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短編作品

擬態

作者: あさままさA

 校舎の裏、地に身を横たえて傷だらけの顔を庇って蹲る同級生を、私は見下していた。

 心理的にではない、物理的に――だ。

 数分前までここには暴力があって。そんな意思の群れがもたらした攻撃を構成する因子の一つが、私だった。加担して足蹴にして、殴打して、罵って、必死に耐えて悲痛な声の一つも漏らさない同級生を痛めつけていた。

 けれど――彼らの気が済めば、いとも簡単に暴力はこの場から去っていった。

 この同級生は弱みを握られて、助けを求められないらしい。

それもそうだろう。お茶の間を賑わす「いじめ」の問題は確実に、世間へと事の重大さを伝えるだけでなく「殺害にだって発展する」という可能性を示唆して現状の告白を躊躇わせる。普通の仮面を被って生きている暴力達が、その化けの皮を剥がされればきっとそれだけでは済まなくなる。

 今のままで済むならば、このままで済ませたい。

 だから――君は耐えているのかい?

 私はそう問いかけたくても、出来なかった。

 自分の中での罪悪感が唇を震わせ、鼓動を高鳴らせ、目の前の同級生の凄惨な光景に対して声を掛ける事も――逆に、現実逃避的にこの場から逃げ出す事も許さなかった。

 戒め、なのか――?

 加担した暴力は皆、私と違う顔をしていた。

 楽しみ、喜び、悦に浸っている様を見て思った事は許せないなんて正義感ではなく、自分が同じようにならない恐怖心だった。他人を制圧する事に関する喜びもまともに得られないようじゃ普通ではない。

 でも、そんな普通じゃないと、私が私でいられなくなる。

 そう、普通ではないと――そう思うと怖くなって、私は暴力が顕現している最中はずっと周囲の者同様、表情を真似て笑っていた。

 無理に、笑えない状況を笑っていた。

 それが――私と同級生の二人っきりになると急に途絶えた。

 去っていった奴らの背中を見つめ、同じように去っていけないのは何故だろう。傷付き、苦しむ同級生に対して何かの言葉を掛けたいからなのか。……でも、私の口から罵倒以外の言葉が漏れる事は普通ではないと認める事。

 ――そもそも普通、って何なのだろう?

 誰かと過ごす中で、埋没せぬように必死に繕う姿が普通。誰かと過ごす中で、同じ表情で喜怒哀楽を示すのが普通。誰かと過ごす中で、黒を満場一致で白と言えるのが普通。誰かと過ごす中で、自ずと決まった普通の意向に自分の意思を曲げて従うのが普通。

 なら、人並みに人並みを外れていないといけないのか?

 なら、人外的に人並みを外れている私はどうすればいいのか?

 皆と同じように誰かを傷付けて笑えない。でも、底辺がなくては頂点もないのだから、地に足付けて立っているためには、どの学年にも、どのグループにも、どの組織にも一人や二人の犠牲は仕方がないのかも知れない。平和のために捧げる命というのであれば、生贄なんて文化が正当化されていたくらいだ。

 きっと、普通なのだ。

 そう思いこんで、信じ込んでも目の前の同級生から目を逸らせない私は一体、何者なのだろう?

 皆と同じように出来ない私は、無自覚に人間に擬態している宇宙人なのか。だとすれば、世の中の才人が人間とは一線を画す価値観と閃きを持っているのも分かる。

 だから、彼らは迫害される――目の前の同級生のように。

 そうだ……誰かと違うというだけで、それはステータスだ。価値、なのだ。人間が、自分達を「人間」以上に細かく細分化出来ない現代では気付かれていないが、きっとそうなのだ。猫の顔を見分けられないみたいに、そして背景に溶け込んだカメレオンみたいに。

 誰にも気付かれず、無自覚な異質が普遍を遠ざける。

 擬態だ。

 目の前の同級生も、私も――。


 そんな思考で差し出した私の手を、同級生は侮蔑の視線と共に跳ね除けた。


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