王子と商人
ブックマークが段々増えてきました。
嬉しいです。
なかなか更新できませんが、よろしくお願い致します。
深夜にまでおよぶ、お小言から数日後、
ハンスから連絡があった。
ダンジョンの様子は、まだそれほど深刻なものではないが、塾生とハンスたちだけでは見張りの人足が足りないということで、領主に元に増援の要請をしたということで、領主の抱える私兵達がダンジョンの監視に派遣されることに成った。
引き継ぎが終わり次第、こちらに戻ってくるということだが、領主の兵の6割は元々私塾の生徒であるため、比較的友好的に引き継ぎは終わるであろうということで、一週間ほどで戻るということに成った。
その間、オレもただ無為に過ごしたわけではなく、新魔法として森羅万象に登録された、「直接魔素変換魔法」をマーリンにも使えるように何とかアレンジを試みているのだが、やはり現在の魔法体系に慣れてしまっている大魔術師には、なかなかに難しいようだ。
理屈はすぐに理解できたようだが、どうやって居るのかがわからないらしい。
ちなみに、緑魔鋼のナックルだが、あの時一回使用しただけで、ただの魔鋼に成ってしまった。
元々魔鋼に含まれていた風と土の魔素がすっかり抜けて、ただの魔鋼とおなじになってしまったのだが、マーリンには、そちらのほうが驚かれた。
魔鋼としてはかなり純度の高いものになり、加工もできるように成ったため、むしろ、鉱物としての価値は跳ね上がったらしく、塾の鍛冶師クラスに持ち込んだところ、狂喜乱舞であった。
無価値のものを価値あるものに変えたという意味では、こちらのほうが錬金の名にふさわしいのかもしれないが、開発したと思った魔法の名前が、錬金術ではなかったのは、チョット残念だった。
琴ちゃんによれば、この世の魔法は、体系的に名前を聞いただけである程度意味が分かるものでなければいけないらしく、「錬金」という言葉自体が、この世界になじまないらしい。何しろ、金よりも魔鋼のほうが利用価値や流通価値が高いのだ。
考えようによっては、魔素変換魔法を使えば、オレの場合空気からでも魔鋼を生成できる。再生魔法や創生魔法に近いことをしているのだが、そういった回復術とは一線を引いたものとして、この世界の意志に認識されたらしい。だが、それをしてしまうと、この世界の貨幣システムを破壊してしまう。今のところ、お金に困る生活はしていないし、これだけいろいろできるなら、仕事も困らないだろう・・・そう思うと、貨幣の偽造なんかも、意外と考えないものだなと、妙に納得した。なんなら、装備とかも自分で作れるし。その気になれば、料理だって出せるもんな・・・
ん?待てよ、ということは、錬金術という名前をこの世に知らしめていけば、魔法の名前が変わるかも!!と淡い期待を抱いていたが、そんなことは無い・・・と、すげなく琴ちゃんに断定されてしまった。
いいもん、頑なに錬金術と言い張ってやる!!
日々の生活をおくる中で、あの時に琴ちゃんが言っていた、敵性勢力のことが気になって、聞いてみたが、琴ちゃんや森羅万象は、過去に起こったことや、既に記録されていることに対してはめっぽう強いが、現在進行形の事態や、未来に関わることなどは、現在からではアクセス出来ないということだ。現在から・・・と言うのは、琴ちゃん・本名「理を知る者」は、本来精神体に近い存在で、時間軸に囚われず、この世界を漂う存在であったため、以前の姿なら未来を現在として認識したり、過去を現在にしたりと、今以上に自由に情報を収集することができたのだが、オレのスキルとしてマスター登録がなされた時点で、この時間軸に固定されたということだ。もっとも、自由に時間が行き来できると言っても、その情報を求めるものが居ない以上、その能力は無用の長物といったところで、意味を成さない。
今も昔も、未来は切り拓くものということである。
それはそれとして、敵性勢力のことだが、上記の理由から、その目的などを割り出すことが困難である。
琴ちゃん自体は、非常に優秀なのだが、単独での思考をしない。こちらのインプットに対して、アウトプットしてくる感じなので、オレが素っ頓狂な事を聞くと、そのまま、素っ頓狂な答えが返ってくる。
やはり、琴ちゃんから情報を聞き出して、組み立て、推論を立てるのは、こちらの仕事なのだ。
現在、このバイオリアに襲撃をかけて、得する人物または勢力を特定しようと、それらしき人物をピックアップしてもらったが、そもそも、この街のコトを詳しく知らないオレにとって、怪しい人物、及び団体が20を超えたところでストップをかけた。琴ちゃんは、質問に対し、立板に水とばかりに、素性から理由に至るまで、実にわかりやすく解説してくれたのだが、それを聞いていたら、オレは街を歩けなくなりそうなほど、人間不信になりそうだった。
琴ちゃんに、再びこの街に侵攻してくるかも知れない可能性を算出してもらうと、ほぼ100%の確率で、何らかの侵攻が考えられるという。期間を区切っていなかったので、とりあえず、ここ数ヶ月をタイムレンジとして指定したところ、不確定要素も有るが、一ヶ月以内の再侵攻の確率が80%を超えた。
そうなると、先ほどの得する人物、団体との複合で考察が可能になる。
今、この瞬間に侵攻することで、大きな利益、または損失が出るターゲットを絞り込んでもらう。
”可能性の高い人物で絞り込むと、現在この街に滞在しているという前提で、3名居ます”
おお、随分絞り込めた。
”まず、マーリンです。ですが、マーリンの場合はほぼ、常時この街に居住しているため、影響は大きいですが、今回のターゲットからは外しても構わないと思われます。第二に、現在この街に滞在しているシュルツが考えられます。王位継承権第二位の人物なので、暗殺された場合の影響はかなり高いと思われます。第三に、同じく先週から滞在している、マーベリックです。マーベリック商会の主人で、王国内の物品、情報、あらゆるものに影響力を持つ人物で、流通事業も彼が手がけているため、同じく暗殺されれば、多大な影響が予想されます”
一気に教えてくれたが、マーリンはいいとして・・・え?王子が居るの?この街に?
