救出作戦当日
試練です
いよいよ、救出作戦の日になった・・・
といっても、そもそも作戦が無く。ミミさんのところに行ってみる、というのが一番しっくり来る表現な気もするのだが、取り合えず、ハンス・マーリン・ガリクソンのパーティに加えて、オレが校長室に集まった。
「さて、部屋の中から出発というのも、初めてな経験だが、みんな準備は良いか?」
ハンスがみんなに問いかける。
「いつでも大丈夫じゃ」
「久しぶりのダンジョン、ワクワクするわ」
ガリクソンとマーリンがそれぞれに答える。
「ルキノは大丈夫か?」
「うん、初めてだから、ちょっとドキドキするね」
「今回の作戦の要はお前だ。よろしく頼む」
ハンスはそう言うと頭を下げ。
「俺たちを、ミミに会わせてくれ」
そう言って締めくくった。
「よし、じゃあ、気楽に行こうぜ!」
ハンスがそう言うと、荷物を担ぎ直した。
「じゃあ、行くよ!」
オレはそう言うと、先程から魔素認識によって目星をつけていた、ミミさんが囚われている部屋の、比較的広い一角に座標を定めると、ハンス達と共に、一気に転移した。
「おう、頼むぜ!!・・・寒!!!!」
転移した空間は、青白い光に満たされていたが、息が白く凍りつくような気温の部屋だった。
「おお!!ゲートとかは無いのか?」
「さ~む~い~!!いきなり飛ぶとは思わなかったよ」
口々にそう言いながら、装備の中から防寒具を出し始める3人。そうか、3人のイメージは転移門とか、そういう感じだったのかな?
「うおお!!アレを見るんじゃ!!」
周りの様子を見て回っていたガリクソンが、大きな声を上げてオレたちを呼んだ。
「え?なに?」
「おお、こいつは・・・」
目の前に、高さ10mはあろうかという大きな石造りの門が有った。扉は閉まっており、その向こう側から、恐ろしいほどの冷気が溢れ出てきていた。
「この、向こうにミミが捕まってるのね!」
「そうじゃな・・・ルキノよ、本当に生きとるんじゃな?」
「え、ええ?!」
「何じゃ、ここまで来て、ミミは生きておらんなどと言うのではないじゃろうな!!」
と、ガリクソンが、今までに見たことが無いくらい険しい顔と雰囲気で詰め寄る。
「そうよ、生きてるんでしょ!!」
と、マーリン。
「え、ええ。それは大丈夫だと思いますが、僕が言いたいのは、扉の向こうにはボスが居るということです。」
「そんなことは解っておる!強敵であろうということもな・・・」
「そうね、こんな冷気を纏った魔物なんて、見たこともないわ。でも、全魔力を使い果たしても・・・」
「えーと、皆さんはボスを倒しに来たのですか??」
「何を言っておる!!ミミを助けに来たに決まっておる!!」
ガリクソンが、もう少しで目が赤く光りそうな気配を纏って、にじり寄ってきた。
「居たぞ!!ミミが居た!!」
その時だった、ハンスが血相を変えて走ってきた。
「む!何処じゃ!!」
「あの氷柱の中ほどに見えるのがそうじゃないか?」
「ん?あの氷柱?」
「そうだよ、あそこだ!マーリン、お前レビテーションとかで見てこれないか?」
「え?この部屋にミミがいるの?」
「なに言ってんだよ、ルキノがそう言ってただろ?」
「え?ボスは?」
「だから、ボスはめちゃくちゃ強そうだからスルーして、この部屋に入るって言ってたろ?」
ということは・・・この作戦をまともに理解していたのって、ハンスだけ??
