問 人違いされた時の最善の回答を答えなさい
説明的な話で退屈だったらスミマセン。
「あれは、まだワシが冒険者になって間もないころ、一人の魔法使いに出会ったんじゃ」
自分たちを大悪党であると語ったガリクソンは、柔和な表情を崩さないまま、思い出話を始めた。
「まだ、ハンスたちにも出会ってなかった頃、ワシはいろいろあって、一人で冒険者に成ったのじゃ。仲間もなく、友もなく、ただ冒険者へのあこがれのみで裕福だった実家を飛び出し、自分の力を試したかったということも有るのじゃろう。随分と無茶もしたものだ」
ガリクソンの話は、ともすれば、オレも昔はワルでよう・・・と語る親父のようであったが、気張らない話し方で、引き込まれる。
「半人前だったのに、自分は強い、十分に出来ると勘違いしちまった挙句、チョット難易度の高めのダンジョンにパーティーを組んで入ったんじゃが、仲間達がそろそろ戻ろうというのも無視して、どんどん潜ってしまったんじゃ。気のいい奴らで、そんなワシを放っておくこともできず、ただただ付いてきて来てくれたんじゃが、ワシは自分がリーダーに成ったようで妙に浮足立ってのう、その結果、なんてこと無いトラップに引っかかってしまったんじゃ」
今となっては昔の話であろうが、懐かしむように、だが、悔恨に彩られた思い出は続く。
「トラップは、モンスタートラップだった。ワシ等のパーティーはアタッカーが二人、タンク一人、マジシャン一人、ヒーラー一人の計5人。アタッカーのワシが突出しておったために、パーティは分断されてしまって、後衛が誰もおらなんだ。真っ先にヒーラーの女が倒されて、次にマジシャン。ワシとタンク役のリーダーだけに成った時には、死を覚悟したものじゃ」
思い出を語っている以上、懐かしさも含まれているが、その中にも緊迫した状況がありありと伝わってくる。
「ワシは最後の足掻きとばかりに、持っていた刀剣全てを一斉に撃ち放つ、秘剣術の奥義を発動するつもりじゃった・・・」
「これまでか・・・」
ワシは現在保有している全ての刀剣類に魔力を通わせ、秘剣術の奥義、
「霞の秘剣」を発動しようと身構えた。
「ちょっと待った!!」
その時、何時からそこにいたのか、黒髪黒目の魔術師風の男がワシとリーダーの間にいた。
「そんな大技使ったら、倒れてる仲間たちまで巻き込まれるだろ!」
その男はそう言うと、正面の魔物たちに向かって片手を付き出した。
「ファイヤ」
気負うこともなく、ただ一言。属性のみを言葉にする。
カアッ!!
一瞬目の前が真っ白になり、あまりの光量に目が眩む。目潰しか?!と咄嗟に目を覆うが、隙間から圧倒的な光が瞳を焼く。
始まりと同じように、唐突に光が収まり、必死に視界を取り戻そうとしていると。
「ウィンド」
今度も先ほどの魔術師風の男が発する言葉がすぐ横で聞こえる。
ヒュン!!