”はい、シュルツ王子は冒険者としても有名ですが、基本的に身分を隠し、何らかの成果を上げた後に身を隠すことが多いです。今回は、単に王都の継承争いに嫌気がさして、気晴らしにこの街に立ち寄ったようです”
気晴らし??・・・面倒な・・・そいつ一人のために、街が襲われるっていうのか?
”あくまでターゲットを人に絞った場合ですが、街まで広げれば、このバイオリア自体がターゲットの可能性もあります”
と、新たな可能性も示してくれた。
”バイオリアは、西部の森の最初の砦です。ウェストバック地方でも、最も森に近く、ここが落とされれば、森からの侵攻があった場合、州都バイエルンまで、ほぼ攻め込まれることが確定します。そのため、重要戦略拠点ですが、先ほどの時間軸で考えた場合、現在でも未来でもその深刻さは変わらないと判断したため、人物に特定しました”
おお、琴ちゃん優秀!!なるほどね。
で、もう一人のマーベリックって商人も狙われてるかもしれないと・・・
そうなると、二人を護衛する必要も有るし、他の人物である可能性も捨てきれない。こりゃ一人じゃ無理だな・・・ここはマーリンに相談してみるか。
ひとまず思考を打ち切ると、方針を決めた。
説教の時に、飛竜を倒したことは伝えてあるが、激昂していたマーリンが覚えているかどうか・・・
ちなみに、怒っていた一番大きな原因は、眠って居たら、大きな音と、眩しい光に叩き起こされ、ベッドから落ちた・・・ということらしい。
確かに、派手な呪文は控えるように言われていたが、あんなになるとは思わなかったので・・・
しかし改めて考えてみると、現在手持ちのスキルのほとんどの内容をオレは知っているが、全く理解していない。理解していないというのは、威力という意味である。そんな中、新しい魔法を考案しているのだから、予測がつかないのも当たり前だといえる。
そもそも、MPの概念が実はかなり適当であることに気がついたのは、最近のことだ。
成り立ちは分かったが、では、MP1は魔素いくつ分か?という問には、個人差によるという回答が得られた。無論、琴ちゃんからである。そもそも、魔素を形ある粒子として認識できているのは、この世界でもオレだけであり、その認識を通して、琴ちゃんも魔素という概念を形として認識できるようになったばかり。しかも、魔素の粒子の大きさ自体が、一定ではない。小さな、光の粒子という形で見えているが、改めて考えると、この魔素にどうやって干渉しているのか、全くわからない。目を凝らせば、他人が持っているMPの量も見えるのだが、それがMPいくつなのかはよくわからないのだ。というか、ほとんど同じに見える。
そうなると、MPとは、魔素の量ではなく、保有している魔素をいくつに分割できるか、ということになるのだろうか?だがそうなると、仮にMP100の魔法使いが、ファイヤ・ボールにMP50を込めた場合と、MP50の魔法使いがMP25を上乗せしたものは、使用した魔素の量は同じということになる、が・・・実際には、倍率ドンで、攻撃力に歴然とした差がでる。
これも、これからの研究課題だと思う。
また、考えが飛躍してしまった。
そういったことも踏まえて、これからはどこか落ち着いて新しい魔法や、そもそも手持ちのスキルや魔法を試すことができる環境が必要だと思えてきた。
流石に裏山で、これ以上大きなミスをすると、マーリン校長に追い出されそうな気がする。
先日の雷撃事件で、めったにクレームの来ないご近所からも、厳重な抗議を頂いたらしい。
すんません。
ということで、実験場の候補を琴ちゃんに聞いてみると。
”西の森が最適ではないかと思います。魔物もそれなりに居ますので、レベリングもできますし”
と気軽な答えが帰って来た。
西の森って・・・オレたちが住んでた山小屋の先に有った森だよな?そういえば、あの先は何があるんだろう??
行って帰ってきた人間は居ないとされる、森の向こう。ルネッサはそこまで行ってきたらしいが、オレにも行けるのだろうか?
