嫉妬渦巻く湖の畔10
――私、ひとりぼっちで淋しいの。
なぜだか今、その言葉が脳裏に閃いた。
――この呪いは、ギルベインの裏切りに対する報復。
……あぁ、そうか。
と、唐突に腑に落ちた。
妖精はこの呪いがどれだけの痛みを与えるかを知っている。
裏切られること、報われないこと、想いを引き裂かれること――それがどれほど辛いかを、誰よりも強く知っているからこそ、この呪いをかけているのだ。
愛する者を自らの手で殺し、それでも晴れない憎しみ。想いが報われなかった苦しみと恨み――自分が味わったそれらを、恋敵の娘達に味あわせようとしているのか。
「――私を、連れていけ」
そんな言葉が、無意識に口から溢れ出ていた。
妖精とディーネの表情がぴたりと止まり、一瞬、双子のように同じ驚きの表情が並んだ。
自分でも、そんな言葉を口走った意図がわからなくて、視線が泳いだ。
ゆるゆると視界に入ってきたのは、草むらに転がった剣。
それはまるで古代の遺物のように、とても場違いなものに思えた。
――あぁ。
その捻曲がった深い愛憎は、暴力でなんとかなるものではないのだ。
きっとどんな剣豪でも英雄でもどんな宝剣でも。
力でねじ伏せられた憎しみは増すばかりで、消えはしないのだから。
「……淋しいんだろう? そうやって人を苦しめて紛らわせなければならないほど淋しいのなら、私を連れて行って繋いでおけばいい」
“淋しい”。
胸を震わせたあの言葉。
あの憐れみを誘うあの悲しげな響きだけはきっと、幻惑ではなくて心からこぼれたものだ。
「へぇ……?」
同じ驚愕の表情が、妖精は薄笑みに、ディーネは懇願するような泣き顔に変わっていく。「やめて」と声にならない言葉が何度も何度も形作られる。
「私が呪われたのは自業自得だ。湖の底だろうが地獄だろうが、どこにでも連れていって嬲り殺しにしようが愛でようが、いくらでもお前の望むとおりにすればいい。なにをされようと決して逃げない、裏切らないと誓ってもいい。けれどディーネは――」
ディーネの名前が出た途端に、妖精の表情から笑みがすうっと消えた。
あたりの気温が一気に真冬になったかのような寒気がして、一瞬、喉が凍りついた。
けれども、ぽろぽろと涙をこぼしながら必死に首を振り続け、空気を震わせない声で「嫌」「だめです」「やめてください」と言い続けているディーネを見つめると、身震いが押さえられる気がした。
奥歯を食いしばり、ずきずきと痛む喉を絞った。
「……ディーネは、なにも、していない。なにもしてないのに、これまでずっと苦しみ続けてきたんだ。もう、解放してやってくれ……」
ディーネは、ずっと泣いてばかりだった。
私はディーネを泣かせてばかりいた。
アベルとじゃれている時の笑顔が浮かぶと、胸に熱いものがこみ上げた。
思わず倒れているアベルをみやるとわずかに胸が上下していて、生きていることを証明している。
複雑な気分で唇を噛み、泣きながら「やめてください」と懇願し続けているディーネを見た。
私は最後までディーネを泣かせることしか、できなかったけれど。
せめてこれから幸せに生きてくれるなら――わずかでも、今まで傷つけ続けた償いができるのなら――永遠に地獄の業火に灼かれようとも、冷たい水底の牢獄に囚われようとも、かまわない。




