封印のダンジョンを攻略することになりました
どうやって部屋に帰って、どうやって眠ったのか覚えていない。
校長室から、うなだれる二人を残したまま、自室に帰ったオレは、剣を手に取るとそのまま裏山に転移し、剣術スキルを織り交ぜた王国学校の型をひたすら繰り返しながら、ずっと考えていた。もちろん、ハンスの救出について。その後、一人で水柱の部屋に転移し、もう一度ハンスに会いに行ったが、あの時と同じ格好で、そこに停止していた。
リバースやストップ、加速魔法など、考えつく限りの”時”に干渉できそうな魔法を試したが、何も変わらなかった。
そもそも、”時”を司る魔素というものが思いつかない。3次元の世界においては、時間という概念は流れるものであり、オレの記憶にある世界では、その操作はできていなかった。タイムマシンは夢の産物でしかなかったのだ。
魔法を自由に使えるようになった時には、何でもできると思っていた。しかし、それは勘違いだったようだ。
やろうと思えば空も飛べるし、火や水、作れないものは無い。そう、思っていた。だが、そうではなかった。
理屈の上では、ハンスを作ることもできる。だが、それは、模倣でしか無く、たとえハンスの記憶を埋め込んだとしても、オレの知っているハンスでは無いはずだ。
前世の世界にも人造人間の話があった。
その手の話が好きな友人から、意外な話を聞いたのをふと思い出す。
「お前、フランケンって知ってる?怪物の。」
「ああ、有名だからな、それがどうした?」
「それって多分間違ってるんだぜ」
「どういうことだ?」
「お前が今思い出した怪物は、正確にはフランケンシュタイン博士が生み出した怪物だからだ!」
「?」
「だから、一般的にフランケンて言われてる怪物は、実は、名前が無いんだよ」
そんな話だったと思う。
こんなことを思い出すのは何故か分からないが、あの話のフランケンシュタイン博士が作り出したかったのは、どんな者だったのか、それが思い出せなくて、気になったのかもしれない。
それから、部屋に戻ったんだと思うが、何時くらいだったのか、全く記憶に無い。
泥のように眠って、今、目が覚めたところだが、随分と騒がしい・・・
「ルキノくん!!居る!!入るよ!!」
どうやら、ドカドカ音がしていたのは、ノックの音だったらしい。
反応がなかったのを待ちきれず、飛び込んできた人影があった。
鍵も閉め忘れていたらしい。
「ルキノくん!起きて!」
そう言って飛び込んできたのは、ジョセフくんだった。
「おはよう・・・どうしたの?」
絶賛寝ぼけ眼全開で、オレが聞く。
「助けて、また、ミツクーニ君が!!」
そう言って、オレの手を引っ張る。
布団から引きずり出されたが、どうやら昨日は着替えもせずにベッドの入っていたようで、若干汗臭いが、外に出ても問題ない格好だった。ジョセフくん、意外に力持ち・・・
そのままジョセフに引っ張られて訓練場に着くと、まさに一触即発と言った具合で、ミツクーニとシュルツが対峙していた。
「え?なんでまたあの人が来てるの?」
「それが、朝、あの人がまた詐欺師女を出せってやってきて、偶然そこにミツクーニ君が居て、手合わせを申し込んで・・・」
で、こうなったわけか・・・
一見すると、前の凄惨な立会が思い出されるが、二人の表情を見ると、どうもそうでもなさそうだ。
「参ります!」
お互いに片手剣を構えていたが、焦れたのか、ミツクーニが飛び出す。
「は!」
鋭い踏み込みとともに木剣が振り下ろされる。
カン!カカン!!
