリケードを排除して、一気に引き開けた。
「・・・居ないようですね」
「大魔王さまの気配に怖気づきましたな」
「流石、大魔王さま」
ゴブリンたちのそんな賛辞を聞きながらも、問題が山積みになるのを感じた。
第一に、パンチスキルを起動した時に、全く気配の制御ができない。むしろ、モンスターゾーンに置いてこそ、このスキルの真価があるのだと言わんばかりに、猛烈な魔気?を放出してしまうようだ。そのため、索敵や隠密行動が一切できない。大声を上げて歩きまわるようなものなので、どうにもならないだろう。
第二に、パンチスキルを使わずに、現在使えるスキルが、ほぼ無いということ。ガリクソンの話だと剣技も使えなかったということは、魔法が封じられているということと相まって、実効性のある戦闘スキルが無いのだ。幸い、魔素認識や魔力認識などの自分の内部に働きかけているっぽいスキルは使えるようだが、今からそういったスキルを洗いなおして戦略を練るのはチョット難しい。
そうなると、魔狼たちの居場所を特定して、一気に殲滅する必要があるのだが、そう思いながら降りてきた7階層は、なるほど草原地帯だった。
腰の高さほどの草が所々で茂みを作っており、いまもその影から一頭の魔狼がこちらを伺っている。気が付かないふりをしているが、その先の茂みにももう一頭、さらにその先に・・・という具合に、監視の目は行き届いているようだ。魔狼というくらいだから、狼の魔物なのだが、大きさがちょっとデカイ。大型犬をさらに二回りほど大きくした感じで、四足で立っても頭の高さは130cmほどになるだろうか、下手をすれば、今の子供体型なオレよりもデカイ。
「ルキノよ、気づいておるな・・・」
さすがガリクソン、
「はい、ずーっと先のまで、魔狼が居ます」
「む、そんなに先までか。その先に親玉が居るのかの・・・」
そう言われれば・・・それに気づけば話は早い、一気に魔素認識の範囲を階層全体に広げると、一番大きな魔物の気配を探す・・・居た!!8階層につながる階段があると思われる扉の前に、ひときわ大きな魔素が見つかった。部屋の丁度対角線に位置する感じで階段は存在しているので、ここから直線で3kmくらいか。それさえ分かれば、一気に距離を詰めてしまえば・・・
「ルキノよ。こいつはそう簡単ではなさそうじゃの・・・」
ガリクソンはオレの考えを読んだようにそう言ってくる。
魔狼の上位種であろう魔素に意識を向けていたが、もう一度周りを索敵してみると。
「なるほど。2段構えですか」
「恐らく、お前さんのさっき見せた気配で、あちらさんも作戦を考えたようじゃの」
現在、この階層には魔狼と思われる魔素が97体感知できている。その内の30体が全体に散らばっており、後30体が上位種の周りに居る。では、残りは何処に居るのか。
全て、今いる7階層への階段の近くに居る。取り囲まれている状態だ。だが、これはオレたちを襲う陣形ではなく、何もせずに魔狼のボスの元に向かえば、そのまま7階層に乗り込むつもりなのだろう。何とかするためには、戦力を分散させる必要がある。
「さて困ったの。ワシかお前さん、どちらかがここに残って、もう片方が魔狼のボスを片付けることになるかの」
そうなのだ。ここにいるゴブリンが先程の魔気を発したのでは無いことは、既に戦ったことがある魔狼は理解しているだろう、そうなると、警戒されているのは、人間であるオレたち二人だ。奴らは見た目で油断はしない。子供の姿をしていても、オレも等しく警戒している。
「さてさて、そうなるとワシも本気をださんといかんようじゃな」
ガリクソンは、左右の腰からショートソードを引き抜くと、だらりと両手をおろして、立つ。
「ここの守り位はなんとかなる。ルキノよ、お前はゴブリンたちと共に、魔狼の王を狙え」
そう言うと、入り口に仁王立ちになった。
「死んでもここは通さん!!」
まあ、そうなるだろうな。ガリクソンを信用するしか無い。
ゴブリン達に6階の階段を封鎖してもらうという作戦も無いわけではないが、その場合、オレたちが王のところに向かった途端に8階層に逃げられてしまうだろう、魔狼のボスを討伐するという目的のためには、ガリクソンにここで威圧してもらい、パンチスキルを使わずにボスの元にたどり着くという、ミッションを成功させなければならない。