「な、何じゃ、そういうことか!!なるほど、それならそうと、言ってくれれば良い物を!!」
「そうよ、なら、こんなに荷物も要らなかったじゃない!!」
そう言いながら、ガリクソンとマーリンが文句を言い始めた。
「何があるかわからないだろ!!準備は必要だろが・・・」
あーだこーだ言い始めたハンスたちは一旦放っておいて、オレはミミさんの方を見た。
ハンスの言った氷柱の中に、氷漬けになって居るように見える。が、これは氷ではない。
直径が5mほどの基本的に円柱状の柱だが、よく見ると氷ではなく水なのだ。
何もない空間の裂け目から、忽然と現れた水の柱は、そのまま、地面に開いた、底の見えない穴に吸い込まれている。裂け目から柱までは、5cmほどの隙間しか無いが、その隙間から垣間見える空間は底なしのようだ。
魔素認識を使って調べてみるが、柱は明確に水であるという答えが出ている。そして、穴の中には何もない・・・魔素そのものが感知できない。そして何より、問題はこれだけの冷気にさらされているのに、水は凍っていないという事実・・・どういうことだ?
そう思っていると、ワイワイ言いながら、3人組がやってきた。
「大体、こんなに簡単にたどり着くのなら、準備など2日も必要ないじゃない!!」
「それは結果論だろ!ルキノが優秀だったから楽ができただけで、実際どうなるかは来てみないと分からんだろ?!」
「そりゃそうかもしれないけど、ハンスはいつも慎重すぎるのよ!」
「できる準備はしとくんだよ!生き残りたければ!」
そんな話をしながら近づいてくると、
「で、マーリン、見てこれるか?」
そう言って氷柱改め、水柱を見上げる。
「ちょっと待ってね・・・」
そう言いながら水柱に近づく。
「ストップ!!」
思わず、声をかける。
「え?なにルキノくん?」
「これ、ちょっと変です」
オレは尚も魔素認識を発動させたまま、水柱を見ているが、
「校長、この柱にファイヤボール撃ってもらってもいいですか?」
そうお願いする。
「そんなことして、ミミは大丈夫なの?」
「どんな威力のを撃とうとしているかお聞きしたいところですが、何でも良いです、撃ってください」
オレの真剣な様子にマーリンも何か感じてくれたようで
「解ったわ、とりあえず、ミミまでは影響がない程度のをブチかますわよ!!」
そう言って、詠唱に入った。
全員離れて、マーリンの後ろから見ていると、詠唱が終わったマーリンがおもむろに魔法を発動させる。
「ファイヤーボール!!」
純白に近い光を纏った、バスケットボールくらいの火の塊がコゥ!!っという音とともに柱に突っ込んだ。
!!!!!!!
耳をつんざくような破裂音がそれほど広くない部屋に響き渡り、氷漬けの扉の向こうから、結構本気で怒って居る気配が伝わってきた。ボス部屋スルーすれば、ボスは怒るわな・・・
「おいおい、なんともないじゃないか!」
ハンスが、そういいながら柱に近づいていく。
「触っちゃダメ!!」
あわててそう言うと、ハンスを止める。
「え?熱いのか?」
「私のファイヤボールが・・・」
マーリンがそう言いながら呆然としている。
「どういうことじゃ?」
ガリクソンも腑に落ちないといった顔をしている。
「これで確信が持てました。この水柱は」
「ダメなら、たたっ斬るか!」
「え?」
止める間もなく、ハンスが抜刀すると、その勢いのまま柱に斬りつけた。
「・・・」
遅かった・・・慎重すぎた。先に危険について話をしておくべきだった。
目の前が真っ暗になった。昨日、パーティ戦の難しさを理解したつもりだった。自分と違う、他人と行動を共にするという難しさを知ったつもりだった。そう、つもり・・・本当には理解していなかった。
マーベリックの言った、タイミングの話はこういった事も予見していたのかもしれない。危険については、検証よりも、まず周知。ハンスも、できる準備はしておくと言っていた。
いま、ハンスは目の前で、彫像のように停止している。
ハンスの剣は、水柱に1mmほど食い込んだ位置で止まっている。が、それだけだ。
落ちることも、上がることもなく、ハンスとともに停止している。
この水柱の時間は止まっているのだ。
「お、おいハンス。何しとるんじゃ?」
ガリクソンがハンスに触ろうとする。
「触るな!」
