信賞必罰?!
マーベリック回想回
「で、どうなっているのか、教えていただけませんか」
とてもにこやかな笑顔だ、だが、底にうす気味の悪い・・・というよりも、はっきりと恐怖を感じる何かがある。平たく言って、怖い。目もしっかり笑っているのに、ひたすらに怖い。
が、命をとられるまでのことは無いな・・・とあっさり気分が切り替わる。
「教えて差し上げてもいいですが、マーベリックさんにも先に教えていただきたいことがあります」
さっきの会話の中で、唯一引っかかっていた事を聞いた。
「あなたを、商人を騙したということで、子供にも罰を与えたと言っていましたが、どういったことか教えていただけますか?」
状況によっては、オレはこの人に敵対する。そう心に決めて問いかけた。オレなりにかなり真剣な目をして、睨みつけたはずだった・・・が。
「ああ、そうですね。たとえ子供といえども、商人から商品を入手するために、嘘や欺瞞が有れば、それは、罰を与えなくてはなりません。信賞必罰は、商売のみならず、上に立つものとしては心がけねばならない約束事。お客様と商人は、上下の関係こそありませんが、だからこそ、適材適所に販売する必要がございます」
と、悪びれもせず、平然とオレの睨みを見つめ返す。
「具体的にお話したほうが良いのであれば、お話しますが、先程のお約束おねがいいたしますよ」
そう言うと、先程までの雰囲気を打ち消すかのごとく、ただ、淡々と話し始めた。
「あれは、そう今から9年前のお話です。私が街を歩いていると、10歳位の少女が精一杯着飾っているのであろう、少々年季の入ったドレス姿で現れまして、私に上等なお菓子を所望されました。なんでも彼女は、そこの領主のお嬢様で、お金には困っていないので、何でも良いから上等なものを出せということでした。お金さえいただけるならば、お客様ですから、私はその時に持っていた中で最高級のキャンディーをお勧めいたしました。銅貨1枚ほどの金額のものでしたが、包んで帰るのでラッピングをしたいということで、ラッピングサービスを申し出たところ、余計なお金は使いたくないということでしたので、包み紙をサービスでお付けしました。」
「それがどんな罰を受けることになるんだ」
「まあまあ、焦ってはいけません。ですが、この時、既に彼女は私に嘘を言っていました。彼女は領主の娘などではなく、農夫の娘でした。そして、お金も銅貨一枚しか持っていなかっため、そのお菓子を選んだだけで、ラッピング料などが払えなかったので、自分で包むことにしたのです」
「なんで、そんな嘘をついたんだろう」
「さあ、そこまで詮索する趣味はございませんが、私も少々気になりまして、何故か、私の進む方向の先にいつもその娘が居ましたので、なんとなく見ておりました」
「尾行したんだろ・・・」
「そこは見解の相違でございますが、その娘は街の噴水の前まで来ると、噴水の縁に腰掛けて、一生懸命に何かをしていました。やがて、決して綺麗ではありませんが、心のこもったラッピングができあがり、それを片手に、噴水前の商館に入って行きました。そういえば、そこは私の取引先の商社で、息子さんの誕生パーティーをするということでした。どうやら、その娘は、私から買ったキャンディをプレゼントにするつもりだったようです」
「それで」
「それからしばらくすると、彼女がその屋敷から出てくるのが見えました。しばらくと言っても、ほんの数分といったところです。片手にキャンディの包みを下げ、トボトボと、大粒の涙を流しながら」
「・・・」
「私は、その娘に、事の顛末を問いただしました。彼女はそこの商館の息子に恋心を抱いておりました。子供のことですので、淡い恋心かとも思いましたが、二人の思いは強すぎたようで、ついに、彼の親のほうが農夫の家に乗り込んできて、手切れ金を渡して来たそうです。彼女の父も、生活が厳しいのですから受け取ればいいものを、大事な娘の心を金で売れるかとばかりに、その金も叩き返し、そのまま音信不通に。ですが、彼女の心は未だ彼から離れず、二人で商店を開くことを夢想していた若きカップルの行末は閉ざされてしまったのです。ところが、風の便りに、彼の誕生パーティが開かれると知り、せめてプレゼントをと、私のところで、キャンディを所望したそうです。これは・・・これは私と言う商人に対する・・・冒涜です!!」
「なんでそうなるんだよ!その子だって、一生懸命考えたんだろ?多分、家で一番きれいな服を着て、プレゼントを仕立てて、それが、何の冒涜なんだよ!」
「いいえ、彼女に私がお売りしたのは、包んで帰って、自分で食べるようのキャンディです。恋しい男の子に贈るためのプレゼントではありませんでした。話を聞いた私は、彼女に罰を与えることに決めました」
「何なんだよそれ!」
オレがわけも分からず話を聞いている横で、マーリンはニヤニヤと笑いながら聞いている。
「彼女には、私の商人としての矜持に対して冒涜した報いとして、辱めを受けていただくことにしました」
そう言うと、マーベリックは底意地の悪い笑みを顔いっぱいに広げた。
