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コブシの魔術師  作者: お目汚し
43/65

いざ!!ダンジョンへ

年度末。お仕事が大忙しです。文章が荒れていますが、ご勘弁を


まだ早朝といえる時間だったが、街の入り口の門が開かれ、行商の馬車や旅人、そういった人たちが集まっていた。バイオリア自体は、衛星都市もいいところなので、それほど多くの商隊が来るわけでもないのだが、森に隣接する防衛拠点という役割もあるため、王都からも定期的に兵士たちが送られてくるし、物資もそれなりにやり取りされている。世界の成り立ちもまた勉強したいが、森羅万象から得られた知識で、既に理解はしている。


この世が魔素の塊で、それらが変質、変容して万物ができている・・・というオレの認識は、実は森羅万象にも記されておらず、今の世界では異端と考えられるそうだ。だが、他の学説や推論では説明がつかないことが、不思議物質である魔素を媒介にすることで、非常に簡単に説明ができてしまっていた。大きな声で喧伝しているわけでもないが、それなりの、学会みたいなところで、この話を実演付きで行えば、オレの名前とともに、万物魔素創造説なるものが、森羅万象に登録されるに違いないと、琴ちゃんは言っていた。


朝から、寒くもなく、暑くもない、空を見上げれば、数片の雲が風に吹かれていくのが見える。

森の向こうに飛んで行く雲も有るが、そういえば森の向こうに探査の意識を向けたことがないな・・・とふと思った。


相変わらず、門の近くからは喧騒が聞こえてくる。


いま、オレは現実逃避という名の思考に逃げているのだった・・・


「ですから、何故!主殿はこやつらと共に行かれるのですか!我らは常に主殿と共にありますぞ!」


「だから、お前たちまで巻き込むのが怖いのだ、此度は留守居を頼みたいと何度も」


「いいえ、承服できませぬ!おい!カクシン!お前からも!」


「主様のお考えとあらば、お聞き入れしたいところではございますが、この件ばかりは、承服しかねます」


「お前まで・・・・」


「主様、我らの忠義は主様を護ってこそ。先日もそのことをシュタイン殿に痛感させられたばかり、故に、これは曲げるわけには参りませぬ」


と、仲良し3人組が揉めている。

あの三人になると、ミッツも貴族言葉が戻るんだな・・・とまた現実逃避に向かいそうになる。


「いい加減にしなさい。もう良いわ、ミツクーニくんについていくって言うんだから、連れて行きましょう」


マーリンが面倒くさそうにそういう。


「そうじゃの、いざというときには楯の役ぐらいはできよう」


ガリクソンも意地悪くそういう。

ちなみに、ガリクソン。一晩中落ち込んだ後に、翌日の朝から酒を浴びるほど飲み、意識不明に成ったところで、マーリンに叩き起こされ、ハンスが無事であるということを改めて説明され、二日酔いでここにたどり着いたところに、大声での言い合いが始まり、すこぶる機嫌が悪い。と言うか、多分頭が痛いのであろう。


ちなみに、昼前にはハンスが無事だと分かっていたはずだが、それが夕方まで遅れた理由は、マーリンが街中徘徊していたせいであり、物資の調達に出たマーベリックと出会うまで、迷子のバジリスク亭に辿りつけなかったのである。ちなみに、マーベリックと出会ったのは、バジリスク亭とは正反対の方角にある路地であったことも追記しておく。


ある意味、マーリンの方向音痴のせいで深酒をしてしまったと言えるガリクソンが、頭を振りながら水をがぶ飲みしている。


マーリンの許可と、ガリクソンの怖い提案もあり、オレたちのパーティーは、総勢6名に成った。


大魔法使いマーリンと仲間たち・・・といったところだが、実際にダンジョンで戦闘をしたことがあるのは、マーリンとガリクソンのみ。塾生は当然、模擬戦は有るが、実戦自体がほぼ初めてである。マーリンとガリクソンが、ぼそぼそと、実戦は自分たちが引き受けて、それなりの獲物だけ生徒たちに回すと、相談しているのが聞こえてきた。二人にしてみれば、オレも話には聞いているが、実際どのくらい動けるか半信半疑なのであろう。


