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コブシの魔術師  作者: お目汚し
36/65

森へ行こう!!(夜編)

転移にも慣れたものだ。今となっては、魔素認識を起動したのと同時にレーダー感知も瞬時にできるようになったし、状況の把握も比較的早くなった・・・と自負していたのだが、これはどうしたことか???


昼間の大乱闘の後の草原に転移したのだが、檻がない。

時刻は深夜というほどではないが、すっかり日は落ちている。

だが、空は晴れ渡り森のなかにも月の光が明るく差し込んでいた。


緑魔鋼で出来た檻なので、そう簡単に破壊はできないだろうし、出入り口も作らなかったので鍵を破るなんてことも無理だ。考えられるとすれば、全員で檻を持ち上げて移動するくらいだが、それも考えて結構な重さにしたはずなので、そうやすやすと移動できるとは考えづらい。


推論を幾つか立てては見たが、居場所は既に見当が付いている。


到着の前にレーダーで索敵をしていたのだが、その時に、さらに森の奥に複数の魔物と人間を見つけていた。ただ、檻の有った位置に何も無くなっていたので、念の為に転移先を元の檻の有った位置にしたのだが、よく見ると、何か重いものを引きずって行ったような跡が、森の奥へと続いていた。


「ま、行ってみますか」


レーダーに引っかかったのは、緑魔鋼の檻の中に未だに囚われている5人の人間と、外に居る人間が3人。他に、生物?魔物なのか?よくわからない物体が30ほど反応がある。

問題があるとすれば、その30の反応のうち、幾つかがこちらに気づいているような気がするということだ。転移した直後から、こちらに何らかの索敵系のスキルを行使しているような魔力の流れが見える。魔素認識ほどの精度はなさそうだが、何かが近づいているというような情報は得られそうだ。ならば・・・


魔力の流れを周囲と一体になるように調整する。おそらく、超音波のエコーのような感じで、索敵をしていると考えられるので、帰っていく情報を持った魔力に介入して、何もなかった時と同じ波長を返す。


どうやら索敵をしていた個体は3体ほど居たようだが、それぞれが、先程よりも頻繁に魔力の波をこちらに向けて打ち始めた。その全てを変換して、何もない状態で返す。


しばらくそうしていると、索敵の魔力波動の頻度が減っていった。どうやら、通常の索敵モードに戻ったようだ。


何だか、昔こんなゲームをした気がする。スニーキング系だったか?


そんなことを考えながら、それならば光学迷彩っぽい事もできるのでは?と思いついて、試してみる。

視覚情報や聴覚情報は普通に光波や音波が空気中を伝わって認識されていると思われるが、魔素で障壁を作ることで阻害できるのか?結果は可能だった。なんとなく出来ているので、これを分析して他の人にも使えるように説明するとなると、ちょっと骨が折れそうだが、自分で使う分にはなんとなく出来てしまった。


自分の周りに、音や光、匂いもカットする魔素の薄い膜を張ると、外部からはこちらの姿や音は伝わらなく成った。先程から時折飛んでくる、索敵の魔素波動も無効化できているようだ。


そのまま、身を潜めて集団の方に近づいていくと・・・

焚き火を囲んでいる人と人ならざるものの気配が濃厚になってきて、やがて男たちの声が聞こえ始めた。


「ったく、本当にこの檻は壊れないのかよ!!」


そう言いながら、檻に囚われている男が忌々しそうに蹴りつけた。


ガン!


という音がするものの、その音とて男が履いているブーツが立てた音で、檻自体はたわみもしない。


「熱も酸も効きません、こんな鉱物、見たこともありません」


檻の外に居る男がそう言って、緑魔鋼の檻を感心したように撫で回している。


「感心してる場合か?このままじゃ、一生俺らはここから出られないんだろ?!」


閉じ込められた男の、別な一人がそう言った。


「しかも、移動手段も無い。さっきみたいに、引きずって移動してもらうしか、無いなら、俺たちはこの先どうすれば良いんだ?!」


同じ境遇の仲間たちが後4人居るが、全員疲れたように檻の中でうつむいてしまっている。

改めて観察してみると、檻の中の5人も、外の3人も全く違う種類の鎧や服を身につけており、一見すると同じ部隊の人間には見えない。冒険者が森に入って、何かの罠にかかったようにも見える状況だ。だが、その状況を異質なものにしているのが、先程から索敵を行っている魔物。その周りに、違った種類の魔物たちが数種類見て取れるが、どの個体も、目に意志が感じられず、命令待ちなのか大人しく男たちの周りに待機しており、そのうち3体のみが、時折周囲を見回すような仕草をしている。


アレはなに?