かなり厳しい口調で止めた。
「だ、だって、ハンスが・・・どういうこと?」
マーリンもパニック気味でハンスに近づく。
駄目だ、このままでは・・・
「ふたりとも、落ち着いてください」
そう言ってみるが、いつ二人がハンスや水柱に触れてしまうか・・・
オレはハンスの方を一目見ると、脳天気に、でも鋭い目つきで剣を振るっている顔に、ごめんと謝って、
「戻ります」
そう宣言すると、マーリンとガリクソンに有無を言わせず、校長室に転移した。
まだ、出発してから一時間と経っていなかった。
だが、この場所には既にハンスは居ない。
「ルキノよ、どういうことじゃ?!なぜ、引き返した!!」
ガリクソンがこちらの胸ぐらを掴みあげてにじり寄ってきた。
「ハンスが・・・ハンスが居ない・・・ハンスが・・」
マーリンは何かに取り憑かれてしまったように、ソファーに倒れこんでしまった。
「そんなふうだからですよ。だから連れて帰ってきました」
オレは、なるべく冷静に聞こえるように、そう言った。
「なに?」
ガリクソンは、その一言に胸ぐらを掴んだ手をゆるめた。
「二人にハンスみたいになられても困りますので、戻りました。きちんと話を聞いてくれるならお話しますが、どうしますか?」
努めて冷静に、だが、内心の怒りがにじみ出てしまっているであろう言い方だった。もちろん、怒りは自分に向いている。
「お前さんは、アレがどういうことか分かっているということか?」
「そういえば、ルキノくん、確信が持てたって・・・」
怒気にあてられたのか、少し正気にもどった様子で、マーリンも聞いてきた。
「はい、もっと早く警告していればと、悔やんでいます。あれは、トラップの一つだと思います」
「トラップ?」
「誰を標的にしているのかはわかりませんが、おそらくは光の勇者を標的とした、トラップだと・・・」
「わしらを標的に・・・?」
「そうでなければ、ミミさんがあそこにいる意味がわかりません。ですが、みすみすそれに引っかかってしまった」
オレは、悔しさでいっぱいだったが、あの状況から2人を連れて帰ってこれただけでもまだ、マシだったと思うしか無い。
「あの水柱は、時が止まった結果です」
「どういうこと?」
マーリンが、魔法使いらしく理性的な表情を取り戻しながら聞いてくる。
「そのままの意味です。あの柱は氷ではなく水でした。流れることも、凍ることも、蒸発することもない。周りの環境に全く左右されていない。あの水柱は、それに関わるすべてのものの時間を停止してしまうと考えれば、辻褄が合います」
「時が止まる・・・」
「僕の知っている魔法の中には、そんな魔法はありませんでした」
あの瞬間、琴ちゃんを呼び出して、多重思考を起動したうえで、幾つもの可能性を検証した結果、この答えにたどり着いた。その瞬間に森羅万象にアクセスして、全魔法体型の中から、時間停止の魔法を検索したが、そんなものは見つからなかった。固定空間中の時間を巻き戻す魔法はある。リバースだ。そして、ストップという魔法もあったが、止めておける時間は、極短い。戦闘中に10秒も動きが止まれば致命傷だが、あの水はどのくらい止まっているのか・・・しかも、触れたものにその影響を広げる魔法など、見当たらなかった。
「つまり、あの時にわしやマーリンがハンスに触っておれば、同じように止まってしまったということじゃな?」
ガリクソンが、比較的冷静に、確認してきた。
「ええ、その可能性が高いと思ったので、一度戻りました」
「ならば、早く触れておくのじゃった」
ガリクソンが、吐き出すようにつぶやいた。
「ガリ、そんなことを言ってはダメ、二人を助けださないと」
マーリンがなだめるが、
「やっとミミに会えたんじゃ。この時代に飛ばされて10年余り、やっと会えたんじゃ・・・」
そう言いながら、泣き崩れる。
「なによ、10年位。私は200年よ・・・」
マーリンもそう言いながら、ハラハラと涙を流し始める。
嗚咽が響く室内で、ただひたすらに解決策を黙考していたが、二人を助けだすどころか、ハンスを取り戻す術も、考えつかないまま、校長室の窓から差し込む陽光は、夕暮れのものになっていった。
この試練は、私にとっても試練です。
ハンスが居ないと、パーティーが締まらない・・・