時間も無いということで、シュルツ王子を追いかけて出発することに成った。門兵に聞くと、シュルツは既に出発済みで、単身封印のダンジョンに向かったということだった。


大人の足で、歩いて3時間ほどの道のりだが、距離にして10kmチョットと言うところだ。


転移をするという事も考えたが、流石にミッツやジョセフ達にそこまで万能な魔法を見せるのもまずいだろうということで、歩いて移動することに成った。


移動中も、戦術や隊形について話し合いながら歩いたが、助さんが頑なにミッツとの連携にこだわるために、二人で一人の扱いで戦略を組み事になった。ちなみに、真面目なカクシンは、ガリクソンが言った、楯くらいにはなる・・・を真に受けて、装備を重装系に変更することで、盾役を引き受けると言っていた。これについては、ガリクソンも申し訳ないと思ったようで、自分も前に出るから2枚楯でということで、落ち着いていた。実際には、秘剣で魔物を近づける気は無いのであろう。


ワイワイ言いながらダンジョンの入口にある、見張り台についた。


「校長!!」


見張り台に登っていた長身の若者が、マーリンを見つけると声をかけ、そのままひらりと飛び降りた。

高さ5mはあろうと言う見張り台から何事もなかったように飛び降りる。しかも鎧をつけて。


ルキノの記憶の中には、王国学校時代の物があるし、ハンスの記憶もあるためそんなものと思っていたが、よくよく考えると、この世界の人間たちの身体能力も少しおかしいような気もする。


その辺の検証もまたしないといけない・・・などと考えている内に、飛び降りてきた若者・・・塾の先輩だった・・・が、先程、魔法剣士らしき冒険者が制止の声を無視して単身でダンジョンに入ったと話してくれた。


ここ数日は、地下3階の魔素溜まりから、低級の魔物しか生まれておらず、それらも共食いをする内に強化され、1階2階の魔物は定期的に討伐しているので、獲物を求めて4階、5階と降りていくのだという。

地下5階にも魔素溜まりがあり、そこから生まれる魔物は3階で生まれる魔物より若干強いのだが、今は、新しく開いた地下6階へ続く通路から下に降りて行き、その先にあるゴブリンの村の戦士たちに狩られるということを繰り返している。


結果、1階と2階の討伐さえしておけば、実質強い魔物は奥に行かないと出てこない上に、6階以降はゴブリンの集落があるため、単独での踏破はまず出来ないということで、現状維持な状態である。


そんなダンジョンにシュルツは入っていったわけだが、何処まで潜るつもりなのか?

入る前に、先輩たちに最深部は5階だったな?と確認をしたらしいので、6階以降があると知って、そこにハンスが捕まっていると勘違いしたと、容易に想像できる。


となると、様子を見ながら6階に降りるということを選択すると思うが・・・


「ですが、階段はゴブリンの集落の中にあります」


である。


「じゃあ、あいつ、いきなりゴブリンの集団のど真ん中に飛び出すことになるんじゃない?」


マーリンの一言を聞いて先輩がさらに説明する


「以前偵察に行った時は、いきなりゴブリンに出くわしましたが、慌てて階段を上ったら、それ以上は追われなかったので、戻れば大丈夫だと思うのですが」


「ということは、あいつが無理な特攻をする前に、追いついて止める必要があるってことね・・・」


そう言って、ダンジョンの入口を見つめた。


「考えていても追いつけないわ、私達も行きましょう!」


そういうと、先輩たちに、念の為に3日連絡がなければギルドに届けるよう言付けると、ダンジョンに潜ることに成った。


初めてダンジョンに入るであろう塾生4人は、若干どころではない緊張をしていたが


「ほれ、硬くなるのが一番良くない。自分の仕事を、思い出して気楽に行くんじゃ」


ガリクソンの一言で若干硬さが取れたのか、自分の役割を確認し始める。


先頭はガリクソン、すぐ後ろからカクシン、その後にミッツとスケイルの剣士コンビ、次にマーリン攻撃的魔法使い兼回復役として、その後ろから魔法援護役としてジョセフ、最後にオレが攻撃・回復魔法兼後衛防御役として付いている。