”魔導生物と呼ばれるもののようです。自然発生する魔物と違って、人工的に創りだされた者達です。意志や個性は特になく、主人格の命令のみを受け付ける存在です”


と、言うことだ。姿形もバラバラで、見るからに魔物な者もいれば、ほぼ、人間に見えるものも居る。ゴブリンやコボルトの姿をしたものも居るが、中には片手をロングソードと一体化された者や、斧をつけたもの、この世界には無いと思うが、銃や大砲のような手をしたものも居る。


その中に、大人しく座っているが明らかに瞳に意思を持って居るように見える、大型の魔物が居た。ゴブリンキングが元になって居るのか、ゴブリンと言うには二回りほど大きな体躯をしており、背中に二振りの両手剣を十文字にクロスして背負っている。オレが使えば両手剣だが、おそらくあの魔物は片手で扱うのであろう。


相変わらず人間たちは檻がどうにもならないと言い合いをしながら、檻の中の男たちに食事を与えたりして話をしている。明らかに、檻の外に居る人間のほうが、中の人間よりも主導権を持っているように見えるし、実際に本人たちも、特に檻の外の人間はそう感じていると思われる。実際の階級や上下関係は分からないが、今は完全に食事を与える側と与えられる側になっているということだ。


と、その時、微かにだが頭のなかに声が聞こえた気がした。

見ると、先程の魔物がこちらの方をじっと見つめて居る。

気になって、目を合わせてみる。


「・・・を・・・せよ」


ん?微弱だが、思念波のようなものを送ってきているのか・・・


「わ・・・か・・よ」


言語として理解できそうだが、そもそもゴブリンて人間の言葉が解るのか?


”思念での会話になりますので、意味などは、ほぼ正確に伝わります。交渉はできないでしょうが、ある程度の意思疎通は可能だと思われます”


目があっていたと思ったが、よくよく見れば、その魔物は人間たちを睨みつけているのだった。

こっちを見ているけど、オレを見てるわけじゃないんだな・・・


そう思いながら、琴ちゃんに話しかけるように、無意識でその魔物に語りかけていた。


なにか、望みがあるのか?


「おお!!、誰だ!!我らに神などいないが、今だけは信じても良い、望みがあるぞ!!」


と、急に明確な意思が伝わってきた。チューナーのチャンネルが合った感じか?


「我の望みを言えばよいか?!ならば、いますぐ我を開放してくれ!!」


え、いやそう言われましても・・・どうすればいいのよ。


「我は森の王、ゴブリンキングと呼ばれていたもの。一族は皆こいつらに殺されたか、従属させられた。そして、我はこの者達の術を受けて、今まで自分で考えることを封じられていたようだ。今なお、身体は動かせん」


ゴブリンキングは必死に訴えてくる


「ここに居る同胞たちも、おそらく同じ状況なのだろうが、自らの意思も無く、人形のごとく扱われるのを我らは望みはしなかった。どうか、開放していただけないだろうか?」


懇願に近い思念が強く響く。魔素変換とかで何とかなるんならするけど・・・と思いながら、ゴブリンキングの身体を魔素認識で改めてスキャンする・・・おや?今まで、他人の身体をスキャンすることはあまりしなかったので、気にならなかったのかもしれないが、このキングゴブリンの丁度心臓辺りに、妙に赤く光っている魔素を見つけた。肉体を構成している魔素が、現在停止状態だったせいもあるかもしれないが、そこだけが、熱を持っているように赤熱している。それをさらによく観察してみようと、意識を集中させると・・・


周りの景色が一変した。なんだ?身体が動かない。しかも目の前に、こちらに背中を向けた人間が居る。その向こうに檻もみえる。そして、その横の森の中に何か揺らぎののようなものが見え始める・・・あ!アレはオレだ!となると、オレはゴブリンキングと入れ替わったってことか?!