と軽い風の音が聞こえたと同時に、今度は急激に耳鳴りがする。
「うお!!」
思わず声が出たが、キーンという耳鳴りのせいで、自分の声もよく聞こえない。
遠くの方で、スマンスマンと謝る男の声が聞こえた気がするが、とにかく、こんなモンスターに囲まれた状況で、
目と耳が使いものにならないなんて、とんでもないことだ。
一瞬の間もない、ワシは「霞の秘剣」を発動させるべく、散らされかかっていた魔力を再び刀剣に宿らせる。
だが、いくら全方位の攻撃といえども、ある程度は敵の密集しているところに向かって発動させたい。
光に眩んだ目を懸命に見開くと、モンスターの密集した前方を睨みつける。
モンスターの密集している・・・居た?・・・いない・・・
「おーい、聞こえますかーーー!!!」
突然耳元で怒鳴る男の声が聞こえた。
「うるさいわ!!鼓膜が破れる!!」
思わず、怒鳴り返す。
「スマンスマン、聞こえてればいいんだ。片付いたから、その物騒なスキルは解除してくれよ」
魔術師風の男はそう言うと、倒れている仲間たちの方にテクテクと歩いて行く。
「あーあ、足ちぎれてるじゃん。こっちの女の子も、あらら、ちょっと酷いな・・・」
狐につままれたようになり、突然消えたモンスターを不思議に思いながらも、秘剣スキルのために練った魔力を開放する。
仲間たちに目を向けると、マジシャンの男はローブが引きちぎられ、片足も無くなり、ヒーラーの女は腹が裂け、内臓も見えている。二人を守ろうとしたアタッカーの長剣使いは、両腕を砕かれて、片目がえぐられていた。
「でも、みんな生きてるみたいだね。間に合った」
そう言うと、呪文の詠唱を始めた。
「待ってくれ、こんな状況で回復してもらっても、心が・・・」
自らも傷付いて、片腕が折れて上がらなくなっているリーダーが、それでも苦痛をこらえて仲間を心配する。
「大丈夫、細工はバッチリ、アンタもまとめて癒やしちまうから、そっちに行きな」
そう言うと、ワシとリーダーも回復呪文のサークルに入るように促した。
リーダーが心配したのは、体の傷はある程度癒せても、心の傷は癒せないということだ。
それに、内蔵損傷や、視力を失った目を取り戻すなど、神殿で複数の神官に多額の寄付でもしなければ癒やしは得られない。
当然、自然治癒をどんなに高めても、足は生えて来ない。こんな状況で癒やされても、苦痛が続くだけなのだ。
だけなのだが、目の前の黒髪黒目の男はそんなこと気にした様子もなく、こともなげに呪文を完成させる。
「エクスヒール・プラス・・・てとこかな?」
適当な呪文発動とは裏腹に、アタッカーの目もヒーラーの腹も、魔術師の足も、それどころかスタボロだった魔道士のローブも、
キズ一つなく治ってしまった。同時に、ワシとリーダーの怪我やキズも全て癒され、装備のほころびまで新品同様に成ってしまった。
「ありゃ、装備が綺麗になりすぎたか?」
そんなことを言いながら、目の前の男はダンジョンの奥を気にしている。
「ちょっと、ガリクソン、先行しすぎ!」
突然立ち上がりながら、ヒーラーの女が非難してきた。
「そろそろ休まないと、MPも尽きちゃうし、一旦戻ろうよ」
足がちぎれていたはずの魔法使いも、ヒョイっと立ち上がるとそう言ってくる。
「お前さんたち、なんともないのか?」
ワシが二人に確認していると、
「は?何いってんです。やばいことになる前に戻りましょうや」
長剣使いも切れ長な両目を細めると、通路の先を気にするように眺めて、
「あいつは誰だ?」
と言った。
みんなが指された方を見ると、さっきの魔術師風の男が駆け寄ってくる。
「助かったー、冒険者さんですか?森のなかを歩いてたら、突然地面に穴が空いて落ちちゃって。どうしようかと思ってました」
などと言いながら近づいてきた。
「そりゃ災難だったな」
と、リーダーが言う。あまりの違和感に訝しげな表情をしていたのだろう。
「ガリクソン、不満なのはわかるが、一度戻って体制を立て直そう。魔法薬もそろそろ底をつく。それに、今回は実入りも良かったしな」
そう言って、リーダーはここに来るまでに手に入れた宝箱の中身と、魔物の討伐部位の入った袋を叩くと、帰還を宣言した。
「あ、そういうことなら、オレ帰還魔法使えるんで、一緒に戻りますか?」
などと、魔術師風の男が言う。
