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妖精の湖  作者: 葵生りん
2章
11/63

birthday1


 涙が枯れてくると今度は罪悪感に耐えきれなくなり、彼を起こさないようにそっと絡む腕をのけて起きあがる。

 ひんやりとした空気が肌を撫で、心細くて自分の身を抱く。


 少し悩んだけれども、結局枕元のランプを灯す。

 優しいオレンジ色の光にあたたかく包まれ、ほんのりと寒気が遠のいていくような気がした。

 サイドチェストの上に置いてある小箱が、揺らめくランプの光に照らされているのが目に留まり、しばし息を詰めてそれをぼんやりと見つめる。


 深呼吸をひとつしてからベッドの端まで移動し、手を伸ばしてそれを取る。


 シンプルな小箱を胸に抱いてベッドから足を下ろし、膝に乗せて蓋を開ける。


 まずは中に入っている1通の手紙と手のひらサイズの宝石が散りばめられた豪奢な額縁を取り出して、箱はチェストの上に戻した。

 額縁の中には先日描かれたばかりの私の肖像画が入っている。

 私の身長よりも大きくてなおかつ顔だけではなく全身を描いたものが、今頃お父様の部屋に掛かっている。

 お父様は、それを眺めて何を想っているのだろうか……。


「……ん……、ディーネ……どうかしたのか?」


 ふわりとほほえむ自分の肖像を複雑な気持ちでなぞっていると、ふいに声をかけられた。

 寝ぼけた声だったが、今度は寝言ではなかった。


「ごめんなさい。起こしてしまいました?」

「……うん……。あぁ、いや……別に構わない」


 体をひねって振り返り見ると、アレス様はぼんやりとした意識を目をこすって揺り起こそうとしている。

 普段は澄まし顔なのに、寝起きは弱くて子供みたいと笑みがこぼれる。

 年上の男の人にかわいいと言うのもなんだけれども、例えば脱いだ服をどこにでも脱ぎ捨ててしまう癖があったり、時々子供っぽいところがある。それを拾ってクローゼットにかけたりしているとこの人の妻になったんだと実感できてくすぐったい気持ちになるから、彼のそういう一面も大好きなのだけれど。


「………今、何時だ?」

「11時半くらいですね」


 まだ焦点の合わない目で時計を睨む彼に代わって時計を読む。


「………………そうか」


 呟きながら彼は自分の胸元に手を当て、わずかに首を傾げた。

 さっきの涙が彼の服まで思い切り濡らしていることを思い出してはっとする。


「………………………………」

「あ、あの……」


 ぼんやりと何か考え込んでいる様子の彼に、なんと言い逃れしたものかと考えながら声をかけると視線が向けられた。

 そして、彼は私が持っている手紙と額縁に目を止めた。


「…………ディーネ」

「……はい」


 裁判長に判決を言い渡される罪人みたいな気持ちで姿勢を正して返事をすると、彼は苦い顔をしてぼさぼさの髪をかきあげ、目をそらした。


「誕生日……今日だったんだな」


 この手紙と肖像画はお父様から誕生日のお祝いにと今日の夕方になって届いたものだった。

 夕方からでは準備が間に合わなかったので、そのまま普段と変わらない夕食をとったりお風呂に入ったりして、いつも通りに寝床についた。

 アレス様はこれが届いた瞬間からずっと不機嫌に眉間に皺を刻んでいて、一言も口をきいてくれなかった。今日は腕枕はしてくれないかもと思っていたのだけれど、ベッドに入ってきた彼は無言で腕を回してきた。困惑しつつ顔色を伺っても、やっぱり機嫌は悪そうで、おやすみの一言以外は何も言ってくれないまま、寝てしまったのだった。


「はい、今日18になりました」


 努めて明るく答えたが、彼はむすっと口を結んだまましばらく沈黙した。


「……ちゃんと教えてくれれば、祝う準備をしたのに」


 彼は溜息をついて頭を掻き、吐き捨てるように呟いた。

 2ヶ月も前から何度か誕生日はいつか、何が欲しいか、と聞かれたのに結局今日まで教えなかったから、怒っているのだろう。


「お気持ちだけで十分です。故郷でも毎年お父様からこれが贈られるだけでしたし」


 言葉を重ねるごとに彼の眉間の皺は深くなっていく。


「あなたがよくても、私がよくない」


 妻の誕生日も祝わない夫というのは対面が悪いだろうけれど、お義父様とうさま達にも彼にも体調に響くのでパーティを開いたり盛大に祝うようなことはしないでほしいと何度も言ってきたことなのだ。


「こんな、つまらない意地を張って――」

(つまらない、意地……)


 胸が痛みに彼を見続けることができず、背を向けて床に視線を落とした。


 確かに、意固地になっていた。

 もし彼がなんでもいいから私のことを誰かに聞いてくれたら、グラ家の噂も一緒に耳に入らないだろうかと期待して、喧嘩になっても教えなかった。


――懐妊の報せが届かないが、お前は今幸せか? もし辛いのなら無理をせずにいつでも戻ってきてかまわない。困っていることや助けがいるのならいつでも言うのだよ。お前はお前の望むように生きていいのだから。


 一枚目には祝いの言葉が綴られ、二枚目にはいつもと同じようにそう書いてあるお父様からの手紙を抱く腕に、きゅっと力が入ってしまう。


(………お父様………)


 お父様にも彼にもどう答えていいのかわからず、泣きたい気持ちを必死に堪えていると、背後で長々とした溜息が落ちた。


 それから彼が身じろぎする気配がして、枕元についている引き出しを空ける音、ことんと小さな物音、引き出しを閉める音が続いていく。


「………アレス様?」


 何事かと振り返ろうとしたら、唐突に両肩の上からにゅっと腕が伸びてきて背中から包み込むように抱き竦められる。

 そして私の右手を掴まえて、そこになにかを握らせた。


「先に言っておくが、気に入らなくても文句は受け付けない」


 苦笑混じりの宣告だが、ランプの灯りは彼の後ろだからそれがなにかすぐにはわからなかった。

 つるりとしていてひんやりとした感触はガラス瓶だ。

 手のひらに収まる大きさで、先細りの円柱の上に雪だるまみたいに大小の球体が連なったガラス瓶……しかも、表面をなぞると優美なレリーフが刻まれているのがわかる。

 よく見ようと顔に近づけてみると、ふんわりと時期が終わっている水仙の香りがした。


(――これは、香水?)



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