「ソナタが神か?」


弾かれたように振り返る。と言っても意識の問題だが。

そこには、真っ赤な光の塊が浮いていた。


「お前は・・・ゴブリンキングか?」


「おお、やはり神か。わざわざ我の心の中まで出張っていただき、かたじけない」


「ん?ここ、お前の中なの?」


「そうだと思うが、ソナタはどのようにしてここに来られたのだ?」


「チョット待ってくれ」


オレは素早く考えをまとめる。どうやら何らかの方法で、オレはこいつの中に入りこんだようだ。しかも精神体として。で、オレの本体・・・というか身体は、あの揺らぎの中に居る、そう思いながら魔素認識を使うと・・・おお、使えた!!良かった、これで何とかなりそうだ。後は、自分の身体にスキャンをかけて・・・やはり、心臓のあたりに明るく輝く魔素がある、そう思って意識を集中すると。


視界が変わった。先程までの自分の視界だ。

なるほど、こうやって心に入るこむこともできるのか・・・と納得していたが、今頃ゴブリンキングの中では、彼の心?が混乱していることであろう。よし、もう一度行ってみよう。


「失礼。おまたせしたね」


「おお、神よ、何か不調法があったのかと思ったぞ」


「いやいや、まず、オレは神では無いので改まる必要は無いです。で、おそらくなんですが、少し時間をいただければ、開放することはできると思いますが、その後暴れられても困りますので、まず確認です」


「お、おお。なんなりとお聞きください」


「まず、あなたには理性があるようですが、普通のゴブリンもこんなに理性的なのですか?」


「言われておる意味がよく分からんが、以前、部下や子供たちと冗談を言って笑い合ったり、喧嘩したりするという話をしたら、人間は驚いておったな」


「ということは、みんなあなた並みに考えてるんですね」


「そうだな。子供はそんなに考えず本能のままに生きておるが、ある程度年を重ねれば考えもする。それは他の種族も同じではないのか?」


「ゴブリンから見れば、人間もコボルトも同じだと?」


「はて、神よそもそもこの世界に生きる者達の根源は同じだと我は思っておったが、違ったかな?」


このゴブリンキング、実はかなりな哲人な気がしてきた。


「なるほど、では、単刀直入にききます。開放されたらまずどうしますか?」


「知れたこと、この眼の前で大騒ぎしておるバカどもを皆殺しにした後、ここにいる同胞を開放する」


あ、やっぱり。


「我は開放してもらえるのか?」


「んー、その後はどうするの?」


「ここは何処の森じゃ?」


「え?バイオリア・・・ってわからないかな?えっと大陸の西の方の森だね」


「西・・・風の地方ということかの。であれば、森を抜けて魔界に戻ろうかと思う」


「え?魔界?」


「なるほど、ソナタは人間界の神であったか。左様、森の先は我ら魔物が住み暮らす、魔界じゃ」


いろいろな情報が、アタリマエのこととして目の前のゴブリンキングから語られているが、おそらく本当なのであろう。これは、できれば開放した後もお友達でいていただけると、いろいろ情報も貰えそうな気がする。


「なんとなくわかりました。では、そろそろあなたを開放しようと思いますが、ここからではできません。私はもう一度あなたの外からアプローチしてみますので、少しお待ち下さい。それから、開放された後も、少し、様子を見て下さいね」


そう言うと、自分の身体に戻ろうとして、


「あ、そういえば、あの辺りに何だか陽炎みたいなの見えませんか?」


「む?いや、よく見えんが」


やはり、アレが見えるのはオレだけなのか。それか、魔力が見えると、ある程度見えちゃうのかな?


「とりあえず、あの辺りに私は隠れています。あなたが暴れ始めたら離れるつもりですが、間違って攻撃しないように」


「恩人を攻撃するような恩知らずは、魔物にはおらん!!安心されよ」


そう言われた。魔物って・・・いい奴なの?


「で、では行ってきます」


そう言うと、オレは自分の体に戻って、ゴブリンキングの魔素をもう一度精査した。

結果わかったのは、キングの赤く光る魔素の周りに、何か包み込むような闇色の魔素の結界のようなものが張られていた。それを壊せば元に戻ると思うのだが、自分の身体と見比べて相違点を絞込み、やはりその結界に原因があると結論づけた。並列思考や多重思考を同時に使用し、琴ちゃんのサポートも有ったため、この結論までの時間は、まばたきする位の時間しか経っていない。早速、ゴブリンキングを開放する。


終了。


呆気無く、結界は破壊された。

見ると、目の前のゴブリンキングは相変わらず座り込んで動かないが、右手が動くことを確かめるように静かに握ったり開いたりを繰返している。


あれ?それなら他の魔物たちも開放すれば良いんじゃ・・・

そう思いついて、キングの隣りにいる、コボルトらしき魔導兵の魔素を分析したが・・・アレ?