とそれを同じく木剣で弾き返すシュルツ。
素早い攻撃だ。その気で見ていないと、振り下ろした後、2段突きをミツクーニが繰り出したことに気が付かなかったと思う。それを、こともなげに弾いているシュルツもシュルツだが・・・
「おお、糞ガキ、つよくなったじゃねえか!」
そう言いながらシュルツが間合いを取る。
「吹っ切れましたからね。おかげさまで」
そう言うと、剣先が全く見えない程の速さで打ち掛かっていく。
「そりゃ凄い」
シュルツも全く引くこと無く、その打ち込みをことごとく剣で弾くと、最後にミツクーニの首元に剣を突きつけて止まった。
「参りました!」
「いい勝負だった!」
イケメン二人が、極爽やかに、勝負がついたことを認め合う。
そもそも、今日は木剣を使っている。その時点で以前のような結果にはならないと思っていたが・・・
ハラハラと見守っていたギャラリーたちも、歓声を上げながら駆け寄って行く。
半数以上はシュルツに向かってだが、数人はミツクーニに駆け寄っていった。
それを横目で見ながら、シュルツはオレを見つけると、大きく手を振る。
「おう、ルキノ、チョット付き合え」
そう言うと、悪いな・・・と言いながら生徒たちをかき分け、オレのところまでやってきた。
ミツクーニの方を見ると、同年代の仲間達と、談笑しているのが見えた。
「ちょっと話がある」
そういってシュルツは先に立って歩き始め、背中で他の生徒達についてこないよう威圧を与えながら、校長室の前で止まった。
「居るか!?」
バーンという擬音がしっくり来る位、乱暴に校長室のドアを開けると、ズカズカと入っていく、そして、ついてこいというように顎をシャクった。
「居ないのか!おい、詐欺女!!」
「うるさいわね、その呼び方はシュルツね・・・」
グズグズと溶けかけたような雰囲気を身にまといながら、ローブを着崩したマーリンが奥の部屋から現れた。そのまぶたは少し腫れている。
「取り込み中何だけど、何の用?」
「ば、お前、こいつの前で名前を!」
「大丈夫よ、ルキノくんはアンタが王子だって知ってるから」
サクッと、秘事をバラすマーリン。
「え、ええ!!」
「あ、スミマセン知ってます」
一応、オレも知っているということを肯定しておく。
「あ、ああ、そうなんだ・・・」
毒気を抜かれたように、シュルツがいう。
「で、何?これでも結構忙しいんだけど」
「お、おう、詐欺女、ハンスさんが来てるらしいじゃないか!会いたいと思ってな!」
と爆弾発言。
あ、マーリン校長が涙ぐんでる・・・昨日の今日だから、仕方ないけど、なんというタイミング・・・
「ハンスは・・・ハンスは・・・」
「なんだ、何故泣く!!」
シュルツはオロオロとし始める。
「あー、いま、トラップにハマってまして、助ける方法を模索中です」
一応、オレが返答する。
「トラップ?!」
シュルツが驚きの声を上げる。
「ハンスさんは無事なのか?」
「無事なわけ無いでしょ!!最悪よ!!」
そう言ってマーリンが泣き崩れる。
さらにオロオロしながら、
「ど、何処に居るんだ。そんなに危険なのか!?」
この人は地雷を踏み抜いた上に、誘爆させるタイプの人に違いない・・・
泣きじゃくるマーリンにさらにオロオロしながら、どうしたものかとひたすらオロオロしている、オロオロ王子に、
「封印のダンジョンの最奥部で、時間を止められています。現段階では命に別状はありません」
と冷静に告げる。
実際問題、今のハンスとミミは助けることも出来ない代わりに、害を与えることも出来ない。ある意味安全ではある。
「え。そうなの?」
マーリンがガバッと顔をあげる。
「え?気がついてなかったんですか?動けませんが、本人にしてみれば、魔法が解けた瞬間から時が動き出すだけなので、危険は無いです。問題は、どうやってあの魔法を解くかということだけです」
そう告げると、鼻水やら涙やらで酷いことになっている顔をさらに歪めて、
「良かったーーーー!」
と言って泣き始めた。
かく言うオレも、昨日の晩にもう一度ダンジョンに入って、そのことに思い至ったわけだから、それほど冷静ではなかったのだと思う。
「話についていけないんだが、ハンスさんは無事だということだな?」
改めてシュルツ王子が確認してくる。
「だがら、ぞうだっでいっでるべじょ」
泣きながらマーリンが水分多めのセリフをのたまう。
「うわ、きたな・・・」
シュルツが思わず一歩退いた。
だが、どうやら最悪の状況では無いようだということが、マーリンもシュルツも解ったらしく、少し落ち着きを取り戻してきた。
「しかし、そうなると誰に相談するか・・・」
シュルツは落ち着きを取り戻しつつ、自分の本来の目的を思い出したようだ。
「どうしたんです?」
「ん、ああ、どのみちルキノにも話そうかと思っていたし、俺の秘密を知ってるんならごまかす必要は無いな」
そう言うと、
「最近、俺の周りで良くないことが起こっているようで、様子見と仕事を依頼したいと思ってハンスさんを頼ったんだんが・・・」
と話し始めた。
「俺にはその気はないんだが、王位の継承問題でいろいろとあってな。軽く命を狙われたり、なんか計略の手先みたいに成ってたりして、ちょっとおもしろくないんだわ」
と、国の一大事を随分とライトに語っている。
「でな、こんなことなら、王様にでも成ってやろうかって言ったら、なんか城に居づらく成って・・・」
で?
