出かけるよ
沙耶の様子がおかしい。私がいい加減にしろと怒ってからだ。初日から偉そうな生意気娘だったが、私に乗ったりしだしたのは一週間前くらいだ。
その前から徐々にもたれたりしてきていたので、沙耶なりに距離をはかっていたのかも知れない。私が怒ってから、近づかなくなった。
最低限の挨拶はするが、今までのようなやかましさはなりをひそめ、どころか私がソファーにいるのを見るなり部屋に引っ込むようになった。
話しかければ返事をするし、相変わらず口調は生意気満載だが、どこかおどおどしている。
ちょっと待て、と言いたい。お前あれだけ好き放題増長しておいて、そんなびびるか。ていうかちょっとにらんだだけじゃん? 私そんな悪い?
ちょーっと静かにしてもらいたかっただけなのに、可愛い顔まで見れなくなって、流石に反省する。
今になって思えば、悪態をつく沙耶の表情もかわいかった気がする。うざいけど。うざかわいい系。
「妹」
「な、なによ」
「私、妹のこと殴ったりはしてない。
そんなびびらないで。寂しい」
「さ、え……別に、びびってないし」
とりあえず声をかけてみた。うざい妹だが、家に自分以外がいる状況というのはいい。何となく嬉しい。だからちょっとうざいくらいは我慢できた。
なので、全く接点がなく部屋に引き込まれるのは嫌だ。ていうかそろそろ両親にも何かあったと勘ぐられてるし。一足早く親父殿にはゲンコツもらったし。
「妹は私のこと嫌いでも、私はわりと好きだよ」
「えええっ!? す、すすす好き!?」
「うん。うざいけど、妹できて嬉しいし、うざいけど、いい子だと思ってるよ」
「……」
あれ、ここらで感動の涙とまではいかなくても、私への態度が軟化する予定だったんだけど。なに変な顔してんの。
「あたし、う、うざいかな?」
「ちょっとうるさい。喋らなきゃ別に」
「……あたし、妹になんかなりたくない。でも、嫌われたくない」
あたしはあんたが嫌いだけど、あんたはあたしを好きでいろってこと? うわ、すげーわがまますぎてひく。なんて言うか、本当に子供だなぁ。仕方ない。私が妥協してやるか。お姉ちゃんだしね。
「わかったわかった。妹のこと嫌いじゃないから、今まで通りにして」
しょうがない。妹がうるさいのも我慢しよう。前か今かなら、前のがマシだ。この際だ。スルー力を極めて悟りを開こう。
「い、妹って、呼ばないで」
「まだ言うか……あのなぁ」
「あ、明菜と仲良くしたい。友達からじゃ、ダメ?」
はぁ、めんどくさい。要は、いきなり姉っても距離感つかめないし、徐々に知り合いたいってこと?
……めんどくさいやつだし、嫌いなら嫌いで表面的でいいけど、まあ、私と仲良くなりたいと言うならやぶさかではない。ていうか嬉しい。
同級生なら絶対知り合いたくないタイプだけど、兄弟自体には憧れてたし、顔は可愛いから仲良くなることに異論はない。
「わかった。でも沙耶、私を認めたら、ちゃんと姉と呼んでよ」
「う、うん。わかった。明菜を姉と思ったら、呼ぶ」
「ん。OK」
意外ではあるけど事態は好転した。このまま認めさせてやれば問題ない。やれやれ。子供の相手は大変だ。
○
明菜さんの顔を見るだけで、一瞬の唇の感触を思い出してしまって、恥ずかしくてドキドキして、私の気持ちがばれる気がして、つい逃げてしまう。
こんなんじゃ、ただでさえ嫌われてるのにより嫌われてしまう。そんなのやだよぅ。
何とか近寄りたい。でも恥ずかしくて、怖くて、どうしたらいいのかわからない。
「私はわりと好きだよ」
そんな中、明菜さんは私に話しかけてくれた。どころか、態度最悪なあたしなのに、好きって言ってくれた。なんて、懐が大きいんだろう。
やっぱり明菜さんは優しくて、凄くいい人だ。好きだぁ。はうぅん。改めてあたしめろめろめろ。
しかも妹じゃなくて、友達から始めてくれることになったし。ああ、本当によかった。今こそ、妹キャラから脱却してあたしに恋させる作戦を決行する時だ!
「あ、あの、明菜さん」
「ん? あ?」
友達から、と始めてから最初の日、思い切って声をかけると明菜さんは怪訝な顔をした。
「なに、頭うった?」
「ち、違うもん。だって、友達なら、対等なら、明菜さんが年上なんだから、さん付けが普通だし」
「ふぅん? …ま、敬語じゃないしいいけど。で? どうしたの?」
「その、きょ、今日……のご飯、何がいい?」
「夜?」
「ひ、昼」
「何でもいい」
「そーゆーのは一番困るの」
「…沙耶のご飯美味しいし、何でもいいよ」
うっ、そ、そーゆーの、弱い。ほんと、あたしが悪態ついてる時からもだけど、さらっと言うそーゆーの、凄い嬉しいし、ドキドキする。
いやいや、こんなドキドキしてる場合じゃない。だいたい、デートに誘おうとして失敗したのにこんなことで喜んでちゃ駄目だ。
とりあえずお昼は、明菜さんが好きなカルボナーラにするけど。
「沙耶」
「なによ」
うぅ、昨日から名前で呼んでくれて嬉しいけど、ドキドキがとまらないよぅ。
「今日暇?」
「え、や、今日とか、たまった掃除するし、そろそろ明菜さんの部屋も掃除してやらなきゃ汚いし」
あ、しまった。妹に見られたくなくてテンパって無駄に高飛車キャラしてた癖で。
「問題ない。どこに何があるかは把握してる」
「そんなどや顔されても、全然把握してないじゃん。しょっちゅう何か探してるし」
「私がなくす程度のものは、所詮いらないものなの」
いや、いるから探してるんだし。まあいいけど、そういう大らかなとこも好きだし。
「いいから、今日は暇ね」
「え、なに? どういうこと?」
「今日は出かけるよ」
「……へ?」
「私と仲良くなりたいんでしょ? 決定だから」
デートに誘われた。強引な明菜さんマジかっこいいいぃぃ。しびれるっ。
○