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キス  作者: 川木
30/31

眠れない

「沙耶っ」

「わっ」


 肩をゆさぶられ、閉じかけていた目を開く。隣の席で部活仲間の沙世莉ちゃんが心配そうにのぞきこんできている。


「大丈夫? 何だか今日、ずっとぼんやりしてるみたいだけど」

「ああ…うん、ごめん」


 一昨日、明菜さんから明日に迫った週末の予定を聞いてから、ほぼ寝ていない。ものすごく眠いはずなのに、ドキドキしてしまう。でもやっぱり眠くて意識が飛び飛びになる。今夜こそちゃんと寝なきゃ。明日の本番に寝過ごすわけにはいかない。


「別に謝らなくてもいいけどさ。寝不足?」

「うん、ちょっとね」

「なんか悩みあるなら相談のろうか?」

「ううん、いいの。大丈夫だから」

「そう、ならいいけど。今日の部活は休みなよ?」


 週に3日、バスケ部の活動がある。自分でもあんまり上手ではないと思うし、友達のすすめではいっただけだ。

 バスケ繋がりで友達が増えたのはいいことだし、今のところはやめる予定もないけど、今日くらいはさぼってもいいかな、と思った。


 まあ、思うだけだけど。


「ほんとに大丈夫?」

「大丈夫」


 体調が悪いわけでもなく、特別な覚悟もなくサボるのは気が進まない。根が小心なのだ。


「危ないっ」

「へっ?」


 とは言え、さすがにやめたほうがよかった。顔面で流れ弾をキャッチしたあたしは転びながら後悔した。


「大丈夫!?」

「大丈夫か!!?」


 沙世莉ちゃんと、遠くから部長が馬鹿でかい声で呼びかけてくるのが聞こえる。


「大丈夫、大丈、っ」


 鼻血が出ていた。


「大丈夫じゃないだろ! なにぼーっとしてんだ馬鹿!」


 部長は隣の沙世莉ちゃんより早く、あたしを抱き起こした。お節介で女のくせに口が悪くて熱血な、部長という言葉のイメージそのままの部長だ。

 悪い人ではなくてどちらかといえばむしろいい人だけど、基本的にあたしはあんまり好きじゃない。


「さっさと保健室行って、今日は帰んな」

「……はい」


 でもまあ、今日のところは素直に言うことを聞いておく。注意力散漫なあたしがいても邪魔なだけだろう。


 沙世莉ちゃん付き添いで保健室に行ったあたしは、結局部活が終わるまで保健室で寝てしまった。









 あからさまに沙耶の様子がおかしい。ぼんやりしたり顔をあかくしたり、うつらうつらしている。顔色もあまりよくない。

 原因は十中八九私だろう。まさかここまで過剰反応されるとは。嫌がっているわけではないだろうが、やっぱり延期した方がいいのではないか。やや心配になってきた。


「な、なにかな、明菜さん?」


 じっと見ていると沙耶が動揺丸わかりの様子で裏がえった声をあげた。これ、親が見てたら確実に問い詰められるレベル。遅くにしか帰らない人らでよかった。


「明日なんだけどさ」

「うううん! な、ななに?」


 うわ、そんなキョドらないでよ。逆に冷静でいられる部分もあるけど、意識されてると思うと私も気恥ずかしくなる。


「いや…えー、と、体調は、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。その、生理も、まだ先なので」

「はぁん、そう、それはよかった」


 生々しいな。そんな恥じらった乙女な顔で言わないでほしいような、むしろ興奮するような。


「なんか、体調悪そうだから、さ」

「え、だ、大丈夫です。あたし、頑張ります!」

「あ、うん。そう、そうね。えー、と、じゃあ、うん。明日、いつがいい? 晩御飯の用意もあるから夕方には終わってなきゃだし、早めに朝昼兼用して、午後からでいい?」


 時間を具体的にすると、なんだか私も緊張してきた。よく考えたら、こんな風に予定してやるものじゃないような……でも初めてだし、ばれたくないし。

 沙耶のことはちょっと心配だけど、本人が大丈夫と言ってる。それに、私だって楽しみだ。待ちかねてるくらいだ。早く明日になって、できれば朝ご飯だっていらないから朝からしたい。でもそんなにがっついてると思われたくないし、さすがにはしたない。


「うん、えっと、直前に、お風呂入ったほうがいい? あ、ていうか、部屋は、明菜さんの部屋でいいの?」

「あー、お風呂はべつに今日はいったらいいんじゃない? 部屋は私のでいいよ。汗とかで汚れても洗ってくれるでしょ」

「うん、うん。あ、明菜さん、その……し、下着の色とか、格好とか、リクエストみたいなの、あります?」

「……」


 なんてことを言うんだ、と言いそうになったけど待てよ。でもやっぱりせっかくだし、一番エロい気分になる格好してもらおうか。

 ううん。悩む。というかどんな下着持ってるの? でも聞くのはさすがに……。


 私は悩みに悩んで、沙耶の好きにするように言った。逆に沙耶にリクエストがあるのか聞くが、なんでもいいと言われた。普段通りで大丈夫だよね?


「ええと、じゃあ、今日は早めに寝ようか」

「う、うん。じゃあ、また明日」


 はぁ、緊張する。今日寝れるかな。あ、ていうか明日の服装、どうしよう。下着くらい新しめのにしなきゃ。










「はぁぁ」


 ついに、この日がきたか。昨日は放課後に寝てしまったから余計に目が冴えてしまって結局寝れなかった。

 鏡で確認すると昨日よりクマがひどくなってる。うー。せめてあたしの中の最高に可愛い顔で迎えたかったのに、いつもより劣化してしまった。

 う、で、でも、でも仕方ないじゃん。寝れるわけないじゃん! だってついに今日だし、今だって全く眠くないし!

 お化粧濃いめにするしかないけど。


「ごまかしきれるかなぁ」


 明菜さんは今、どういう気持ちでいるかな。あたしと同じように緊張してるかな。ドキドキする。まるで体全部が心臓になったみたいだ。

 寝てないから体がつかれてるはずなのに、むしろ体は軽いくらいだ。力がみなぎってくる。


「はぁ」


 とにかく、午前中に掃除とか買い物しておいて、時間に余裕があるようにしておこう。












この次で完結です。

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