「逃げてきた」
確定!この時点で、あの魔物の軍団や飛竜部隊が誰を狙ってたか確定!!
「意外に何もおきないから、気のせいかもしれないが、なんとなく、きな臭い事になる前に、相談できればと思ってな」
「もう、手遅れです」
思わずそう言ってしまった。
「ん?どういうことだ?」
「全部ルキノくんが片付けたわ」
「「え!?」」
オレと王子の声がハモる。
校長、それシレッと言っちゃまずいんじゃ・・・と思ったオレと、どういうことだ?の王子の声が・・・
「どういうことだ?」
シュルツがそのままストレートに聞いてくる。
「だから、ルキノくんが全部なんとかしてくれたってことよ」
マーリン校長が若干得意気に言う。
「なんか、森の中であんたを狙ってそうな奴らが居たから、やっつけてくれたみたいよ」
「こんな子供がか?」
そう言いながら、オレの顔を見つめてくる。何となく気まずい・・・
「この子はまだ小さいけど、転生者みたいだし、結構いろいろできるのよ」
「あの、校長そういう冗談は・・・」
一応無駄な抵抗をしてみる。
「な、なんだ、冗談か!相変わらずだな詐欺女!」
シュルツは何故かオレの言葉を信じた。
「嘘じゃないよ!昨日だってどうやってダンジョンの奥まで行ったと思って・・・・」
「校長!!もう、そのくらいで良いですから、王子の話を聞きましょう!!」
この人際限なく話してしまいそうだ。パンチスキルのことまで話すまえに止められて、正解だったかも知れない。
「封印のダンジョンって、西の森にあるダンジョンだよな?そんなに深かったか?」
さすがは冒険者をしていただけのことはある。近くのダンジョンのことは知っているらしい。
「まあ、いろいろありまして、最深部は結構深いんです」
「そういうことなら、早速向かってみるか!」
シュルツはそう言うと、さっさと校長室から出ていこうとしている。
「ちょっと、アンタ何か私に聞きに来たんじゃないの?!」
「ハンスさんの居場所を聞きに来ただけだから、解ったから用済みだ!」
「あんた、命狙われてるんじゃないの?」
「それも、ダンジョンに入っちまえば、解決だろ!」
じゃあな!と言い残して、颯爽とシュルツは去っていった。
一応、魔素認識で確認すると、一度宿に戻って、それから出かけるつもりらしい。
「ルキノくん、止めてよ!あいつ、一人で行く気よ!」
「そうですね。ただ、あの人を止めて、言うことを聞くかどうか・・・」
「まあねぇ・・・」
マーリンもそう言うと、次から次に・・・と言った感じで頭を抱え込んだ。
「校長、念の為に僕も一緒に行ってこようとおもいます。ただ・・・」
「ただ?」
オレは、校長室のドアを一気に引き開けた。
「うわ・・・」
「お?!」
そこには、ジョセフとミツクーニが聞き耳を立てていた。
「校長が不用意に発言されたため、二人にもシュルツ王子の出自がバレています」
そう言って、二人を部屋に引き込んだ。
「あら?いつから聞いていたの?!」
「す、スミマセン、ルキノがどうなるのか心配だったので」
そう、ミツクーニが言う。そういえば、こいつ最近、年寄りじみた貴族言葉を話さなくなった。
「ぼ、僕は・・・スミマセン・・・」
うまい言い訳も見つからず、ジョセフくんは頭を下げる。
「仕方ない。記憶を消しましょう・・・」
マーリンが、冷徹な表情を貼り付けて、二人の前に立つ。
「「え?」」
「あなた達は、知ってはいけないことを知りました。過去の記憶を全て消して、当塾を辞めてもらいます」
尚も、冷徹な校長は詰め寄る。あまつさえ、意味もなく両手を発光させながら・・・
「お、お許し下さい。我々は、誰にもこのことは話しません!!」
「ぼ、僕もです」
哀れ、二人は完全に校長の迫力に呑まれている。横から見てると、マーリンはニヤニヤ笑って完全にいたずらっ子の様相なんですが・・・