「余計なことは考えるな。自分のすることを確実にこなすのがパーティー戦のコツじゃ。好きも嫌いもない、やらなきゃ自分か仲間が簡単に死ぬんじゃ」


今度は緩み過ぎないように釘を指す。


「それだけを考えて付いて来るんじゃ」


オレは直前を歩くジョセフに声をかけた。


「ジョセフくん、大丈夫?」


「え、う、うん・・・た・多分」


ガチガチだ


「魔法、練習してたもんね」


最近はなかなか練習場にも行けなかったが、威力のある魔法を使えるように成ったジョセフは、その後、何と威力を制御することを必死に練習し始めたのだ。的の人形が焼け焦げたのがよほどショックだったらしい。


「でも、ルキノくんに教えてもらった・・・分数?だっけ、アレのお陰で随分助かったんだ」


そう言って笑顔を見せた。

もともとMP4というざっくりしたMPを持っていたジョセフだけに、フルパワーのファイアナックルが使用MP4で超高温のレーザービーム級だったため、MP1でもその威力は並のファイヤランスを軽く超えていたのだ。拳で打たず、指先で打ったり、足から出してみたり、いろいろしていたようだが、それは射程距離が変わるだけで、魔法の威力は高いままだった。


マーベリックに別件で相談した時に、割合や分数の話をしたら、とても驚かれた。それは、商売では不可欠な用語であり知識だが、一般的に知っている人はあまりいないらしい。そもそも、分数という概念が余り定着しておらず、日常生活では余り使わないのだそうだ。


話しがそれた、というわけで、試しにジョセフ君に分数の概念と用法を教えた。

MP4からMPを1刻みで使えるということは、MP2分の1や、4分の1が出来ないかと聞いてみた。


そもそも、MPを分割するという考え方自体が無いため、最初は理解できなかったようだが、この世界の魔法はとても数学的だったため、何度か教えていたら、ジョセフくんは突然理解した。


出来ないかも知れない・・といういつもの前置きの後に、MP2分の1のファイアナックルを撃ったところ、チョット強いファイアランス程度の強さに成った。


それからジョセフくんは努力して、今は10分の1単位までの制御ができるように成ったと言っていた。


「だから、頼りにしてるぜ、ジョセフくん!」


オレはそう言って、肩を叩いた。


「うん!」


すっかり硬さも取れ、程よい緊張感をみなぎらせた表情で前を進む仲間たちを見始めた。

これで良い。


そう思って、こっそり魔素認識を使ってダンジョン内を捜査する・・・・


「アレ?」


「ストップ!!どうしたのルキノくん?」


オレのつぶやきを耳ざとく聞きつけたマーリンが全体を止める。

推論でも何でも先に伝えなければいけない、ということを前回のハンスで学んだ。


「はっきり言えないのですが、この先にシュル・・・シュタインさんが居ないんです」


「え?あいつ、何処行ったのよ!!」


マーリンは、何の疑問も抱かず、オレの一言に反応したが、


「チョット待て、どういうことだ?なぜそのようなことが分かるのだ?」


と助さんに聞かれて、


「あ、ああ。なんでだろ・・・」


いっそ、こいつらにも秘密を話してしまったほうが良いのかもしれない・・・と思いながら、困っていると、


「そうやって主殿に取り行ったのか!妄想で人を惑わせて!!」


と、おかしな切れ方をし始めた。


「助さん、そのようなことは無い。突然何を言い始めるのじゃ」


「主殿、最近の主殿は少々おかしいと思っておりました。下賤の者共と仲良くされているふりをしたり、このような者と話をされ、あまつさえ共にダンジョンに入るなど。ミトン領の嫡子とも思えまぬ」


