光明3
ようやく絞り出した答えに、ディーネはさらに大きく目を見開き、くるりと目を丸めただけだった。
「6年前、私が会ったレテ湖の妖精――あれが、グラ家を呪っている魔女だ」
もう一度ゆっくりと繰り返すとディーネはその意味を一緒に飲み込もうとするように息をのんだ。
「妖精が………魔女……?」
何度も何度も頭の中で反芻しているのが見ていてわかるが、ディーネは理解が追いつかないのか首を傾げた。
「私があれを妖精だと思ったのは、昔から妖精が棲んでいると言い伝えられていたからだ。言い伝えが“湖に魔女が棲んでいる”と謳っていれば、多分魔女だと思い込んだ」
憶測を口にすると、その言葉はなおさら現実味を帯びて確信が深くなっていく。
妖精がディーネに似ていたのは、魔女がディーネの母・マルティナの肉体を器にしているから。
妖精が見る人によって姿が変わるのは、魔女が体を乗り換えているから。
それで、すべてが符合する。
なぜいままで気づかなかったのかと思うほどの確信が生まれると同時に、弾かれるようにディーネの手を握った。
「――行こう、ディーネ。レテ湖に」
勢いに任せて手を引いたが、ディーネは氷になってしまったように動かなかった。
「その呪いを解きたくはないのか!?」
思わず強く問いつめるが、ディーネは青い顔でお腹を守るように両手で抱え、ゆるゆると首を振った。
「………嫌、です………」
虫の羽音のようなかすかな掠れ声で呟かれた「嫌」の意味をはかりかねていると、ディーネはゆっくりとひきつった顔を上げた。
「……行って、どうなるんです?」
目が、あった。
人形のような虚ろな瞳の奥に、色濃い恐怖が滲んでいた。
「どうやって、呪いを解くんです?」
今度は私が息をのむ番だった。
「あの湖に行けば、この呪いが解けるんですか?」
「湖に行って妖精に願えば、この呪いを解いてくれるんですか?」
「それとも、傭兵でも連れて行きますか?」
「魔女が出てきてくれなかったら、どうしたらいいんですか?」
次から次へと畳みかけられる質問に、ひとつもまともな答えが浮かばなかった。
居場所がわかったからと言って、勢いで乗り込んでどうにかなるものではないのだという現実に歯噛みするしかなかった。
なにひとつとして答えられずにいると、ぎゅうっとお腹を抱えたディーネは静かに目を伏せた。
「……嫌、です……。……私…以上の苦痛をこの子に与えるくらいなら、私はこのままでも構いません」
その声は震えていて、瞳は地獄でも覗いているかのような恐怖に染まっていた。
「……だって、ずっと、そのつもりだったんです……」
怖いのだ。
今までずっと縛られていた運命に背くことと、その代償が。
でも。
――魔女は娘の身体を乗り換えて永遠の若さと命を。
「ディーネ」
その言葉が脳裏に蘇ると、背筋を冷やす怖気から逃げるようにディーネを抱きしめずにはいられなかった。
「ディーネ、私は私のせいであなたが死んだという罪悪感を抱えて生きていくなんて嫌だ」
首筋に押しつけるように強く抱え込んだ頭が、ぴくりと揺れた。
「これ以上、あなたが苦しんでいる姿を見ているのも。子供を同じように苦しめるのも。この身体を、あの妖精に明け渡すのも、絶対に許せない……!」
このディーネの身体があの妖精だか魔女だかわからないあれのものになり、こんなことを続けるのかと思うと、耐えきれない寒気がした。
「だから――私は行く」
弾かれたように、ディーネは私を振り仰いだ。
「あなたはここで待っていても構わない」
まっすぐに向けられた目をそらすことなく、ゆっくりと告げると私の服をぎゅうっと掴んで首を振った。
「………ダ…メ…………ダメです……っ!!」
駄々をこねる子供のようなディーネを、押さえつけるように強く抱きしめた。
「ダメです! あなたにこれ以上の迷惑は――!!」
「守る」
それは、ディーネの言葉を遮るために咄嗟に口を突いて出た言葉だった。
なんの根拠も自信もない言葉。
でも。
「この命に代えても、必ずあなたを守る」
このまま魔女だか妖精だかの呪いのとおりにディーネを死なせてしまうくらいなら、死んだほうが何万倍もマシだった。
もしこのしがない命をかけてディーネを守ることができるなら、悪魔に差し出しても構わなかった。
ディーネは、駄々っ子の動きをぴたりと止めて、ひんやりとした沈黙が揺らめいた。
「――魔女にこの呪いをとかせて、ちゃんと来年の誕生日に親子3人の絵を描かせよう」
沈黙の中にそんな呻き声がぽつりと落ちて、そして緞帳のような重い沈黙が再び降りた。
長い、沈黙が流れた。
いやそんな気がしただけで、ほんの一瞬だったのかもしれないけれど。
ディーネは、震えを押さえようとするかのように、ぎゅうっと私の服を掴む両手が白くなるほど強く握った。
「………………ます」
その声は、か細く震えていた。
きゅうん?と心配そうにディーネの顔色を伺うアベルが、ちょんとその白い手をつつく。
「……………………私も、行きます」
やはり震えたか細い声で、口元だけなんとか形作った笑みを浮かべ、祈るように私の手を両手で包み込んでいた。
きっちりと姿勢を正したアベルが「わふんっ!」と鳴いて意気揚々とお供します宣言をし、ディーネはようやく柔らかなほほえみを浮かべた。