「そうですか、ですが、言葉だけの誓いなど、反故にされたらそれまでです。あなた達には、誓約呪をかけさせてもらいます」
そう言うと、発光していた手を二人の右手の甲に押し当てる。
二人が驚いて手を引くと、それぞれの手の甲に親指大の五芒星が、痣のように刻印されていた。
「それが誓約呪。もしあなた達が、たとえどんな状況でも、私やシュルツ、ルキノのことを他人に話したら・・・」
「・・・・・・」
「大変なことになるでしょう・・・」
ビミョー。何が起きるかはっきり言わない。っていうか、あの刻印からは、守護の力を感じる。よく見れば、防御力が若干上がる効果があることが見て取れる。少なくとも呪いではない・・・
「た、大変なこと?」
それでも青ざめた顔で、ジョセフくんが聞いた。
「そ、そう、大変なことよ!」
こちらも若干顔色が悪くなっているマーリンが答える。何も考えずに、乗りでやったのだろう。どうしよう?という目で、こちらをチラチラ見てくるが、心を鬼にして無視。っていうか、下手に声をだすと、笑いそうだった。
「あ、あなた達の大切な人や、あなた自身にも、そう、不幸が訪れるの!割りと大変な不幸が!!」
マーリンが絞りだすように知恵を絞った結果がこれだった・・・
割りと大変な不幸って・・・
「不幸・・・」
あれ?結構ふたりとも落ち込んでる。
「だ、大丈夫だよ、言わなければ良いんだから」
オレがそう助け舟を出した。
「そ、そうだな。元々話さないと誓ったのだ。守りさえすれば問題はない!!」
「うん、僕も守るよ」
二人はそう言うと顔を上げた。何故か、晴れ晴れとした顔をしている。
「うむ。他言は無用だぞ、うっかり話そうものなら、恐ろしい不幸が襲ってくるぞ・・・」
マーリンが念を押すと、軽く身体を震わせて、二人はコクコクと頷いた。
「では、授業に戻りなさい」
そう言われて、大人しく退出するかと思ったら、
「私達も同行してはいけませんか?」
と、ミツクーニが言った。
「僕も、怖いけど一緒に行っちゃだめ?」
とジョセフくん
「一緒にって・・・ダンジョンに?」
思わず聞くと、
「お前は行くのであろう?確かにお前は強い。シュルツ王子もな、だが、一人で全方位の相手ができるわけでもあるまい。助けてもらった礼をする機会だと考えている」
おお、ミッツが割りとまともに考えている・・・
「僕もルキノくんに教えてもらった魔法、自分なりに練習してるんだ。少しは役に立ちたいんだ!」
ジョセフくんもか・・・
正直なところ、足手まといであるとしか言いようはないのだが・・・
「分かった、許可する」
ええー、校長・・・
「ただし、当塾からの選抜隊という名目で行ってもらうので、隊長は私が務める!!」
それが目的だな、
「校長が居なくても大丈夫なのですか?」
「塾の運営自体は問題ない。ダンジョンには私の古くからの仲間も引率として手伝ってもらう。ガリクソンは知っているな?」
なるほど、リベンジをしようということか・・・
「ダンジョンの入口を見張っている上級生組も、そろそろ卒業試験の時期だ、我々が変わってダンジョンに入る以上、まず、発見された6階層の探索からとなる、明朝出発するので、街の門で待ち合わせる。アタック期間は2週間に設定、各自1ヶ月分の準備を整えて集合せよ!散会!!」
そう言うと、意気揚々と奥の部屋に消えていった。
ミッツとジョセフも慌てた様子で、興奮しながらドタバタと部屋に帰っていった。
オレはとりあえずマーベリックのところに顔をだすと、ダンジョンに行くことになったという報告と、必要そうなものを相談した。マーベリックはこともなげに、今晩中に用意することを約束すると、そのまま塾を、相変わらず優雅な足取りで出て行った。
明朝、荷物を一通り持ったオレ達が門の前にたどり着くと、そこには、彼らの姿があった・・・
ハンスが居ないと、結構話しが進まないことに気が付きました。
王子に期待です・・・