「あら、そんな便利な魔法使えるの?ここ、結構ダンジョンの奥だったから助かるわ」
ヒーラーの女が気楽な調子でうながす。
「いやいや、たまたま別なダンジョンで拾ったんですよ。オレはまだ駆け出しで」
そう言うと、何やら小ぶりの宝石を取り出すと、呪文の詠唱を始める。
少しすると、目の前に人が一人通れる程度の転移門が現れた。
「この先の街の手前につながってるんで、このまま帰りましょう」
そう言うと、男はひょいと門をくぐって消えてしまった。
パーティーのみんなが慌てて門をくぐって消えていくなか、ワシはさっきまで戦闘が繰り広げられていた広間の床や壁が、高温で焼かれガラス状になっていることを確認した。そして、今まで話しをしていた通路の天井には、無数の魔物たちの残骸が張り付いている。鋭い刃物で切り刻まれ、すり潰されたようになって、天井にこびりついているのだ。
「あの男は何者じゃ」
ワシはそう思いながら今にも消えそうな門に慌てて飛び込んだ。
街に帰ってギルドに報告を済ますと、一時的なパーティーは解散となり、ワシはまた一人になった。いや正確には二人になった。
「ガリクソンだっけ?みんなにそう呼ばれてたよな?」
黒髪黒目の男は、何故かワシに付いてきた。
「お前さんに助けてもらったのだから文句は言えんが、一体どういうことじゃ」
ワシは得体の知れない相手に、警戒を隠しもせず、とはいえ助けてもらった恩人ということもあり、どういう態度で相手をするか、困り果てていた。
「んー、アンタには記憶操作が効かなかったみたいだから、念の為に付いてきたんだけど、やっぱり覚えてる?」
「当然じゃ、それに何故あのパーティのみんなが覚えていないのか、そのほうが不思議じゃ。記憶操作じゃと?」
「ああ、それね。あのリーダーさんも回復魔法の前に気にしてたけど、普通自分の身体の一部が欠損するような目に合うと、たとえ元に戻っても、記憶があるからチョット精神的におかしくなっちゃうんだ。だから、そうならないように、前後の記憶を少しいじって、話をつなげたってわけ」
こともなげに言っているが、それをどうやってやるのか。簡単では無いはずだ。
「なんて言うのかな、酒に酔って記憶を無くすことって有るじゃない、そんな感じで、覚えていないほうがいいことは記憶から消して、その前後をつなげるの。そうすると、意外と気が付かないんだよ。」
「じゃから、それが普通はできんじゃろうと言っとるんじゃ。お前さんは何者じゃ」
黒髪黒目の男は困ったような顔をして、こう言った。
「それが分かれば苦労しないよ。何かしなくちゃいけないとは思うんだけど、思い出せないんだ。ただ、この世界はオレのもともと居た世界じゃない。オレは、帰らないといけない」
そう言うと、本気で悩みだした。
「ええい、こうなれば、ワシもお前さんに付き合ってやるわい、もともと一人じゃ。じゃが、お前さんのことは何と呼べばよいのじゃ?」
ウンウン唸っていた黒髪の頭がぴょこっと跳ね上がると、
「マジか!ありがたい。オレは・・・そう、ルネッサ。今年で確か41歳になると思う。よろしくな」
そう言って手を握ってきた。コヤツ、ワシより年上だった・・・
その後、酒場に行くとワシとルネッサは一晩語り合った。
ルネッサが言うには、彼は転生者でこの世界に来た時から成人した姿だったらしい。それまでの記憶もなく、親も兄弟も不明。ただ、転生の時に女神っぽい神様の話を聞いて、何やら万能なスキルを手に入れたらしい。
この世の全ての魔法を導くもの。「大魔導師」という称号スキルと膨大なMPを与えられ、この世に使わされたらしい。
荒唐無稽な話だったが、ワシは不思議とそれを信じた。ワシ自身、冒険譚に出てくる英雄たちに憧れ、自分の先祖が他の種族の英雄たちとドラゴンや巨人族と戦う話に胸を踊らせたものだ。
いままさに、ワシの前にその英雄譚の一欠片が舞い降りたような気持ちになった。ワシもその登場人物の一員になれるのだろうか。
それから、ワシとルネッサは戦乱にまみれた地方をいくつも旅した。人と人が助け合う世の中のはずが、隣人を憎み、妬み、奪い合う。そんな世の中の出来事を嫌になるほど見さられた。
