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キス  作者: 川木
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理解する私

「おはよう」

「おはようございます」


 朝、挨拶すると沙耶は不満そうな顔をして近づいてくる。んん? なんだ?


「明菜さん」

「なに?」

「なにか忘れてない?」


 え? …今挨拶しなかったっけ? もしかして、頭の中だけで言ってた? 全く、挨拶くらいでうるさいやつだ。


「おはよう?」

「いやそれは言ってます」


 は? じゃあなんだよ。無駄に挨拶させんな。朝からなんなんだ?


「じゃあなに」

「おはようのちゅーです」


 言いながら沙耶は私に顔と唇を突き出し、目を閉じてきた。う、む…いや、朝からしないほうがいい。午前中気になってしまう。


「……しない」

「えー!? やだ。してくれなきゃ、明菜さんのお弁当捨てるよ」


 脅してきた!? そんなにキスしたいのか……しょ、しょーがねーなぁ!

 

 嫌々を装いつつキスをする。ただ唇をあわせてるだけなのに、沙耶への感情があふれてきて、幸せなあったかい気持ちになる。


「ほら、さっさとご飯食べてでるよ」

「はーい」


 沙耶が用意してくれてる朝ご飯をすませ、制服に着替えて鞄を持って居間に戻ってソファに座る。沙耶はまだ洗い物中だ。

 よく働くなぁ。沙耶の働き者っぷりは、当初の沙耶の暴君時から思っていた。だからこそ根は悪い奴ではないと思えた。

 沙耶は毎日家事をこなす。前からしていて人数が増えただけだと言って、私にはやらせようとしない。申し訳ないという気持ちも、ちょっとはなくはない。料理はともかく、洗い物や夜に洗濯物をほすくらいできる。


「よし、明菜さんお待たせ」

「ん」


 そんなこと考えていると終わったらしく、テレビを消して立ち上がって振り向く。エプロンを外して制服になる沙耶。制服の上にエプロンをつけているのも何ともいえず可愛いけど、普通に制服もいい。

 つい目をそらしてしまう。沙耶が可愛すぎて、キスしたくなる。はぁ、参った。これもさっきキスさせられたせいだ。沙耶のあほめ。


 玄関に行き靴をはき、沙耶を振り向く。沙耶はご丁寧に座って靴をはいてる。頭をさげているのでつむじが見える。

 キスしたいなぁと本日何度目かわからないことを思うけど、さっきまでと違うのは一つ、もう出かけるわけだしキスくらいならいいかなという気になったことだ。


「沙耶」

「な、んっー、ん!?」


 名前を呼ぶと沙耶は顔をあげる。一度だけ、行ってらっしゃいの挨拶代わりだから、と自分に言い訳しながら私は沙耶のネクタイを引っ張ってひきよせてキスをした。


「……」


 一瞬だけキスをしてから、少しだけ余韻にひたっていると沙耶も抵抗せずその体勢のままだ。

 ネクタイをひっぱれて苦しいだろうに、文句を言うどころか、じっとそのままで私のキスを待ってる。なんて可愛いのか。

 私はようやく、何故自分が沙耶をいじめたいのか、泣きそうな顔がことさら好きなのか、自覚して理解した。


 私は単純に、本当に単純に、沙耶に好かれてることが嬉しい。私だけを好きといい、私が一番といい、大好きだとはばからない沙耶。

 いじめて、苦しかったり痛かったりで泣きそうなくせに、私のことが好きだと一目でわかる好意的な瞳を向けてくる。むしろどことなく嬉しそうですらあって、私のやることを受け入れている。

 そんな沙耶の従順で、あらゆる私を受け入れるほど好きだというような沙耶の態度が、好きなのだ。だからわざといじめたくなる。

 なるほど、とわかると同時に沙耶がほんとに好きだなぁとしみじみ思う。このまま押し倒そうかとすら、思ってしまう。もちろん理性的な私はそんなことはしない。もう一度だけキスをして、手を離した。


「じゃ、行こうか」


 私はあからさまに上機嫌な沙耶をつれ、家を出た。








「明菜さん」


 私の名前をよぶ沙耶。駆け寄ってくる。まるで子犬のようだ。愛らしい。


「今帰りなんだ。いつもより早いね」

「ん、まぁね」


 駅をでたところで、私をみかけて近寄ってきた沙耶の問いかけをにごす。最近は特に用事がなければ早く沙耶に会いたいから、さっさと帰ることにしてる。

 口にだすのは恥ずかしい。こんなに好きだと私が感じているのを、沙耶は知ってるんだろうか。知られているとしたら気恥ずかしいし、でも伝えたくもあった。


「沙耶」

「なーに?」

「あほ」

「えー、なに急に、ひどーい」


 からりと笑う沙耶。全く、あほ、馬鹿。可愛いな、全く。けしからん。ああ、早く週末になればいいのに。


「ねぇ明菜さん、手、つないでもいい?」

「よくない」

「けち。じゃあさ、腕くんでもいい?」

「却下。絶対いや」

「絶対!? そんなに拒否る!?」


 腕をくむなんてそんなことをしたら、手を繋ぐより密着してしまうだろうが。馬鹿め。


「沙耶」

「なにさ」


 不満げに頬を膨らませる沙耶。仕方ないやつだ。私はそっと、沙耶の耳に顔をよせて囁く。


「帰ったら、キスしようか」


 ばっと振り向いて、沙耶は丸くした目をにっこり笑顔にかえて、勢いよく頷いた。


「うん! 明菜さん大好き!」


 声が大きいんだよ、馬鹿。今更、そんなこと言わなくても、じゅーぶん伝わってるっての。


 私は沙耶の頭を軽く小突いて、歩くスピードを早めた。


「早いよ、明菜さーん」


 うるさい。ちょっと私の顔のゆるみがとれるまで、後ろを歩いていなさい。











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