「スケイル!」


「いいえ、言わせていただきます。この者に、どれほどの力があると言うのです!このようなダンジョンなど、さっさと攻略して脱出しましょう!!」


ワンワンと響き渡る大声が、ダンジョンの中を駆け抜ける。


先の通路の方から、余り歓迎したくない気配が伝わってきた。

後ろから来ていないだけマシだが、どうやら、声に反応するトラップが先の部屋に有ったようだ。


「スケイル!控えよ!お前が我が従者であるというなら、我の言うことを聞け!」


「いいえ、聞きませぬ。忠臣であるためには、時にお耳に痛きことも言わねばなりませぬ!」


尚も大声を出す二人、


「ふたりとも、そこまでよ」


流石にマーリンも気がついたのか、二人を止める。


「文句があるなら、あなた達だけで外に出なさい。別に命令したわけじゃないわ」


と、気がついていたわけではなさそうな一言を放ったが、


「どちらにしても話は終わりじゃ、お客さんじゃ」


そう言ってガリクソンが短めのショートソードを両手に構えた。


「む!」


カクシンもそれを見て、左手に装着したカイトシールドを全面に押し立てる。


言い争って居た剣士コンビも、剣を引き抜くが、スケイルは相変わらず仏頂面である。


「この先に少し広くなった通路があります。そこの方が良いですか?」


マッピングに従って提案をするが


「いや、このままで良いじゃろう。横に広がるほうが危ないからの」


魔物の数は3体ほど、何かはまだわからないが、結構な大きさなようだ。


「じゃが、あちらさんもそれは解っておるようじゃな・・・」


どうやら、通路に入ってこない。ここの通路は幅が4mほど。装備をつけた状態で3人が横に並んでも十分とはいえないが戦える幅は有るが、魔物は人間より幅がありそうだ。


「出て行くしかないようじゃな・・・」


「ガリクソンさん、僕が出ます」


オレがそう言うと、


「お前さん一人で大丈夫か?」


「通路の出口の左右に2体、正面5mほどのところに1体待ち構えています。一人なら、飛び込めると思います」


「なるほど、お前さんのスキルは便利じゃのう」


と、口元を綻ばせながらそういった。


「じゃが、そこまで分かればここからは年長者の出番じゃ。マーリン!」


「OK!」


そう言うと、ガリクソンとマーリンが先行する隊形に切り替えた。


通路の出口が10m先に見えてきた。

ガリクソンは目配せでマーリンに合図を送ると、霞むような勢いで前方にダッシュする。

そのまま通路の出口に突入すると、おもむろに左右に向けてショートソードを投擲する。


「火炎!!」


ガリクソンが一言叫ぶと、


「ファイヤ・ランス!!」


間髪入れずにマーリンが魔法を発動して、通路の先に打ち込む。

それを当たり前のように横に飛びのいて避けると、その先に居た魔物に吸い込まれていった。


「片付いたかの・・・」


ガリクソンの手招きで安全を確認すると、みんなで広めの通路に出た。


手早くショートソードを回収していたガリクソンが、何でもなかったことのように、


「これが、コンビネーションアタックじゃな」


と得意気に言ってくる。


部屋の中には、3匹の大蜘蛛の亡骸が有った。

入り口の左右の大蜘蛛は、ポイズンスパイダーと言われる足の先から先の幅で2m、高さは1mほど。

弱点の頭の部分に投擲されたショートソードが突き刺さったあとがあった。


正面の大蜘蛛・・・だったと思われる亡骸は、ジュウジュウと香ばしい、だが食欲はそそらない匂いをさせている。


「こいつは大水蜘蛛の幼生じゃな」


この大きさで子供ですか?!幅が5m高さが2mほど、あったと推測される。推測というのは、マーリンの魔法によって、半分ほどの部分が吹き飛んだのか、消滅したのか、判別がつかない状態になっていたからだ。


「お前さんの探知スキルはなかなかに優秀じゃな。そいつが有れば索敵が随分と楽じゃ」


そして、相手が何処にいるか分かれば、勝ったも同然だと高笑いしてみせた。


オレはあわててその高笑いを止める。


「ん?どうした?」


「推測でしか無いのですが・・・」


と索敵を続けながら、周りの安全を確認すると、声をひそめながら


「この先の通路の幅が、また3mほどになっていることを考えると、先程の水蜘蛛がこの先から来たというよりも、ここに居たと考える方が自然だと考えます。ですが、こんな場所に居ても餌はそんなに来ない。それにこの場所は何人もの冒険者が既に通っているはずです」