「ほんとに大丈夫?」
オレが聞くと、
「ワシにも隠し玉くらいはある」
と不器用なウインクを返してきた。
「お前さんは奴らに気づかれずにボスのところまでたどり着く必要がある。そのための護衛、頼んだぞ!!」
「おお、お任せください。我ら大魔王様の剣となり盾となりましょう!」
「「「「おお!!」」」」
衛兵頭の言葉に4人が応じる。
話はついてしまった。時間がすぎるごとに、こちらの情報が相手に伝わるので、不利になるばかりだ。
「分かりました。すぐに戻りますからおねがいしますよ」
「おお、お前さんも辛いだろうが、くれぐれも、直前まで悟られるなよ!!」
「行ってきます!」
「応!!」
そう言うと、オレは一直線に魔狼のボスが居ると思われる8階層への扉に向かって駆け出した。
内部に作用しそうなスキルを片っ端から発動させて、強化しているが、やはりパンチスキル無しでは起動できないスキルも多く、思ったほどボアアップ出来ない。
こちらの動きに合わせて魔狼達が動き始めた。
魔素認識で魔狼たちの動きを見ながら、気になって魂の光を探るが・・・
「やはり闇に呑まれてる・・・」
こちらに向かってくる魔狼の全てが、闇色のモヤに魔素をくるまれ、光は見えなかった。
かなりの速さで走っているはずだが、ゴブリンが追いつくと、そのまま目配せをして先行した。
そのまま、8体の魔狼たちとの乱戦が始まった。
オレもショートソードを引き抜くと、迎え撃つ。スキルに頼らない、体一つの攻防だ。
今のところ、ゴブリンが槍のリーチを活かして円陣を組み、魔狼を迎え撃っている。こちらから決定打が
撃てない代わりに、魔狼も攻めあぐねていた。まだ、オレは何もしていないので、ガリクソンに飛びかかることも出来ない。このまま、とどまるわけにも行かないので、じわじわと目的地に向かって進み始める。
包囲の輪は、広がったり、縮まったりしながらまだ、接触はしていない。
その時、状況が動いた!!
動いたのは、こちらではなくガリクソンの方だ。
ガリクソンを遠巻きに牽制していた魔狼の一体が、一息で8m近い距離を縮め攻撃してきたのだ!!
「小手調べかの・・・」
そう言うと、前から飛びかかってきた魔狼を一刀のもとに切り伏せる。元の位置から微動だにしない。
スキルを使ったわけではない、純粋な剣術の一撃。魔狼のあぎとは、ガリクソンに触れることもなく真っ二つになった。
それを見た魔狼達は陣形を変える、扉を背に立つガリクソンの前に、扇状に展開すると、5体が同時に跳びかかり、牙と爪の波状攻撃を仕掛ける。
ガキキキキン!!
と、連続音が響き渡ると、これまた微動だにしないガリクソンが両手のショートソードを振りぬいた形から再び両手を左右に下ろす力みのない構えに戻る。その足元に2体の魔狼がうずくまるようにして倒れた。
「少々手こずりそうじゃな・・・」
そう言うと、凄惨な笑みをうかべて
「次はどいつかの?」
と、足元の魔狼の死体を蹴り飛ばした。
既に距離が離れ見えないが、ガリクソンが魔狼と交戦状態になったようだ。早く魔狼のボスのもとにたどり着きたい焦りが、パンチを発動しそうになるが、焦りは禁物だ。
ゴブリン達が円形陣を崩さず、じわじわとだがボスのもとに進んでいく。だが、あまりにも遅々として進まず、その状況がさらに精神を消耗させる。使える力を使えない状況と言うのは、なんとも言えない。
「うあ!!」
突然、魔狼の攻撃が一人のゴブリンに集中した。負傷こそしなかったが、槍を折られリーチの優位性が損なわれる。槍を奪われたゴブリンは咄嗟にロングソードを引き抜くと戦列を乱すこと無く直ぐに復帰したが、今度は、その横のゴブリンの槍が奪われる。
じわじわと追いつめられるが、こちらから魔狼に対して、致命的な一撃は未だ与えられていない。
「しまった!!」
声の方を振り向くと、後ろに居たゴブリンが槍を魔狼に咥えられ、そのまま地面に押し倒されていた。
咄嗟に飛び込むと、魔狼に向かって剣を振るう。
ガキン!