「そう、私はその場で、彼女のドレスを剥ぎ取り、私の持っていた彼女の体系にピッタリ合うドレスに着替えさせ、汚れた顔を拭うと、軽くほんの少しメイクをして差し上げて、もう一度、彼の家に出向くように言いつけました。ただし、今度は私の名代として。そのため、彼女には私の書簡をもたせました」
「どういうこと?」
「つまり、私のお使いに行けと命じたわけです。そして、その返事を持ってくるように言いつけました。私は、そこの噴水の公園で待っているから、必ず返事をもらってこいと伝えました」
「・・・・で?」
「先程と同じように、少女は商館に消えていきましたが、今度は10分ほど帰ってきませんでした。帰ってきた時には、初めて見る同い年くらいの男の子と手を繋いで、目に涙をためて、しかし笑顔で帰ってきました」
「・・・」
「彼女にお使いの返事は?と聞くと、二人のことを見守る度量がなかったことを悔やんでいた、この度のことで頭がすっきりしたので、二人の交際を認めるとは行かないが、見守りたいと思う・・・という内容を書いた、店主の書簡を手渡していただきました」
「???」
「これで二人はまた、会うことができるように成ったのです!!」
「チョット待った。それの何処が罰なんだよ!」
「私に嘘を言ったので、お使いをさせました。それが何か?」
「あなたが書いた書簡てのは、何が書いてあったんだ」
「企業秘密です」
ふふん、という感じで、マーベリックが笑った後、恭しく一礼してくる。
「ちょっとまて、そうすると、あなたは子供の味方をしたってことだよな?!」
「いえいえ、それは違います。商人たるもの、結果を求めなければいけません」
そう言うと、人差し指を目の前に立てて、チッチッチと横に振る。
「結果として、しっかり者で倹約家の奥様を娶られた商会の跡継ぎは、今も、私の商会の大口の取引先でございますから、先行投資というものでございます」
悪びれもせずにそういう。
「他にも、自分で食べると言って試食品のクッキーをせしめて行った、悪童がいまして。たまたま、彼の家の前を通りかかったら、身寄りもおらず、3人の弟や妹に、一枚のクッキーを分け与えているのを見かけまして、あまつさえ、自分は食べていないでは無いですか。自分で食べると言っていたクッキーを食べないなど言語道断。すぐさま、その兄弟の身辺を調査し、問題がないことを確認すると揃って拉致した後、せっかく作ったお菓子を、食べてもらえなかった職人の悲しさを教えるため、罰として当商会のお菓子部門の職人として、現在も罰を受け続けていただいています。なぜか、知らないうちに全員良い相手が居たと見えて、今は、子沢山になっているのが問題ですな」
そう言いながら、本当に良い笑顔で笑った。
「というわけで、全て、当商会の利益のため、そして、商人の矜持のため、信賞必罰に徹しているのでございます」
そう言って、まるで舞台俳優の如く一礼した。
「分かった?ルキノくん。この人は、そういう人なのよ」
マーリンはそう言って、肩をすくめて笑っていた。
「そういう言われ方をするのは心外ですな。私は、商人とお客様の立場は常に同じと考え、上下ではなく、商品を通じてお客様の欲望を満足させ、その対価としてお金をいただく。それだけの者でございます」
そう言いながら、澄ました顔でマーベリックがこちらを向いた。
「しかるに、ルキノ様。私の話に満足いただけましたか?ご満足いただけましたなら、お代の方を頂きたく存じます」
そう言って、商人スマイルをうかべてにじり寄ってきた。
「アレですね。柵のことですよね?お金は持ってないので」
「もちろんでございます。その情報はおそらく、私ごときの話では吊り合わないほどに価値のあるもの。むしろ、私がルキノ様から負債を負うことになりましょう。ですが、それを上回る働きにて、お返ししたいと思います」
そういって、再び片膝をつく。
「どうか、この私めにあの柵の秘密をご教授くださいませ」
そう言って、真摯な眼でオレの顔を覗き込んだ。
ま、別に秘密にしているわけじゃないし、うまく行けばマーベリックが錬金術の名を広めてくれるかもしれない。マーリンがこうやって付き合ってるということは、悪い人じゃなさそうだしな。
「分かりました。お教えしますが、マーベリックさんは魔法の方は分かりますか?」
そう聞くと、マーリンが吹き出した。
「ルキノくん、その人、それこそ前の大戦の時に魔王軍の魔法師軍団の団長だったひとよ」
と、驚愕の事実を告げてきた。
「あの、マーリン様、その話はあまりあっさりと人に明かしては行けないのでは・・・」
さすがのマーベリックも言葉と表情を失っていた。
「大丈夫よ、この子の親はハンスよ。光の勇者の子供。これから、伝説の大悪党を目指す一人なんだから」
マーリンはそう言って笑っている。
それを聞いたマーベリックはさらに顔を引きつらせて、
「ハンス様の・・・ということは、ルネッサ様の?」
「あ、スミマセン。そこは記憶が無いので・・・というか、多分中身は別人です」
「なんですとー!!!」
この展開、何だか慣れてきた気がするよ・・・
マーベリックも大悪党の一員です。