今は、自分の力を確認するほうが先なので、探索はまだ先になるが、とりあえず、目下の目標は、ガードすべき人を守れるように、人員配置する。そのためにマーリン校長に相談すること。もう一つは、自分の力の確認。そんな感じだな。
方針を決定すると、まずは、簡単な方・・・といっても結構面倒だが、マーリン校長に相談に行くことにした。
いつものようにドアノックをし、マーリン校長の返事を待って、部屋に入る。
「失礼します」
「どうぞ、どうしたの、今日は授業に出てないの?」
一応、オレは校長特別枠ということで、授業には自由参加で良いと特権が与えられているが、そもそも、この塾に、決められた授業の時間はない。それぞれが、学びたい時間に、学びたいものを学ぶ。先生は、先輩たちが務め、ハンスやガリクソンがいれば、彼らに技術を習う事もできる。
「今日は、また、ご相談が有ってきました」
オレがそう言うと、マーリンは目に見えて嫌そうな顔で
「何?今度は何をしでかすの?」
と完全に問題児扱いである。
「あ、いえ、特に何かをしでかす気はないんですが、お耳に入れておきたいことが・・・」
オレは若干傷つきながら、
「先日ご報告したと思っているのですが、この街が何者かによって襲われた件で、どうやら、今この街に、重要人物が二人来ているようなので、その保護ができればありがたいと思いまして、ご相談に伺いました」
「二人?」
マーリンは怪訝な顔で
「一人はなんとなくわかるけど、二人もいるの?」
さすがマーリン、王子の来訪は知っているんだ。
「流石ですね。僕はさっきまで一人も知りませんでした」
「あったりまえよー!伊達に大魔術師なんて名乗ってないわよ!」
とご満悦である。話しが早くて助かる。
「って言っても、マーベリックはいつもこの街に来ると、マジックアイテムの鑑定なんかに寄るから、来ていることを知っているというよりも、私に会いに来るのが、理由の半分だしね」
「え?知ってたのはそっちですか?」
「え?もう一人って誰?」
「僕はてっきり、王子の護衛でも頼まれているのかと・・・」
「・・・・・・・!!!!!!!」
王子と言った途端に、不審な表情をしたが、数瞬後驚愕に目が見開かれた。
「あのバカ王子、また抜け出してきたの!!何処?何処に居るの!!」
と、ものすごい剣幕。
「え、それを、相談にですね、あの、落ち着きませんか?」
動物園の熊よりも素早く、くるくると歩き回りながら、ブツブツと長考に入ってしまった。
その気になれば発見はできるけどね・・・
そう思いながら、魔素認識のレーダーを広げ、琴ちゃんにサポートをしてもらいながら、街の中の人間の情報をすべて把握。その中から、シュルツとマーベリックの名前を検索した。
Hit、なんだ、シュルツは以前ガリクソンが逗留していた宿と同じ宿に居る。
マーベリックは、もう少し領主の家に近い、上流階級の邸宅が立ち並ぶ高級な宿に泊まっているらしい。
そこまでわかれば、後は護衛だが、考えようによっては、この塾に来てもらうのが一番守りやすい気もする。まあ、そのあたりはマーリンに任せることにして、とりあえず居所だけでも知らせておこう。
「居場所がわかりました」
「え?どっちの?」
マーリンは驚いたように、長考から抜けだした。
「ふたりともです」
「どうやって?」
「えーと、スキルを使いまして・・・」
「あなた、便利なスキル持ってるわね。で、どこに居るの、シュルツは」
マーリンがジト目で聞いてくる。このジト目の原因がシュルツであって欲しいと願いながら
「ガリクソンが泊まってた宿ですね。迷子のバジリスク亭」
「あいつは!また冒険者の宿に泊まってるの!!」
とかなりご立腹な様子。
「街の守衛から何も連絡がなかったってことは、あいつまた転移結晶を使ったのね」
そう言いながら、魔法使いの杖を取り出すと、出かける準備を始めた。
「そういえば、校長はシュルツ王子をご存知なのですか?」
オレが先程から感じていた疑問を投げかけると、
「ご存知も何も、あいつもこの塾に一時期在籍していたの」
と、驚愕の答えが
「王立学校が性に合わないとか何とか言って、身分を隠して入塾してきたのよ。ボロボロの身なりで、変な訛りのあるしゃべり方をしてたから、すっかり騙されたけど、魔法は私が直々に教えたのよ」
そう言うと、すっかり準備が整ったようで、
「宿のどの部屋かわかる?」
と聞かれた。
「ちょっと待って下さいね・・・2階の奥から2番目ですね」
聞くが早いか、行ってくると一言残して飛び出していった。
マーベリックさんの件もお願いしたかったのだが、あの分ではすぐには無理だろう。
マーリンが宿に向かって出かけていくのを見送って、もう一つの課題、自分の能力の把握をどうしようかと考える。
琴ちゃんから、おすすめの訓練場所は聞いているし、いざとなれば転移で戻ればいいので、留守番役として、魔素感知能力とある程度の魔法が使える分体を創りだすと、西の森に向かうべく、懐かしの掘っ立て小屋に転移したのである。
次回、無双回になる予感です。