先を続けろというガリクソンの目線に従って


「恐らく、トラップの一種だと思うのですが、音に反応してここに魔物が湧いてくるのだと思います」


オレの一言に全員が息を呑む


「じゃあ、さっきの蜘蛛は・・・」


「言い合いの声に反応したのだと思います」


オレがそういった途端。


「フザケルナ!!そんなトラップ聞いたこともないわ!!」


とスケイルが大声で叫んだ。


「先程から聞いておれば!好き勝手な妄想ばかり言いおって!!」


「黙れスケイル!!」


止めるミッツの声もデカイ・・・と。


「全員通路に入るんじゃ!!」


ガリクソンが異変を感じ取ってとっさに指示を出す。


オレはジョセフ君の手を取ると素早く元来た通路に飛び込んだ。

それを見たカクシンがミッツとスケイルを抱え込むように通路に飛び込んでくる。


マーリンとガリクソンは、先の通路に飛び込んでいった。正確には、先の通路に飛び込んでいってしまったマーリンを追いかけて、ガリクソンが飛び込んでいった。


全員が広場から退避したのとほぼ同時に、先程まで居た広場に魔物たちが転移してくるのが見えた。

大水蜘蛛の幼生が3体と成体が2体。


通路よりは広いと言っても、これらを突破して先に進むには、討伐する必要がある。

しかも、出現と同時に、先ほど討伐されたクモたちの亡骸に怒っているのか、警戒しているのか、すぐに臨戦態勢を取る。ガリクソンたちの様子を見ようと先の通路に目を凝らすと・・・

誰もいない。居ない!?


慌てて魔素認識でスキャンするが、先の通路に二人は居なかった。


「どういうことだ?」


「おい!、どうした!?、どうなっているんだ?!」


スケイルがうるさい。


「良いから黙って、魔物が増える」


オレがそう言うと、慌ててスケイルが自分の口を塞いだ。スケイルの声のせいか、さらに幼生体が一体増えたが、これ、何体まで増えるんだろう?

そんなことを疑問に思いながら、進むか戻るか決めることにした。


「相談なんだけど、このまま進むか一度戻るか、どうする?」


「戻るは良いが、校長たちはどうするんだ?」


ミッツがそう聞いてくる。


「それが、先の通路に飛び込んだはずなのに、居ないんだ」


「なに!我らを置いて先に進んだのか!?」


スケイルがまた大声を出す。


「だから、声を小さくしろ!!」


思わず声が大きくなる。

さらに成体が一体転移してきた。


「す、すまん」


「今は、僕達がどうすればいいかを考えよう」


ひょっとしてオレの声で召喚されたかも・・・とちょっと反省しながら声をひそめる。


「校長先生たちは、何処に行っちゃったの?」


ジョセフが不安を抑えきれずに聞いてくるが、パニックになっていないだけマシだ。


「わからない。でも、先の通路に飛び込んだのは見えたから無事だとは思うけど」


調べてみないとわからないが、先の通路が何処かにつながっているのかもしれない。正直なところ、自分一人ならなんとでもなるが、みんなでとなるとどうなるかわからない。一度戻って、すぐに一人で来るのがベストだが・・・


「とにかく、前の水蜘蛛たちを何とかして、先に進もう」


ミッツがそう提案してきた。

広場に目を向けると、幼体が4体と成体が3体、隊列を組むようにこちらを威嚇している。


琴ちゃんにお伺いを立てる


”この状況を全員で突破できる確率ですね。マスターが全面に出て戦闘をする場合、100%全員無事に突破できます。ジョセフさんの魔法で突破する場合、98%の確率で無事突破できます。ミツクーニさん、スケイルさん、カクシンさんを全面に出して物理アタックで突破する場合、全員の生存率は18%です”


うわ、18%って現実的な数字だな・・・でも、ジョセフくんが前に出る場合、結構確率高くないか?