もう一度精査をするが、例の赤く光る魔素が無い・・・おそらく有ったであろう心臓の辺りに、真っ黒に変質した魔素の塊が有るが、それに触れてみても、全く反応が帰ってこない。


精査対象を一気に広げ、この場に居る者達全てを一気に見てみるが、光る魔素を持っているのは、オレを含めここにいる人間全員とゴブリンキングのみであった。


推論では有るが、あの光る魔素は、個性や知性と言ったモノを司っている魔素だと考えられる。であれば、それが破壊もしくは封印されると、ここに居るような魔導兵になってしまうのか・・・


ネクロマンシーなんていう術も魔術の中にあったが、これは、それ以上の邪法だと言えるだろう。

いずれにしても、ここに居る魔物はもはや開放もできないのだ。


「おい、なに勝手に動いてんだ」


思考に気を取られていると、ゴブリンキングの動きに気がついた男が、近寄っていった。


「こら、勝手に動くな。止まってろ」


そう言うと、動かしていた右手を、槍の柄で痛打した。

打たれた右手は動きを止め、微動だにしない。だが、額に浮いた血管がピクピク動いているのを、オレは見逃していない。


動きを止めたゴブリンキングに気を良くしたのか、男は、槍の柄でとなりのコボルトから順に頭を小突きながら移動していった。彼らは、バランスを崩しても、すぐに元の体制に戻る。そうしている内に、一人の痩せたゴブリンの前で男は立ち止まる」


「ったく、何だテメエは。相変わらずムカつく顔してんな」


そう言って、そのゴブリンを引き倒すと、殴り始めた。ゴブリンの割に整った顔立ちをしていたが、みるみるうちに、鼻は潰され、まぶたも腫れ上がり、口の端を切ったのか、真っ赤な血が流れた。


「んだ、汚えなぁ。おら、拭け!!」


そう言って、ゴブリンの血が付いた右拳を殴っていたゴブリンに突きつける。

防御も許されず、殴られ続けていたゴブリンは、それでも起き上がると、ローブの裾で男の拳を拭った。


「トロいんだよ、お前・・・・」


最後まで言葉は口にできなかった。


「グルルルルルr・・・・」


ゴブリンキングが、一刀のもとに男の頭を跳ね飛ばしていた。

待てといったのに!!


「グルアアアアアァァァァ!!」


抜き放っていた右手のグレートソードのみで、檻の周りの男たちに斬りかかる。


「何だよ、あいつなんか命令出したのか?」


仲間が斬り殺されたというのに、慌てた様子もなく、先程から檻の中の人間と話をしていた男が振り返る。

もう一人の食事を与えていた男も、ちらっとそちらを見て、そのまま給餌にもどった。


「うわ、めんどくさいのオレに押し付けるわけだ・・・」


そう言いながら、ゴブリンキングの渾身の斬り下ろしを、避けることもせず、檻に手をかけると、片手で檻を傾けて、受けてみせた。


ギーン!!


というような大きな音を立てて、グレートソードが弾かれる。


「おうおう、硬いとは思ってたけど、まさか凹みもしないとはね」


そう言うと、男は感心したように檻をみた。


ゴブリンキングは、渾身の一撃を受け止められたことに少し驚いたようだが、目の前の人間が強いことを理解すると、静かに、反対の剣も鞘から引き抜いた。


「おお!流石は双剣王。かっこいいじゃん」


男は、パチパチと拍手をしている。


ゴブリンキングは油断なく剣を構えて、男の出方を伺う。


「あーでも、相手が違うわ・・・」


ザク!!


「グゥゥゥ!!」


突然、ゴブリンキングの後ろにいた、片手が斧になっているホブゴブリンが、無防備だった右足を切り飛ばす勢いで、斧を振るった。その一撃は、ゴブリンキングの右足をふくろはぎの辺りから断ち割り、すねの辺りまで達して、ほとんど切断していた。


「ほらほら、まだまだ来るぜ」


いつの間にか、檻の中に食事を運んでいた少年ぽい男が、無言で何か指示を出していたようで、おとなしくしていた魔物たちの、最前列にいた5体ほどが、ゴブリンキングに向かって攻撃姿勢を整えていた。


その先は、一方的だった。ゴブリンキングは、意を決して攻撃することを選んだが、既に遅く、一撃ごとにダメージが蓄積され、最後に、先程守ろうとした細身のゴブリンの放った魔法で、半身が炭化して崩れ落ちた。


