頑張れあたし
「沙耶」
最初のころのパニックになってしまうほどのときめきではないけど、それでもやっぱり明菜さんに名前を呼ばれると浮ついたふわふわした気持ちになる。
関心を向けられてるだけで嬉しくて自然に笑顔になる。もう笑みを隠す必要はないので、ニコニコと際限なく笑ってしまう。
「なに? 明菜さん」
「お手」
「あ、うん」
手のひらを出されたので右手をのせる。
「おかわり」
もう片方も。明菜さんの両手にそれぞれ握り拳をおいてる形だ。
「ん、いいこいいこ、さすが沙耶」
満足したらしく、手を下げてから片手で半ば払うようにあたしの頭を撫でてくれた。えへへ。
明菜さんはどうも私をペットのように感じているらしい。最初は戸惑ったけど、明菜さんの眼力に負けると喜んでくれたので、今は率先してやってるけど。
ペットってどうなんだろ、と思わなくもないけど、妹よりはマシだ。少なからず動物的可愛さがあると思ってくれてるわけだし。
時間はたっぷりあるんだから、とりあえず可愛がってもらえるなら、徐々に好きになってもらえばいいや。
○
「いや、ダメでしょ」
「うぇ?」
「いやそんな嘔吐音みたいな声だされても」
「だしてないし、食事中になんてこと言うの」
唯一あたしの恋心を知る、親友のみっちゃんに今の戦況を話すと即否定された。
「で、何がダメなの?」
むっとするし反論しそうになるけど、辛辣でありながらも最終的にはいつも正しくなるみっちゃんなので、とりあえず聞く。
「そんな、時間はあるから長期戦、みたいな考えじゃ全然ダメ」
「なんでよ」
「時間をかけるほど、妹と認識されるに決まってるでしょ。ここは完全に家族感覚になる前に特攻するしか道はないよ」
「うーん」
まあ、そういう案も、あたしの頭の中からでないこともなかった。でも却下された。理由は単純で、勇気がでない。
まだ出会って間もないし、何より断られても義理姉妹なのはやめられない。理想としては、明らかに明菜さんが惚れてくれて両想いが確定してから告白か、贅沢をいえば明菜さんから告白されたい。
「ヘタレなあんただから、このままじゃ一生告白する勇気なんかないから。もう明日でも告白したら?」
「明日!? いやいや、いくらなんでも急すぎ…」
「じゃ、いつなら急じゃないわけ?」
「……」
「はい、決まり。ま、明日は冗談にさても、今週中ね」
「そんな、でも、」
「ぐだぐだ言うな。今週終わったらもう、住み始めてから2ヶ月でしょ。それまでね」
「う、うん」
2ヶ月になるまで、ならまあ、まだほぼ二週間あるし、大丈夫、かな? うん、よし、じゃあとりあえず今週中に告白できる段階まで頑張ろう。
○
頑張るぞー、と気合いをいれて早4日経過。今日で休日が終わってしまう。残り10日ない。早っ! 早すぎる。
待て待てちょっと待て。昨日の土曜日の朝、あたしはこの2日は数少ないチャンスだと気合いを入れ直したはずだ。
そして朝ご飯も気合いをいれ……いれすぎて、時間がかかったせいでお出かけ予定のあった明菜さんは食べずに出て行った。
夕方ごろには帰ってきたので、お風呂をわかして晩御飯をつくったけど、あんまりお腹減ってなかったみたいで、美味しいとは言ってくれたけど、あんまり効果はなかった。
夜はいっそ、明菜さんに夜這いをかける勢いで訪ねたけど、片付けてお風呂入った8時過ぎで、疲れてるのか寝てしまった。
ちゃんと布団にはいってなかったから、掛け布団をかけてあげたまではいいけど、寝顔があまりに愛らしくてキスしたくて、葛藤の末やめたんだけど、深夜になっていて今日寝坊した。
最悪だ! 特に最後! 今日も朝ご飯つくってないまま、もう11時なのにまだパジャマだし。
とりあえず着替えるけど、下からテレビ聞こえるし、明菜さんはとっくに起きてるんだろうな。明菜さんは休みも規則正しい。
はあぁ……いや、まだだ。まだ諦めるには早いぞあたし!
言って、まだ今日は始まったばかり! お昼から挽回は可能だ! 頑張ろう!
「沙耶、起きてるー? あ、起きてるね。今日はゆっくりだね」
「あ」
私が遅いのを気にしてくれたのか、明菜さんがドアを開けた。階段をあがってくる音とかは聞こえたけど、隣の明菜さんの自室に行くものと思ってスルーしてた!
ていうか今着替えちゅうなんだけど!!?
「沙耶、そんなに恥ずかしがらなくてもいいよ」
思わず自分を抱いてしゃがんで隠すあたしに明菜さんはそんなことを言う。いやいくら女同士でもそんな、ちょっとくらい気にしてよ!
と思ってる間に何故か明菜さんはあたしに近寄り、しゃがんで目線をあわせ、肩に手を置いた。
「大丈夫、沙耶の年齢ならまだ成長期だから。まだまだこれからだから、恥ずかしがらなくてもいいよ」
「……」
いや、別に貧乳だから恥ずかしがってるんじゃないよ! 確かに小さいけど! 明菜さんに比べたらほぼないけど!
と思ったけど、余計恥ずかしくなるから黙った。
「じゃ、後で」
明菜さんは最後にぽんぽんと私の頭を叩いて慰めてから出て行った。ぐすん。
○