あるときは、村人たちに頼まれ、近隣の森に出る魔獣を倒しに行った。その帰りに、依頼人であるはずの村人たちに襲われ、無力化して聞いてみると、倒した魔獣には知性があり、冒険者を生け贄として差し出すことで村を護ってもらっていたらしい。それを倒してしまったから、報酬も用意されておらず、とりあえず冒険者たちを殺してしまおう、ということになったようだ。ワシもルネッサも呆れて、そのまま村には寄らずにギルドに報告に行ったのだが、移動の数日の内に依頼者の村は魔獣の報復を受け滅びていた。
また、有るときは長期滞在していた中規模な農村から、領主さまの街をとなりの領主が襲っているので、助けて欲しいと依頼を受け、村に滞在していた冒険者一同で遊撃隊を組織し、領主の街を救援に行った。
この時、ルネッサは非常に優秀な指揮力を発揮し、寄せ集めの冒険者達の軍団が、誰一人命を落とすこと無く、問答無用で敵の領主の軍を退け、領主の街で3日3晩の歓待を受けた。宴も4日目に突入しようと言う時に、冒険者達の宴会場にルネッサが慌てて飛び込んで・・・
周りを見渡すと、崩れ落ちるように膝をつき慟哭した。冒険者達は、酒に盛られた毒に当てられ全員泡を吹いて事切れていた。ワシは酒が飲めないため、ルネッサに頼まれて依頼元の農村に向かっていたために難を免れたのだが、そんなワシの前には炎を上げて燃え落ちる善良な農村の姿が写っていた。領主の軍よりも有能な冒険者の軍を用意できる農村が、危険だと判断されたためだった。
度重なる人間による裏切り。繰り返される殺戮、強奪。
考えられる悪意が全てママゴトに見えるくらい、現実世界の悪意はワシ等を翻弄した。
それでもルネッサは救えるものは救いたいと、献身的に目の前の命を助けていった。だが、それをあざ笑うように、助けた命がこぼれ落ちていく。
それでも必死に助けた命が、今度は牙を向き襲いかかる。
そんなことが何度も続き、ルネッサは出会った頃の快活さが影を潜め、考え事ばかりするように成った。
おかしい、間違っている、そんなことをブツブツとつぶやきながら、酒に溺れる日も増えてきた。
そんな折、魔王が生まれたと話に聞いた。
人間なんかでは到底太刀打ち出来ない、魔獣や魔物を従えて、人間世界に侵攻を開始したと。
魔王軍が通った後は、魔界ともいうべき濃厚な魔素が立ち込め、新たな魔物が生まれてくる。
魔王軍に蹂躙された村の村人は、慰みものか食料の2択を迫られた。
だが、そんな状況でも、今度は魔王軍と手を結び、となりの領地を奪うような領主も現れ、そういった領主もやはり魔物たちに裏切られ、滅びることと成った。
何度魔物に裏切られても、お手軽に使える兵力がそこにあるということで、人間たちはあの手この手で魔物たちと手を結ぼうとしていた。
そんなある日、ルネッサがちょっと旅に出ると言い始めた。ワシも付いて行くと主張したが、寂しそうに笑いながら、ダメだという。
オレには特別な力があるから・・・と。力を正しく使わないといけないら・・・と。この世界が間違っていることに気がついたんだ・・・と。
誰よりも人を助けようとしていたルネッサが、魔王を討伐しあまつさえ魔王軍を乗っ取り、大魔王までも配下として人間界に宣戦布告したのは、それからわずか半年後の事だった。
「・・・・」
言葉が出ない。
ガリクソンはとんでもない思い出話を話してくれた。
「その時じゃよ、ルネッサがスキルウィンドウを見せてくれたのは。ルネッサのスキルもお前さんと同じように、隠されておったんじゃ。奴が言うには、前に住んでいた世界の”ぱそこん”という物にある”ふぉるだ”というのに似ているんだそうじゃ」
確かに、オレのスキル一覧はフォルダ的だと言える。それに、隠しスキルのパンチについても、選択して反転するなんてのは、完全にパソコン的だ。
「初めてお前さんを見た時に、ワシはルネッサの生まれ変わりだと思っておった。ハンスもそう思ったようで、自分が育てるとお前さんを連れて行った。マーリンは・・・辛い目に合わせたが、今ではワシ等とまた一緒に戦う準備をしておる」
真剣な色を瞳に宿して、ガリクソンはオレの目を見つめてくる。
「おまえさんは、ルネッサなんじゃろ?」
さて、問題です。
ここで、私はルネッサさんに間違えられて、転生の神に捕まっていたアラフォー親父ですと告白したら、私及びガリクソンがどうなるか、簡潔に答えなさい・・・
頭の中がカオスです。