突然始まった戦闘に、しかも見た目が魔物だということで、さっきまで話しをしていたゴブリンキングの味方につくという発想が、全く浮かんでこなかった。

彼が倒れた時、ものすごく大きな喪失感が襲ってきた。

オレは、それに恐怖した。その時、ゴブリンキングの声が聞こえた。


「口惜しや、この者達の魂は、既にこの世になかったか・・・せめて、せめて安らかに眠らせてやりたかった・・・」


先程までの邂逅の影響か、キングの声が聞こえた。


「おい、もうおしまいなのか?お前はそれで良いのか?!」


「神よ、無茶を言わんでくだされ、この状況では、なんともなりません。ですが、もし、もう一つ願いを聞いていただけるなら、ここに居る魂なき身体を滅して、せめて自由な魂を開放していただきたい」


そう言いながら、赤く輝く魔素、「魂」を燃え上がらせる。


「だが、せめて我が弟だけは!!」


そう言うと、左手に残ったグレートソードを、細身のゴブリンに向かって投擲した。


だが、それは力なく、大地に突き立ってあたかもゴブリンキングの墓標のように見えた。

そのまま、ゴブリンキングは地に倒れ、手足の先から魔素に戻っていく。

その中に、魂を含んだ魔素が見えた。オレは、咄嗟に飛び出すと、その魔素を両手でつかみ抱きしめるように引き寄せていた。


「何だ、お前は!!」


ゴブリンキングが暴れ始めた時より、よほど驚いて、柵の前に居た男が誰何する。

光学迷彩(魔法版)が解けてしまったようだ。


そんなことにお構い無しで、オレは咄嗟に握ってしまった、ゴブリンキングの魔素を見つめる。それは、消えること無く、オレの手の中で光を放っていた。この先どうするのかわからないが、とりあえず、魔素変換で周りの自然魔素から魔鋼のペンダントを作り出すと、そのペンダントヘッドに光をそっと当てた。

オレの言いたいことがわかったのか、ゴブリンキングの魂は、ペンダントヘッドの中に収まってくれた。


「誰だと聞いているんだ!!」


先程から、外野がうるさい。オレは、これからキングの望みを叶えなければならない。

魂がまだつながった状態で、彼以外の魔物には魂が無くなっていることを彼に伝えてしまった。それでも、弟を虐げられた彼は、我慢できずに飛び出し、仲間たちに安らかな眠りを望んだ時には、既に身体は動かず、無念の最後を迎えた。その、遺志をオレが継ぐ。


「おっす、おらルキノ。よろしくな」


適当にそう言うと、男に一気に詰め寄り掌底で顎を左下からかち上げた。

一発で脳震盪を起こすと、抜こうとしていたのか、剣に手をかけたまま後ろに倒れこみ、痙攣している。


「おい、そこのおまえ、魔物を操れるんなら、全員で一斉にかかって来い。手加減はしねえぞ」


そういって、檻の外に居る最後の一人に声をかけた。


「・・・くそ、お前ら、こいつ食ってもいいぞ!全員で総攻撃だ!!」


その号令を受けて、一斉に立ち上がり、こちらに向かって来る魔物たち。

謎の砲身から、粘液状の砲弾を飛ばしてくるもの、左右の剣で連続突きを繰り出すもの、魔法を撃ってくるもの、バラエティに富んだ攻撃方法を見せているのだが・・・


「うわ、ちがう、こっちじゃ・・・ああああぁぁぁぁ!!」


なんて言いながら、命令を出した少年ぽい男が謎の粘液に包まれて、煙を上げながら溶けている。


「痛、なんだ、お前ら・・・」


先程掌底を叩き込んだ男が、気を失っていたところ、片足から齧られ、そのまま数体の魔物に飲み込まれていく。


はぁ・・・と溜息を一つ。


手前の男の方に近づくと、パンチスキルを起動した連続突きで、群がっていた魔物を粉砕する。その時に目を凝らしてみたが、やはり魂の魔素は見えなかった。


片手と片足を齧られて無くなっている男を、檻の上に投げ捨てると、両足が溶けて、アワアワ言っている男も、檻の上に投げ上げ、そのまま、残った魔物たちの魂の魔素に気をつけながら、一体一体、滅ぼしていった。


30体近い魔物の最後の一体を葬った時、ゴブリンキングの魂が宿ったペンダントが強く輝いた。


”マスター!大変です!新しい称号が!!”


