森へ行こう!!
予告通り、無双になったのか・・・
小屋の中に転移して見ると、違和感を感じた。
誰かが入った形跡が有る。
ハンスが向かったダンジョンも、森の方にあるので、行きがけに寄ったのかも、とも考えたがどうも様子がおかしい。家探しでもしたように、部屋の中が荒らされ、少しだが蓄えてあった食料が根こそぎ持ちだされている。
泥棒でも入ったのかな?と思いながら、小屋の外に出てみると、家の近くの畑の野菜も、根こそぎ掘り起こされていた。
食料ばかり盗むとは、よっぽど腹の減った泥棒だ。
以前ゴブリンと遭遇した、森の近くの街道はハンスたちと鉢合わせする可能性もあるので、スルーして、反対方向の小川の方面に向かって、その先から森に入ることにした。
少し街道を歩いたところで、随分と大きな足跡を見つけた。しかも、複数ある。
足のサイズが80cmくらい有るだろうか。このサイズの縮尺で考えると、身長は10mくらい有るような気がするが、そんな足跡が重なっているのでわかりにくいが、20体分ほど有る。
それらは、目指している森の方向に消えているが、このまま森に入って大丈夫なんだろうか?
ここに、3年以上住んでいたが、そんな大きな生き物は見たことがない。
ちょっと様子を見てみようと、街道を街の方向に戻り、隣の大農夫の屋敷に向かった。
5分ほどで屋敷が見えてきたが、様子がおかしい。
慌てて駆けつけてみると、屋敷の中まで荒らされて、戦いがあった跡がそこかしこに残っている。
「こんにちは、隣のルキノですが、大丈夫ですか」
一応玄関で声をかけてみる。
事前に魔素感知で屋敷の中を探ったが、人が居るのはわかっている。
少しして、中から青ざめた顔をした大農夫が出てきた。
「ルキノくんかい?」
そう言って出てきた大農夫は、ひどい怪我をしていた。
「大丈夫ですか!」
驚いて駆け寄ると、大農夫は気が抜けたように崩れ落ちた。
「頼む、ハンスさんに、家の子供達を助けてくれと伝えて欲しい」
そう言って、すがりついてきた。
「何があったんですか?」
「それが、昨日の晩、突然魔物を連れた奴らが襲ってきて、家中の食料をさらっていってしまったんじゃ」
「食料を?」
家の畑や食料を持って行ったのも同じ奴らだろう。
「わしらも、精一杯の抵抗はしたんじゃが、子どもたちを人質にされて、為す術もなく・・・」
そう言うと、大農夫は大粒の涙を流した。
「食料庫の中身をまた取りに来ると言っておったが、食料を運ぶ手伝いをさせると行って、子どもたちを連れて行ってしまったんじゃ」
よく見ると、大農夫の右足は折れているようであった。鍬や鋤などの農具を巧みに操る、筋肉のしっかり乗った体つきだが、もともと戦闘向きの筋肉ではなく、人を傷つけ奪うためではなく、大地を相手に生み出すための身体だった。その体を必死に動かし、子どもたちを守ろうとしたのが、大農夫の体中の傷から伺い知れた。
「他の皆さんは無事なんですか?」
「ああ、幸いにも死人は出ておらん。じゃが、重症の者もおる。こんなことなら、ハンスさんと一緒に街に行くんじゃった」
どうやらハンスは、ダンジョンが活性化しているかもしれないと、再三忠告に来ていたらしい。それでも、大農夫たちは畑が荒れることを危惧して、この地を離れようとしなかったらしい。
「他の皆さんは、奥ですね?」
大農夫は弱々しく頷きながら、
「また、奴らがいつ来るかわからんので、奥の広間にみんなで立てこもっておったのじゃ。じゃが、助けもあてにできんから、何とか助けを呼びに行こうと話をしておったところじゃ」
「分かりました。まず、話を聞かせてください」
そう言うと、大農夫に肩を貸し、広間に案内してもらった。
家の中は、立派では有ったが華美な装飾などはなく、質素で力強さを感じさせる作りであった。
その家の中の20畳ほどの広さの部屋に、怪我をした大人たちが全部で9人居た。
大農夫の奥さんや、使用人たちだと思われるが、子供の姿はない。
皆、疲労と不安で笑顔はなく、うつむくように部屋の中で座り込んでいた。
その中でも、床に直接寝かされて居る男は特に重症なようで、男の妻らしき女性が、寄り添うように座り込んでいた。よく見ると、男の両腕は肘から先が無く、右足も噛みちぎられたようにひどい怪我をしていた。
「うちの番頭じゃよ、息子達がさらわれそうになった時に抵抗して・・・もともと剣術も使える男じゃったから、奴らに斬りかかって行っ端じゃが、その時に、こんな目に合わされたんじゃ」
「相手のことを教えていただけますか?」
オレは、勉めて冷静に聞いたつもりだったが、声が震えているのが自分でもわかった。