という音とともに、別な魔狼に剣を咥えられてしまった。
「この!!」
左手の楯を魔狼に向かって振りぬく、シールドバッシュという技だが、スキルのアシストが無いので、ただの打撃にしかならない。
それでも、剣を開放することに成功すると、押し倒されたゴブリンを助けるべく、もう一度斬りつける。
ガキン!!
再び剣を咥えられる。しかも今度はシールドバッシュを警戒してか、剣を奪い取るように激しく振り回される。体格差もあるため、踏ん張りきれず体制を崩す。思わずシールドを手放してしまうと、別な魔狼がそれを素早く咥え、戦列の外に運びだしてしまった。
ここまでか・・・諦めにも似た感覚が心を支配する。
死に対する恐怖は無い。そもそも、全力が出せない状況なので、全力を出せば何とかなる。なんとかなるのだが・・・
「神よ、我を忘れておらぬか?」
何処かからそんな声が聞こえた気がする。
何かに導かれるように、空いた左手を道具袋の中に突っ込む。
そのまま、手に触れた物を引き出した。以前、実験的に複製したもう一本のショートソードを。
「双剣乱舞!!」
ギャン!!
突然、ふた振りのショートソードがまるで剣舞のごとく閃き、右手のソード咥えていた魔狼の頭をそのまま断ち切ると、瞬く間に周囲に居た魔狼たちを切り倒し、円陣を取り囲んでいた魔狼たちのうち5体を一息で切り倒してしまった。
「これは!!」
「我は双剣皇。周りに居るは同胞か?ならば、我の力を分け与えよう!!」
突然オレの頭のなかに声が響き渡り、それと同時に、自分の口から勝手に咆哮が沸き起こる。
「「「「「グワアアアアアァァァァ!!」」」」」
それと同時に、周りのゴブリン達が苦しみ始める。オイオイ、これ大丈夫なのか?
魔狼達も、突然の出来事と状況に距離を取って様子を見ている。
オレの咆哮が止むと同時に、ゴブリン達も苦しみから開放されたようだ。が・・・え?こいつら!!
「グルアアァアァ!!!」
先程まで押し倒されていたゴブリンが跳ねるように魔狼に襲いかかる。その速さは先程までの比ではない。
手にした剣で魔狼を一突きで串刺しにすると、そのまま別な一体に叩きつけるように切りつけ、瞬く間に2体倒してしまった。
「身体が軽い!!」
「ウラアァァァ!!」
別なゴブリンがロングソードを一振りすると、その前に居た魔狼たちが、たちまち3体切り刻まれた。
「行けます!大魔王さま!!」
そういうゴブリンたちの姿は、以前より一回り大きくなっており、精悍さが増している気がする。
「神よ、今は大魔王と呼ばれて居るのか?」
この声は、ゴブリンキングか?
「戦いの気配に惹かれて来たが、周りに同胞も居るようじゃ、それに、相手が魔狼とは・・・本来魔狼族は我らと友好的な種族、それが襲いかかってくるということは、こやつらも、もはや魂を縛られて居るようじゃ」
縛られる?
「我が以前囚われていたようにの。神に開放してもらうまでは、なんともならなんだ」
開放・・・
「こやつらの魂も、開放は難しいのであろう?」
余裕も出来たので、魔狼たちの精神の核であると思われる魔素を改めて見てみるが、先ほどと同じ、漆黒に塗り込められた状態になっている。
「やはり・・・か、では、囚われた魂を開放するために、ひと暴れしようか!!」
だがそうなると、一息でボスのところまで行きたいが、転移を使うにはパンチスキルが必要だ。
「む?我の双剣皇では足りぬか?」
ん?!
丁度、目の前に一体の魔狼が飛びかかってきた。咄嗟に剣を振りかぶり、試しにそのまま極短距離の転移をしてみる。魔狼からすれば、超高速で動いたようにしか見えなかっただろう。だが、確実に転移できた。そのまま背後から魔狼を切り倒すと、早速ボスまで飛べそうか、予測してみる。よし、行ける!!