”ジョセフさんのMP分割使用の能力は、現在10分の1で限界と思われていますが、魔法の性質上連発が出来ますので、それに気がつけば可能な確率です。が、全開で一撃を広範囲に打ち出してもらっても、単独突破確率は85%です”


よし、それで行く!その上で、オレがサポートすれば・・・


”確率は100%です”


よし!!


「みんな、下がって!ジョセフ!前面10時から2時の方向に向けて、ファイヤナックル。MP全開で撃ち込んで!」


オレは鋭く、ただし新たなモンスターを呼ばない程度の大きさの声で指示を出す。


「なんで俺たちがお前の指示を聞かなきゃいけないんだ!」


などと、スケイルが声を抑え気味に文句を言ってきたが、格さんが抑えてミッツと共にジョセフの後ろに下がった。


「ぼ、僕が撃つんだね?!」


若干というか、かなり挙動不審なジョセフが、最前線に進む。


「大丈夫、練習したのを思い出して!」


オレが声をかける。


ジョセフは弱々しいながらもしっかりと頷くと、腰だめに拳を構える。

おお、カッコいいじゃん!!


「イメージは・・・燃え広がる光!、全開!!ファイヤ・ナックル!!」


思いのほか大きな声で叫びながら拳を突き出した!


その途端、オーダー通り通路の先に向かって熱線にしか見えない光の奔流が扇状に撃ち出される。


コオゥ!!


シュン!!


というような音がしたが、光が消えた後には水蜘蛛たちの姿はすっかり消えていた。


「おお!」


「凄い!!」


「流石でござる!!」


「く、これほどとは・・・!!」


上から、オレ・ミッツ・格さん・助さんの順に歓声を上げる。


魔法の性質上、彼のMPは触媒の役割しか果たしていないので、全く消費はしていないはずだが、まるでMP切れを起こしたようにジョセフが座り込む。


「大丈夫か?」


「うん、うまく行ってよかったよ!」


「お前、凄いな!」


口々にそう言葉をかけながら、助さんだけは、少し暗い目をしているのが気になったが、一通り慰労の言葉をかけて、先に進もうということに成ったのだが。


「む!」


「どうした格さん?」


「取りこぼしがあったようでござる」


広場を見ると、2体ほど蜘蛛が蠢いている。幼生のようだが、先程の蜘蛛と違って、白っぽい色ではなく、随分と赤い。


「アレは、火蜘蛛の幼生でござるな」


え?さっきまでそんなの居たっけ?


「我らの歓声で新たに呼びだされたようでござる」


「あら・・・」


「ならば、ジョセフ。今一度先程の魔法を撃ちこみ、薙ぎ払え!!」


ミッツが無意味に胸を張ってジョセフにそう言った。


いやいや、火蜘蛛に火属性は効かないでしょ・・・と思いながらも、どうなるか興味はあった。


「分かった。行くよ!!」


ジョセフも自信を持ったみたいだし、任せてみるか。


「燃え広がる光!ファイヤ・ナックル!!」


先程よりも随分短い集中時間と、より様になった構えから、拳を突き出す。


コオゥ!


シュン!


ボコ!!!


「ボコ?」


閃光のような炎が消え去った後には・・・


「なんか、デカくなってない?!」


思わず口走ったが、どう見ても大きくなっている。

慌てて魔素認識で見てみると、周りの火属性に変化した魔素を取り込んでいる。


”魔物にかぎらず、全てのモノの成長は魔素を取り込むことによって起こります。本来ならば、生物は食事という行動を経て、食べ物の魔素を消化変換して身体を造りますが、属性が偏っている魔物などの場合は、周囲の魔素を取り込んで、成長・進化するものも居ます。いま、前方に居るインセクト型の魔物は、豪炎蜘蛛へと進化しました”


琴ちゃんのアナウンスがオレの中に響き渡る。

豪炎蜘蛛って、何?


