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妖精の湖  作者: 葵生りん
4章
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白紙に描く未来5

「妖精が出てくる前、なにかいいかけていただろう」

「………え?」


 不意にアレス様が意地悪っぽい笑みで投げてきた質問に動転してしまった。


「私の呪いが解けたらとかなんとか」

「あ。えと、あの、そんなこと言いました?」


 ぎくりとして目を反らした。

 言おうとした内容ならはっきり覚えているけれど、それは今既に叶ったも同然だったし、改めて口にするには恥ずかしかった。

 だが、アレス様は再度呆れ顔で溜息をついた。


「いいかげんに、その下手な嘘をやめるか、せめてもう少しうまくなるかどちらかにしてくれないと対応に困る」

「………うぅ………」


 見透かされて居心地が悪く、よけいに言いにくい空気に俯いた。と、頭上から溜息が落ちてきた。

 そして、唐突にレターセットの箱を取り上げられた。


「………あっ……!」


 手を伸ばすけれどもアレス様はそれを私の手の届かない背中側に置き、私の顎を掬って見上げさせた。

 息がかかりそうな距離で、まっすぐに目が合った。

 逸らすことを許さない真摯な視線に絡め取られて、動けない。

 一拍の、緊張。

 そして。


「ディーネ、愛してる」

「…………っ」


 不意打ちをくらって心臓が飛び出しそうになった。


「……あ、アレス様……あの……わたっ」


 わたわたしながら「私も」と応えかけたところで、ふっと顎を掴んでいる手が離れて彼の視線は窓の外に向いた。


「ふむ、やっぱり呪われていたんだな」

「………え………?」


 口元を覆い安心したように呟く彼を、しばらく唖然として見つめることしかできなか

った。


「えっと、あの、今のって……もしかして……試しただけですか……?」


 肩すかしをくらって、一人で舞い上がっていた自分が恥ずかしいやら情けないやらで、非難めいた声が出てしまう。


「呪いが解けたら、言ってほしかったんだろう?」

「……そう、ですけど……っ」


 さらりと皮肉めいた笑顔でかわされた。

 ばれていると思うとさらに恥ずかしくて耳まで熱くなるが、恨み言はこぼれた。


「そうですけど、なんで誤魔化すんですか……?」


 どうせならそのまま抱きしめてくれるとか、してくれてもよいのでは?


「ベッドの上でもなければ面と向かって言えるか」


 アレス様は不機嫌に眉を寄せている。でも耳は赤くて拗ねた子供みたいだった。


「……今、ベッドの上ですよ……」


 もう十分と思っていたけれど、ストレートに言われるとやっぱり格段に嬉しい。なのに、ぬかよろこびとはあんまりではないではないだろうか。

 もう一度誤魔化さずにちゃんと言ってほしくて、つい上目遣いで揚げ足をとってみる。が、次の瞬間、彼の目の色が変わっていることに気づき、言わなければよかったと後悔した。


「病み上がりだからと自重するつもりだったが、奥ゆかしい妻が恥を忍んで誘ってくれるなら無碍に断るわけにもいかないな?」


 顎に滑る彼の指の感触と、まつげが触れそうなほど近くに寄せられた端正な顔に浮かぶ笑顔に背筋がぞくりとする。


「さ……誘ってないです………」

「今のが誘い文句以外のなんだと言うんだ」


 身を引くと、そのままベッドに押し倒されて逆に逃げ場を失ってしまった。


「言葉のあやで――ひゃぅっ」


 耳たぶに歯を立てられて悲鳴を上げる。

 助けを求めて泳いだ腕にアベルの毛皮が触れ、ほっと胸をなで下ろした。が――アベルはひらりとベッドから飛び降りた。


「……え。アベル……?」


 見捨てられたような寂しさにその背中を見つめる。


「ふむ、アベルが許してくれるなら心配要らないか」


 背中を向けて部屋の隅に伏せたアベルの後ろ姿を横目にみたアレス様が笑う。笑いながら唇を重ね、首筋に滑っていく。


「え、えぇ? あの、ちょっと、待っ……」

「………怖いか?」


 耳元に囁く声が、笑って誤魔化そうとしていても張りつめていた。

 本当に怖いのは、多分、彼自身なのだ。おそらくは、万一呪いが残っていたら私が死ぬかもしれないという恐怖がまだ抜けきらなくて。


「呪いなら、怖くないですよ。妖精は私を一思いに殺さずに、あなたが私を嫌いになって絶望するのを楽しみにしていると言っていましたから。それなら、歳を重ねて私たちが大喧嘩したり心変わりするのを待っているはずです」


 慰めに背中に腕を回すと、耳元を笑い声がくすぐった。


「あんな呪詛を逆手に取るとは、ディーネは強いな」

「先祖代々呪われてきましたので」


 安堵の滲む低い笑い声が心地よくて、くすぐったくて、一緒になって笑った。


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