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妖精の湖  作者: 葵生りん
2章
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懊悩1


 ごつごつした男の人の腕が枕代わりに頭の下にあって、その腕は私の背中から腰へと蔓のように絡んでいる。

 この腕枕の感触――彼は細身だけれどやっぱり男の人なんだと嫌でも意識してしまうし、最初は気恥ずかしいような、そわそわと落ち着かないような、むずむずするような感覚がして、全然寝付けなかったものなのに、今ではすっかり体になじんでいるのが不思議だった。




 嫁いできた夜のことだ。


「……あの、アベルをベッドに上げる許可をいただくことは――」


 散々泣き縋ってしまってから気を取り直して着衣を整え、改めて就寝するにあたって恐る恐る尋ねようとしたら、案の定言い終わる前に眉を顰められた。


「すみません。今までずっとアベルと一緒に寝ていて、アベルがいないと眠れなくて……」

「犬を寝室に入れる許可はできない。まして寝台にあげるなんて論外だ」

「……はい。………ひゃっ!?」


 当然覚悟はしていたが、あまりにきっぱりと拒否されて肩を落としてしまうと、唐突に抱き寄せられ、驚いて悲鳴を上げた。

けれど、アレス様はぽんぽんと慰めるように優しく私の背中を叩いて、ぽつりと言ったのだ。

「勝手は違うかもしれないが、腕枕ならしてやる」と。

 無愛想だとか偏屈だとか変わり者だとかよくない噂ばかり聞くけれど、やっぱり不器用なだけで優しい人だとくすぐったくなって――そしてそのまま済し崩し的に毎晩腕枕で眠るのが習慣になってしまった。




(6つも歳が離れているから初めて会った時は大人と子供ほどの年の差を感じたけれど、今はそれほどでもないように思えるから、なんだか不思議……)


 彼の寝顔をこっそりと見つめ、そんなことをぼんやり思った。

 およそつんとした澄まし顔か仏頂面しかしないアレス様の無防備な寝顔を見つめられる幸福を噛みしめていると面映ゆくなってきて、今度は胸にぴたりと額を付けて寄り添う。


 衣類を隔てていても穏やかな鼓動を感じ、それに心を預けようとした時――ふっと高熱が出る前に感じる寒気にも似た感覚に襲われた。



 無愛想で非社交的。

 人付き合いも本当に必要最低限の会話しかせず、決して人を寄せ付けない空気を発しているのが常。

 その麗しい見目と、見目に反比例した愛想の悪さは以前から貴婦人達の間で手の届かない高嶺の花と囁かれているのだが、しかしレテ湖の妖精に心を奪われて以来いまだにどれほどの美姫にも美男にも関心を示さない変わり者――という嘲笑がもっぱら彼の評判だ。

 他人に全く無関心でどう思われようとも気にする様子もないのだが、嘲笑はさすがに不快らしく、彼はなおいっそうあらゆる噂話を嫌って殻に籠もり、まわりも腫れ物に触るようにありとあらゆる噂話を彼の耳に入れないようにしていた。

 だからこそ、呪いの噂を最後まで知らずにいられるならそのほうが好都合と思って嫁いできたのだ。

 けれども今、その想像以上に筋金入りの噂嫌いに頭を悩ませることになってしまった。


(……いいえ、アレス様は悪くない)


 話をややこしくしてしまったのは私だと自分を叱咤する。


 あの嫁いできた日の夜に、隠し通そうという計画を自ら瓦解させたのだ。


 そもそも、完全に予想外だった。

 他人に無関心で無愛想で、どんな美人にも見向きもしないと言われているアレス様が唐突に嫁いできた私にまさか愛し合いたいなんていう甘い言葉を囁くだなんて、誰も予想できなかっただろう。

 それがあまりに衝撃的で、嬉しくて、舞い上がってしまって――許されないことだと思いながら、つい、頷いてしまった。

 そして、半年も経ってしまった。

 毎晩のようにこうして寄り添って腕枕で眠りにつくのに、あの初夜以上のことは一度もないままに、半年も。

 やはりあの夜に最後まで添い遂げなければならなかったのだと思う。

 覚悟が足りなかったと今でも悔やむ。

 私が怯えてしまったために、彼はこの半年もの間にせいぜいが額や頬に軽く触れるような口づけしかしない。

 あの時、いっそのこと愛していますと叫んでしまえばよかったのだ。

 5年も前からお慕い申し上げておりましたと。


 そう言ったら、続けてくれただろうか?

 それとも、私は愛してないとか言われてやっぱり素気なく拒否されただろうか?


 ……多分、後者だ。

 彼は妖精に心を奪われたという噂だ。

 本物の妖精なのか、想いの叶わない人をそう表現しているのか定かではないけれど、それでも誰か想い続けている人がいるのだから。


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