とりあえず、かなりまずい状況に成ったことは間違えなさそうだ。


「どうしよう・・・」


ジョセフがおろおろしている。


「しょうがないから、一旦下がろう!」


オレがそう言って、ジョセフを通路の中に引きこむと、そのまま少し下がる。

通路の幅を大幅に超えた大きさになっているので、入ってはこないはずだ。


その時、豪炎蜘蛛のうちの一体が、突然もう一匹の少し小さめだった蜘蛛に襲いかかる。


「え?」


呆気に取られている内に、小ぶりな蜘蛛はみるみるうちに大きな蜘蛛に食いつくされていく。

抵抗もせずに喰われていく蜘蛛の複眼が、こちらをじっと見ているように思えた。


仲間の蜘蛛を食い終わり、さらに一回り大きく成った蜘蛛が、こちらの通路を睨みつけるように広場の中央に立ちふさがる。と、その後ろに白っぽい玉のようなものを大量に生み出し始めた。


「こいつ、卵を産んでる」


ミッツが青ざめた表情でそう言った。


卵は生まれた端から孵化して、小さいが真っ赤な子蜘蛛が母蜘蛛の後ろに折り重なるようにして広場を埋め尽くしていく。


「まずいぞ・・・」


ミッツが後ずさる。


「あいつら、私達を狙っている!!」


既に広場の半分を埋め尽くしたところで、産卵と孵化が終わった。


キシキシという、牙を鳴らす音がこちらまで聞こえてくる。


「おい、どうするんだ」


この期に及んで大声を出して脅威を増やすという愚は犯さず、助さんが声を潜めて聞いてくる。


「お、じゃあ、ここは僕がリーダーということで良いのかな?」


オレが聞くと


「そんなことはどうでもいい。何とかできるなら、主殿を助けられるなら、オレは魔王にだって味方する!!」


スケイルが豪炎蜘蛛にも負けないような、炎のような目でこちらを見つめてくる。

結局、こいつもミッツのことが好きなのだ。主従という形をとっているが、友達として大切だと思っているのだろう。その、友達がポッと出の新しい友人と親しくしているのを見て、へそを曲げていたのだ。


「分かった。ここはなんとかする。大きな魔法を使うから、巻き込まれないように下がってくれ!」


「そう言われても、一人残しては・・・」


ミッツが助っ人を申し出てくれるが、正直言って足でまといだ。


「友達が信用出来ないのか?」


オレはそう言うと、全員を背後にかばい、早く下がれと指示を出す。


「頼んだぞ!」


「ごめんね」


「主殿、こちらへ!」


「殿はそれがしが・・・」


それぞれがこちらを気にしながらも、退却していく。

みんなが退却し切るまで、待つ。


実はこの間に、子蜘蛛達が通路に侵入してきているのだが、こっそり魔素で障壁を張って、通路を封鎖していたので、傍目からは距離をとって威嚇しているようにしか見えない。


さて、こっからはこっちのターンだ。


折角の機会なので、普通の魔法を試してみよう。


「火属性はダメだから、それ以外。順当なところでは水系かな」


オレは、見当をつけると、いつもの独自魔法ではなく、正規の手順にしたがって、魔素を構成する。と言っても、MPは無いのでそこはアレンジなのだが・・・


「おし!アクア・ランス!」


自分で張った障壁をクリアできるように細工をして、ちょっと威力を増した水魔法を撃ち込んで見る。


グワッ!!


ジュ・・・


「へ?」


イメージでは、子蜘蛛たちの中に着弾して一気に弾け飛ばす予定だったのだが、熱したフライパンの中に水滴を落としたような音がして、アクアランスが蒸発してしまった・・・


結構、まずい状況なのかな?


”この蜘蛛は、一体一体が火蜘蛛ではなく、豪炎蜘蛛の幼生です。さらに、母蜘蛛は同族を摂取したため、豪炎女王蜘蛛に進化しました”


それって、どんな感じなんでしょう・・・


”豪炎蜘蛛一体で、通常ダンジョンの中層域のフロアボスクラスです。現在の一般的な冒険者レベルでは、B級冒険者の5人パーティが最低でも3組以上で戦わなければ、生存率は限りなく0%に近づきます。豪炎女王蜘蛛は、子蜘蛛を一体倒される度に、怒りで攻撃力が増加していきます。ダンジョン内では現実的ではありませんが、現在の冒険者クラスでは、レジェンドクラスのS級かA級が一個大隊で対応するのが順当です”