「みんな、ここは任せても大丈夫か?」
ゴブリン達は、魔狼の行動速度を圧倒的に上回る動きを見せながら、
「大魔王さま、大丈夫でございます!」
「お任せください!」
と、余裕シャクシャクといった返事を返してくる。
「この者たちは、何者かに操られているようだ。開放するのは今は無理だが、極力苦しまないようにしてやってくれ!」
オレがそう頼むと、一瞬動きが止まった後、
「「「「「承りました!!」」」」」
と陣形を組み直し、気勢を上げていく。これなら大丈夫だな。
気を取り直し、階段の方に意識を飛ばす。すると、大きな魔素の直ぐ側に、小さな魔素の反応が有った。
なんとなく、気にはなったが、時間をかけるわけには行かない。
「頼んだぞ!!」
ゴブリン達に声をかけると、一息で魔狼たちのところに飛んだ。
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なかなかに、骨が折れるのう。
既に10体以上は魔狼を倒したと思うが、一対多数で波状攻撃を続けられれば、いずれこちらが疲弊してしまう。今はまだ大丈夫だが、圧倒的な差を見せつけなければ、こいつらは引かない。しかも今、引かれては、作戦は失敗だ。ルキノが相手の大将の元にたどり着いたら、天井に大きな魔法を打ち上げると言っていた。それまでは、奥の手は使えない・・・圧倒的な強さは、見せた途端に敵に逃げられるから。
「なかなかに、骨が折れるのぅ・・・」
口に出てしまう。手加減をしながら戦うのは、塾などで塾生相手に何度も試合をしているのでできるのだが、いままでどれほどスキルを使った戦い方をしていたのかを痛感していた。
この世界において、ステータスやレベルが上がるのは、どれだけ死に難くなったかという度合いでしか無く、戦闘では、どれだけうまくスキルや魔法を使いこなせるか、戦略が立てられるかが全てだと思っていた。これほどまでに、地力のみに頼った戦い方は、随分久しぶりだった。
数を減らした魔狼の群れが、また、包囲の輪を狭め始めた。
次の飛び込んでくるタイミングを計っていると。
あたり一面を、まばゆい光が覆った。一瞬にして目の前が白一色に染め上げられる。
恐らく、ルキノからの合図、ということは魔狼の王の元にたどり着いたということか。これで、全力が出せる!!
光が収まったのを好機と考えたのか、取り囲んでいた魔狼達が、5体づつ3回に分けた波状攻撃を仕掛けてきた。もはや、出し惜しみはしない。
「秘剣・三散華」
秘剣スキルが発動すると、両手のショートソードと袖口に仕込まれていた10本の飛び苦無を一斉に飛ばす。やはり、思った通り秘剣スキルは影響なく発動した。第一陣の魔狼たちを、一瞬にして血しぶきの中に沈めると、さらに後ろからやって来る第二陣、三陣に襲いかかる、まるで意思を持った刃物であるかのごとく、中空を飛び交い、魔狼たちに斬りかかり、突きかかる。
「少し鈍ったかの・・・」
思いの外、魔狼たちの動きが良いようで、隙をつかなければ、攻撃が当たらないようだ。
出し惜しみはしないと決めたのだから、ということで。
「感即動!」
勇者スキルを起動。三散華のスピードがさらに増す。
「続けて、秘剣・幻牙!!」
さらに、腰から大型のハンティングナイフを六本飛ばす。それらは、霞むほどの速さで飛び交うと、まるで見えない獣に噛みつかれたような傷跡を魔狼達につけていく。
バラバラになり、連携した攻撃もできなくなった魔狼達は、三度距離を取った。
と同時に、前足が地面に張り付いてしまったように、突然地に伏してしまう。
「秘剣・縛影針・・・もはやお主等は動けぬよ。」
見ると、魔狼たちの足を、数本のニードルナイフが貫き、大地につなぎとめていた。
ガリクソンが両手を一振りすると、飛び交っていた刃物が一斉にガリクソンに向かって殺到し、そのまま全て、鞘に収まる。目の前で動けなくなっている魔狼たちから目を外すと。
「後は任せたぞ、ルキノよ」
そう言って、階段の前に座り込むと、居眠りを始めた。
しばらく踊り続けます。ご容赦ください。