琴ちゃんが大興奮で報告してくる。


”こんな称号、人間が得られるなんて・・・”


なにか、人間離れしたもののようだが、ちょっと後回しだ。

とりあえず、魔物の手が届かないようにと、檻の上に放り投げたが、結構な怪我を負った人間が二人、檻の上にいる。あまり気が進まないが、二人にエクスヒールをかける。みるみる周りの魔素が再構成され、装備ごと傷一つなく再生された。


「おまえ、何者なんだよ・・・」


檻の中にいた男がそう聞いてきた。


「何者って、お前たちこそ、何者だよ」


質問に質問で答えるという、ある意味掟破りな事をする。


「我々は・・・普通の冒険者だ!!」


「嘘つくな、魔物をこんなに従えた冒険者なんて聞いたこと無い」


そう言いながら、檻の上部を魔素変換で消すと、上に乗っていた二人を織りの中に落とし、再びフタをする。


「あ・・・くそ、俺たちをどうする気だ」


なんともならなかった檻が一瞬とはいえ開き、再び閉じたことで、男たちに動揺が走った。


「どうする気も何も、危険そうだから閉じ込めてあるだけで、具体的に何も考えてないよ。殺すのも後味悪いからこのまま放置してもいいかな・・・と」


「勘弁してくれ、このまま放置されたら確実に死んじまう」


まあ、それはそうだろう。


「なあ、頼む。俺たちを開放してくれ」


「えー、オレ、アンタに殴られたしな。鞘付きの剣で、結構おもいっきり」


「それは悪かったって、謝るから、な、許してくれよ」


結構根に持つ感じで軽口を聞いているが、やることはやっている。


同時進行で、こいつらのステータスをのぞき見ていた。


「ふーん、王国に所属してる冒険者なんか居るんだ」


彼らの職業の覧に共通して元王国騎士団やら、元王国魔導師団やら書いてある。明確に団体の名前は表示されていないが、鎌をかけてみた。


「そ、そんなわけ無いだろ、王国は関係ない!!」


ビンゴ、わかりやすい奴である。


「で、王国の方が、こんな辺境まで何しに来られたのですか?」


「だから、王国は関係ないんだ。ま、まあ、この森に大量の魔物が迷いこんだと聞いて、捕獲していたところで、君に出会った、そう、そんな感じだ」


どんな感じだ・・・

そもそも、魔物と結託して食料とか奪ってただろうが・・・


「というわけで、これは誤解だと思うんだ、だからここから出して欲しいのだ」


男がそう声をかけてくる。半眼で男を見つめていたが、何か勘違いをしているらしい。


「ほら、出してあげたくなってきただろ。そうして我々を開放したら、そのまま帰り給え」


そんなことを言ってくる。気づかれないように目を閉じて、魔素感知と魔力感知のみで見てみると、やっぱり、話をしている男の後ろにいるローブ姿の男が、何やら魔術を使っている。


”精神操作系の魔法です。マスターを催眠誘導する目的で行使されていると思います”


んなことだろうと思った。言うまでもないが、魔素への干渉を前提とした魔法は、オレには全く効果がない。だが、ここはあえて相手の策に乗る。


オレは、落ちていたゴブリンキングのグレートソードを拾い上げると、なるべく簡単そうに見えるように、片手で二度、水平に振りぬいた。

緑魔鋼の柵は、あっけなく人が余裕で通れる隙間が出来るだけ、切断されて落ちていた。


「お、おう、ありがとよ。後は、後ろも振り返らずに、そのまま家に帰るんだ。そして、帰ったら今日のことは忘れて、寝てしまえ」


ボーっとした表情を顔に貼り付けて、コクリと頷くと、全速に見えるであろう速さで、森の外に向かって走りだす。


背後から、外に出られたという歓声をかすかに聞きながら、同時に先ほど開発したハインド魔法を展開して、その場にとどまる。


男たちは、作戦は失敗だ。とか、報告をどうするか。とか、このまま帰って良いのか。というような事をひとしきり話していたが、どうにもならないと思ったらしく、荷物をまとめると、森を出る方向に歩き始めた。それを確認すると、先程、オレに話しかけていた男に、識別可能な魔素を打ち込んだ。痛みも違和感も感じないはずだが、打ち込まれたところをポリポリと掻きながら、男はオレの前を通り過ぎていった。

これで、いつでもこいつらの居場所が解る。


さて、細工は流々、後は帰り着く先を調べて終わりだな。


そう思って自室に転移した。


この晩、王子の方には特に問題は置きなかった。


そして、魔素を撃ち込んだ男と、一行はその晩以降、反応が途絶えてしまった。



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