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妖精の湖  作者: 葵生りん
1章
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新婚初夜3


「……アレス様……」


 姫は上気した頬と潤んだ目を戸惑いがちに伏せ、そっと胸の中に身体を預ける。

 腕を緩め、さらさらとこぼれ落ちた銀色の髪を花嫁のヴェールのようにそっと持ち上げる。

 姫は挙式を再現するかのように見上げ、躊躇いがちに目を伏せた。

 瑞々しい唇に引き寄せられるように唇を重ねた。

 だが、挙式で披露したような触れあうだけのものではなく、もっと濃密に。


 そんな口づけをされるとは思っていなかったらしく、姫は慌てて身をよじって逃げようとした。だが逃がさないよう姫のうなじに手を回して唇をついばみ、さらに濃厚なキスを続ける。途端、姫がびくりと身震いしたかと思うと膝からかくんと崩れ落ちそうになって慌てて腰に腕を回して抱き留めた。


「大丈夫か?」


「あ……はい……」


 荒い息を整えようとしている彼女は縋るように私の服を掴んでいる。

 俯いていて顔色は伺えない。

 でも銀糸のような髪の隙間から覗く耳は熟れたザクロのようだ。髪をかき上げてその果実を軽く噛む。


「……っ」


 姫が息を飲み、それに応じて首筋が艶めかしく蠢いた。

 とても熱い耳と、その首筋と、どちらから攻めようかと迷った時――無粋な口笛が窓の外から聞こえた。


 ちらりと視線を投げると、酔った客人のひとりが庭からこちらを見上げている。腕の中から姫もそれを見つけ、恥ずかしそうに小さく縮こまってしまう。

 薄笑いでそれを一瞥すると、見せつけるようにもう一度キスをしながら姫を抱いていない方の腕で窓を閉めカーテンを引いた。




 月明かりで明るかった室内が一気に暗くなり、喧噪が遠のいた。

 姫君は足に力が入らないようで、私の胸に縋るように抱きついたままだ。相変わらず小鳥のような姫の鼓動が伝わり、口元が綻ぶ。


 背中と膝に腕を差し入れて抱えあげ、数歩先のベッドへと運び下ろす。

 枕元においてある花の形を模したランプに火を灯すと、オレンジ色の柔らかい光が満ちた。


 姫はゆっくりと身を起こし、心細そうに幻想的なオレンジ色の光に揺れる部屋の様子を伺っていたが、目が合うと緊張しつつも笑みを返してくる。


「よいお部屋ですね」

「気に入っていただけたならなによりだ」


 多分グラでは夫婦の寝室とそれぞれに私室のひとつくらいは与えられるのだろうが、うちのような田舎貴族の屋敷にそこまでの余裕はない。もともと私のものである二部屋――私室と続きのこの寝室――をふたりで共有することになる。


「部屋には主の人柄があらわれると言いますから」

「今日からあなたの部屋でもある。あなたが落ち着くように好きに整えてもらってかまわない」


 ふんわりと柔らかく笑う姫の言葉はくすぐったくてかえって居心地が悪く目をそらす。

 するとちょうど、部屋の隅に置かれたひとつの箱に目が留まった。


 嫁入りといえば普通、一部屋埋まりそうなほどのドレスや装飾品、調度品、使用人まで抱えてくるものだ。まして公爵家ならどれほどかと心配していたのだが、この姫の荷物は驚くほど少なかった。

 十数着の衣装といくつかのアクセサリーの他は、姫が抱える程度の大きさのあの箱がひとつと、愛犬アベル。それで全部だった。全部この寝室に置いても部屋の印象はまったく以前と変わらない。


「このままで十分落ち着きます。この感じ、とても好きです」


 ほんの少し頬を赤らめながらもまっすぐな視線と言葉で、心臓が不規則に波打った。


「……姫」


 左手で肩を支え、右手は頬から銀色の髪の中へと差し入れる。

 さらさらとした触り心地のいい髪を手櫛で梳きながら背中に流す。

 首の後ろを支え、上から覆い被さるように軽くキスを落とし、意志を推し量るように見つめる。

 その表情に恥じらいはあっても拒絶の色はない。

 見つめあったままゆっくりと体重をかけ、押し倒していく。


 途中で姫が恥じらいがちに身をよじった。その拍子にネグリジェの裾が乱れてほっそりとした足が露わになる。

 その膝に手を伸ばそうとした時、かすかながら窓の外から酔っぱらいの野次と笑い声が再度届いてきて、見る間に姫の表情に戸惑いと躊躇が混ざった。


「少し、待っていてください」


 うんざりして溜息をひとつつくと、姫を一度手放してベッドを降り、二重の天蓋を両方ともすべて下ろしてまわる。

 この天蓋の生地は厚く、こうしておけば別の世界に感じられるほど外と隔絶される。読書に耽りたい時に便利だったのだが、ようやく本来の用途として活用されるわけだ。


 ついでに夜着を脱いでから天蓋をめくり、中に入る。

 と、穢れを知らない清浄な姫君は逆に乱れていたネグリジェの裾を丁寧に足下まで広げていたところだった。


「……あ。……ごめんなさい……」


 こちらの格好を見てそれが無意味な行動だったと悟ったらしく手を止めて俯き、胸の前で両手を組み合わせる。


「あの、私も……脱いでおくべきだったのでしょうか?」


 隣に座り込むと、頬を染めながらも真剣な表情で見上げて問いかけられ――堪えきれずに声を上げて笑ってしまった。


「いや、いい」


 なんとか笑いを堪えて返事をしたものの、彼女は戸惑ったままだった。


「あっさり脱いでもらうより脱がせるほうが好みだ」


 かぁぁっと音がしそうなほどの勢いで顔全体を上気させたかわいらしい姫の両肩に手を添え、覆い被さるように唇を重ねると、今度こそそのまま押し倒す。


 柔らかな枕が沈み込んでいくのを横目に押しつけるように唇を重ね、手探りで胸元のリボンを引いていく。

 姫の手が肩に触れて抵抗を示すようにかすかに押し戻した。


「………怖いか?」


 怯える小動物のような姫をじっと見つめると、彼女は覚悟を決めるように目を閉じ、息を詰めた。


「……いえ、大丈夫です……」


 言葉とは裏腹のガチガチの覚悟と緊張が伝わってきた。


「そんなに怖がらなくても手荒なことはしない」


 あまりにもかわいらしいのでついつい笑いながら、吸い寄せられるようにそのやわらかい果実の間に顔を寄せる。


「………はい………」


 悩ましく眉を寄せて肩を掴む姫の指に力が籠もった。



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