「そうじゃな、ハンスさんに伝えて欲しい。奴らは、狼のような魔物を5・6匹引き連れてやってきた。人数は3人じゃったが、まだ他に仲間も居るようじゃ」
「番頭さんは、随分抵抗したんですか?」
「いや、大剣を持って打ちかかったんじゃが、狼の魔物がすぐに飛びかかってきて、足を食いちぎられて、そのまま、男どもに両腕を切られてしまって・・・何度もやめてくれと頼んだんじゃが・・・」
そのまま、倒れた番頭さんを、何度も足蹴にしてボコボコにしたらしい。
今も、粗い呼吸音が聞こえてくる。肺に穴が開いているのかも知れない。
奥さんが、思い出したのか、すすり泣く声が室内に響き始め、その場にいたみんながもらい泣きし始める。
「あなた?何?何か言いたいの?」
奥さんが、粗い呼吸の中で番頭さんが何か言おうとしていることに気が付き、耳を近づける。
「・・・・を・・・・て・・・」
オレも、近づくと耳をそばだてる。
「こ・・を・・・た・・・けて」
粗い呼吸音のせいで、うまく聞き取れない
「こどもを・・・たす・・けて・・・」
「・・・・・・・・」
彼は、自分がこんな状況に置かれているのに、なおも子供を救って欲しいと懇願していた。
頭が真っ白になった。オレにとっては、いじめっ子たちだったが、彼らにとっては大切な子供なのだ。
「やつらが立ち去るときに、子供は労働力になるし、最後は魔物の良い餌になると・・・」
壁際ですすり泣いていた男が、そう言った。
「オレが、なんとかします・・・」
「え?」
大農夫が驚いたように、痛む足を引きずりながら、近づいてきて、オレの肩をつかむ。
「ルキノくん、気持ちは嬉しいが、君も子供だ。うちの子達も大切だが、ハンスさんにとって、君も大切な息子さんじゃ。どうか、ハンスさんに伝えてくれ」
大農夫が、辛抱強くオレを説得する。
わかってる。オレは子供だ。まだ、自分の力もよくわかっていない・・・
でも・・・今からハンスを呼んでも間に合わないかもしれない。
もう、目立ちたくないとか、バレるバレないなんて問題じゃない。
「おじさん。オレ、何とかできる。だから信じてくれ」
そう言うと、広間全体を魔素認識。そのまま空間固定をすると、エクスヒールにスリープクラウドの効果も合わせた魔法を発動した。
「う、ル・キノくん・・何・・を・・・」
とっさに魔法に抵抗しようとしたのか、大農夫が辛うじて意識を保って、オレに問いかける。
「大丈夫、目が覚めたら、みんな夢だったと思うから」
オレがそう言って、精一杯のほほ笑みを浮かべると、大農夫は睡魔に抵抗できなかったのか、そのまま倒れこんで眠ってしまう。
その右足は、元の誇り高い農夫の筋肉に覆われた健康な足に戻っており、骨折の跡はない。
番頭さんに目を向ければ、健やかな寝息を立てて、自分のお腹の上に頭を預けるように眠ってしまった奥さんの頭と肩を両手で優しく抱え込むようにして居る。もちろん、破れたズボンの下からは、よく日焼けした、働き者の素足が見えている。
「オレに任せてくれ」
そう言い残すと、寝息を立てる大人たちを広間に残し、怪しい足跡が続いていた森に向かった。
森に向かって歩きながら魔素認識を展開。状況を把握する。思った通り、森から500mほど入った草地に、随分大きな魔物が20体弱、犬のような魔物が30体強、ゴブリンやコボルトと思われる亜人らしき魔物が50体強。少し離れたところに、人間が10人。うち5人は縛られた子供。どうやら魔物たちは森から取ってきた熊や猪などの肉を中心に、集めてきた食料を食べているようで、人間の一団も、大人たちは食事中のようだった。
そこまで認識すると、オレはおもむろに子供の横に転移した。
真っ先に目に入ったのは、ひどく殴られた様子で、怯えて泣いているガキ大将以下5人の子供。
それを下卑た笑いを浮かべながら、眺めて食事をしている、ガラの悪そうな男たち。
その向こうに、獰猛に肉や食料を食べている魔物たちの群れ。
「なんだ、お前は?」
オレに真っ先に気がついた、目つきの悪い男が警戒もせずに聞いてくる。
普通、子供でもいきなり目の前に現れれば驚きもすると思うのだが、男たちが手に持っている酒瓶を見て納得する。こいつら、酔っ払ってる。
「縛り損ねたか?」
「こんな奴いたっけ?」
等と言いながら、のろのろとこちらに手を伸ばしてくる。
オレは、男たちを睨みつけると、伸ばされた手を振り払った。
「このやろう、おとなしくしろ!!!」
そう言いながら、一番右側にいた男が、思いのほか素早い動きで、オレを殴りつけた
ゴキッ!
という音と共に、男の拳が砕ける音がする。
「痛って!!!!」
そう言うと、拳をおさえて転げまわる。
「こいつ、何しやがった!!」
今度は、左端の男が鞘に収まったままの長剣でオレの頭を強打する。
ガンッ!
バキッ!
