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コブシの魔術師  作者: お目汚し
38/65

王国の影

本日2話目です

ラインバック王国某所


蝋燭の灯のように淡い光を投げかける光の魔法が暗闇を照らしだす。

だが、その場所にいる人物を特定できそうな特徴は全く見えないような、薄暗がりのなか、壮年の男のものであろうと想像できる、錆びた声が空間に響いた。


「では、侵攻部隊は全滅したということだな・・・」


「は!しかもどうやら失敗した部隊の者たちが、あろうことか王都に戻ろうとしていたため、そちらも処理しました」


幾分若いが、軍属らしい硬い物言いで、こちらも男のものであると想像される声が答える。


「なかなかに、運命は強固だということか・・・」


最初の男の声が再び響く。


「下がって良い、次の策はまた伝える。しばし、通常任務を続けよ」


「は!」


若い男が下がっていく音が聞こえる。


「主よ」


独り言のように、誰もいなくなった室内で、壮年の男が片膝を地に着くと、祈るようにしてつぶやく。


「平和ぼけした現代ならば、王都に差し向けても半壊するであろう部隊を送り込んだはずですが、全滅するとは・・・しかも、相手が全く見えませぬ、予言の通り、かの大魔導師が復活したのでしょうか?」


話した後、しばしの沈黙の後・・・


「仰せのとおりです。あやつの言うことなど、嫌がらせのようなものです。主自ら滅ぼされたのですから、間違いはございません・・・」


追従のようにそう言うと、


「では、何らかの事故か手違いが有ったのやもしれません。しばしの時を置いて、万全の体制で今一度、部隊を編成いたします」


恭しく頭を下げると、漆黒の間から、男は衣擦れの音のみを残して、退出していく。


部屋の中には、なんの気配もなく、ただただ、濃密な闇が広がっていた。



__________________________________________


「ハァッ!!」


「ま、参った!!」


王都の中央にある、ラインバック城の前庭。兵士の訓練場を兼ねた庭で、一人の偉丈夫が大剣を模した木剣での立会に勝利した瞬間であった。


「それまで!」


対峙していた二人が、一礼して下がる。

周りの兵たちの態度から、この男がかなり位の高いものであると感じ取れた。


「閣下!!」


声をかけてきたのは、ラインバック軍近衛兵隊隊長の身分にある男である。


「ああ、済まなかったな。訓練の最中に邪魔をした」


「いえ、相変わらずの腕前、新兵共には良い刺激でございます」


そう言って、破顔する。


「しかし、今度の兵たちは、なかなか剣を使えるじゃないか」


「閣下の足元にも及びませんが、それなりに鍛えられた者たちばかりです」


「学校の?」


「はい、主席卒業者から上位5名を雇い入れました」


「なるほど、それは粒ぞろいだな」


二人は語らいながら、城へと続く通路を歩いて行く。


「しかし、閣下、弟君の姿を最近見かけませんが、行先はご存知で・・・」


「ああ、困ったものだが、いつまでたっても根無し草だな。今回もおそらく古巣に顔を出しに行ったのだろう」


「では、バイエルン地方に・・・」


「さてな、一応王族に身を連ねるものだ、おいそれと行方は教えられぬが、恐らくな・・・」


「近頃、弟君を時期王にと望む声があることをご存知ですか?」


近衛兵長が不穏なことを口にする。


「そのような話は、以前より幾度と無く出ておる・・・が、我が弟にはその気が無い」


偉丈夫・・・王位継承権第一位のパウロ王子は、ため息混じりで答えた。


「器を考えると、実はシュルツの方が王は向いていると思っていたのだが、あの者にその気は・・・」


そう言うと、苦笑をうかべて


「先日も、私のところに、カインを廃嫡にしないように陳情してきた」


「そのようなこと、それこそシュルツ様には関係が・・・」


「いや、あの者なりに考えておった。そもそも、カイン叔父は王に興味はない。いわゆる王弟派の者たちが担いでおるだけだ。それをシュルツは理解しているから、直接カインと直談判をしたらしい」


「そのような・・・どんな無理難題を?」


「それがな・・・私が王になればカインは廃嫡となり、幽閉される・・・と王弟派の者に唆されているらしい」


「なんと!」


「無論、私にその気はないし、カイン叔父も理解はしているらしい。だが、私が絵画や芸術を理解していないため、それらを禁止されることを気にしているようだ」


「国の一大事だというのに、王弟陛下は何をお考えなのか!?」


「そういうな、叔父上にしてみれば、優雅な隠居生活を楽しんでいたのに、いきなり城に呼び戻されて、宰相の位につけられてしまった。本来なら詩歌を楽しんでいたはずの時間を、面白くもない書類整理にあてがわれ、実行権は補佐達が握って居る。そんな気詰まりな状況で、王になればまた自由にできると言われれば、仕方もあるまい」