恐ろしいことをサラリと言う。


”マスターが、慣れない魔法などでなく、本気で挑めば何の問題もありません・・・”


ちくりと嫌味を言ってくる。


試してちゃダメってことか。


「んじゃ、行ってみますか・・・」


目の前の魔物達を再度、魔素認識でターゲットする。母蜘蛛が子蜘蛛を倒されると強化されるという話で、もしかしてこの蜘蛛たちにもゴブリンキングのような心が有るのか?と思ったからだが・・・


心・・・というか自我を宿している魔素は見当たらなかった。子蜘蛛たちにもそういった魔素は見られない。何が違うのか?ただ、こいつらにも、ゴブリンキングの弟達のように、闇に覆われた魔素は存在した。


いずれにしても、開放するには戦うしか無いか。


そう考えると、改めてパンチスキルを起動した。


そのまま、魔素の障壁を通りぬけ、無人の野を行くがごとく広場に踏み出す。

子蜘蛛たちは警戒しているのか、包囲の輪を広げて様子を見ている。そのまま、豪炎女王蜘蛛の前に進み出ると、構えを取った。


「恨みは無いんだけど、邪魔するなら倒させてもらう」


言葉が分かっているのか、宣言を合図にして、子蜘蛛達が一斉に飛びかかってきた。それと同時に、ものすごい速さで豪炎女王蜘蛛の牙の間に、灼熱の火球が生み出されている。


四方から一斉に飛びかかってきた子蜘蛛。そのままでは4方向からの同時攻撃になってしまうため、右方向に素早く踏み込み、まず、右から跳びかかってきた子蜘蛛をジャブで粉砕する。そのまま、踏み込んだ足を跳ね上げ、後ろ回し蹴りの要領で後ろから飛びかかってきていた奴を数体まとめて粉砕。回転の勢いを利用して飛び上がると、そこに女王蜘蛛の火球が飛んできた。


足の先にかすったが、安物のバトルシューズが一瞬で蒸発した。もちろん、足はなんともない。

問題は、その先に居た子蜘蛛が、数体、一気に成体に成長したということだ・・・


「うわ、めんどくさいな・・・」


ふと見ると、子蜘蛛の体液が着いた装備が、軒並み溶けたり焼け落ちたりしている。それに気がついたのか、蜘蛛たちが飛びかかるのを止めて、毒液のような溶解液を吹きかけてくる。


「キモ!!」


咄嗟に障壁を張って直撃を避けるが、次々に降り注ぐ液体攻撃にゲンナリする。


「仕方ない、派手に行くか・・・」


そうと決まれば話は簡単。

この部屋は、音で新たなモンスターが召喚されてしまうので、それを避けるため、全体を魔素障壁で覆います。これを結界と合わせて空間を限定します。空間内の魔素は、蜘蛛たちのお陰で火属性が圧倒的に高まっているので、その中に水属性の魔素を変換作用させようとした魔法は、あえなく失敗しました。そこで・・・


「凍結掌!!」


キン!!!


「寒!!」


見渡せば、一面氷に覆い尽くされて、その中に動きを止めた蜘蛛たちが居る。

彼らの魔素も全て水属性に変換され、凍りついているため、止まったようにしか見えないが、既に彼らの元となる火属性の魔素はこの広場にはなく。彼らは既に事切れている。


あまりの寒さに、装備が一部壊されたことを思い出し、とりあえず修復すると


「爆炎掌」


ゴウ!!


広場の温度を上げる目的で、魔法を放つ。

破壊目的ではないので、威力は抑え気味だが目的は十分に果たせた。蜘蛛たちは跡形もなく溶けてしまった。結構な数の魔素がまとわりついてくるのを感じる。これって、またレベルアップしたんじゃ・・・


そう思いながらも、余りレベルに依存していない自分の在り方に気が付き、いっそのことカンストさせてしまえば悩まないかも・・・などと不敵なことを考えながら、みんなの待っているであろう通路に向かった。


さて、保護者たちを探しに行かないと・・・と、憂鬱な気持ちになりながら・・・



風呂敷が広がりすぎて居ます。

どこかで収集しなければ・・・


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