そんな音を立てながら、長剣の鞘が砕け散る。
「痛ってえな・・・」
ダメージは全く無いが、痛くないわけではない。
ただ、あまりの怒りに痛みに対して鈍くなっている気がする。
「お前ら、大概にしとけよ・・・」
オレはノーモーションで右の拳を突き出すと、魔法を発動した。
「雷撃拳」
例のサンダー・ナックルのアレンジ版。つまり、オレ専用仕様だ。
男たちには当たらないように方向を加減し、魔物の群れのど真ん中に向けて打ち込んだ。
強烈な豪雷がオレの拳を起点に水平に展開される。
巻き込まれた魔物たちが為す術もなく魔素に還っていくのが見えた。
全体の6割が消滅したのを確認すると、パンチスキルを起動。
そのまま、先程まで魔物たちがお食事中だった、今は雷撃拳のため、空白になった地点に飛び込む。
そのまま、当たるを幸いに魔物たちに殴りかかる。
ショートアッパーでゴブリンとコボルトをまとめてふっ飛ばし、振り返リざまに裏拳で魔狼をまとめて3体消し飛ばす。そのまま一気に間合いを詰めて、飛び上がりながらのロングアッパーで、立ち上がったデカイ魔物の顎から先を粉砕。その体を蹴りつけて、再び急降下すると、その勢いのまま魔狼に飛び蹴りを放ち、これも粉砕。着地と同時にサイドステップ、左右の連打でゴブリンの群れを吹き飛ばすと、魔物たちは一斉に魔素に還っていく。
魔物の集団のど真ん中で一息つくと、怒号を上げて、一つ目の巨人が殴りかかってきた。
怒号?!
悪いがオレの方が怒っている。
サイクロプスの巨大な拳を、オレは片手で受け止めると、そこを起点に虚無魔法を発動する。
一瞬にして、黒い霧のようになってサイクロプスが消滅した。正確には魔素に還った。
そのまま、魔物たちをひと睨みすると、
「爆炎掌」
ゴゥ!!!
魔物が居る範囲で円形の空間を固定し、掌で大地を叩きつける。
その接触点を起点に、一気に周囲の魔素を炎に変えた。
紅蓮の炎が収まった後には、円形に焼けただれた大地と、オレ以外、何者も存在していなかった。
「ば、バケモノだ!!」
「手が、俺の手が!!」
「おい、やばいぞ、撤退だ!!」
そんなことをいいながら、残された男たちが逃げ出し始める。
「逃すと思ってるのか?」
男たちの目の前に転移し、立ちふさがる。
もっとも、子供と大人なので、見上げる形にはなるのだが、
位置的には好都合!!
瞬間的にスキルを格闘に切り替え、目の前に有る男の腹に、格闘技の肘技を叩き込む。まだ、この手のスキルの加減はわからないから、死ぬかもしれないが、もしものときは死ぬ前に癒やす。
頂肘が男の胸元に叩きこまれ、数本の肋骨がまとめて折れる音を聞いた。その瞬間、男は10mほど吹き飛び、痙攣して動かなくなった。大丈夫、死んでは居ない・・・
そのまま、残りの男たちも叩き伏せると、全員ひとまとめにして、魔素変換で創りだした緑魔鋼の檻の中に閉じ込める。
一応、死んだら困るので、それなりに回復魔法をかけるのも忘れない。
「大丈夫?」
ガキ大将たちのところに戻って、手足を縛っている蔦を切って開放すると、泣きながら抱きついてきた。
「ルキノ、怖かった。ありがとう」
口々にそんなことをいいながら、涙する。
「お父さんは、みんなは大丈夫だった?」
「僕のお父さん死んじゃうかも、手を切ったってあいつらが言ってた」
「みんな死んじゃうかも」
安心したのか、今度は残された大人たちの心配を始める子供たち。
全員無事だということを伝えると、今度は安心して泣き始めた。
でも、不思議だ。泣いてるけど、うるさい感じはしない。
みんな、良かったと喜んでいるからだろうか。
子供は、泣いていても可愛いものだ・・・
戦闘の余韻からか、ぼーっとしていたら、おかしな考えが浮かんできた。
まるで、オレが子持ちみたいじゃないか・・・
コレは、前世の記憶の残滓なのか?
頭を振りながら、みんなに、戻ろうと告げて大農夫の屋敷に戻ることにした。
屋敷に戻ると、大人たちが起き始めていた。
怪我が治っていることを驚き、次に、今度こそ子供たちを守ろと、ありったけの武器になりそうなものを装備して、出撃するところだったらしい。
そこに、折よくオレたちが帰ってきたので、玄関先で鉢合わせし、そのまま大号泣大会になってしまった。
一段落だなと、思いながら、さて、どう説明しようかと悩み始めた直後、今度は塾に残してきた分体が、異常を知らせてきた。
大号泣大会な皆さんから、コソッと離れて、家の影に隠れると、そのうち説明に来るからねと、心のなかで謝って、分体の待つ、塾の自室に転移した。
檻に閉じ込めた男たちのことをすっかり忘れているルキノくん・・・




