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第一章『会遇、それは終焉への船出①』

以前投稿した『ヴァルハラの王』と同一の世界の、別のお話です。

どうぞお付き合い下さい。

 この世の何処かに、天に続く階キザハシがあった。

 この世の何処かに、何人ナンピトにも抜けない剣ツルギがあった。

 この世の何処かに、虹で出来た釣り橋があった。

 この世の何処かに、物言う兵器があった。

 この世の何処かに、空飛ぶ大帝国があった。

 この世の何処かに、永遠に続く回廊があった。

 この世の何処かに、あらゆる願いを叶える王の城があった。


 世界はあまりにも広大だ。一生のうちに全て踏破できる者はいない。もし、それが出来たとして、総てを知った者は、何を手にし、何を失うのだろう。

 歩みを止めない。人々は生き()していく……遥かなる悠久を。


 そこは死者が通る、冥界へと通じる道。彼の地の王は、冥界を守る為、一匹の魔獣を門番として遣わせた。

 彼の名はケルベロス、屈強な体躯、ドラゴンの尾、蛇の髭、一番の特徴は頭部が三つあることだろう。その、この世のものとは思えない様は、まさに地獄の魔獣と、言った所だ。

 彼はここから出たことは無かった。死者だけを招き入れ、生者はその場で殺し、冥界へと招き入れたりもした。それだけが彼の使命。もう何万年になるか、数えるのも飽きた。

 様々な生者が、この地に訪れた。

 先立たれた妻に会いに来た男。

 冥界にある財宝を強奪しにきた女盗賊。

 自分達の腕を試す為、戦いを挑んできた勇者達。

 冥界を我が物にしようと目論む、愚かな王。

 歯向かう者、全てを殺した。腹を引き裂き、頭蓋を穿ち、逃げようものなら八つ裂きにした。女であろうと、子供であろうと、容赦はしない。誰一人、生きた人間を通した事はなかった。それが、彼のたった一つの、誇るべき使命だからだ。

 何故ここに生者が訪れるのか、彼には分からなかった。人間とは愚かな生き物なんだと、思えた。彼はここから出た事はなかった。

 しかし、何千年、何万年と時が経つにつれ、訪れる生者は少なくなっていった。たまに現れる者も、その恐怖を具現化した姿を見た瞬間、卒倒した。一吠えしただけで殺す事が出来た。

 張り合いのある生者はいなくなっていた。唯一の使命も、ただの作業になり下がっていた。寿命と言う概念が無い彼は、終わる事のない作業をこの仄暗い地の底で、永遠こなしていくしかなかった。

 彼にはこれ以外の事は出来ない。否、これ以外の事を知らなかった。世界は広大で、壮大で、盛大だと言う事を知らなかった。彼の世界とは、この冥界と現世を繋ぐ扉の前だけであった。

 そんな彼の元に、一万六千年ぶりに訪問者が訪れようとしていた。


 その一団は十数名の男女の放浪旅団(コミュニティ)。全員揃いの白いローブを身に纏っている。松明を掲げた屈強な男性が先導する。その後ろに、剣や槍を携えた男達に守られた少女が続いていく。

 彼女の名前はハープ。目深に被ったフードから見え隠れするその髪は、青。表情は読み取れず、未成年のような雰囲気だ。

「皆さん、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ?」

 今にも怪物が出てくるかも知れない。と、言う緊張感を持っている男達は警戒を怠らない。

「何を言っているんですか。ハープさんに万が一の事があったら大変です」

 心配してもらえる事はありがたいし、彼らの強靭さは知っているので自分の身に危険が及ばない事は分かっているのだが、この冥界への道で人を襲うような怪物は現れない事を彼女は知っていた。なので、今の状況はただ歩き辛いだけで、正直ありがた迷惑であった。

 白いローブの裾を泥で汚しながら洞窟を進む、進む、進む!

 一日は経っただろうか? 洞窟の中を進んでいる一団は、精神をすり減らし、すっかり意気消沈していた。閉所のストレスは想像以上にキツく、強靭さが取り柄の男達でも、堪えているようだ。

 そんな中、ハープだけは凛と涼しい顔をしていた。

「ハープさんは、何でそんな平気な顔をしていられるんですか?」

 岩から染み出る水を、水筒に入れているゲッソリ顔の男が問いかける。その水筒にはなかなか水は入ってこない。

「この程度の試練で音を上げていては、召喚師は務まりません。何より、私はこの先で待っているケルベロスと、契約をしなければならないのですから」

 スッと、ゲッソリ顔の男にリュックから取り出したゼリーを差し出す。

「これでも食べて、元気を出してください」

 男は涙目になりゼリーを受け取って、嬉しそうに流し込んだ。水分が足りなかった彼にとっては、最高のご馳走だった。

「なんて……美味しいんだ」

 それ以上の言葉は出せなかった。どんな言葉で飾りつけたところで、このゼリーの美味さを伝えることなんて出来はしない。

「そうか、お前は新入りだったな。ハープさんの菓子を食べるのは初めてか?」

 ハープの後ろから現れたのは、松明を持っていた男。彼女のお目付け役で、ティタと呼ぶ。彼はハープとは長い付き合いであった。

「これ、ハープさんが作ったんですか?」

「…………」

「もう! 何ですか? 早く教えてくださいよ」

 彼はもったいぶって、意地悪く笑う。

「その通り! この人は料理を作るのが好きなんだ。そして、一度作らせたら止まることはなく、その味は天上天下、右に出る者無しの腕前なのさ!」

 ガッハッハと、笑うティタをキョトンとして見つめていた。

「特に菓子は最強でな、召喚よりも得意だって話だぜ!」

「もう、止めて下さい」

 まんざらでもない顔で照れるハープ。リュックを漁ると、クッキー、ビスケット、マドレーヌ等が出てきた。

 その光景はこれから冥界の番犬と対峙しに行くとは、感じさせなかった。

「他にもこんなにあるから好きなのを食べてください」

 流石にこれを食べると、折角補給できた水分が全部持っていかれる危険を察知し、丁重に断りを入れた。ガクッと、肩を落とすハープの姿が、男の胸を締め付けた。

 ピクニックよろしくな一団は、小休止も終え先を急いだ。目的地はすぐそこだ!


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