「しかしそのようなことは」


「当然、王になれば国の行末や民のことも考えなければならん。そんな時間は無いであろう。それは叔父上も承知しておる。だから、シュルツなのだよ」


「は?」


「シュルツが聞き出しに行った形で、廃嫡にしないと発表すれば、継承権を破棄すると伝えてきた」


「なんと!!」


「どう思う?」


「でしたら、すぐにでも廃嫡の意思は無い旨を発表されれば、御身も安泰でありますな!」


「ところがこれも愚策でな」


パウロは立ち止まると、近衛兵長の顔を見つめながら、


「そんな発表をすれば、現王を差し置いて、王無き後の采配を行ったということで、私のほうが危ういのだ」


そう言うと口の端でニヤッと笑う。


「そういうわけでパウロは口車に乗らなかったようだと、王弟派の皆様に伝えてくれたまえ」


そう言って、王家の者達のプライベートスペースへと姿を消した。


後には、昏い目の光を宿した近衛兵長が、見えなくなったパウロ王子の背中を、いつまでも睨みつけているようであった。



自室に戻ったパウロは、執務に戻る。


近衛兵隊に新人が入ったということで激励と偵察を兼ねて出向いたのだが、毎年のごとく、道場剣術を納めた、綺麗な剣を使う若者がやってきただけだった。

見るだけだったはずなのに、練習試合をという話になり、少々茶目っ気を出して、普段は使わない大剣で相手をした。


新人たちにすれば、王子の相手というだけでもやりにくかっただろうに、相手の獲物が慣れない大剣ということもあり、ことごとく、打ち倒された。それを揶揄する先輩方も、相手になってもらい、等しく打ち据えたうえで、先の会話につながった。


近衛兵団自体は、王弟派というわけではない。隊長が個人的に王弟派に与しているだけで、兵たちの多くは、どちらの派閥ということはなく、現在の王を守るための隊として、継承問題には絡んでいない。


近衛兵長のように、あからさまに王弟寄りであると分かるものも何人かは居るが、それとてもはっきりはわからない。実際、パウロも継承権が最も高いから継ぐのか?というくらいで、それほど王に固執しては居ないのだ。だが、利権には群がるものが多く、財政の執務を厳しく行ってきた王子に対して、反発した者たちが、数年前に遊興費としては目をつぶるには多すぎる額を申請してきたカイン叔父に、予算を削る決定をしたところ、叔父を口車に乗せて、担ぎだしてきたのだ。


ただ、これも、叔父と私の間では既に済んだ話であり、私もそれなりに叔父の趣味には共感している。表立っては言えないが、実は私の個人資産からも、叔父には援助をしているのだ。


そういった縁もあって、実は、私と叔父の間では、お互いの派閥の謀略が筒抜けであり、その間をとりもつのが、シュルツの役割だった。


「それを、あの馬鹿者は・・・」


数カ月前、シュルツは私と叔父、同時に、最近身の回りが物騒だから、姿を隠すと告げると、そのまま出奔してしまったのだ。これまでも、身分を偽り、冒険者に成ったり、世直し旅に出ると言って、急にいなくなったりしたものだが、今回は、本格的に狙われたようで、もう、王都を離れて2ヶ月になる。


恐らく、バイオリアのかつて世話になった私塾に身を寄せているのだろうが、一国の王子ともあろうものが、数ヶ月も国元を離れるというのは、なんとも言いがたい・・・


トントン


と、ドアノックの音で思考を中断する。


「どなたかな?」


「王子様、枢機卿のサミュエルで御座います」


入れと言う前に、ドアを開けながら顔を覗かせる。


「どうぞ」


苦笑など、口の端にも乗せず、丁寧に招き入れる。

この男も、なかなかに胡散臭い。だが、継承問題には全く興味もないようで、

そういう意味では、気楽に話のできる人間の一人では有った。


「今日は、どの案件ですかな?」


「実は、先日申請を上げました、教会の花壇の件でして・・・」


今日も、のんきな話を持ってきた。

半分うんざりしながら、半分は継承問題の絡まない気楽な事案ということで、枢機卿の話を聞くことにした。


さてさて、不肖の弟は、今頃どうしているのだろうか・・・



悪人を書くのが苦手なのかもしれません。

小悪党は大好きなんですが・・・

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